制服

最期の制服を脱ぎ捨てて、辿り着く場所は『自分自身』だった。

何処に行くんだろうかと思っていた。
子供の時間に終わりを告げたその瞬間に、どこへと旅立つのだろうと思っていた。
けれども実際子供の時間が終わっても、世界の終わりが来ても。
僕は『ここ』にいた。同じ場所に立っていた。
そして。そして向き合ったものは、ただ一人の自分自身だけだった。


「僕は皆がしあわせになれればいいと思う。全ての人がしあわせになれたら」
「―――全ての人?」
「うん、もう誰も哀しむ事のない世界にしたいんだ」
「…それは………かな?」
「何?狩谷?」
「何でもないよ、速水」


その中には僕も含まれているの?
そう聴こうとして、何故か聴けなかった。
君の『全て』の中に僕は入っていないような気がして。
僕はその枠の外に独り。
独り、ぽつんといるような気がして。


「なーんて、ただのパイロットの僕が言うセリフじゃないよな」
―――でも君は、士魂号に乗る手も脚もある。
「ただ死亡率が低いってだけでパイロットになった僕に」
―――それでも君は、動く事が出来る。
「ただのパイロットなのにね」
―――でも僕はその『ただの』パイロットにもなれないんだ……


―――僕は何処にもいけない。

本当は分かっていた事だった。
僕は僕以外のものにはなれない。
僕自身以外のものには決してなれはしないんだ。
別のものにどんなに憧れても、どんなに望んでも。
それ以外のものになんてなれはしないのだから。


眩しいなと、思った。
君はとても眩しいと。
そして気がついた。

『選ばれた人間』と『選ばれなかった人間』の違いを……


きらきらと、している。君は光の中にいる。
僕とは違う場所にいる。僕とは違う所にいる。
どんなに手を伸ばしても、どんなに追い駆けても。
決して僕は君に届く事はない。


「…でも…もしも平和になったら…狩谷……」
伸ばされた手。頬に触れる手。優しい、手。暖かい、手。この手がずっと僕のものだったなら。この手がずっと僕だけのものだったなら。
「その時は、僕は君を」
……永遠に…僕だけのもの…だったなら……


―――何処に、行きたかったのだろうか?

繰り返し僕の頭を駆け巡る疑問符。繰り返し湧き上がる疑問符。
けれどもその答えは何時も曖昧で、僕に真実を映し出してはくれなかった。
決して、真実を見せてはくれなかった。


『―――好きだよ……』


君は僕にそう言った。君は僕を抱きしめ、そして身体を貫く。
その熱さを感じながら、君とひとつになりながら。
僕は何処かで思っていた。僕は何処かで願っていた。

―――このまま君と、溶け合ってしまいたいと。

溶け合って、ひとつになって。
君と僕の境界線が曖昧になって。
ぐちゃぐちゃに交じり合ってしまえたら。
…そうしたら、僕は……


「好きだよ、狩谷。君だけが」
うん、僕も好き。君だけが、好き。
「ずっとこうしていたい」
そうだね、ずっと。ずっとこうしていられたら。
「僕だけのものにしたいから」
こうしていられたら僕は、君と同化出来るから。


―――何に、なりたかったの?

僕は僕以外のものになりたかった。
僕という名前の付くもの全てから開放されたかった。
違うものになりたかった。
違うものに、なりたかった。

…僕は…君に…なりたかった……


恋愛と友情と、嫉妬と羨望の境界線。


「…狩谷…どうして君が……」
驚愕に見開かれる君の声。初めて見せた、君の怯えた顔。
「どうしてっ?!」
ああ、これで。これで僕は君になれる。
「どうしてなんだよっ?!!!」
君に殺されて初めて僕は。僕は本当に君とひとつになれる。


僕にとってその全てが曖昧になっていた。曖昧だった。
だからこんな事になってしまったのかもしれない。
って、それは今思えば…なのだけれども。

―――僕は君になりたかった……


殺してくれ。僕を殺して、速水。
その為だけに僕は捕らわれたのだから。
このゆめの中に捕らわれたのだから。
ねえ、お願いだから。
僕は君以外のものに殺されたくはないんだ。


『…好きだよ…速水……』


やっぱり最期に残るのはこの言葉なのかな?
この想いなのかな?ねえ、そうなのかな?

…速水…僕は…君になりたかった…のかな?……


最期の制服を脱ぎ捨てた先に辿り着いた場所。
それはただの剥き出しになった僕自身と、そして君。
感情と言う殻をなくした、ただの僕と君。



―――それが僕等の全て、でした………


END

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