ガラスの靴

君のつま先に、口付けて。
綺麗な君の脚にガラスの靴を履かせよう。
君が僕だけのものだと分かるように。
君が何処にも、逃げないように。

―――君は僕だけの、ものだから……


音のない部屋に乾いた金属の音だけが、冷たく響いた。カシャンと、ひとつ。それが狩谷の耳の奥にこびりついて、離れなかった。
「………」
声を発しようとして、止めた。この静寂に今は身を浸していたいと思ったから。しばらくすればこの口からはイヤと言うほど声を出す事になるのだから。
―――カシャン…もう一度金属音が鳴った。自分が腕を上げたからだ。手首に巻かれた鎖が引きつったような音を立てる。けれども手首の所には柔らかな皮で護られていて、決して狩谷の皮膚を傷つけることはなかったのだが。
上を見上げれば小さな窓が、ひとつ。それが自分と外を繋ぐ唯一の場所だった。ただ後はこの音と色のない部屋だけが、今の自分の世界だった。
「…簡単…だよな……」
声にしないつもりで、それでも言葉として出たモノは。それは少しだけ皮肉交じりのものだった。―――簡単な、事。それが全てだった。
自分を閉じ込めるのは簡単だ。だって僕の脚は動かないのだから、だから簡単だ。僕の手を縛ってしまえばいい。そうしたら。そうしたらもう、何処にも行く事が出来ないのだから。…出来ない…のだから……。
床に無造作に投げ出されている脚を狩谷は見下ろした。神経のない、脚。今これを切断されても痛みすら感じる事の出来ない脚。動かない脚。
カシャンと、また金属音が鳴る。手を精一杯伸ばして狩谷は自らの脚に触れた。触れた所で、感覚など何もないのだが。それでも。それでも、何故か今は触れたかった。


逃げたいのか、逃げられないのか。
逃げたくないのか、ここにいたいのか。
何もかもがぐちゃぐちゃになって分からない。
何が本当で、何が真実なのか。
今は何もかもが、分からなかった。


―――カチャリと、頭上から音がする。その音に狩谷は顔を上げた。
上げればそこには自分の想いの人が、いた。


「…いい子にしていたかい?狩谷……」
くすりと微笑う顔はまるで天使のようで。他人を惹き込まずにはいられない笑顔。狩谷はその笑顔から目を反らす事は出来ない。
「――速水…いい加減にしてくれ」
口では言ってみたものの、本当は分からなかった。何に対して自分がそう言ったのか…本当は分からなかった。
「ここから出してくれなら却下だよ。ダメ、もう君をここから出したりはしない」
カツカツと足音が響き、速水は狩谷の前に立った。そうしてくすくすと微笑いながら、狩谷の全身を見下ろす。その嬲るような視線はまるで視姦されているようだった。
「もう君を何処にも出さない」
子供が我が侭を言うように速水は言うと、その場にしゃがんで狩谷の頬に手を充てた。暖かい、手だった。
「そんな事、出来る訳はないだろうっ?!何時か…何時か誰かがここを見つけ出す」
「大丈夫だよ、見付けたら」
そのまま顔を近づけて…一瞬だけ唇を触れ合わせる。それはすぐに離れて、そして。そして速水の唇に一筋の血を零させて。
「見付けた奴を、僕が殺してあげるから」
――――怖いほど綺麗な顔で、そう言った。


「―――君の反抗的な目が大好きなんだよ。何時も何時も捩じ伏せたいと思う」
時計の針が何時からか狂い始めた。予想も付かない方向へと時が刻む。
「捩じ伏せて、僕だけのものにしたいって」
何も変わっていないのに。何一つ僕等の気持ちは変わっていないのに。どうして。
「そんなの君はイヤ?でもね、狩谷」
どうしてこんな風に戻れない場所へと辿り付いてしまったのか?
「でもね、愛しているんだよ」
狂った瞳の中にあるただ一つの正気が、僕への想いだと気付いた瞬間。
「…愛しているんだ……」
僕はここから逃げられなくなっていた。

動かない脚を、立てられるとそこに靴を履かせられた。
ガラスの靴だった。透明なガラスの靴。
動かない僕の脚にそれはひどく滑稽だった。


「綺麗だよ、狩谷」
速水の唇がそのまま狩谷の足首に触れる。感覚などないのに、狩谷は睫毛をひとつ揺らした。
「…綺麗だよ……」
動かない脚を撫でながら唇を何度も何度も落としてゆく。きつく吸われ紅い痕を、まるで花びらが散るように。
「―――速水…無駄だよ…僕に脚の感覚はない……」
伸ばせる限り手を伸ばして、狩谷は速水の髪に触れた。柔らかい髪。ふわりとした髪。こうして髪に指を触れるのが…好きだった。そこから陽だまりの匂いがして、遠くなった太陽を感じられるから。
「知っているよ、だからこうするんだ。君が他の所に触れて欲しいと言うまで」
「…速水……」
「君が僕を欲しいといってくれるまで」
何度も何度も執拗に脚を行き来する指。足首に太ももに、そして。そして脚の付け根に。感じない個所だけを、感覚のない個所だけをわざと愛撫を繰り返す。
「…あっ……」
脚の付け根を弄っていた指が、内側を掠める。それだけで、狩谷の身体はぴくんと震えた。ここに閉じ込められてイヤと言う程に快楽に慣らされた身体は、どんな些細な刺激でも逃さないようにと貪欲になっていた。
「…好きだよ…狩谷…ずっとこのまま閉じ込めておきたい…ずっとずっと…」
―――僕も君が好きだ…喉まで出かかってそして止めた言葉。今その言葉を告げたとしてどにかなるのだろうか?何処か違う場所へと行けるのだろうか?

―――何処にも行けないのなら…ここにいたい……


本当は分かっていた事だった。
逃げないのは、逃げたくないから。
それでも逃げるふりをするのは。
君に追いかけて欲しいから。
君に僕だけを見ていて欲しいから。

…ただそれだけの事、だった……


「…速水…もっと……」
「もっと、どうして欲しいの?」
「…もっと僕に……」

「…僕に…触れて………」

君がそう望むなら、僕は何時までも君に屈しないでいよう。
君が僕を追いかけてくれるなら、何時までも。
何時までも僕はここから逃げよう。君から、逃げよう。


「――ああっ……」
限界まで脚を広げられ、速水の手が中心部分に触れる。それは今初めて触れたばかりなのに、微妙に形を変えていた。
「…はぁっ…あぁ……」
手のひらで包み込まれ、側面のラインを撫で上げられる。袋の部分を指で弄られながら、先端に爪を立てられた。
「…ああんっ…あぁ……」
どくどくと脈打ちながら先端に先走りの雫がとろりと零れて来る。その瞬間ぎゅっと、指で出口を塞がれた。
「は、速水っ止めっ……」
「ダメ、簡単にはいかせない」
「―――あっ……」
片方の手で先端を押さえながら、速水は狩谷のシャツを破いた。ピリリと音がして布が床に散らばる。それはまるで羽のように見えた。
「くすくす、触ってないのにこんなになってる」
「あんっ」
ぷくりと立ち上がっている胸の突起を指でぴんっと弾かれた。その途端ピクンと狩谷の身体が跳ねる。その様子を楽しそうに見ながら、速水は執拗に胸への愛撫を始めた。
「…ああっ…やぁっ…あ……」
尖った胸を指で摘んでぎゅっと捩る。痛い程に張り詰めたソレは刺激に耐えきれず、紅くなった。
「…止めっ…速水…やめろ……あっ……」
空いた方の胸を口に含まれて狩谷はもう耐えきれなくなっていた。けれども開放を求めても出口は塞がれている。限界を超えた快楽はもうただの苦痛でしかない。とにかく逃れたくて、逃れたくてどうしようもなくて。
「…止め…お願いだから…あああ……」
指で摘まれて、そして歯を立てられる。痛い程の刺激が狩谷の意識を溶かして狂わせてゆく。とにかく…とにかく今は開放されたかった。
「…あぁ…もぉ…もお…許し……」
ぽたりと目尻から涙が零れる。それが痛みの為なのか快楽の為なのか、それとも苦痛の為なのか…もう狩谷には分からなかった。
「くす、許して欲しいならちゃんと言うんだ」
胸を口に含まれながら、速水は言葉を紡いだ。そのたびに歯が当たってまた狩谷を悩ませる。
「…あぁ…もう…お願いだから……」
「何がお願いなんだい?」
「…僕を…あぁ…」
「僕を?」
「…許し…て………」
「それじゃあダメだ。ちゃんとどうして欲しいか言うんだ」
潤んだ瞳が速水を見つめる。見つめた先の速水の顔は、やっぱり。やっぱり狩谷の予想通りの顔だった。天使のような無邪気な笑顔。何時もの笑顔。
「…僕を……」
狩谷は諦めるようにぽそりと、呟いた。聴こえない程の小さな声で。でもそれは速水には充分だった。
「…イカ…せ…て……」

「―――あああんっ!!」

限界まで張り詰めていたソレは、軽く扱いてやるだけで達した。白い液体が飛び散る。速水はそれを指で掬うと、狩谷の口の中に指を入れた。
「自分で出したモノだよ。ちゃんと舐めるんだ」
どろりとした生臭い液体が狩谷の口中に広がる。狩谷は諦めてぴちゃぴちゃとその指を舐めた。実際舐めなければ自分が辛い思いをするだけなのだから…。
「イイ子だね、ちゃんと舐めて」
指が口から引き抜かれる。そうして再び脚が限界まで広げられ、速水の眼下に秘所が暴き出される。そこはすでに触れる前からひくひくと切なげに震えていた。
「…あっ……」
自分の唾液でべっとりと濡れた指がソコに入れられる。その途端刺激を求めていたかのように媚肉は指をぎゅっと締め付けた。
「…くぅんっ…あぁ……」
ぐちゅぐちゅと、淫らな音を発しながら中を掻き乱す指先に狩谷の口からは甘い息が零れてゆく。そして先ほど果てたはずの自身も震えながら立ち上がっていた。
「君のココは本当にイヤらしいね、指をこんなに締め付けてる」
「…そ、そんな事…なっ…あああっん……」
ぐいっと指を折り曲げられ、中を掻き乱され耐えきれずに甘い悲鳴を上げる。言葉では否定しても明らかに身体は求めていた。もっと刺激を、もっともっとと。
「嘘ばかり、こんなにひくひくさせているのに」
「…違…あぁ…あ…んっ……」
「違わない、ほら。ほらココはこんなに指を飲み込んでいる。もっと増やしてあげるよ」
「やあんっ!」
中の指を三本に増やされ、それが勝手気ままに動き始める。内壁を押し広げられ、そして中をグリグリと掻き乱されて。
「…やぁ…あぁ…あ……」
口を閉じる事も出来なくなった狩谷の口許から唾液が零れる。目尻からもひっきりなしに涙を流し、そして自身も。自身も再び先走りの雫を溢れさせている。
「そんなに体液ばかり流したら、干からびちゃうよ…今いっぱい入れてあげるからね」
腰に手が掛かり、そして入り口に硬いものの感触を感じて。感じて狩谷は何故かほっと、した……。

―――ズズズ…媚肉を掻き分け、硬く熱い楔が狩谷の中に侵入する。
「ああああっ!!!」
満たされたと言う思いと、引き裂かれたと言う思いが交差して狩谷の意識を飲み込んだ。ズンズンと奥まで侵入してくるソレに、ただ身を任せて。任せて快楽に堕ちるだけで。
「…ああああっ…ああ…あぁぁ……」
腰ががくがくと揺さぶられる。接合部分がずちゅずちゅと淫らな音を立てて、狩谷の身体を火照らせる。
「相変わらず君の中は熱くて火傷しそうだよ」
「…あああっ…あぁぁんっ……」
耳元で息を吹きかけられるように囁かれて、そして。そしてまた深く腰を突き上げられる。
―――ガシャンっと、音がした。脚に履かされていた靴が割れた音だった。多分、多分脚からは大量の血が溢れているだろう。でも脚の感覚のない僕にはそれが分からない。僕が分かっているのは、今この身体を引き裂いている楔の熱さと。それに伴って与えられる気が狂うほどの快楽だけ。それだけが、全てだった。
「…あああっ…ああ…速水っ…あぁぁ……」
「狩谷…狩谷…愛している…僕だけの…」
「…んんっ…んんんっ…ふぅっ……」
伸ばされた舌に自ら絡めた。そして何度も何度も根元を吸い上げる。背中に手を廻せないのがもどかしかった。こんな鎖を引き千切って、その背中に、その髪に触れたいと。触れたいと思った。
「…はぁぁっ…ああああっ……」
一本の糸を引きながら名残惜しそうに唇は離れる。そうして再び激しい突き上げが狩谷を襲う。ぱらぱらと、砕けたガラスを床に散らばせながら。
「…出すよ…狩谷……」
「―――あああああっ!!!」
どくんっと音がして、狩谷の中に熱い液体が注ぎ込まれる。それと同時に、狩谷も自らの腹の上に白い液体をぶちまけた。


「…あぁ…あ……」
血が、べとついている。
「…ああ…速水…はぁぁ……」
君の背中に、血が。僕の脚に、血が。
「…あぁ…もお…もぉ…僕……」
砕けたガラスの靴は君をも傷つける。
「…もぉ…ダメ……」
それはまるで僕等のセックスに、似ている。

―――それはまるで僕等の愛し方に、似ているね……


「血まみれだね」
君の唇が僕の脚に触れる。感覚の無い脚に、血だらけの脚に。
「でも綺麗だよ、狩谷」
一本一本丁寧に指を舐めて血を拭き取る。傷口一つ一つに舌を這わしてゆく。
「…綺麗だよ…狩谷……」
そうする事で君の身体は散らばったガラスで傷ついていっているのに。



―――今ほど…鎖を解いて君を抱きしめたいと思った瞬間はなかった……


END

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