紅色の唇


レテの唇は紅に染まっていた。
「何を見ている? ツイハーク」
「いや。ただ君を見ていただけだ」
「そうか」
 そう言いながら、レテは乱暴に口元を腕で拭う。
 唇に付着し紅い染料。返り血という名の戦化粧を、拭い落とす為に。
 レテの唇を彩っていた血は、イズカが作り出した『なりそこない』の血。つまりレテの同胞の血だ。

「恐ろしいと思うか? 己の牙で仲間を殺す我らラグズを。私のことを」

 自分を嘲笑うかのような、歪んだ笑みを浮かべて、レテがツイハークに聞いてくる。
 レテは、今ツイハークに語りかけている口で、なりそこないの命を絶った。
 よく見ると、常に鋭くあるようにと手入れが行き届いたレテの爪も、唇を同じ紅色に染まっている。
 ラグズは、べオクよりも優れた力を有す己の体を武器とし、その手でその牙で、敵の命を刈り取っていく。
 レテは勇敢なラグズの戦士。
 だからその手は、比喩ではなく、本当に血に塗れている。 
 自分の手が血で汚れていることを自覚しているレテは、そんな自分をツイハークが恐れているのではないかと思っていた。

「そんなことは思わない。俺の手だって、仲間の血で汚れているんだから……」

 同胞殺しという点は、ツイハークも同じだ。
 デイン解放戦争に参加したツイハークだったが、その後のラグズ連合とベグニオン帝国の戦いでデインが帝国に味方した時、レテに説得されデインを裏切り、ラグズ連合側についた。
 その日から、昨日まで仲間だった者達が、ツイハークの敵となった。
 一体自分は、この手で何人のデイン兵を殺したのか……。
 己の手を見る度に、ツイハークはそんなことを考えてしまう。

「たとえ君が、この口で殺しの罪を犯していたとしても、そのことで俺が君を怖がるなんてないよ……」
 そう言いながら、ツイハークがレテの唇を指先で触れた。
「ば、ばか! いきなり何をする!!」
 思ってもいなかったツイハークの行動に驚いたレテは、思わずツイハークの手を払いのける。
「私の口は……お前の命など、簡単に奪えるんだぞ……」
 ラグズの牙の力を恐れているのは、ツイハークではなくレテ本人だった。
 この口は、べオクの細い首など簡単に噛みちぎることが出来る凶器。
 もしもこの口が狂気に走り、ツイハークの首に牙を立ててしまったらと思うと、レテは叫びながらツイハークの前から逃げ出したくなる。
 だからレテは、ツイハークに唇を触れられることを恐怖していた。
 ラグズの口は、愛を語り合う為に存在しているものではなく、敵を狩る為に存在しているものだったから。

 しかしツイハークは、そんなレテの恐怖をかき消すかのように、レテを強く抱きしめ、もう一度その唇を指でなぞった。
「俺が昔愛した人も、そう言って俺のことを拒んでいた……俺が彼女にキスが出来たのは、彼女が死んでからだった……。
 あんな冷たいキスを、俺は二度としたくない……」
 ツイハークの恋人も、レテと同じ恐怖を抱いていた。
 そしてその恐怖を消せぬままこの世から去り、ツイハークは恋人と冷たいキスしか交わすことが出来なかった。
 その過ちを、レテで繰り返したくない。
 そんな思いが、ツイハークの心を占めていた。
「ツイハーク……」
 最愛の人と口づけを交わしたのが、最愛の人が死んでから。
 その時のツイハークの胸の内を思うと、切なくて仕方がない。
 恋人が生きている間に、暖かなキスを何度も交わしたかっただろうに、ツイハークが交わした口づけはたった一回。
 しかもそれが、温もりを無くした唇と交わしたものだったなんて……。
「大丈夫。君が恐れているようなことにはさせない。させるもんか」
 そう言いながら、ツイハークがレテの唇に顔を寄せていく。
「わかった……私は信じる。お前と、お前を想う私の心を……」
 レテも、その顔をツイハークに寄せていく。

 この牙が、ツイハークの首を噛み千切るのが怖い。
 だが、ツイハークのことを心から愛しているなら。ツイハークが自分のことを愛していてくれるなら、そんな悲劇は絶対に起こらない……。

「愛しているよ、レテ。
 君のことを……君のこの唇も……」
 そう言って、ツイハークはレテの唇に自身の唇を触れさせた。
 それはツイハークが初めて交わす、暖かな口づけ。
 柔らかく暖かなレテの唇が、ツイハークは愛しくてたまらなかった。
 この感触こそ、レテが生きているという証なのだから。
 たとえその唇が、死を恐怖で彩られた紅色の唇だったとしても、ツイハークの想いが揺らぐことはなく、重なり合った唇はいつまでも、離れる気配を見せなかった……。




FIN

コメント
・リリカルさんにサイト二周年記念という事でツイレテSSを頂いてしまいましたーやたー!あまりの嬉しさに拝見した時は本気で小躍りしました(バカすぎます)それにしてもツイハークの色男っぷりにめろめろですっ!この人の爽やかさと天然で無意識な色男っぷりはどうしたらいいのでしょうか?そんなツイハークにツンデレなレテがまた可愛くて…こんなに迷うことなく告げられれば、レテも拒めないでしょう。読むたびに、にやけてしまいます。ラヴラヴなツイレテSS本当にありがとうございましたっ!!

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