首輪

君の細いその首に、見えない首輪を掛けよう。


本当はこのまま。このまま指に力を込めて、そして。そしてきつく締め付けたかったのかもしれない。
「―――速水…僕を、殺したいの?……」
それでも手は、掛けられなかった。力を込める事は出来なかった。君が綺麗に、微笑ったから。僕の名前を呼びながら、そっと。そっと微笑ったから。
綺麗でそして儚い笑み。一番君に似合うその微笑み。最初から最期まで、僕だけのものだったらいいのに。そうしたら、いいのに。
「殺したいけど、まだ殺せない」
生まれてから死ぬまでの君が、全部僕だけのものならばこんな想いもしなくていいのに。君という歴史の全てに僕が刻まれたら、何も要らないのに。
「駄目、まだ時が来ていないから…殺せない……」
君の細い首に手を掛けたまま、僕はその唇を塞いだ。柔らかいその唇を、塞いだ。


――――君を殺す事が出来るのは僕だけだ……


誰にも君を渡したくないから。だから僕は君を選ぶ。君を、選ぶ。
君を竜にする。世界の敵にする。そして。そして僕が殺すんだ。
誰にも君を殺させはしない。誰にも君を渡しはしない。
君の最期を手に入れるのは僕だから。僕だけが君の最期を手に入れるから。


「…君の全部が僕で埋まるように……」
唇を離して、君の髪に触れる。柔らかいその髪に。
「…速水…僕は……」
髪に触れてひとつずつ口付けて。全部。全部僕で。
「…とっくに君だけのものなのに……」
全部僕で、君を埋めるんだ。その全てを。


「――――君だけが僕を生かして、そして殺すんだ…速水……」



永遠に戻れない場所へと、君が僕を連れてゆく。
その指が、その声が、その瞳が。
けれどもそれは、僕も。僕も望んだ事だから。


君に導かれ、君に連れられ、そして殺される事を。


愛している、速水。ずっと君を。
「…うん、僕だけのものだ……」
君だけを愛している。ずっと、ずっと。
「…僕だけの…狩谷……」
何時しか僕が竜になり心を失っても。
「―――誰にも渡さない……」
君を愛する事だけは、止められないから。


僕の首には見えない首輪が掛けられている。君がつけた、血で出来た首輪が。


このまま指に力を込めて、殺してくれてもよかった。既に僕の全ては『君』と言う存在で埋められているのだから。身もこころも、魂さえも。
「渡さない。運命にも渡さない。僕が君を殺すから」
うん、殺してね。ちゃんと僕を君の手で殺してね。誰にも渡さないで。誰にも僕を渡さないで。君の手で、君の全てで運命から僕という存在を抹殺して。君にしか残らないように。君の心にしか残らないように。
「僕が君を殺すから」
何処にも僕が残らないように。破片すらも残らないように。全部君が取り込んで。僕を全部、君に取り込んで。それが僕にとってのただひとつの願いだから。
「―――愛しているよ、狩谷」
首筋にまた指が絡まった。力を込められる事はないけれど。それでも僕はうっとりと目を閉じた。それが僕等の見えない約束の印だから。



遠くから、近くから、忍び寄る運命が。
何時もふたりを引き裂こうとしているから。
だから必死に抵抗して、そして選んだ道が。
君が僕を殺す事だけだった。それしかなかった。
選ばれし僕は既に未来も相手も決められていて。
そしてそれに抗う事は許されない。それならば。
それならば、唯一の方法はこれしかないから。


――――君を竜に選び、そして僕がこの手で殺してあげる事。


誰にも理解されない、純愛。誰にも分からない愛。
でも僕らだけが知っているもの。僕らだけが分かっているもの。
血塗られた紅い糸でしか指を結べない僕等の。
そんな僕等のただひとつの、永遠になる方法だった。



首に掛けてあげる。見えない首輪を。それは僕等の紅い糸。
「もうすぐだよ。永遠の場所は」
君が僕だけのものだという印を、その細い首に。
「もうすぐだから…狩谷……」
だからずっと。ずっと君は僕だけのもの。



そうだね、もうすぐ。もうすぐ君が僕を殺してくれる。
そうしたら僕は永遠の場所に行けるから。君のこころの中と言う。
誰にも触れる事の出来ない、誰も侵入できないただひとつの場所に。




「――――君の全てを…僕が取り込んで…そして永遠に愛するから……」



END

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