ひだまり

暖かい日差しの中で、ただ何をする訳でもなくて。
ただ一緒に、こうやって一緒にいられる事が。
いられる事が、なによりもしあわせだから。

―――だからもう少しだけこのまま、時間を止めていてください。


視線を感じて来須が振り返れば、そこにちょこんと滝川が立っていた。目が、合う。その途端彼はあたふたしながらも、ぺこりと頭を下げた。
「どうした?」
と、声を掛けたら滝川はたたたっと走って来須の前に立った。急いで駆けて来たから少し息が切れている。そんな様子に来須はひとつ、微笑った。
「せ、先輩…こなんトコでどうしているんですか?」
その笑顔に誘われるように滝川は尋ねたが、いかんせん駆けて来たせいで息が切れている。それが益々来須の笑みを誘った事に気がついてはいないが。
「あ、俺…なんか変…ですか?」
故にこんな返答になってしまう。滅多に笑わない来須の笑みはよっぽど自分が変なのかと、滝川は思わずにはいらなかったのだ。けれどもそんな滝川に。
「いや、変じゃない。それよりも座るか?」
と言って隣を空けてくれた。そんな来須に少しだけ戸惑いながらも、滝川は小さく頷いて横にちょこんと座った。


ずっと一緒にいたいけど。
一緒にいるとどきどきが止まらないから。
それを押さえる事が出来なくて。
出来ないからどうしていいのか分からなくて。
でも。それでもやっぱり。
こうやって一緒にいて、見ていたいから。


「―――空を、見ていた」
来須はその言葉の通り空を見上げた。釣られて滝川も顔を上げる。そこには一面の蒼い空が広がっていた。
「わー真っ青ですねー」
「そうだな。こんな空を見ていると全てを忘れてしまう」
「先輩?」
空から視線を隣の来須へと移す。その横顔はどきりとする程に真剣だった。それを見て滝川は頬を赤らめるのを止められなかった。こんなに近くにいて、そしてもし自分を見たらバレてしまうけれど。でも止める事は出来なくて…。
「今が戦争だと言う事を」
上を、空を見たままの来須にひとつ安心感を覚える。その間にこの顔の火照りを直せばいいのだから。でも反面、ひどく切なくなった。その言葉を言う来須の存在がひどく遠くに感じて。
「忘れて、しまうな」
その言葉を告げて、初めて来須の視線が滝川へと向けられる。困った事に滝川の頬の火照りはまだ直っていなかった。それどころか真剣な眼差しに見つめられて、益々心臓はどきどきして顔色が変わってしまう。こうやって目を合わせているだけで緊張して。
「どうした?」
「は、はいっ?!」
「顔が赤いぞ」
「そ、それは…その…あの…俺…」
「うん?熱でもあるのか?」
来須は帽子を外すとこつんっと滝川の額に自らのそれを重ねた。そんな事をされたらどきどきが最高潮に達してどうにかなってしまう。耐えきれず滝川はぎゅっと目をつぶった。けれども顔の火照りは止まる所か益々かああっとなってしまう。
「別に熱はないみたいだが…おい?」
「…あ、あの…」
「俺が怖いのか?」
ぎゅっと目をつぶって少し震えている滝川を見て、来須は勘違いをしたみたいだった。無理もない端から見たらこんなデカイ男と一回りも小さな少年なら、そう思われてもいた仕方ないだろう。でもそんな来須に滝川は。
「ち、違いますっ!!先輩がカッコよすぎて俺…俺どきどきしているんですっ!!」
最高に墓穴掘りなセリフを言ってのけたのだった……。


何時も真っ直ぐな目を俺に向けてくる。
屈託のない目。純粋な目。その瞳を何時しか。
何時しか俺は心地よいものに感じていた。
何時しか俺はかけがえのないものに感じていた。

…何時しか俺は…ひどく大切なものに…なっていた……。


「もっと、どきどきさせてやるか?」
「―――え?」


滝川がその問いの答えを導き出す前にそっと。
そっとその唇が降りて来て、そして。
そしてゆっくりと、唇が触れた。


「…先…輩…??……」
唇が離れたと同時に滝川は瞬きをぱちくりさせる。今の状況が飲み込めてないらしい。呆然と来須の顔を見つめていた。
「悪くはないな」
「―――わっ!!!」
やっとの事で思考が廻り始めた滝川は今更ながらにビックリして、思わずその場をひとつ後ず去ってしまう。
その途端心臓がばくばく鳴り出して、耳までも真っ赤になって。そして。そしてどうしていいのか分からなくなって。
「あ、ああ…あの…その…先輩……」
手をあたふたと無意味に動かしているのが可笑しかった。どうしていいのか分からないのだろう。そんな所がひどく。ひどく来須には愛しく想えて。想えた、から。
「こうされるのは、嫌か?」
「…あ……」
ゆっくりと来須が近付いてきて、滝川の頬に手を当てる。そのままひとつ撫でて、その小さな身体をそっと抱き寄せた。
「嫌なら、抵抗しろ」
髪を、撫でられる。見掛けよりもずっと、ずっと優しい手が。そうして聴こえる、とくんとくんと言う、命の音が。滝川の耳に届く、その命の音。
「…抵抗…なんて…出来ません……」
その心臓の音に勇気付けられるように滝川は顔を上げた。その顔はやっぱり耳まで真っ赤だったけれど。けれども真っ直ぐに来須を見つめて。視線を反らす事無く、真っ直ぐに。
「…だって俺…ずっと先輩が……」
ずっと、憧れていて。ずっとカッコイイと思っていて。ずっと一緒にいたいと。どきどきして緊張するけれども。それ以上に。それ、以上に。


「……す…き…です……」


それを言うのがやっとで。
言うのが精一杯で。精一杯だった、から。
後は下を向いて顔を埋めるしか出来なくて。


「―――ああ……」


でもそんな俺に先輩は、そっと。
そっと髪を撫でてくれた。優しく。
凄く優しく撫でて、くれて。
そうしてもう一度。もう一回。

―――キスを、してくれたから……



暖かい日差しの中で。
ふわりと降り注ぐ光の中で。
こうして、互いのぬくもりを感じて。
こうして、互いの心臓の音を聴いて。
そして、ふたりで。ふたりで、ずっと。
ずっと、いられたらならば。



「…先輩…」
「うん?」
「…もう少し…このままでいても…いいですか?」
「―――ああ……」


「…お前が望む限り…幾らでも……」



END

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