――――消えることのない絆。
漆黒の闇と紅の血を吸い取って、重たく沈んでゆく絆。
けれどもそれが千切れる事は決してなくて。
どんなに黒き運命を、他人の血を、吸い取っても。
全ての人間を傷つけても、それは決して解けることはない。
消えた、十字架。残る手首の跡。
神も悪魔も、何処にもいない。この世にあるのはただの『ひと』だけだ。
「僕は貴方が大嫌いなんですよ、狩谷さん」
消える事のない絆、消せる事のない運命。僕にはどうしようもなく羨ましくて堪らないモノ。どんなに僕が望んでも手に入れられないもの。どんなに願っても。
「どうして?」
その全てを遮断して殻に閉じこもる性格も。それでいてどうしても放って置く事が出来ないその雰囲気も、全てが。全てが、僕には持ち得なかったものだから。
―――その壊れそうな強さだけがどうしても僕が持つことの出来ないものだった。
「どうしてって?だって貴方しかなれなかった」
僕にはないこの不安定な瞳が、彼のこころを捕らえた。この瞳が、全てを捕らえた。絡み付く運命の糸。どんなに複雑に絡み合おうとも、貴方達は一本の糸で繋がっている。それは他人が決して千切る事は出来ないほどに強固な絆だから。
「どうして貴方だけが夢に捕らわれ…そしてあの人を捕らえたのか?」
絡みつく運命の糸。僕の手では引き千切る事が出来ない複雑に絡みついた糸。無理に引き千切ろうとすればこの手が切り落とされるだけ。そしてまた僕の血を吸い込んで絆は強固になってゆくのだろう。見えないその強い吸引力で。
「――でも…僕はともには生きられない…」
微笑う、その儚い笑みが。強くあろうとすればするほど見え隠れする弱さが、その全てが僕にとって。その全てが。
「君には未来があるだろう?」
僕にとって壊したくて、憎いものだから。
誰にでも平等に微笑みながら、誰も見ていなかった瞳。
誰にでも同じように優しく、誰にでも同じように興味がない。
そんな彼が唯一囚われたもの。唯一、捕らえたもの。
貴方が自分の全てを代償にして手に入れた想いを、僕も。
―――僕も手に入れたかった……
「それでも僕は貴方を許さない――この手で…汚してやる」
彼が触れた身体に僕が、触れる。彼が抱いた身体を僕が抱く。それは哀しい代償。報われない自慰行為、それでも。それでも、僕は。
「…それで君の気がすむなら…いいよ……」
その瞳が、嫌い。僕を哀れむように見る瞳が嫌い。常に自分が愛されていると、自分が優位な立場にいると、その裏返しだから。
「ならば望み通りに」
動けない身体をそのまま車椅子から引き上げると、冷たい床に押し倒した。その間貴方は一切抵抗しない。抵抗出来ない。それが貴方の優しさ、貴方の優越感。拒絶しないことで貴方は愛されていると余裕を見せる。拒絶しないことで僕を憐れんでいる。それがどんなに傷つけているのか…気付かずに。
乱暴に服を引き裂いた。日にあたらない素肌はまるで透けるように白かった。透明に近いほど。それは病的な白さだった。ひどく生命を感じさせない色。まるで陶器のような色。
「これは…速水の付けた痕?」
鎖骨のキスマークに指で触れればぴくりと身体が跳ねる。その問いには答えずにただ。ただ僕を見つめる瞳。そんな瞳を向けないでくれ。そんな風に僕は同情されたくはないんだ。
「だったら僕が汚してやる」
身体中に散らばる紅い痕に僕は全て唇を這わした。わざときつく口付けて、前に付けた痕を打ち消すように。指と舌で、僕は全てを辿った。
「…あぁ……」
それでも口から零れるのは甘い吐息。快楽に慣らされた身体は彼以外の手でも舌でも、反応する。その事実が少しだけ僕の暗い喜びを満たした。
「…はぁっ…んっ……」
下着ごとズボンを剥ぎ取って、欲望の中心を下界に曝け出す。それはひくひくと切なげに震えながら立ちあがろうとしていた。
「――イヤらしいですね…貴方の身体…もうこんなになっている」
「…ああっ!……」
立ち上がりかけた先端をピンっと指で弾いた。その瞬間、鮮魚のように身体が跳ねる。口からは細い悲鳴のような甘い声が零れる。頬をうっすらと朱に染めながら。
「…はぁ…あぁ………」
先端の割れ目に爪を立ててやると、筋が浮き出るほどに膨張した。何時しか指先に先走りの雫が零れているのを感じる。僕はそのまま出口を塞ぐと、もう一方の指を秘所へと付き入れた。
「――あっ!」
一気に付き入れたせいか、苦痛で眉が歪んでいる。その顔を見届けながら、中の指をくいっと折り曲げた。まだ馴染んでいない媚肉は異物を排除しようと蠢くが、それが結果的に指を締め付ける事になってしまう。
「…やぁっ…痛っ……」
限界まで膨れ上がっていたソレも、体内に埋められた指のせいで縮こまってゆくのが分かる。けれどもすぐにまたソレは、前よりももっと快楽を示すのだろうが。受け入れることに慣らされた身体が、異物によって持たされる快楽を知っている限り。
「――痛いなんて、嘘ばかり」
「…ああっ……」
何度も指で中を掻き回した。そのたびにぴくんぴくんと、身体が跳ねる。そして何時しか縮こまっていたソレも、再び立ちあがり始めていた。
「もっと、欲しいんでしょう?あげますよ、ほら」
「…やあんっ!……」
体内に埋め込んだ指の本数を増やしてやる。一本から二本へ、そして三本へと。それぞれが中で勝手な動きを始めれば、何時しかその目尻からは快楽の涙が零れ始めていた。
「…ああん…はぁんっ……」
耐えきれずに腕が僕の背中に廻されると、何かに縋るようにしがみ付いてきた。こうやって。こうやって彼にも縋っているのだろうか?
「イヤらしい身体ですね…誰でもいいんだ、貴方は」
僕の言葉にうっすらと目を開けて、そうして見つめる瞳は。その瞳はやっぱりさっきと同じように僕を憐れむ瞳…だった……。
身体も、こころも、魂も。
『自分』と言う名の全てをもってして。
もってして、貴方はその運命を受け入れようとしている。
ただひとつの絆のために。ただひとつの想いのために。
そこまでした貴方は『ふたり』であろうとした。
滅びるものと、滅ぼすものになろうとも。
優しい未来を選ぶよりも、絶望の今を選ぶ。
それが決してしあわせになれないと分かっていても、それでも。
それでも『ふたり』であることを、選ぶのだから。
乱暴に脚を開かせて、そのまま身体を貫いた。苦痛と快楽の狭間で歪む表情を見下ろしながら、何度も何度もその中に捻じ込む。細い腰を掴み激しく打ちつけながら、僕はその中に精液を何度も注ぎ込んだ。
「…茜…ごめん……」
意識を失くす寸前に、零した貴方の言葉。
何処までも、何処までも、貴方は。
貴方は僕よりも上に立っている。
どんなに陵辱をしても、どんなに穢しても。
―――貴方は彼のモノだから。
僕を許そうとする貴方が、嫌い。永遠に勝てない貴方が、嫌い。
それでも僕は、ゆめに囚われることも。
彼の前に立ちはだかることも出来ない。
ただこうして歪んだ欲望を満たして、そして。
そして暗い悦びに身を堕とすだけ。
―――何処にもゆくことが出来ずにこうして立ち止まるだけ……。
END