ぽたりと屋根から雫が零れて、水溜りに小さな輪を作った。それを瀬戸口は無言で見つめながら、濡れぼそった髪をひとつかきあげた。
―――ぱさりと、雫が飛び散った。それが自らの頬に当たり、そして隣にいた速水の顔にも当たった。
「あ、わりー」
一言謝った瀬戸口に対して速水はにっこりと微笑った。濡れた顔を手で拭くと、そのまま自らの手を瀬戸口の頬に伸ばした。
「僕の顔に水をかけたなんて、許さないよ」
「―――速水……っ!」
ぐいっと頬に手を当てられたかと思うと、そのまま唇を奪われた。別に速水とキスするのはこれが初めてではなかったが、こんな何時人が通るか分からない場所でいきなりされれば、驚かずにはいられなかった。
「わっ、止めろっ!速水っ!!」
咄嗟にそれから逃れると、瀬戸口は雨宿りしていた店のドアへと後ずさりした。そんな瀬戸口に速水はやっぱり笑っている。その後ろから覗く景色は薄く明るくなっていて、雨が止んだ事を示していた。
「駄目だよ、君が悪いんだから」
「ってお前ここを何処だと思ってんだよっ!何時人が来るか…」
「来たら来たでいいよね。だって君への罰だから」
「…罰って…お前だって見られたらどーすんだよっ!!」
「別に構わないよ、だってこれで」
ゆっくりと速水は近付いて、そしてそのまま瀬戸口を抱きしめた。見掛けよりもずっと細い身体は、濡れている筈なのに妙に暖かかった。それは。
「これで君が僕だけのものだって、見せ付けられるしね」
それはこうして抱きしめた、腕のせいかもしれない。
二人とも久々に暇だった日曜日、せっかくだから出掛けたら途中で激しい雨が降って来た。天気予報では雨が降るとは言っていなかったのに、この土砂降りには参ってしまった。咄嗟に定休日を掲げた店先の屋根に雨宿りさせてもらい、そして今こんな状態になっていた。
「は、離せっ速水…マジ人に見られたら……」
瀬戸口の身体は壁と速水に隠れて一見道を歩く人間には分からないが、それでもここは明らかに公共の場である。それなのに速水は楽しそうに笑って、ふっと瀬戸口の耳に息を拭き掛ける始末だった。
「わーーっ!!何してんだっ!!」
「くすくす、可愛い瀬戸口」
耳を軽く噛みながら、速水の手が瀬戸口のシャツの裾に忍び込んだ。そしてそのまま上がってゆき、偶然に辿り着いたとでも言うように胸の突起に触れた。
「ちょっまっ…待て…あっ……」
柔らかく触れながら、指の腹で転がす。ぷくりと立ちあがったソレは、ぎゅっと摘んでやれば痛い程に張り詰めるのが分かる。
「…止めろって…あぁ……」
「その割に抵抗しないじゃん。このままヤッちゃうよ」
くすくすと笑ってまた速水は耳たぶを噛んだ。そのたびにぴくんっと瀬戸口の身体が揺れるのが分かる。それを楽しみながら、空いた方の手で瀬戸口のズボンのジッパーを外す。
店の看板と速水の身体のせいで隠れているが、かと言って見えないとは分からない。雨が上がったばかりで人通りはないが、何時誰かがやってくるのか分からない。元々人通りは少ない道だからと言って、決して来ないとは限らないのだ。が、しかし速水は決して手を止めようとはしなかった。
―――ジィ…とジッハーが下ろされる音がひどく瀬戸口の耳に届く。それが嫌で首を左右に振って抵抗したが、それは虚しい行為でしかなかった。
「―――あっ!!」
ひんやりとした冷たい手が、瀬戸口自身に触れる。その瞬間、鮮魚のように身体が跳ねた。
「…止め…駄目だって…速水…あ…あぁ……」
口で抵抗しても無駄でしかない。身体を跳ね付けようとしても、弱い部分を攻められて力が入らない。胸を指で摘まれながら、自身を弄ばれる。それだけで瀬戸口の抵抗力は充分に奪われてしまう。
「駄目って何処が駄目なの?もうこんなになってるのに」
「…ああんっ…はぁっ……」
速水の手の中のそれはどくどくと脈打ちながら、熱く滾っている。先端からは先走りの雫を滴らせながら。
「…止め…駄目…あぁんっ……」
「やめて欲しいの?止めていいの?こんなになってるのに」
「…ふぅ…んっ…はぁぁ…止め……」
「本当にいいの?止めて」
「はぁぁっ!」
くすくすと速水が笑っているのが瀬戸口には嫌と言う程に分かった。そして言葉通りに中途半端に上り詰めた所で速水は手を離した。とろりと先端から雫を垂らし、脈打つそれから。
「…やぁ…はぁ……」
「止めたよ、これでいい?」
見上げればにっこりと速水は笑っていた。そんな速水に瀬戸口は潤んだ瞳で見つめる。それが快楽の為なのか恥ずかしさの為なのか…苦痛の為なのかは判断つかなかったが。いやきっと全部交じり合ってそうなっているのだろう。
「…ふぅ…く………」
瀬戸口はぎゅっと唇を噛み締めて、今の状態をやり過ごそうとする。けれども一度付いてしまった快楽の火種は簡単に消す事が出来なくて。出来なくて。
「…ふ…ん……」
自らの指を口に持っていって、噛む事で耐えようとする。けれども身体のそこから湧き上がってくるものを押さえられない。背中から這いあがってきたこの快楽の波を。そして。そしてそうやって必死に耐えている自分を見つめる瞳を。全身を舐めまわすように見つめるその視線を。
――――全身を犯すようなその視線を……
「辛いんだろう?瀬戸口」
また耳元で囁かれる。ひどく甘い声で。ひどく優しい声で。天使のような笑顔で悪魔のような言葉を囁く恋人。けれども瀬戸口はそんな彼を嫌いになる事は決して出来ないから。
「…はや…み……」
「ん?」
「……せ…て…くれ……」
「聴こえないよ。何て言ったの?」
聴こえている事は充分に分かっている。それでも。それでも自分に言わせたいのだ。この口で、ちゃんと言わせたいのだ。それは嫌と言うほどに分かっているから。そして。そして、それを自分が拒めない事も…拒む事が出来ないことも。
「…イカ…せて……」
「くす、よく出来ました」
にっこりとした笑顔とともに、瀬戸口自身に望んでいた刺激が与えられた。
「…や…速水…待っ……」
「駄目あーんな可愛い顔見ちゃったら僕我慢出来ないもの」
ズボンのベルトを緩められ、そのまま身体を後ろ向きに向けさせられた。そしてそのまま膝まで下着ごとズボンが下ろされると、剥き出しになった秘所に指が挿れられる。
「…あんっ!」
前の刺激のせいで先ほどからソコはひくひくと切なげに震えていた。その中に指を突き入れながらぐちゃぐちゃと掻き乱す。そのたびに指と媚肉が擦れて卑猥な音を立てた。
「…あぁぁ…ん…はぁ…駄目だ…速水…あ…俺…あぁ……」
「またそう言うの?ココはこんなに僕の指を締め付けているのに…気持ちイイんでしょう?」
「…あぁ…ぁぁ……はや…みっ……」
後ろの刺激に先ほど果てた筈の瀬戸口自身も膨れ上がって来ている。それを煽るように後ろを掻き乱しながら、前に手を添えた。ぎゅっぎゅっと擦ってやれば感じている瀬戸口の後ろが速水の指をきつく締め付ける。それをしばらく楽しんで、速水はそれぞれから手を離した。
「…はぁぁん……」
ジッパーが下ろされる音が、する。剥き出しの秘所に硬いモノが当たるのが分かる。その感触にびくんっと瀬戸口の身体が震えて、そして。
「いくよ、瀬戸口」
―――そして熱い塊が、瀬戸口を貫いた。
車が走ってゆく音が聴こえた。
ざー―っと、水溜りを弾きながら。
それが、瀬戸口が認識した音の最後だった。
「あああああっ!!!」
ずぶずぶと音を立てながら、速水の凶器が瀬戸口を貫く。媚肉を引き裂くような痛みと、奥を突つかれる悦びが同時に瀬戸口を支配した。
「…あぁぁ…あああ…はや…み…ぁぁぁ……」
繋がっている部分が火傷しそうに熱い。内壁は刺激を逃さないようにときつく速水自身を締め付け、そして楔もその締め付けすらも引き裂くように奥へ、奥へと進んでいった。
「瀬戸口キツいよ…おまけに熱くて僕の溶けちゃいそう」
「やぁ…そんな事…言うなよぉ…あぁ…」
「だって本当の事だもん。こんなにキツいと僕の千切れちゃうかも」
「…あああんっ!!」
しばらく弄っていなかった瀬戸口自身に速水の指が絡まる。もうすでに雫を零しているソレを弄びながら、速水は激しく腰を打ち付けた。
「…あああっ…あぁぁ…もぉ…もぉ…変に…あぁ……」
「瀬戸口、イイよ…凄く…気持ちイイ……」
「―――ああああああっ!!!!」
どくんっと中で何かが弾けたのを感じた瞬間、瀬戸口の中に精液が流し込まれた。
「…速水…止めろ…って……」
注がれた精液と自らが零したソレが瀬戸口の太ももを汚す。それを速水は指で掬うとぺろぺろと舐めた。
「でもこのままじゃ帰れないだろう?」
その言葉に瀬戸口ははっと我に返る。けれどもそうした所でもう、どうにもなる訳ではなかったが。幸い瀬戸口の視界に他人は入ってこなかったが、見られていないと言う保証は何処にもないのだ。
「―――綺麗にしてあげるから」
「…あ……」
指先が何度も行き来し、瀬戸口の足にこびり付いた精液を綺麗に取った。そうしてズボンを履かせられて、取り合えず元通りにされる。けれども。けれども…
「どうしたの?瀬戸口」
指先はわざと、瀬戸口の感じる個所を行き来していた。そう、わざとだ。速水ならばそうするだろう。そうやって。そうやって瀬戸口が追い詰められるのを楽しむ為に。そして。そしてそうやって自分だけのものだと知らしめる為に。
「…な、ナンでも…ねーよ……」
小刻みに震える身体。熱っぽく蒸気している頬。そして。そして、潤んだ瞳。そんな様子を見て速水はにっこりと笑って。
「―――気分が悪いみたいだね。僕の家に行こうか?」
その言葉を瀬戸口は拒む事は出来なかった。いや何時も…何時も。瀬戸口は速水の言葉を、誘いを拒む事は出来ないのだから。
小さくこくりと頷いて、そして瀬戸口は恋人の顔を見つめる。
無邪気な天使のようなその笑顔を。そしてその中に含まれている残虐さを。
でも。でも、その全てを。その全てを含めて好きになったのは、自分だから。
―――彼を選んだのは…自分なのだから……
END