―――その唇から、聴きけないから。
そっけなく俺達から去っていって、そして。
そして何事もなかったように俺の元へと戻って来たお前。
恋人同士の甘い囁きも、何もなく。ただ。
ただ一言笑顔で『ただいま』と。
そんな所が何よりもお前らしく嬉しくて。
何も変わらないお前が嬉しくて。けれど少しだけ。
少しだけ俺の切さを分かって欲しかった…から。
「……もう、いい加減にっ……」
ベッドサイドの灯りだけが映し出す室内に、掠れた甘い声が零れる。その声に答えるような柔らかい笑い声が、零れて。
「つれない事を言うなよ…久々に逢えたのにさ…」
「…何が…久し振りですか…貴方は…もう…」
「それだけ憎まれ口が叩ければまだ、平気だな」
「…何が平気…ですかっ…あっ……」
善行の胸の果実を、瀬戸口の長い指先が捕らえる。そしてそのまま尖った胸を弄んだ。ぷくりと立ち上がったソレを、指先で摘まんで、そのまま捏ね繰り回す。その刺激にびくんっと善行の身体が跳ねた。
「…あっ…やめっ…瀬戸口っ……」
「俺にこうされるのは、嫌か?」
うっすらと微笑みながら、指先の動きを早めてゆく。善行の身体を知り尽くした指先は、いとも簡単に彼を追いつめてゆく。
「…あぁ…っ瀬戸口…はぁぁっ……」
いつのまにか大きな瀬戸口の手のひらに善行自身を捕らえられ、耐えきれずに身体を小刻みに揺らした。そんな彼を瀬戸口は何よりも愛しそうな瞳で見つめて。
「嫌じゃ、無いだろ?」
「…あ…あぁ……」
耳元に口を寄せて囁く。そっと息を吹きかけながら。その声に善行の瞼は無意識に震えてしまう。その官能的な夜の、声に。
「…善行……」
瀬戸口に名前を呼ばれて無意識に瞼を開いてしまうのは、善行の無意識の癖だった。そうそれは、彼が教え込んだ……。
「…瀬戸…口……」
優しいラベンダーの瞳に見つめられて、善行は全身が溶けてしまいそうな錯覚に陥る。いつも、こうだ。その瞳に見つめられると、自分はどうしようもなくなってしまう。
「…可愛いな、お前さんは本当に……」
「…んっ……」
ゆっくりと唇が降りてきて、善行のそれを柔らかく塞ぐ。瀬戸口は恐ろしくキスの上手い男だった。その唇を瀬戸口に奪われると、いつも思考までもが溶かされてしまうのだから。
「…ふぅ…ん……」
薄く開いた唇に瀬戸口の舌が侵入し、逃げまとう善行のそれを絡め取る。舌裏を舐めたり根本を吸い上げたりして、彼は性急に自分を追いつめた。
「…はぁ…ぁぁ……」
長い溜め息が善行の口から零れると同時に、彼の唇は開放される。そんな彼の口元を伝う唾液を、瀬戸口は自らの舌で舐め取った。ぴちゃりと、濡れた音とともに。
「…あっ…ん……」
ぴくりと善行の身体が揺れる。しかし瀬戸口は気にする事無く、口元から顎、そして首筋のラインへと舌を這わせた。微かに残るヒゲの感触を、楽しみながら。
「…瀬戸口……」
善行の指先が、柔らかい感触がする瀬戸口の髪へと絡む。それをくしゃり、と乱して。
「…愛してるよ……」
「…あぁ…ん……」
瀬戸口の長い指が、善行の最奥へと忍び込む。狭すぎるその器官は、その指を押し退けようとして、逆に締めつけてしまう。きつく、指を締め付ける。
「…あぁ…あ……」
柔らかく中を掻き回しながら、瀬戸口は中を馴染ませてゆく。挿入を繰り返す内に、そのの蕾は次第に華を開き初めて。何時しか、ひくひくと蠢いて。
「…あぁ…くふっ…う……」
中の指の数が二本へと増やされ、善行の中でそれぞれ勝手な動きを始める。その刺激に堪えきれずに、善行はその背中へと爪を立てる。自分だけが許されたその場所へと。
「―――いいか?」
指引き抜かれ耳元で囁かれた瀬戸口の言葉に。善行は微かに頷いた。
甘い囁きも、熱い言葉もお前は俺にくれないから。
だからこうして確かめるしかないだろう?
この身体で、確かめるしかないだろう?
お前がどれだけ俺を求めていてくれるか。
お前がどれだけ俺を欲しがってくれているか。
この身体を抱いて。この腕に抱いて。
お前の鼓動と、お前の熱で、気持ちを。
―――気持ちを…確かめる以外には……
「――――あああっ!!」
指とは比べ物にならない異物が最奥に侵入して、善行の形良い眉が歪む。しかしそれは次第には快楽の色を、滲ませて。その先を知っている媚肉が、快楽に全てを摩り替えて。
「…あっ…ああ……」
瀬戸口は決して焦る事は無かった。けれども確実に自分を手に入れてゆく。戻れなくなるほど、戻りたくないと思うほど。自分の全てを。
「善行」
「…あぁっ…瀬戸…口っ……」
ばりりっと音を立てて、善行の爪が瀬戸口の背中に食い込んだ。そこからは鮮血が滴る。ぽたりと、紅い血が。しかし瀬戸口は別段気にした風でも無く、彼に柔らかい微笑を浮かべると、ゆっくりと腰を動かし始めた。
「目を、開けてくれ」
力強い腕を善行の細い腰に当てながら、ひどく優しい声で瀬戸口は命令する。そう、自分はいつもこの声に逆らう事が出来ない。おずおずとしながら、快楽に濡れた自らの瞳を開かれてゆくのを、止められない。
「…せと…ぐち……」
「…綺麗だ……」
「…ああああっ……」
ぐいっと瀬戸口が善行の腰を引き寄せる。そのお陰で一層深く、彼を受け入れる事になる。
その衝撃に耐えられずに、善行の瞳が再び閉じられる。目尻には快楽の涙を一筋、零しながら。
「…ああ…あ…あぁぁ……」
思考が遠のいてゆくのが、分かる。このまま何もかも考えられなくなって、白い波に飲まれて。そして………。
「ああああ――――っ!」
善行の細い悲鳴が零れたと同時に、二人は互いの欲望を吐き出していた。
こうして繋がって初めて。初めて気が付く。お前も。
お前も俺を、求めていてくれたことを。
お前も俺と同じ気持ちでいてくれた事を。
―――お前も俺を…待っていてくれたことを……
「…本当に貴方は…無茶をさせる……」
「でもよかっただろう?」
「…何を言って…」
「素直じゃないな。でもそこが好きだ」
「…好きだ……」
降りてくる唇に善行はそっと目を閉じて受け入れる。言葉にしないけど。でもそれが何よりもの答え。何よりもの答え、だから。
「…全く…貴方には勝てませんよ……」
END