――――何時も君を見ていると、矛盾した想いに駆られる。
愛しているから、大事にしたくて。
愛しているから、苛めたくて。
君の涙がとても綺麗だから。綺麗、だから。
だからどうしても、僕は君を泣かせずにはいられないんだ。
愛している、よ。だから僕だけのものでいてね。僕だけを見ていてね。そうしないと、何をするか分からないから。
「君のその被害者ぶっている所が、許せない」
眼鏡の奥の澄んだ瞳。何よりも綺麗な瞳。この瞳をこうして真っ直ぐに見つめるのは僕だけでいい。僕だけで、いいんだ。
「いかにも同情してくれっていう所が許せない」
「…速水……」
頬に触れる。少しだけ冷たい頬。君は体温が低いせいか、何時も身体が冷たくて。それが嫌だったから激しく抱いた。全ての熱を与えたくて、狂うほどに君を抱いた。
「そうやって無意識に皆の気を引こうとする…そうやって他の男の気を引こうとする」
「…違う、僕は…」
「そうやってわざと被害者振る、許せないよ。君は被害者でもなんでもないのに」
何度もその白い頬を撫でた。冷たい頬がイヤだった。もっとぬくもりを与えたかった。もっとぬくもりが欲しかった。そしてそれを僕が。僕だけが与えたかった。
「許せないよ、君は僕だけのものなのに…狩谷……」
車椅子ごと、君を抱きしめた。腕に伝わるぬくもりは、微かなもので。それが許せない。僕がこうして抱きしめているのに。君を、抱きしめているのに。
「そうやって弱い振りをして…僕を加害者にしようとする…僕のが被害者なのに」
君の顔を見つめながら、綺麗な顔を見つめながら。そっとその眼鏡を外した。眼鏡越しじゃない、君の本当の瞳を見ていいのは僕だけだ。そしてこの至近距離で…君が見つめるのは僕だけだ。
「こんなに僕のほうが…君に捕らわれているのに……」
見上げるその顔を瞼の裏に焼き付けて、貪るように口付けた。血の味がする、生臭いキスを。
何時も君は、僕を傷つける。身体もこころも、傷つける。
でもそれは。それは僕が君のものだから。君だけのもの、だから。
僕を傷つけられるのは君だけで。僕を壊せるのは君だけで。
見えない細かい傷を何度も僕の心に付けて。そして、抉りとってゆく。
僕の心を。僕の、こころを。君が。君だけが、奪ってゆく。
「…速水…やめっ…んっ……」
噛みつくような口付け。そして血の、味。口の中に広がる生臭い感覚がイヤだったから首を横に振った。けれどもそんな僕を許さずに、君はきつく僕を抱きしめる。
「…んんっ…速…水っ……」
僕が逃げる事が出来ないと分かっていても。僕が逃げられないと分かっていても。君はきつく。きつく僕を、抱きしめる。
「―――好きだよ、狩谷…君だけが好きだよ」
口許から零れる血を君の舌が丁寧に辿る。その仕草は泣きたくなるほどに優しい。そう君は、優しい。僕を言葉で傷つけながらも、こうして。こうして行われる行為は何処か…優しい。
「…僕も…君だけが…好きだ…速水……」
いつも告げている言葉。君にだけ告げている言葉。嘘も偽りもないただひとつの真実。ただひとつの、想い。それでも。それでも君は。君は満足しないから。満足しないから、僕を傷つける。傷つけても僕が君から離れないことを、確認するために。確かめるため、に。
「だったらその言葉、確かめさせてね」
そう言うと君は僕の身体を車椅子から抱き上げる。そしてそのままベッドの上に押し倒された。性急に服を脱がされ、素肌に指が触れる。ひどく体温の高い、指先が。
「…あっ……」
胸の果実を指で摘まれ、それだけで僕の口からは細い吐息が零れた。快楽に慣らされた身体は何時でも君の指に反応するようになっていた。どんな些細な刺激でも。君がそうした。君が、そうさせた。
「優しく抱いてあげたいのに、何時もそれが出来ない。君を見ていると、僕は残酷になる」
髪を撫でる指は優しいのに、身体を弄る愛撫は乱暴だった。しなやかな指の感触がそれを和らげているだけで。求める指の激しさは、ただひたすらに君の想いをぶつけるだけで。
「…ああっ…ん…はぁっ……」
ただ君の想いを僕の全てにぶつけるように。強く、激しく、そして性急に。
「愛していると囁いて、そして傷つけないように抱いてあげたいのに」
「―――あっ!」
耳たぶを、噛まれた。きつく噛まれて、そこから血がぽたりと零れて来る。けれども僕は君から逃げなかった。逃げたら君がもっと。もっと、傷つくから。
―――分かっているから、逃げられない。君が僕を抱くたびに傷ついているという事が……。
「優しく出来ない。泣かせたい。君を壊したい」
胸の果実を強く摘まれながら、同時に形を変化させ始めた自身に触れられる。それだけでびくんっと僕の身体は跳ねた。耐え切れずに、跳ねた。
「…速…水…っ…ああんっ…やぁっ…ん……」
首を左右に振ればぱさりと髪が、揺れた。その髪に君はひとつ口付ける。そんな所は…こんなにも優しいのに。優しい、のに。
「こんなに…好きなのに…どうしてなんだろうね、狩谷……」
「…速…水……」
「何時かきっと僕は君を、殺してしまうかもしれないね」
君の言葉に僕はそっと微笑った。快楽のせいで上手く口許を笑みの形に作れなかったかもしれないけれど。それでも、微笑った。
―――君に殺されたいよ…と、願いながら……
ゆっくりと内側から壊れてゆく。本当は壊れているのは僕のほうなんだよ、狩谷。
君を想い、君に狂い、君を愛し、君を壊し…壊したい衝動を押さえきれず、それでも必死に押し留め。そして。そして僕は少しずつ壊れるんだ。内側から剥がれてゆくんだ。
何時しか僕の心が全ての蒼に染まった時。その時きっと僕は。僕は君を殺すだろう。
ただ独り愛した君を。一番残酷な方法で。そうだよ、でもそれが。それが僕の。
―――君への純愛だって言っても…信じてくれるだろうか?
細い腰を掴み、まだ準備を施されていないソコを無理やり貫いた。君の口から苦痛の悲鳴が零れる。それでも僕は構わずに、欲望のままに身体を進めた。繋がった個所から零れる生暖かい血を太ももに感じながら、それでも欲望を捻じ込んだ。君の、中に。
「…ひあああっ!…ああああ……」
それでも君は僕から離れない。僕から逃げはしない。どんなに乱暴に抱いても君は。君は決して僕から逃げはしない。それが何よりも嬉しく、それが何よりも苦しい。
優しくしたいのに。優しくしてあげたいのに。でもそれを与えたらきっと。きっと君には『同情』になるんだろうね。
「…はあああ…あぁぁ…速…水…あぁ……」
瞳から零れる涙が、綺麗。何よりも、綺麗。この世のどんなものよりも君の涙は綺麗だから。だから抱きしめて。だから閉じ込めて。誰にも渡したくなくて、誰にも見せたくなくて。
「…狩谷…目、開けて……」
僕だけの君に、したい。全ての君を僕だけのものにしたい。だから殺したい。殺して誰にも見せずに僕の中に永遠に閉じ込めて。閉じ込めて、僕だけのものに。
「…速水…速…水……」
涙で濡れた瞳が僕を見上げ、そして瞬きとともに零れ落ちる雫。その雫すら誰にも渡したくはない。
「…この瞳も涙も…僕だけのものだ」
「―――あああっ!!」
ぐいっと腰を引き寄せ激しく貫けば、君の喉が綺麗に仰け反る。そのくっきりと浮かび上がるラインに、唇を落とした。きつく吸い上げ消えない痕を作って。作って、歪んだ満足感を得る。
―――この小さな、所有の証に。
「…あああっ…あああんっ…もおっ……」
白いシーツが波打ち、汗ばむ肢体が乱れる。
「…もお…ダメ…壊れ…あぁぁ……」
髪から汗が零れて、そして僕の頬に飛んで。
「…壊れ…ちゃ………」
そして、ぽたりと口許に落ちた汗を僕は舐めた。
それはしょっぱくて、涙の味がした。
「――――あああああっ!!!!」
限界まで突き上げ、そのまま中に欲望の証を注ぎ込む。熱い液体を君の中に注ぎこみ、そして。そして一瞬の満足感と、深い絶望を感じる。身体を繋げても、激しく貫いても、それでも。それでも君を全て手に入れたと思えない侘しさに、深い絶望を。
何時も想いは矛盾する。
―――好きだよ…速水……
君の言葉が真実であればあるほど。
―――…ずっと好きだよ……
どうして僕はこんなにも。こんなにも壊れてゆくのだろう。
君の想いを、感じれば感じるほどに。
「…好きだよ…狩谷……」
優しくて残酷な僕の恋人。愛の言葉とそして傷つけるための言葉と。
「…君が好きだよ…誰よりも…」
喜びと痛みと。苦しみと切なさを、与えてくれる人。
「―――愛しているよ…狩谷……」
何よりも哀しい僕の、恋人。
「…うん…速水…僕もだよ…僕もだよ……」
それでも愛しているんだ。君だけを愛しているんだ、速水。
だから何時か。何時か、君のその愛で。歪んで狂ったその愛で。
―――僕を殺して…そして開放して……全てのものから………
END