爪先立ちになって、めいいっぱい背伸びをして。
そうしても、やっぱり。
やっぱり縮まらないこの距離が。
――――少しだけ、切なくて……
「…先輩、俺…」
大きな胸に飛び込んで、ぎゅっと抱き付いた。実際こんな事は、子供染みているとは分かっているけれども。それでも何だか、今はこうやってしがみ付いていたくて。
「どうした?」
いっぱい、力の限り抱き付いても。先輩はびくともしなかった。俺よりもずっと大きくて、そして俺よりもずっと。ずっと、強くて。
「な、何でもないんです…ただ…」
「ただ?」
そって大きな手が伸びてきて、俺の頬に触れた。大きくて優しくて、そして。そして小さな傷がいっぱいある手。俺はこの傷が、好きだった。先輩の傷は俺達を…人類を護る為に、出来た傷だから。全てを護る為に、出来た傷…だから。
「…その少しだけ…俺…淋しくて……」
何を言っているんだろうと思ったら、耐えきれずにぎゅっと俺は目をつぶってしまった。きっと。きっと先輩は呆れているんだろう。そう思ったら目を開ける事が出来なくなってしまった。けれども。けれどもそんな俺に、先輩は……。
「ならずっと、こうしててやろう」
そっと微笑って。そして。そしてひとつ、キスをくれた。
先輩は、大きくて。
俺よりずっと、大きくて。
足の長さも、手の大きさも。
全然違う、から。
だからこうやって、追い駆けても。
だからこうやって、背伸びしても。
一生懸命追い着こうとしても、どこか。
何処か、遠いから。
―――だから少しだけ、不安になって。だから少しだけ、淋しくなって。
好きで、大好きで。
だから、きっと。
きっと、欲張りになって。
きっと、不安になる。
…誰よりも、大好き…だから……
目を閉じて心臓の音を感じながら、俺は子供みたいに先輩の腕の中に丸まった。そんな俺の髪をそっと、その手が撫でてくれる。
「…先輩?……」
「ん?」
少しだけ勇気が出て、目を開いて先輩を見上げた。普段は帽子で隠れていて見えない瞳が、今こうして俺の前に曝け出されている。蒼い、瞳が。
「俺、なんか…我が侭ですよね……」
「ああ」
大きな手がぷにっと軽く俺の頬をつねった。普段こんな事をしない人だから、俺は怒るとかそう言った事よりもただ。ただ、驚いて。物凄く間抜けな顔で先輩をまじまじと見つめてしまった。
「何でそんな顔をする?」
「だって、先輩が変な事するからっ!」
「変か?」
「変ですよっ!!先輩らくしないっ!!!」
「――そうか?」
そう言って先輩はひとつ、微笑った。その顔はひどく。ひどくカッコよくて。それはやっぱり何時もの先輩で、俺は。俺は…目を細めて見上げていた。
「お前の頬がぷにぷにしてて気持ちよさそうに見えたから」
「…先輩がぷにぷにって言うのって何か変ですーっ!」
「そうか?でもお前は言うだろう?そう言う風に」
「先輩?」
「言うだろう?」
こつんっとおでこを重ねられて、そうして頬を包まれて。そっと、微笑われて。そして。そして…。
「…でも…先輩が言うと…なんか違う……」
繋がっている個所が、熱い。かああっと熱を持っているように。こんなに間近に先輩の顔があって。そして真っ直ぐに見つめられて、俺は。俺はどうしようもない程に恥ずかしくて。恥ずかし、くて。
「何が違う?」
「…えっと…その……」
「うん?」
「…先輩が……」
「…先輩が…カッコイイから……」
それ以上正視出来なくて、俺はギュッと目をつぶった。そうしたら、そっと。そっと先輩の唇が降りて来た。柔らかく甘い、キスが。
俺って単純なのかな?
あんなに不安だったのに。
あんなに淋しかったのに。
今こうして。こうしているだけで。
―――ひどく満たされてゆくのは……
少しだけ空き始めた
胸の空洞が、そっと。
そっと、先輩のキスで。
埋められて、そして。
…そして、綺麗に塞がれてゆく……
「機嫌、直ったか?」
「…直って…ます…先輩が…」
「…キスしてくれた…瞬間から……」
END