don’t you know?

―――切なさが、足許から浸透する。

抱きしめる腕の強さが強ければ強いほど。
どうして切なくなるのだろう?
こんなにも君の気持ちを感じる事が出来るのに、どうして。
どうしてこんなにも胸が、締め付けられるのだろう?


――――君が、好きだから……


抱き上げられて初めて。初めて、君を上から見下ろした。何時も僕は見上げる事しか出来なかったから…初めて見るこの角度に一瞬どきりとした。見られない角度のせいだろうか?君がまるで別人のように思えて。知らない人のように…思えて…。
「…遠坂って……」
「はい?」
「こうして見ると睫毛…長いんだね……」
伸ばした手で髪に、触れる。君の長い髪に触れている時が一番安心感を覚える。どんな瞬間でもこの髪に触れてさえいれば…僕は何も怖くないもかもしれない。
例え今、幻獣に殺されたとしても。背中から押し寄せる漆黒の闇に押し潰されたとしても。
「そうですか?」
「うん、今初めて気が付いた」
君の肩に手を掛けて支えながら、それでも指は髪から離さなかった。君の腕には結構負担が掛かっているはずなのに、それでも顔色ひとつ変えない。何時もの優しい笑顔で僕を見つめている。
―――どうして?と思っていた。君はどうして何時も微笑っているのだろうと。足許から背中から、闇はありとあらゆる場所から押し寄せてくるのに。何時も。何時も君は、微笑っている。その笑みに僕はどれだけ不安を覚え、どれだけ救われているのだろうか?
「それに君がこんなに綺麗な顔をしているなんて…気付かなかった……」
君がその笑みを誰にでも向けていると言う不安。君の笑みを見ているだけで安心して心が救われて。どっちも僕にとって事実だった。どっちも僕にとっての本当の事だった。
「貴方の方が綺麗ですよ」
少しだけ引き寄せられて、そして口付けられる。けれども僕が上にいるから…自分からキスしているみたいだった。何時もキスは君からだった。僕からした事なんてない。だからこそひどく新鮮に感じるのかもしれない。
―――自分から…している訳でも、ないのにね……
「重くない?」
「平気ですよ。これでも僕は鍛えている」
「でも重いだろう?」
首に指を絡めて髪に顔を埋めれば、ふわりと身体が浮くのが感じた。抱き上げられていた身体を抱えられる。やっぱりこうしている方が何だか落ち付くのが不思議だった。
「この方がいいですか?」
「君が楽だろう?」
「姫君を抱かえる王子みたいで…僕は気分いいですよ」
「…何言ってんだよ…」
「子供の頃の憧れですよ。僕は王子になりたかった」
「…OLじゃないのか?…」
「OLにもなりたかったんです。でも王子にもなりたかった」
全く何を言っているんだろうと思った。けれども何だかひどく君『らしい』気もする。君ならきっと本当にどっちもなりたかったんだと思う。
「さしずめ貴方は人魚姫でしょうか?」
「…バカ人魚姫は声と引き換えに脚を手に入れた…僕には歩く脚は…ないよ…」
「でも声があるでしょう?」

「声があるから…貴方は泡になったりしない……」

そう言って嬉しそうに微笑うと、また口付けられた。そうだね、僕には声がある。声があるから…君に伝える事が出来る。
「それに脚なら…僕が貴方の脚になります」
―――君に言葉で、伝える事が出来る……
「ずっと?」
「ええ、ずっと。永遠に僕は貴方のものだ」
永遠なんて言葉は大げさだと思ったけれど…君の言葉なら信じられるような気がした。


切なくなるのは、苦しくなるのは。
君のことが好きだから。
―――どうしようもなく君が。
僕は君が、好きだから。

…君も僕が好きだって…少し、僕は自惚れても…いいかな?


ゆっくりと身体をシーツの波に降ろされた。どんな時でもどんな瞬間でも君は優しい。優しすぎるくらいに。
「君は何時もきちんとネクタイを締めている」
自分から手を伸ばして君のネクタイを外した。何時もはされるままだけど…たまにはこんなのもいいよね。
「そう言う風に育てられましたから」
見つめあいながら服を脱がし合った。何だか子供に戻ったみたいだった。これからする事は大人の行為なのに…それがひどく可笑しくて。可笑しかったから、ふたりで笑い合った。
「なんか変な感じだね」
全ての服を脱いで互いに裸になってみて、出た言葉がこれだった。別に見慣れている筈なのに変な感じがするのはどうしてだろう?
「そんなことありませんよ、貴方は何時でも綺麗です」
「…あっ……」
首筋に唇を落とされて、そしてきつく吸い上げられる。それは僕が君のものだと言う所有の証。君だけのものだと言う…
「…はぁ……」
首筋を舌が辿り鎖骨のラインを舐め上げられた。それだけで感じてしまう僕の身体は、何時しか君の指の感触に慣れされていた。
「…あぁ…ん……」
首筋から鎖骨そして胸へと辿り着いた舌は、そのまま果実をぺろりと舐めた。その瞬間ぴくんっと身体が震えるのを押さえきれなかった。
舌先で突つかれながら軽く歯で噛まれる。そして空いている方の突起は指で摘まれ、弄ばれた。
「…あぁ…遠坂…はぁっ……」
耐え切れずに髪に指を絡めてくしゃりとそれを乱した。けれども僕にとって。僕にとってこの髪に触れる事が何よりも安心出来る事だから。これから先どんな快楽に飲まれても、この髪にさえ触れていれば。
「…ああ…はぁ…んっ……」
―――僕は、どんな時でも『絶対』の安心を得られるから……


僕の全身を滑る指、そして舌。
僕の全てを知り尽くした…僕以上に僕を知っている。
君の手が、君の声が僕を。
僕を甘い快楽への海へと静めてゆく。
深くて、激しいその水底へと。

人魚姫は海の泡になったというけれど。
僕は君の腕の中で泡になるのかな?
君の作る快楽の海の中で。

……泡になって…溶けてゆくのかな?………


「…くぅ…はぁ……」
冷たい指が僕の最奥に忍び込んでくる。一瞬その冷たさに身体が硬直したが、すぐに解されていった。中を掻き乱すその指によって。
「…はぁっん…あ………」
くちゃくちゃと音を立てながら、僕の中を犯してゆく指。器用に、そして巧みに。僕の意識の全てを溶かしてゆく。
「…はふぅ…ぁぁ……」
僕は耐えきれずに指先を噛んだ。そうして押し寄せる快楽の波から意識を必死で取り戻そうとする。けれどもその指は途中で遮られた。
「貴方の綺麗な指に傷が付きます」
「…遠…坂……」
指を掴まれ、そして外された。そのまま広い背中に廻される。僕だけが許されるその背中に。
「ここは貴方だけのモノです。好きなだけ引っかいてください」
「…バカ…痛いぞ…」
「いいんです。僕は何時ももっと貴方に痛い事しているんだから」
こう言う台詞を真顔で言う神経が信じられない。けれどもこんな性格だから僕を好きだと言えるんだろう。こんな性格だから…僕を好きだと迷わず言えるんだろう…。
「……で、でも……」
「はい?」
「…痛いだけじゃ…ないから……」
僕はその言葉の恥ずかしさに耐えきれずシーツに顔を埋めた。そうしたら。
―――そうしたら君は…そっと僕の頬にキスを、した……


君が好きだと、思う瞬間。
本当に君が好きだと。
好きだなと、思う瞬間。

切なくて苦しくて、でもしあわせその瞬間。


「―――ああっ!!」
指とは比べ物にならない大きさに貫かれて、僕は耐えきれずに背中を仰け反らせた。けれどもそれは最初だけで、次第に硬直していた内部は淫らに蠢き始めた。
「…ああ…あぁ……」
一気に貫いて動きを止めた君自身は僕の媚肉が馴染むのを辛抱強く待っていた。何時も、そうだ。君は絶対に僕に無理強いはしない。僕の身体が慣れるまで、僕が良くなるまで、君は待っている。ゆっくりと君は僕を手に入れる。
「…はぁ…あ……んっ…」
自分でも声が濡れてくるのが分かる。それを合図に僕の中の君が動き始めた。最初はゆっくりと、次第に激しく。僕の中を行き来する。挿入を繰り返し、肉の抵抗力と弾力を思う存分に味わっていた。
「…あああ…あぁ……」
ぐちゃぐちゃと接合部分が淫らな音を立てながら、濡れてゆくのが分かる。確かに僕は君を求めていた。
「…あぁぁ…あ…」
君だけを、求めていた。君とひとつになりたくて。君を感じたくて。君だけを深く感じたくて。
―――好きだから…君が、大好きだから……
「ああああ―――っ!!!」
最奥まで貫かれ、そして熱い液体が注がれて。注がれた瞬間、僕の意識は真っ白になった…。


切なさが、苦しさが足許から僕に浸透する。
けれども降り注ぐ君の声と、君の優しさが。
切なさと苦しさを包み込んで。
包み込んでそして。そして抱きしめる腕が。
僕の全てを満たしてゆく。


僕を切なくさせるのは君だけ。
僕を満たすのも君だけ。

―――君だけが…僕の全て………


「…泡に…ならなかった…」
「え?」
「…君が……」

「僕が泡になる前に…見つけ出してくれたから……」


声をなくし、脚を手に入れた人魚姫は、王子に気付いて貰えなくて泡になったけれど。
脚がなくても声のある僕は、君に気付いてもらえたから。


―――君だけが、僕を見つけてくれたから………


END

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