眼鏡

―――ただひとつの望み、それは君を手に入れること。

少しでも、僕以外の人間が君の中に入り込むのがイヤなんだ。
その瞳には僕以外を映さないで欲しいんだ。
……僕だけを、見ていて欲しいんだ。

―――僕だけの、君でいて……


「眼鏡、取って」
君の手が伸びてきて僕の眼鏡を外した。そうすると君の顔がきちんと見えなくなるから…少し不安になるのに。それなのに君は僕の眼鏡を取りたがる。
「…速水、返してくれ」
そう訴えても君は眼鏡を返してはくれない。くすくすと笑って僕を見下ろすだけ。こうやって見上げる君の顔は少しぼやけて見えるのに。輪郭がぼやけて、君がぼやけて、不安になるのに。
「眼鏡取った方が、可愛いのに」
またくすくすと君は笑う。少しぼやけた輪郭がくっきりと形取った。君の顔が、近付いたから。長い睫が、僕の睫に触れる。
「…眼鏡…返し……」
言葉は最後まで声にならなかった。柔らかい唇が僕の唇を塞いで声を閉じ込めてしまったから。触れるだけの、キス。それだけで目尻が熱くなるのはどうして?
「――君の目、好きだよ。きらきらしてて…僕だけ映してくれたらいいのにね」
髪を撫でる指。そのままそっと引き寄せられ、抱きしめられる。何時も君は言う。

この椅子がなかったら僕は君を抱きしめることが出来ないかもしれないね、と。


欲しくないんだ。
君以外は何も。
何も欲しくはないんだ。
勲章も、階級も、女の子も。
何も何も、いらないんだ。
僕は君だけが。
君だけがいてくれればいい。
君をこの腕の中に捕らえられたならば。


そんな事はないのに。君の腕ならば僕は決して逃げはしないのに。君の腕の中、ならば。
「…僕だけ、映してね……」
君の言葉通り僕の目は君しか映していないのに。どうしてその腕の力は強くなるの?こんなにも強く、なるの?
―――僕には…分からない………
「…速水……」
そっと手を背中に廻して、そのまま胸に頬を乗せた。とくん、とくん、と。聴こえてくるのは、心臓の音。命の、刻む音。
「どうして、そんな事を言うの?」
目を閉じ命の音を感じ、そしてぬくもりを感じる。暖かい腕の中。こんなぬくもりはもう二度と手に入れることは出来ないと思っていた。この脚が動かなくなった日から、僕は全てを失ったから。もう二度と失ったものは手に入らないと思っていたから。
「君が僕だけを見ていないから」
その言葉に咄嗟に僕は顔を上げて君の顔を見つめた。真剣な瞳。怖いほどに真剣な、瞳。
「この眼鏡、ずっと取り上げていたい。そうしたら君の視界は歪んで、他のものを映さないだろう?」
「そんなこと…ないよ…だから返して、速水」
「イヤだと言ったら?」
「困るよ…だって…」

「…君の顔がちゃんと見られない……」

僕の言葉に君は声を出して笑った。楽しそうに、笑った。そしてまたそっと指が伸びて僕に眼鏡を掛け直してくれた。
「――これで僕の顔ちゃんと見える?」
「見えるよ、速水。ちゃんと見える」
背中に廻していた手を君の頬に重ねた。暖かい頬。柔らかい頬。今度はそのまま引き寄せて、僕の方から君にキスをした。
「…これでも…信じてくれない?…」
僕の言葉に君は曖昧に微笑うだけで答えてはくれなかった。ただ僕をもう一度きつく抱きしめるだけで。強く、抱きしめるだけで。



君の脚が、動いていたなら。君の脚が人並みに動いていたなら。
果たして君は僕の腕の中にいただろうか?
別の人の手を取っていたんじゃないだろうか?
こんな事にならなかったなら。
君はきっともっとたくさんの選択肢があった。
そして君が選ぶ人間はたくさんいた。
もしも君の脚が動いていたら。

―――君は僕と出逢う事すらなかったのかもしれない……


「もっと、触れたい…狩谷……」
「…速水……」
「…君にもっと……」

胸に手を滑りこませ、君の滑らかな肌に触れた。触れた瞬間はひんやりとして冷たかった肌が、僕の指先によってぬくもりが灯る。その瞬間が僕はどうしようもなくしあわせだった。僕の手によって、君の身体に体温が灯る事が。
「…はや…みっ……」
君の感じる部分を指で攻めたてる。そのたびに零れるのは甘い吐息。熱くて甘い、濡れた声。
「…ダメだ…そこは…ああっ!……」
ズボンのジッパーを下ろして、君自身を取り出すとそのまま口に含んだ。こんな時君の脚が動けなくてよかったと思う。こんなことをしても君は僕から逃げる事が出来ないから。
「…はぁ…ああんっ……」
指先が髪に絡まって、僕の髪を引っ張ろうとする。けれどもその指先は思うように力が入っていない。下半身に与えられた愛撫が、指先の力を拡散させていた。
「…あぁ…あんっ…ダメ…だ…出ちゃ……」
「いいよ、出して」
「…はや…み………」
「全部飲んであげるから」
一瞬戸惑ったような顔を見せる君の表情を瞼の裏に焼き付けて、僕は開放させるために強く先端を扱いてやった。

「ああ―――っ!!」

どくんどくんと脈打ちながら、僕の口中に生暖かい液体が注ぎ込まれる。それを躊躇う事無く僕は飲み干した。少しだけ口の中に残った液体は、顔を上げて君の口の中に滑りこませる。
「…んっ…ふぅ……」
「君の出したモノだよ」
「…はぁ…ん……」
こくりと音がして、君がソレを飲み干すのを確認して唇を離した。見つめた先の瞳が潤んでいる。紅潮した頬と、喘ぐ息。ぽたりと一筋流れた涙は、快楽のためのモノだろう。
「…速水…君は……」
意を決したような表情で君はそう言うと、震えながらその手が僕のズボンのジッパーへと掛かる。そこは君を求めて熱く息づいていた。
「口で、シテくれるの?でも僕は君の中に出したい」
耳元で囁いた言葉にぴくんっと身体が跳ねるのが分かる。その様子をひどく愛しい想いで感じながら、僕は君の身体をいったん抱き上げた。
「この車椅子、二人で座っても大丈夫?」
僕の問いに答える代わりにこくりと頷く君の唇をひとつ盗み取って、僕は車椅子の上に座った。そのまま君を僕の膝の上に乗せる。そうして後ろから抱き付いて、再びその胸の果実を指で嬲った。
「…あっ…ぁ……」
空いた方の手で君のズボンを膝まで下ろして、そのまま指を双丘の狭間に忍び込ませる。挿れた瞬間、媚肉が硬直したように指をギュッと締めつける。けれども入り口を解してゆくうちにスムーズにソコは異物を受け入れ始めた。
「…はぁ…くぅ……」
「――もう、いい?……」
耳元に息を吹きかけながら尋ねる僕に、君は小さく頷いた……。

君の細い腰を掴むと一瞬浮かせて、そのままずぶずぶと音を立てながら僕自身を突き入れた。一瞬身体は硬直したが、快楽を知っている媚肉は何時しか僕を受けいれ淫らに絡み付いてきた。
「…あああ…あぁ…んっ……」
腰を落としてゆくたびに、君の背中が仰け反る。尖った胸を突き出すように、君は深く喘いだ。
「…あぁ…ああああ……」
突き出した胸を痛いほどに摘んでやれば、自ら腰を振って僕を求めてきた。それが何よりも嬉しい。君から僕を求めてくれる事が。
「可愛いよ、狩谷…僕だけの……」
「…ああんっ…はぁっ…あ…」
「僕だけのものだ」
「ああああ――――っ!!!」
腰を突き上げ最奥を抉って、僕は君の中に欲望の証を吐き出した。



―――僕だけのものだ…と、君は言った。

そんな事今更言葉にしなくても、僕は君だけのものなのに。
どうして改めて言葉にして、そして。
そしてこうやって僕を抱くたびに確認をするの?
僕は君だけのものなのに。君だけのモノ…なのに……

…どうして?…速水……


僕の身体を貫いているソレは、欲望を吐き出しても僕の中から抜かれることはなかった。
「…速水…まだ…するの?……」
まだ快楽の火種を残すこの身体では、どんな些細な刺激でも敏感に感じてしまう。いくら欲望を吐き出したとはいえ、まだ適度な硬度を持つ君のソレは僕を苦しめる。
「――したい、ダメ?」
そう僕に尋ねながらも、その指は再び僕自身を弄んでいた。そして僕は決して君の言葉には逆らえない。逆らうことは、出来ない。
こくりと小さく頷いて、僕は再びこの身体を君の作り出す快楽の波に泳がさせた。


どうしてかな?どうしてだろう?
君に抱かれているときが、一番。
一番君を近くに感じる。一番君を遠くに感じる。
一番嬉しくて、一番淋しいのは。

―――どうしてなのかな?………



君を抱いている時、何時も。
何時もこのまま貫き殺してしまいたいと言う衝動に駆られる。
このまま、君を。君を抱いたまま。
殺してしまえたら、と。
そうしたら永遠に君は僕のものになるから。

何時も僕は何処かで怯えている…君には別の選択肢が用意されているのではないかと…


それでも、君は僕を選び。
僕は君だけを選んだ。
その事実は変えられないのだから。
たとえ違う選択肢が僕らに在ったとしても。

―――それでもこうして互いを選んだのだから……


「――好きだよ…狩谷……」
「…僕も…君だけが……」
「……愛している……」
「…うん…僕も……」

「…君だけを…愛して…いる……」


君の言葉を信じて。
君の言葉を信じることが。

―――それが僕の全て、だから。


END

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