――― 一面に降り注ぐ、天使の羽。
綺麗だなと、思った。
全身に降り注ぐ白い羽がとても。
とても綺麗だな、と。
闇に染まりゆく僕をそっと。
そっとこの羽は隠してくれる。
ふわふわと、降り積もり。
穢たない僕を、隠してくれる。
――――君が、好きだよ……
「自分の身分や親の権力は、僕にとっては何よりも憎むべきものです。それでも」
大きな腕が僕の身体をふわりと抱き上げる。この腕の暖かさが何時しか僕にとって心地よいものになっていた。ひどく、心地よいものに。
「それでも今は、それに縋ってでも貴方の脚を直したいと思っています」
「…遠坂……」
首筋に腕を廻して、こうしてしがみつくのが。しがみついて抱き付くのが、何時しか僕にとって自然なものになっていた。当たり前のことの、ように。
「憎むべきものでも利用してでも貴方を僕は選ばずにはいられないんです」
「僕のこと、好き?」
言って見て後悔した。答えは分かっているのに。君は僕の質問に真っ直ぐな瞳で答えてくれるだろう。それが。それが僕にはひどく苦しいんだ。
「好きですよ」
微笑って、優しく微笑って。降りて来る唇の甘さに、僕の瞼は震える。そんなつもりなんてなかったのに、そんな想いなんて持つことはなかったのに。何時しか。
――――何時しかこんなにも君に捕らわれている。
背中に廻した手に少しだけ力を込めた。その瞬間、答える変わりにもう一度その唇が降りてくる。優しい、唇。甘い口付け。その甘さに全てが溶かされたらばいいのに。
「…遠坂……」
もう一度ぎゅっとしがみ付いた。君はそのまま僕をそっとベッドの上へと降ろす。真新しいシーツの感触がひどく身に染みる。
「眼鏡、取ってもいいですか?」
ひどく生真面目な顔で聞いてくる君に僕は微笑って答えた。長い指が僕の眼鏡を外すと、そのままベッドサイドに置かれる。カチっと小さな音がした。
「貴方の目、僕は何よりも好きなんです」
「目、だけ?」
意地悪な質問をした。答えなんて分かっているのに。分かっていても聴きたいと思う僕は、少しこころが弱くなっているのかもしれない。
「目も、です。僕は貴方の名前の付く物ならば何でも好きです」
そっと手が伸びて僕の髪を撫でた。ひどく綺麗な指先。僕はこんなに綺麗な指を持っている人を他に知らない。
―――君はこんなにも僕を捕らえているのに……
「好きです、貴方が」
もう一度口付けられて、そしてゆっくりと上半身がシーツの上に倒される。僕は抵抗せずに自らの手をその背中へと廻した。広くて大きなその背中へと。
「…僕も…好きだよ……」
唇が離れて、真っ先に君に告げた言葉。この言葉に嘘ない。嘘はないけど、真実でもない。
君を好きだと言う想いは僕にはもう止められない。けれども、その先に。その先にあるのは。
――――その先に、あるものは……
降り注ぐ羽。天使の羽。
静かに降りてゆく、その羽に。
埋もれてゆく僕の心。
静かに埋もれてゆく僕の、こころ。
このまま真っ白な服を、着れたならば……
「…好きだよ…遠坂……」
好き、君が好き。優しい瞳も、強い腕も、広い背中も。君の全てが好き。
「…本当に…好きだよ……」
君だけが僕を好きだと言ってくれたから。こんなになった僕を君だけが。君だけが好きだと言ってくれたから。
脚が動かなくなった僕を。誰も見向きもしなくなった僕を君だけが好きだとそう言ってくれたから。
けれども、僕は。それでも僕は。
―――やっぱり、君の隣には立つ事は出来ない……
僕はやはり夢に捕らえられ、そして。そして滅びる未来を選択するだろう。ただ一人僕を殺すべき人間の手によって、囚われる事を。囚われて滅びる運命を選択するだろう。
分かっている、君の腕の中にいれば。
君のこの腕の中にいれば、僕は。
僕はきっとしあわせになれる。僕は護られる。
脚が動かなければ君は僕の脚になってくれるだろう。
君はずっと僕のそばにいてくれるだろう。それでも。
―――それでも、僕は……。
僕の存在価値。
それがあしきゆめに囚われ。
そして滅びるしかないのなら。
僕はその運命を選ぼう。
誰よりも光在る未来を持っている君の手で。
君の手で、殺される運命を。
「…あっ……」
ワイシャツのボタンが外され現れた胸の果実を口に含まれる。そのまま上着を脱がされ、空いたほうの胸は指で弄られた。
「…はぁっ…んっ……」
柔らかく噛みながら、とがった舌で突つかれる。それだけで僕の身体は小刻みに震えた。
自分がこんなにも敏感だと言うことは君に抱かれるまで知らなかった。今まで女の子を抱いたことしかなかったから。抱かれるという行為がこんなにも今まで知らなかった自分を見せることになるとは分からなかった。
「…あぁ……」
胸を嬲っていた舌がゆっくりと身体を滑ってゆく。わき腹のラインを辿り臍を舐め、そしてズボンまで辿り着いた。
「貴方は何もしないでください」
手を使って腰を浮かそうとした僕を止めて、君は丁寧にズボンを脱がした。動かない脚に負担をかけないように、と。
―――そんな君の優しさが僕は好き、だよ。
「…あんっ!……」
脚を折り曲げられその中心部を口に含まれた。上半身の愛撫のせいで微妙に形を変化させていたソレは、含まれた途端に熱くなる。どくんどくんと、脈打っているのが自分でも分かった。
「…あっ…ああ…んっ……」
巧みな舌に嬲られて、僕のソコは限界まで膨れ上がっていた。けれどももどかしいほどに緩やかな愛撫が繰り返されて、イキそうになってもイカせてはくれなかった。
「…あぁ…遠坂…もぉ……」
抗議の意味を込めてその長い髪を引っ張ってやった。そうして初めて君は顔を上げると、そのまま僕に覆い被さってきた。
「――もう、どうして欲しいんですか?」
くすっとひとつ微笑って、耳元に息を吹きかけるように囁かれた。それだけで僕の身体はぴくりと跳ねる。こんなに敏感な身体が今はひどく恨めしかった。
「…バカ…言わせるのかっ?!……」
睨み付けても快楽に潤んだ瞳では効果はないだろう。けれども予想に反して君は柔らかく微笑って。
「貴方の口から聴きたかったんです。でも今日は意地悪はしません」
「―――っ!!」
そっと口付けると、限界まで膨れ上がったソレに手を掛けて一気に扱かれた。僕はそのまま白い液体を手のひらに吐き出した。
君の腕の中。
僕が一番安心できる場所。
ここにいれば僕は。
僕はどんなものからも護られる。
深い傷も、イヤな差別も、その全てから。
全てからこの腕は僕を護ってくれる。
―――でも…ここにはいられない……
あしきゆめにこころを食われ。
そして闇に堕ちてゆく僕は。
君のそばにはいられない。
綺麗な君の未来に僕はいてはいけない。
だから僕は、僕の運命を選ぶから。
……君は綺麗な道を…歩んでください……
「ああ―――っ!」
身体の中に君の熱い塊が挿ってくる。まるで内部から溶けそうなほどのその熱さに眩暈すら感じる。
「…あぁ…あああ……」
ずぶずぶと音を立てながら侵入するソレを、僕の浅ましい媚肉は逃さないようにときつく締めつける。それが益々互いの快楽を煽ってゆく。
「…はぁっ…ああんっ……」
耐えきれずに背中に腕を廻し、爪を立てた。きつく、きつく、消えないように。今の『僕』と言う存在が消えてしまっても、この痕だけは消えないようにと。
―――君から僕が…消えないようにと……
「…好きですよ…貴方だけが…」
降り積もる、声。僕の全身に降り積もる、声。白い羽。君の白い羽が僕に降り積もってゆく。穢れた僕に降り積もってゆく。
―――君の綺麗な、こころが……
最奥まで貫かれ、その瞬間僕の意識は真っ白になった。それと同時に体内に熱い液体が注ぎ込まれるのを感じた……。
君が、好きだよ。僕は君が、好き。
だからほんの少しでいいから。
ほんの少しでいいから僕を憶えていて。
あしきゆめに囚われ、そして滅びゆく僕を。
全ての人間が忘れてしまっても、君だけは。
君だけは僕を、憶えていて。
―――君が…好きだから………
眠りに落ちた君の顔を見つめながら、そっとその髪に手を伸ばした。柔らかい髪は何時も僕の指先に馴染んで、切ないほどの優しさを伝える。
「…遠坂……」
君が僕に与えてくれたものを僕は決して忘れない。どんなになっても『僕』は忘れないから。
「…好きだよ……」
動かない唇にひとつキスを、した。僕から君にキスをするのはこれで最初で最期だねと、こころの中で呟きながら……。
降り注ぐ、天使の羽。それは君の、こころ。
END