NOISE LIMITTER

――――廻る。頭の中が、廻っている。ぐるぐると、廻っている。


うるさい。うるさい、うるさい。もう止めてくれ。もう聴きたくない。聴きたくないんだ。その声を、もう聴きたくない。その声は、聴きたくないんだ。
僕の中を支配する声。僕の中を掻き乱す声。僕の中に侵蝕して、そして芯から侵してゆく声。嫌だ、嫌だ僕は。僕は何も聴きたくないんだ。



『僕だけの、君でいてね』


耳元で囁かれるその声に。暖かいはずなのに冷たいその腕に。埋もれて、そして唯一の光に縋る事が。それが僕の全てだった。僕の、全てだった。
「――――誰にも渡さない、君だけは…渡さない」
その囁きを胸の痛みとともに受け入れながら、痺れるような疼きに身を焦がした。誰かのものになるという幸福感に全てを奪われた。誰かのものになるという事に。
「狩谷、好きだよ。僕だけの狩谷」
手を差し伸べればそこにあるもの。伸ばせば必ず繋がれる手。結ばれる指先。失う事しか知らなくなってしまった僕に、唯一与えられたもの。唯一手に入れたもの。
「僕だけの…ものだ……」
ものになりたかった。誰かのものになりたかった。そうすれば失う不安に怯える事がないから。もう自分から消えてしまう恐怖に怯える事もないから。



――――目覚メヨ…竜ヨ…目覚メヨ……


止めてくれ。止めてくれ、もう。もう僕の中にこれ以上入ってこないでくれ。まだ僕は。まだ僕は僕でいたいのに。まだもう少し僕でいたいんだ。だから僕に入ってくるな。僕の脳味噌を侵さないで。聴きたくない。聴きたくない、聴きたくない。まだまだ僕は。僕は僕自身でいたいんだ。いたいんだ、だから。だから、だから。


廻っている。頭の中、廻っている。ぐるぐると、廻っている。


たったひとつだけ、約束をした。たったひとつだけ、君は僕に約束をした。小指に絡まった透明な糸。君が僕の指に掛けた、決して見える事のない糸。それがゆっくりと、僕の指に食い込んで。食い込んで肉を引き千切ってゆく。ゆっくりと、僕が刻まれてゆく。
「僕が君を、殺してあげるからね」
それが約束。それが僕と君の約束。それだけで僕は生きてゆけると思った。それだけで死ぬのが怖いと思わなくなった。君が殺してくれるなら、僕は。僕はその瞬間に、永遠に君のものになれるから。
「殺してあげるからね」
永遠に君だけのものになる。僕は君に殺されるためだけに生まれてきた。君のためだけに生まれてきた。そう思えて初めて全ての事が喜びに変わった。
永遠に地上を歩く事が出来なくなった脚が。僕の廻りから去っていった奴らが。全部、全部、喜びに変わっていった。
だってそれすらも今こうして。こうして君に出逢って、君だけのものになる為に必要な事ならば。それはどんなに嬉しい事なのだろう。どんなに…しあわせな事だろう。



――――メザメヨ…竜ヨ…世界ヲ…破壊シロ……



君のためになら竜にでも邪にでもなろう。君の為ならばどんなものになってなろう。そうする事で君の物語が完成するならば、僕はどんなものにも変化しよう。
でも、まだ。まだもう少し。もう少しだけ待ってくれ。まだ僕を支配しないでくれ。まだ僕は。僕はまだ竜にはなれない。まだ僕は君に殺されるわけにはいかない。だって。だって、だって僕は。僕は、僕は、僕は…。


僕はまだ告げていない。君に好きだって、告げていない。


――――好きだよ、狩谷。君だけが好きなんだ。
うん、速水。うん、僕も君が好き。君だけが、好き。
――――誰にも分からなくていい。君だけがその事を知っていればいい。
僕だけが知っている。君の本当を知っている。それでいいよね。
――――世界中の誰もが気付かなくても…それでいい。君だけが分かってくれれば。
分かっているよ、速水。分かっている。僕だけは分かっているから。


でも一度も君に好きだとは告げなかった。君のくれた言葉に埋もれて、君の囁きに溺れて。そして僕は告げるべき最期の言葉を喉の奥に閉じ込めていた。



君に殺されるその瞬間まで。完全に僕が君のものになるまで。閉じ込めていた言葉。



廻る、視界。廻る、脳味噌。廻っている、頭。
「…速水……」
ぐるぐると。ぐるぐると、廻っている。廻っている。
「…速水…早く…早く来て……」
胃液まで吐き出しそうな嘔吐感。内臓が締め付けられる圧迫感。
「…来てくれ…早く…そして僕を見つけて……」
廻る世界の中で。ぐるぐると、廻る世界の中で。僕は捜している。
「…僕が…『僕』でいられる間に……」
君だけを。君だけを、捜している。



もっと。もっともっと、しあわせになれたのかもしれない。もっと、もっと。



白い羽が見える。真っ白な翼が見える。廻る世界の中で。ぐるぐると廻っている視界の中で。見えるのは真っ白な羽。真っ白な、翼。
「…はや…み?……」
君がHEROになる為に。君の物語が完成するために。その為に必要なのは、誰の目にも分かる正義と悪。誰から見ても分かる、正しいものと間違ったもの。
「――――狩谷……」
君の為に生まれてきた。君に殺されるために生まれてきた。僕の全ては君のもの。僕の全ては、君だけのもの。
「…はや…み……」
だからあげる。全部、あげる。僕の身体も、僕の心も、僕の命も。全部、全部君だけにあげる。だって僕は。僕は、速水。君のことを。君だけのことを。




「…好き…だよ…速水……」



微笑う。天使が微笑う。泣きながら、微笑う。透明な雫を零しながら、微笑む。
廻る世界の中で。歪む世界の中で。それだけが綺麗。それだけが、綺麗。綺麗で、哀しい。



…廻っている。頭が廻っている。ぐるぐると、廻っている。廻っている…廻って……。


END

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