―――睫毛が、触れる距離。
ふざけあいながらも本当は、どきどきしていた。
触れるたびに、触れられるたびに、どうしようもない程に。
どうにも出来ないほどに、どきどきしていた。
「…来須…君はどうして何時も帽子を被ってるんだい?」
何気なく言って、帽子に手を掛けた。本当はそれだけで不覚にも手が震えそうになるのに。それでも俺は何気ないふりを精一杯していた。
「―――目、見られたくないから」
口許だけで笑って君は言った。目も笑っているのか?…見たくても帽子のせいで見る事が出来ないのだけれども……。見たいなと、思った。
「なんでだよ?君の目凄く綺麗なのに」
言ってみて思わず恥ずかしくなった。何を言っているんだ俺は…。ナンか平気で女の子には言っているセリフなのに、君だとひどく恥ずかしい。ひどく、恥ずかしい。
「俺の瞳を見るのは、大切な人間だけでいい」
「…来須……」
その中に俺は含まれている?そう聴きたくても聴けなかった。聴いてしまったら、何だか全てが壊れてしまいそうな気がして。
「変な顔だ、瀬戸口」
「このモテモテの俺様に向かってなんて事をっ!」
「でも変な表情している」
くすっとひとつ笑って、君の手が俺の頬に触れた。そこだけがかぁっと熱くなるのが自分でも分かる。でもそれを悟られないように必死に。必死に俺は平静さを装った。
「…してねーよ…俺は…」
でも君には、見抜かれているかもしれない…真実を映す君の瞳、には。
近付きたくて、必死だった。
どうしら近付けるのか。どうしたら?
不思議な空気に囲まれた君は、まるで。
まるでそこにいるのに、いないようで。
その中に入っていったら…消えてしまうような気がして。
こうして入って、触れたならば。
「変な顔だ」
触れている個所だけが、熱を帯びているのが分かる。そこだけが、別の生き物みたいに。
「――変じゃねーよ…」
それを言うのが、やっとだった。どうしてこんなに。こんなに俺は情けないのか。
「でも、悪くない」
「―――!」
一瞬。一瞬、思考が停止した。何かを考える前に。何かを思う前に、君の唇が俺のそれに触れたから……。
ふわりと風が吹いた。強い風が窓から、ひとつ。
それが君の帽子を。帽子を、飛ばした。
「…来須…帽子…その……」
触れた唇が離れて飛ばされた帽子の先の。その先のひどく優しい瞳に。その瞳に俺はどきりと、した。蒼くて優しいその瞳に。
「――今はお前がいい」
「…あ……」
もう一度唇が塞がれる。俺は耐えきれなくなってその背中にしがみ付いた。必死になってしがみ付いた。その広くて逞しい背中に。
もう後は何も考えられなくて、ただ。ただ求めてくる舌の動きに合わせるだけだった。
「ここが教室じゃなければ」
「…来須?……」
「このままお前を」
「―――いいよ……」
「…俺…ずっと君が…好きだったんだ……」
本当は、ずっと気になっていた。
俺の心にずかずかと土足で入ってきたお前。
うるさいほどに俺に構ってくるお前。
けれども何時しかそれが俺にとって。
俺にとって心地よいものになっていた。
「…あぁ……」
背中に廻した手はずっと離さなかった。身体を滑る指を舌を、感じながら。
「…くる…す…はぁ……」
的確に攻める舌と指の動きに睫毛を震わすのを堪えきれずに。甘い吐息を零すのを堪えきれずに。
「…ああ…来須…俺……」
「こうされるの初めてか?」
君の問いに小さく頷いた。女の子となら幾らでも経験はあるけど、男とは初めてだった。ましてはされる方なんて…。
「――俺も男とこうするのは、初めてだ」
微笑う、君。今は隠れている瞳が俺の前に差し出されている。深い蒼い瞳が。綺麗な蒼い瞳、が。
「じゃあ俺…来須の初めての男?…」
「それは俺が言うせりふだろう?」
「いいんだ、どっちでも。どっちでもいい。君が…俺を…」
自分からキスした。なんかどうしようもなく嬉しくなって。バカみたいだけど、俺はどうしようもない程に君が好きだったから。
「ああ、こう言う時くらい…言葉にしないとな……好きだ………」
もうそれだけで何もいらないと、思った。何も欲しくないと、思った。
「脚、上げろ」
「…あっ…ぁぁ…待っ…来須……」
がくんっと、乗っていた机が揺れた。俺は下着ごとズボンを脱いで、腰を浮かせる。片方の手を君の背中に廻して、そしてもう一方の手を机の上で支えながら。
「…くぅんっ…はぁ……」
浮かせた腰を見計らって、君の指が最奥へと忍び込んでくる。その冷たい感触に背筋がぞくっとした。けれどもそれは最初だけで、中を掻き乱す指先に次第にソコは熱を帯びてゆく。
「…ふぅんっ…あぁ…ぁ……」
「辛いか?」
「…平気…だ…だから……」
俺は一端君の背中から手を離して、君のズボンのファスナーに手を掛ける。ジィーと音を立てながら俺はファスナーを下ろすと、充分に張り詰めた君自身に手を充てた。
「…だから…これ……」
手で包み込みながら、ソレを愛撫した。同性のモノだからどこをどうすれば感じるかなんて、イヤと言う程に分かっている。何度か側面と先端に指を這わせれば何時しかソコからは先走りの雫が零れていた。
「怖くないか?」
「怖くないよ…だって君だもの…」
「―――そうか……」
入り口に硬いモノが当たる。その熱さが俺を求めてくれているものだと思うと、恐怖よりも悦びの方が勝っていた。
最初は、ちょっとした好奇心だった。
愛を知らないと誰かが言ったから。
だから愛を俺が教えてやろうと。
愛の伝道師の名にかけて…と。ホントにそれだけだった。
なのに何時しか君に近づいて、そして。
そしてその空気を感じた瞬間。君のやさしさを感じた瞬間。
俺はどうしようもない程に君を好きになっていた。
「―――あああっ!!」
内側から引き裂かれる痛みが、俺を襲う。けれども俺は背中に手を廻して必死に耐えた。どろりとした感触が脚に伝う。多分血が、流れているのだろう。
「…あああっ…あぁ……」
「痛いか?」
「…大丈夫…だ…だから…はぁぁ……」
血が潤滑油の役目を果たして、俺の中に君の楔が入ってくる。奥へ、奥へと、入ってくる。その痛みに耐えながら、中に広がる熱さを感じようと必死だった。
―――その熱さを…感じようと……
「…はぁぁ…あぁ……」
根元まで埋まって一端動きが止まる。君の蒼い瞳がゆっくりと俺を見下ろす。
「きついか?」
大きな手がそっと俺の髪を撫でた。汗でべとつく前髪を掻きあげてくれながら。その優しさが、その手が何よりも嬉しいから。嬉しかった、から。
「…平気…だ…君だから…俺は…平気……」
「――瀬戸口……」
「…好きだ…よ……」
「…ああ……」
がくがくと身体が揺さぶられる。楔が抜き差しされる。そのたびに痛みが何時しか快楽へと摩り替わってゆくのが分かる。痛みよりも熱さを感じている方が、分かる。
「…あああ…ああんっ…あぁ……」
好きだから。好きだから、もっと。もっともっと君に近付きたいから。睫毛が触れるくらいに君に、近付きたいから。
「ああああ―――っ!!!」
―――最奥を深く貫かれて、熱い液体を感じて…そして意識が真っ白になった……。
暖かい気持ちに、なれた。
お前のそばにいると、ひどく暖かい。
一定の場所にとどまるのが出来ない俺ですら。
お前のそばにはとどまっていたいと。
…ずっといたいと…思うようになっていたから……。
―――お前がいなければ、こんな気持ちに気付く事はなかった……
「…帽子、いいのか?」
身体を重ねあった後のけだるさがひどく心地よいと感じる瞬間。君の背中に抱き付きながら、視線だけを床に落ちた帽子へと移す。
「後でな。今は」
そんな俺の視線を強引に君へと向かせて。そして。そして、ひとつキスをしてくれて。
「―――今はお前を見ていたい……」
睫毛が重なる距離で君はそう言って、くれた。
END