あしきゆめ

――――僕は、君に殺されたかったのかもしれない。

獲り込まれて、ゆく。
柔らかく暗い闇に吸い込まれてゆく。
滑らかで生暖かく、そして。
そしてひどく心地よい。
心地よい悪夢に獲り込まれてゆく。

僕は何処へ、行きたかったんだろう?
僕は何処へ、辿り着きたかったんだろう?


闇に獲り込まれてゆく僕の身体を引き止める、手。
強くて、そして暖かな手。
この手を取れば僕は、しあわせになれたのかもしれない。

……しあわせに…なれたのかも…しれない。


誰かに、聴いてほしかった。人間である僕の言葉を、『ひと』である僕の言葉を。
「…もうすぐ僕は夢に支配されるんだ……」
何処にもいけない。僕は何処へもゆくことが出来ない。僕は僕以外のものにはなれはしない。それでも。それでも…それでも、僕は。
「もうすぐ支配されて…そして僕は僕でなくなる」
たとえ形が変わっても、意識がなくなってしまっても、自我がなくなっても。やっぱり僕は僕でしかないのだから。どんなになろうとも。どんなことになろうとも、僕は僕以外のものになる事は出来ない。自分自身以外のものには。
「そうしたらきっと誰も僕を僕だと分からなくなるね」
どんなになろうとも僕だから。どんなになっても、僕だから。だからそんな僕を殺すべき人間はただ独り。殺して欲しい人間はただ独り。ただひとり、だけ。僕が見て欲しいのは、僕が見つめて欲しいのは、僕が気付いて欲しいのは…。
「―――分かる」
手がそっと伸びてきて頬に触れた。優しい手だった。こころがない君が、人を愛せない君がこんな手を持っているのはどうして?どうしてこんなにも君の手は、暖かいの?
「余計なものは俺には無意味だ。だから、分かる」
もしも君の手が暖かいともっと早く気付いていればよかった。この手のぬくもりを気付いていれば良かった。そうすれば僕は夢に取りこまれなかったのかもしれない。
もしかしたら僕はもっと違う道を、選べたのかもしれない。


折れた翼。二度とは元に戻らない翼。
片翼では、空を飛べることは出来ない。
あの蒼い空へと飛ぶことが。
だから僕は堕ちてゆく。空から堕ちてゆく。
そして辿り着いたのは漆黒の闇。
滑らかで、柔らかい、闇。
そこはひどく心地よく、温かい場所。
傷つき壊れた僕の中にいとも簡単に滑り込み。
何時しか僕は光すら見ることがなくなっていた。


「…俺には、お前が分かる……」
もしも、君が。君の瞳にもっと早く気付いていたならば。
「…来須……」
その鏡のような全てを反射する瞳の先の優しさに、気付いていたならば。
「――分かる、から……」
この悪しき闇にも、あしきゆめにも、僕は囚われなかったのかもしれない。


光、強い光。
それは何時も君の廻りにあった。
君のそばにあった。君自身にあった。
誰もが惹かれるその強い光。
僕もその中へと入ってゆきたかった。
君に対等に向き合いたかった。

…ああ…でも僕は…僕は君と同じ場所へと行けないから……

君と出逢った事が僕にとっての一番の後悔。一番のしあわせ。
君と出逢わなければ気付かなかった。君と出逢わなければ気付くことはなかった。
君に出逢わなければ知らずにすんだ。君に出逢わなければ気付かずにすんだ。
このどうしようもない独占欲と、苦しいほどの想いに。


『狩谷、僕だけを見てね』
『…速水……』
『僕だけを、見ていて』


見ていたよ、君だけを。
君だけを、ずっと見ていた。
眩しいほどの光に包まれた君を。

―――君をずっと、見ていた。

君と対等になるにはどうすればいい?
眩しい君と同じ位置に立つにはどうすればいい?
僕が光になれないのなら…光になれないのなら……
……闇に堕ちるしか、ない……


―――君が僕を、殺しに来る……


「…ありがとう……」

聴いてくれて、ありがとう。分かるとそう言ってくれてありがとう。
僕はそれでも。それでも…速水が好きなんだ…君がこの優しい手を僕に差し出してくれても…それでも僕は…。
ごめんね、君には。君には僕は『ひと』としての最期の言葉を君に伝えることしか出来ない。それしか君に残せない。この暖かい手を持つ、君に。
ひとではない、それでも僕自身にしかなれない闇は…みな…速水…君のために……

「…僕を好きになってくれて…ありがとう……」

それでもやはり僕は獲り込まれるのだろう。
悪夢の中にただひとつの希望を抱いて。
それでしか君のこころに残れないのならば。
それでしか君と同じ場所へと立てないのならば。

僕の行きたい場所は、ただひとつしかない。


頬を包み込む手が何時しか僕の身体全てを包み込んでいた。そこから零れるぬくもりにそっと目を閉じて僕は自分の犯した罪に身を焦がす。
この腕の中にいればしあわせになれると分かっていながらも…闇に堕ちてゆく自分を…。

そしてただひとつの望みをこころに刻む。



――――君に、殺されたい……と。


END

 HOME  BACK 

  プロフィール  PR:無料HP  合宿免許  請求書買取 口コミ 埼玉  製菓 専門学校  夏タイヤを格安ゲット  タイヤ 価格  タイヤ 小型セダン  建築監督 専門学校  テールレンズ  水晶アクセの専門ショップ  保育士 短期大学  トリプルエー投資顧問   中古タイヤ 札幌  バイアグラ 評判