「レテ! とっても綺麗だよ!」
「か、からかうな! リィレ!!」
短めの三つ網結びの髪型が可愛らしい、猫の女性が、彼女とよく似た顔立ちの女性の姿を褒めている。
「からかってなんかないよ。だって、本当に綺麗だもん」
「そ、そうか……」
菫色の瞳を細め、リィレがレテを見つめている。
今のレテは、女の子なら誰でも憧れるだろう服を身に纏っていた。
ふわふわのレースに包まれた、純白のシルクのドレス。それ即ち、花嫁衣裳。
「おめでとう。レテ……ひっく…」
「り、リィレ! こんな日に泣くな!」
「だってぇ…レテがお嫁さんになってくれたのが、嬉しいんだもん……ふぇ……」
「リィレ……」
双子の姉が、愛する者と結ばれることを、妹のリィレは心から祝福していた。
何と言っても、レテは男顔負けのガリアの戦士。
そんなレテを、戦士として慕う者はいても、女として見る男は極わずか。
その極わずかの男の中で、レテが恋愛感情を抱くことが出来る相手となると、本当に限られてくる。
結婚が一番の幸せではないが、自分以外に、姉を愛する人がいてもいいのではないか?
そう思っていたリィレにとって、レテの結婚式である今日は、他のどのような祝祭日より、喜ばしい日だった。
「ツイハークに、感謝しないといけないね」
「やめないか。恥ずかしい…」
妹がツイハークという男の名を呟くと、日に焼けたレテの頬が、軽く朱色に染まった。
ツイハークが、これから自分と結婚式を挙げる相手だからだ。
長きに渡る戦いの後、ツイハークはラグズとベオクの揉め事の仲裁をしながら、各地を放浪していた。
そして訪れたガリアで、かつての戦友レテと再会し、彼女と共に、ラグズとベオクの種族の溝を埋めることに、奔走していた。
ツイハークが、クリミア軍に入ったのは、レテからツイハークに話しかけたことが切っ掛け。
その為、もともと友人関係にあった二人は、互いに協力し合うことで次第に惹かれあい、結婚をするまでに至った。
「幸せにね。レテ」
「ああ。リィレもな…」
双子の姉妹は、額をコツンと触れ合わせながら、互いの幸せを願う。
それは、生まれる前から一緒だった二人が、別々の道を歩む儀式だった。
レテとリィレが、そうやって静かに互いの幸せを祈っていると、部屋の扉が軋む音を立てて開いた。
「準備はできたかい?」
『ツイハーク!』
双子が、声を揃えて部屋へ訪れた人物の名を呼ぶ。
花嫁であるレテの華やかな衣装と比べ、花婿であるツイハークの衣装は、こざっぱりとしたものだったが、
端麗な容姿のツイハークには、シンプルなデザインの服がよく似合い、見事な花婿姿となっている。
「うわ! カッコいいじゃん、ツイハーク!!
レテもそう思うよね!」
リィレが、義兄となるツイハークの花婿姿に喜んで手を叩き、姉もそう思うだろうと尋ねる。
「ま、まぁ…それなりにはな……」
「あ。照れてるの、レテ?」
頬を赤らめ、視線を逸らすレテを、リィレは茶化す。
「リィレ!!」
妹にからかわれた姉の顔は、恥じらいの顔から怒りの顔に変わり、レテは耳をピンと逆立てて、リィレをキッと睨み付ける。
するとリィレは、
「わ〜! レテが怒った〜!
お義兄ちゃん。助けてよ」
と、さっそくツイハークを『兄』と呼び、わざとらしく怖がる様子を見せ、ツイハークの背中に隠れる。
そんなリィレの姿を、ツイハークは楽しそうに見ている。
「こら! リィレ!!」
一度頭に血が上ったら、なかなか下がらないのがラグズの性。
怒りの収まらないレテは、椅子から立ち上がり、ツイハークの背後に回ったリィレを捕まえようとする。
だが、この時レテは、履きなれない踵の高いハイヒールを履いていた。
踵の高い靴を履いた状態で、急に動くと当然バランスを崩してしまう。
足を一歩踏み出したレテの体が、足元からバランスを崩し、勢いよく前に倒れようとしている。
「わ……!?」
「お姉ちゃん!!」
レテが転んでしまう!
リィレはそう思ったのだが、レテの体が地に着くことはなかった。
「レテ。ドレス姿で、いきなり動くのは危ないよ」
「す、すまん……」
花婿が、倒れゆく花嫁の体を抱きとめたからだ。
「危なかった〜!」
せっかくの純白のドレスを汚すところだったと、リィレがレテの無事を見て、ほぅっと胸を撫で下ろす。
リィレが心臓を落ち着かせているのに対し、レテの心臓は割れんばかりに跳ね回っていた。
(もう少し落ち着かないか!)
レテが心の中で、動き回る己の心臓を叱咤する。
いつもこうなのだ。レテがツイハークに抱き締められる時は。
もう何度と無く、レテはツイハークに抱き締められている。
それこそ、数え切れないほどに。
でも、何回抱き締められても、レテの心臓は慣れてくれない。
ツイハークに体を触れられるだけで、情けないぐらいに動き回る。
(戦場に出るとき以上だ……)
これほどの高揚は、戦場でもありえないこと。
戦士としての誇りが高いレテにとって、戦場以外でこのように気持ちが高揚することは、恥ずべきことであった。
(恥ずかしいが……)
でも、嫌な気分ではないのがレテの本音。
驚くぐらいに飛び回っている心臓の音を聞くのが、レテは好きだった。
恥ずかしいけどイヤではないという、一言では言い表せない複雑な感情の源の名は恋。
レテはツイハークに恋をしていた。
もう結婚をするというのに、初恋に戸惑う少女のような、不器用な恋を。
なので、このようなことをされたら、レテはまた難しい感情を心に抱く。
「その靴じゃ、普通に歩けないだろ?
だから式場までは、俺が連れて行ってあげるよ」
「うわっ!」
ツイハークはサッとレテの足に腕を回し、その体を持ち上げ、足を持っていない片方の腕で、花嫁の体を支える。
「これでよし!」
ニコリと、レテを抱き上げたツイハークは、満足した様子で微笑む。
「よし! じゃない!
下ろせ! ツイハーク!! 私は自分の足で歩けるから!!」
一方ツイハークに抱えられたレテは、恥ずかしげな顔をし、ジタバタと足を動かしていた。
「無理しない方がいいよ、レテ。
この際、ツイハークに甘えちゃいなよ!」
花婿に抱えられた花嫁を横目に、リィレがクスクス笑いをしながら、一足先に会場に向う。
「甘えって……私は誇り高きガリアの戦士だぞ!
結婚をするからと言って、そう易々と、夫に甘えることが出来るか!!
ツイハーク! いいから下ろせ!!」
「れ、レテ! そんなに暴れられたら、落としてしまう!」
駆けて行く妹の背中に向け、レテがそう叫び、ツイハークの腕から逃れようと、暴れまくる。
そんなレテを抱えるツイハークも、これには困惑顔だ。
そうやって花嫁花婿が騒いでいると、会場の方から明るいリィレの声が聞こえてきた。
ピクピクと、レテの耳が動く。
「は〜い! 花婿に抱っこされた花嫁さんが、そろそろやって来ま〜す!
みなさん! 拍手で迎えちゃってください!!」
「り……リィレ!!」
リィレの言葉を聞き終えたレテの耳が、ピンと鬼の角のように逆立った。
同時に、割れんばかりの拍手が、レテの耳に届いてくる。
レテとツイハークの結婚を祝いに来た者達が、これからやって来る新郎新婦を祝福しようと、手を打ち鳴らしているのだ。
「これじゃあ、もう普通に歩いてっていうわけにはいかないね……」
「リィレ……余計な真似を……」
会場にいる者達は、みな花婿に抱かれてやって来る花嫁を待ち望んでいる。
自分達の祝福に来てくれた者達の期待を裏切ることは、レテには出来なかった。
「仕方ない……ツイハーク。このまま私を運んでいってくれ」
「もとよりそのつもりだよ。レテ」
しぶしぶといった感じで、レテはツイハークの腕の中に体を納める。
ツイハークが、レテを落とさぬよう、一歩づつ確実に足を踏みしめ歩き出す。
(うわ……)
それでも、レテの体は多少の揺らぎを見せ、レテを微かに戸惑わせていた。
だが、それ以上に戸惑ったのは……
(どうして抱きついているのだ! 私は!!)
自分でも知らない内に、自分の腕がツイハークの体を抱き締めていたことだった。
その後。レテはツイハークに抱きかかえられることを嫌がっていたはずなのに、入場の時にはツイハークに抱きついていたことを
リィレに指摘され、レテが獅子王の鬣より顔を真っ赤にしていたことは、言うまでもない……。
FIN
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