―――どうしたら近付けるのかな…と、思った。
煙草の煙が目に染みる。それでも俺は吸うのを止めなかった。身体に悪いから止めろって、言われて益々。益々俺は吸うように、なった。
ガキのような、思考。君に注意されて。君に注意されたから。だからずっと吸っている。そんな些細な関わりですら、俺は欲しかったのかもしれない。
何時も君の廻りにある、見えない壁を崩したくて。
崩したくて踏みこもうとしても、どうしても。
どうしても何処か近付けない何かが、あるから。
「煙草は良くない。止めるんだ瀬戸口」
真面目腐った顔で言われた。実際真面目なのだろう。軍人なんて規律にも厳しく、スカウトとなれば健康管理にも人一倍気を使うのだろうから。
―――君もきっと…そうなんだろう……
「若宮、別にお前に言われる筋合いはない…別に俺がどうしようが、いいだろう?」
「来須も注意していただろう?俺はそう言うのを見過ごすことが出来ないんだ」
君の名前が出た時だけ少し胸が痛んだ。ここまで来ると自分は重症のような気がする。だからと言って、俺は君の中へは入ってゆけないし、君のそばには近付けない。君の強い壁が、俺を拒絶する。見えないその壁が。
「ち、しゃーねえなあ……」
俺は煙草をもう一度吸ってから吸殻を投げ捨てた。そのまま。そのままお前の首に手をかけて、キスをした。
「――――!」
驚いたように見開かれる瞳が、少しだけおかしかった。キスする時は目を閉じるのは当然だぞ、だからモテないんだよ。そんな事を言おうかと思ったけれど、馬鹿らしくなって止めた。そのまま。そのままお前の口に含んでいた煙草の煙を吸わせる。
「これで同罪、若宮戦士」
ぽんっと胸を叩いた。厚い胸板だった。逞しい胸板。鍛え上げた肉体は、同じ男の俺ですら包みこんでしまうほどに広い。広い、腕と胸板と、そして身体。
――――君の腕も…こんな感じなんだろうか?……
そう思ったら無償に、この身体が欲しくなった。
「セックスしよう、若宮」
「え?」
「ヤラせてやるよ。だから、な」
そのままお前の首筋にキスをしながらワイシャツのボタンを外す。一方そうされた男は自分がどう言う状況に陥ったのか分からず呆然としている。それがなんだか、おかしくて。
「おい、瀬戸口…やめろってっ!」
やっとのことで事態に気が付いたお前が俺の身体を強引に引き剥がす。その腕はやっぱり逞しかった。強い二の腕だった。それが、俺にとって…。
「…いいじゃん…俺、上手いよ。伊達に愛の伝道師なんてやってないって…俺の身体、美味しいんだってよ」
くすくすと笑って舌をぺろりと出した。その舌で自らの指を濡らすと、そのまま俺は服を脱いだ。
「軍人って戦争中はヤロー同士で性欲処理すんだろう?別に今更だろ?」
俺は自らの指で自分の身体をなぞった。首筋から鎖骨、そして胸の突起へと。濡らした指で胸を摘んで、そのままぎゅっと抓った。甘い痛みが俺の身体を襲う。
「…はぁんっ……」
ぷくりと立ち上がったソレに指を這わせれば、嫌がおうでも敏感な身体が反応した。ぴくんっと肩が揺れる。口からは甘い息が零れる。
「…瀬戸口…止めろって…服を着ろ…」
「…あぁ…ん…はっ…あぁん……」
そのまま胸を弄りながら俺は自らのズボンに手を忍ばせた。微妙に形を変化させた自身を握り締めて、どんどん自分を追い詰めてゆく。
「…やめるんだ…瀬戸口……」
そう言いながらも、俺から目を離さないお前。見ている視線が絡みついて、そしてねっとりと熱を含んでいる。だからもっと俺は淫らな姿を見せてやった。
ごくりと、自分が生唾を飲み込んでのが分かる。この場を離れればいいのに、視線を離すことが出来ない。目の前の淫らな生き物に目を奪われて。奪われて。
「…はぁぁっ…あんっ…あぁ……」
同じ男のものとは思えないほどの白い肌。それがうっすらと朱に染まっている。綺麗な顔が苦痛とも快楽とも分からない微妙な表情になり、それが。それが淫蕩な色を作り出す。むせかえるほどの淫猥さが、今この目の前にあって。
「…あぁ…若宮…しよう…俺…無茶苦茶になりたいんだ……」
尖った胸は紅く熟れて、そのまま貪りたい衝動に駆られる。何時しかズボンは膝まで下ろされ、お前はその場にぺたりと座り込む。脚を開き自らの欲望を俺の前に曝し、淫らな動きをする指が自身を追いつめてゆく。その姿が…その姿が……。
「…なぁ…若宮…来いよ…な、来いよ……」
紫色の瞳が夜に濡れて、怖いほどに綺麗だった。その瞳に噛みついて。噛みついて食らいたい。食らいつきたい。俺は…俺は……。
「―――来いよ…な……」
もうその悪魔の囁きに自分を堪える事は出来なかった。
「…ああんっ!……」
逞しい若宮の肉体が瀬戸口に覆い被さると、そのまま剥き出しの胸に吸い付いて来た。痛い程にソレを唇で吸い上げる。時々歯が当たり、瀬戸口の口から悲鳴とも思える声が零れた。
「…あぁんっ…はぁっ…あぁ……」
乱暴なほど性急に若宮は瀬戸口の身体を求めていった。けれどもそれこそが。それこそが瀬戸口の望みでもあった。
―――何も、もう。もう考えたくなかったから……
ただひたすらに快楽に溺れたかったから。何も考えず身体を貫かれ、乱暴にされるのが。それが今の自分の望みだったから。
「…くうんっ!……」
脚を限界まで広げさせられて、最奥に指が突き入れられる。太くて逞しい指が、ぐりぐりと瀬戸口の中を掻き乱した。その度に瀬戸口の前立腺を刺激して先端からは先走りの雫が零れてくる。それがとろりと、瀬戸口の最奥へと流れこみ、指の動きをスムーズにした。
「…ふぅっ…ん…はぁぁ…あぁっ…あ……」
ぐちゅぐちゅと中を掻き乱され、瀬戸口は無意識に腰を揺らした。もっと、欲しかったから。もっともっと刺激が欲しかったから。何も考えられ無くなるくらいに、激しい刺激が。
――――刺激が…欲しかったから……
「…来いよ…若宮…俺ん中に…ぶち込めよ……」
「―――瀬戸口……」
「…ぐちゃぐちゃに…掻き乱せよ……」
その言葉にわ若宮はもう自分を抑える術を知らなかった。瀬戸口の見掛けよりもずっと細い腰を掴むと、そのまま一気に自らの分身で貫いた。
「――――ああああっ!!!」
喉が綺麗に仰け反って、瀬戸口は悲鳴のような声を上げた。そのまま両手を伸ばして、背中へとを廻す。その広い、背中へと。
「…あああっ…あああああ……」
広い、背中。逞しい、腕。微かに薫る男の汗の匂い。きっと、君も。君もこんな感じなんだろうか?こんな、感じなのかな?
「…瀬戸口…瀬戸口……」
「…あああ…あぁぁ…もっと…もっと…乱暴に…しろよっ……」
言葉通りに若宮は腰を掴むと、激しく揺さぶった。無茶苦茶なリズムを刻みその身体を引き裂いてゆく。がくがくと瀬戸口の身体が、揺れるほどに。
「…ああっ…あああっ…ああああ………」
何も考えたくないと思いながらも、何処かで考えている。この腕が君だったらと。この身体を貫くのが君だったらと。君から逃れたくてこうしているのに、考えているのは君のことだけで。君のこと、だけで。
「…あぁ…あぁ…ああああっ!!!」
ぐいっと引き寄せられた瞬間に、大量の熱い液体が瀬戸口の中に注ぎ込まれた。
「……す………」
激しい性行為に、瀬戸口の意識が手放される。
その瞬間に呟いた言葉を意識する前に、すっと視界がブラックアウトした。
「―――瀬戸口…お前は……」
腕の中の身体をそっと抱きしめて、若宮はその髪を指で掬った。汗でべとついた髪。それでも指先から零れるほどに細い髪。その髪を、そっと。
「……本当は………」
その先を言いかけて、止めた。意識を失う前に呟いた言葉は…その名前は、決して言うべき事ではなく、自分が関することではないからだ。それでも。それでも。
自分はどうしても、この男を放り出す事も放っておくことも…出来なくて。
気付いて、しまったから。気が付いて、しまったから。
こうしてわざと無茶苦茶な事をやって、自分を追いつめて。
自分を追いつめて、そして。そして傷つけている。
自分自身で、こころを傷つけていると…気付いてしまったから。
それでもこうして俺がを差し伸べても、拒否するだろう。
孤独でありながら、気高い心は決して他人を受け入れはしないだろう。
他だ独りを除いては。ただ独りの例外を除いては。
「――――お前は…哀しい奴だな……」
若宮がぽつりと呟いた言葉を聴くものは何処にもいなかった……。
END