綺麗な君の、死に顔。
あまりにも綺麗だったから、キスをした。
その時触れた唇の冷たさで初めて。
初めて君が死んだ事を実感した。
―――僕が、殺したのにね……
『…速…水……』
君の細い首筋に指を絡めて。
『…好き…だ…よ……』
指を絡めて、きつく。
『…君が…好き…だ……』
きつく、握り締めた。
ぽきりと、音が、した。
唇からどろりと血が垂れて。
……かくん…と。
君の顔が反り返った。
見開かれた瞳孔が葡萄のように綺麗だった。
―――その瞳が映した最期の人間が僕だという事に…暗い悦びを憶えた。
君があしき夢に捕らわれ、君が君でなくなる前に。
その前に僕のこの手で、殺したんだ。
僕が一番好きな君のままで。一番綺麗な君のままで。
これで永遠になれるね、なんて馬鹿な事を考えながら。
「…綺麗だよ…狩谷……」
僕は君だけが欲しかった。君以外何も欲しくは無かった。
本当だよ、僕が他人に優しいのは君の気を引かせたい為だけなんだから。
君のこころを捕らえたいだけなんだから。
僕が君以外に優しいのは、君以外どうでもいいからなんだよ。
「…君は…綺麗…だね……」
だから僕は君には優しくなかった。
君にだけは僕は自分自身を見せていた。
優しくない醜い僕の剥き出しの心を、君だけに。
「―――抱きたいな……」
このまま君を抱きたいなと思った。
抱いて、抱きしめて、貫いて。無茶苦茶にしたい。
冷たい君の身体を僕の熱で埋め尽くしたかった。
「…愛しているよ…狩谷……」
君が生きていた時、一度も言った事はなかった。
言葉にしたらきっとその瞬間僕は。
君への想いを押さえきれなくて、殺してしまうだろうから。
だから今、言うんだ。
屍になった君に。僕のものだけになった君に。
……愛情と狂気と、想いと夢と…そして現実………。
「愛しているんだ、君だけを」
冷たい身体。冷たい唇。ならば僕が体温を分け与えよう。この腕に閉じ込め、その身体を貫こう。屍になっても僕は君を愛しているのだから。
「…ずっと君だけを……」
キスしてあげる。ほら唇に暖かさが灯っただろう?抱いてあげる。ほら身体にぬくもりが感じられるだろう?
その身体を貫いて、欲望を吐き出して。熱い液体を中に注げば…君は寒くないだろう?
「…狩谷…狩谷…狩谷……」
―――ねえ、これで君は独りだと想わないだろう?
君の淋しさを知っていた。君の孤独を知っていた。
君の哀しみを知っていた。君のこころを知っていた。
君は僕を光だと言うけれど、君こそ僕にとっては光なんだよ。
闇に堕ちて僕と同じ場所へ行きたいと言った君の言葉は。
僕が闇にいると言う何よりもの証拠なのにね。
何処までも真実で何処までも現実で。
境界線なんて何処にもない。初めからなかった。
君の命も君の死も、どちらも僕には愛しい君なのだから。
君が生きていても、君が死んでいても。
どちらも僕にとっては代わらない。愛する君自身なのだから。
君の屍を抱いた。欲望を君の中に吐き出す。
その瞬間に灯る熱に激しい愛しさを感じながら。
どろりと零れた自分の精液が、君の身体を汚してゆく。
君の綺麗な死体に、精液が飛び散る。
「…白だけじゃ…淋しいよね……」
かりりと手首を噛んだ。そこからぽたりと零れる血。鮮やかな紅。
手首をかざして、その血を君の身体に散らばせる。華のように。
―――鮮やかな紅い華のように。
ぽたり、ぽたりと、きみのからだのうえに。
きみのからだのうえにはながさく。
結局僕等は何処へ行きたかったんだろうか?
何処へ辿り着きたかったのだろうか?
背中に生えた白い翼は何時しか漆黒の闇に染まっていった。
染まって、重たくなって。そして空を飛べなくなった。
―――空を、飛びたかったの?
違うそんな所へ行きたかった訳じゃない。綺麗な場所に行きたかった訳でもない。
あちら側へ行っても、僕等は白い服は着る事は出来ないと分かっていた。
綺麗な透明な所へ辿り着けない事も分かっていた。
漆黒と紅い糸に絡まれた僕等は、ただ堕ちてゆくしか出来ないのだから。
…何処も行けない事なんて…分かっていたのに……
―――夜に咲く天使に、翼はない。夜に散る天使に、羽はない。
目を閉じる。聴こえるのは時計の音だけ。
逆に廻り続ける狂った時計の音だけ。
時計仕掛けの狂気が僕の中に浸透して、そして。
そして内面から、破壊した。
「…愛しているよ…狩谷……」
白と紅と、そして君。
それを瞼の裏に焼き付け。
そして僕も眠ろう。
何処にも行けなくても。
何処にも辿り着けなくても。
何も残らなくても。
ここには君がいる。ここには君がある。
―――それ以外に何を望むと言うのだろうか?
END