Lesson

初めは、多分ちょっとした悪戯心だった。
恋の師匠にしてくださいなんて、さ。
そんな事言いながらも真っ直ぐな瞳が。
真っ直ぐな瞳が、何時しか俺を捉えて。

―――捉えて、離さなくなって……


初めのレッスンはキスの仕方だったと思う。女の子ともキスしたことないって言ったら師匠は俺にキスをしてきた。初めてされた時はあまりにもびっくりして、どうしていいのか分からずに動揺したけれど。でも、ひどく。ひどく優しかったから。キスが、優しかったから。

…俺は何時しかそのキスをずっと。ずっとしていたいって…思うようになっていた…。

「師匠、俺」
師匠の髪は何時もいい匂いがする。シャンプーだけじゃなくて、コロンの匂いだろう。こんな風にまめにおしゃれにも気を使わないと女のコはゲット出来ないと言われているけれど。
「どうした?滝川」
でも今は女のコよりも。俺は。俺は今この目の前にいる師匠が…。そこまで思った所で思考が止められる。ひょいっと俺の身体が抱き上げられてそのまま膝の上に乗せられて。
乗せられてそのまま頬を、その大きな手で包まれる。大きくてでも綺麗な長い指先。触れられただけで凄く気持ち良くなってしまう、その指が。
「俺最近変なんです」
「ん?」
こつんとおでこを重ねられて、そのまま頬にキスされた。頬だけなのに蕩けそうなほど気持ちのいいキス。師匠は今までいっぱい色んな女の子とキスしてきたから、だからこれだけでも。これだけでもどきどきしてしまうほどに上手くて。そしてちょっと哀しくなった。

―――師匠にとって、俺も『バンビちゃん』の一人なのかなと…思ったら。



初めは、遊び。ちょこまか動いているお子様を。
そんなお子様が面白かったから、からかってやるつもりで。
そんなつもりで、遊んでいたのに。今じゃこっちの方が。

こっちの方が、それ所じゃなくなっていて。

「どうした?言ってみろ?」
可愛いって、思っている。お前を可愛いと何時しか思うようになっていた。バカみたいだけど目に入れても痛くない程に、可愛いって。
「…師匠の事見ていると…どきどきして…何か…泣きそうになるんです」
俺を見つけると子犬のように嬉しそうに駆け寄ってきて。そして本当に嬉しそうな顔で俺を見上げて。真っ直ぐで大きな瞳が、俺だけを見て。それが。それが、ひどく。
「どきどきはOKだな。俺みたいなイイ男がいればどきどきするのは当たり前だろう?」
ひどく愛しくて堪らなくなった。気づけばお前の嬉しそうな顔が見たくて一生懸命になっている自分がいた。
どうしたらお前が喜ぶ、とか。どうしたらお前が、微笑ってくれる、とか。
「でも泣きそうってのは、どうしてだ?」
そんな事ばかり、考えている自分がいる。そんな事ばかり、思っている自分がいる。
「…あの…その…俺…師匠にとって…俺が……」
「俺が?」
「…バンビちゃんでしかないって思ったら……」
そこまで言ったらお前は俯いてしまった。その先が言えなくて耳で真っ赤にして。そこが。そこがどうしようもなく可愛くて、愛しいから。俺はついその仕草が見たくて、本音を少しだけ先延ばしにしてしまう。
今も。今ももうちょっと先の言葉がお前から聴きたくて、大事な言葉を先延ばしにしている。



次のレッスンは、身体を重ねる事だった。
怖かったけど、優しかったその手が腕が。
泣きたくなるほどに、嬉しかったのを憶えている。
優しくされて、繋がった瞬間にキスされて。
そして大きな手のひらが髪をそっと撫でてくれた時。

―――俺、バカみたいだけど…涙が零れた……


言いたい事はただひとつなのに。ただひとつ、なのに。俺はその言葉が中々言えなくて。言えなくてつい、俯いてしまう。耳まで真っ赤にしながら、俺は。
「滝川?」
その先の言葉。言ってしまったらもう師匠は、俺にキスしてくれなかな?俺とえっちな事してくれないかな?でも。でも今言わなかったらきっと。きっとずっと言えないような気がして。ずっとずっと、言えないような気がして。
「あ、あの俺…師匠……」
勇気を出して顔を上げてみた。ぎゅっと瞑っていた目を開いて、師匠の顔を見上げる。そこには。そこにはひどく優しい紫色の瞳があって。優しく暖かい紫色の瞳があって。だから、俺は。俺は、その瞳をずっと。ずっと見て、いたかったから。


「…師匠が…好きだから……」


もしかしたらその瞳が、表情が曇るかもしれない。
でもそれよりも先に思ったのが。思ったことが。

どんな言葉を告げても、師匠は微笑っていてくれるって思ったから。

何時も優しい瞳を向けていてくれたから。
だからずっと。ずっと見ていてくれると。
どんな事を言おうとも、この瞳だけは変わらないと。
変わらないと、そんな事を思ったから。


…でもやっぱり耐えきれずに…俯いてしまったけれども……



俯いてしまった顔にそっと手を当てて、そのまま上へと向かせた。それでも目はぎゅっと瞑られているのが少しだけ可笑しかったけれど。
「やっと言って、くれたな」
それでも聴きたかった言葉は。お前から聴きたかったただひとつの言葉は。こうして俺に、そっと。そっと告げられたから。ただひとつ聴きたかった言葉は。
「―――師匠?」
「お前の口から、聴きたかったぜ」
にっこりと笑ってやったらお前の顔がかああっと真っ赤になる。そんな所が。そんな所が、大好きなんだよ。
聴けて良かったと言う言葉の代わりにひとつキスをした。全ての思いを込めて、そっとキスをした。
お前はびっくりしたように目を見開いて、その後ぎゅっと俺の背中にしがみ付いた。その仕草が何よりも愛しかった。



「恋のレッスンはこれでオシマイだな」
「え?師匠…どうして?」
「もう必要ないだろう?俺が、いるんだから」



「俺という『恋人』がいるんだから、な」


END

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