――――少しだけ、現実から離れよう。ほんの、少しだけ……。
ただ一緒にいられるだけで、嬉しいけれど。ただそばにいられるだけで、しあわせだけど。でも時々。時々こうして全てのものを忘れて自分だけのものにしたいって衝動に、駆られるんだ。
「贅沢、とか言うのかと思った」
背中に腕を廻して、そのまま上目遣いに見上げた。そんな俺に君はただ。ただそっと微笑う。優しく、微笑う。その顔が、好き。その顔が、大好き。ずっとずっと、見ていたい。
「言おうかと思った」
何時もは冷たいとすら感じるアイスブルーの瞳も、今はただひたすらに柔らかい。この瞳の色を知っているのは…俺だけだって、自慢してもいいよな。俺だけがこうして帽子を取った本当の君の瞳を見ているって、自惚れても。
「でもお前の嬉しそうな顔を見ていたら」
腰を抱かれて、そのまま引き寄せられる。広い胸に顔を埋めて、そして感じるのはぬくもり。ふわりと暖かいぬくもり。
「贅沢でもいいと…思った…」
髪に触れる唇が、その微かな吐息に。俺はそっと瞼を震わせた。
このご時世に豪華ホテルの一室を借り切った。それもわざわざ最上階、夜景のよく見えるというオプション付きで。こう言った『俗世』に関して関心のない君と、そんなものに本当の意味での価値観を見出せない俺と。それは本当に不釣合いなものでしかなかった。
それでも俺はわざとその不釣合いなものの為に、一番自分の望まないことをした。一番自分が嫌がっていた事をわざとした。
――――幻獣狩り…大量の金を得る為に、今更ながら俺は戦った。
ほんの少しの休暇と、そしてほんの少しの現実逃避。例えそれが本当に瞬きするほどの時間でしかなくても。本当にそれだけでしかなくても、でも。でも俺は、欲しかった。どうしても、欲しかった。ただほんの少しだけ全てを忘れて、君とともにいたかったから。
「今は全て忘れて。戦いも…未来も全部。全部忘れて、俺だけ見ていて」
俺の言葉に君は少しだけ切なげに微笑った。分かっている、君は俺にそんな言葉を言わせたくないという事を。君は俺自身が傷つく言葉を、決して望まないという事を。でも。でも、今は。それでも。それでも。
「――――俺のことだけ、考えて。俺だけ…愛して……」
それでも言いたい。それでも聴きたい。例え何時もの日常に戻っても。例え永遠の別れが来ても、何時でも君の言葉を思い出せるように。ちゃんと俺の胸に、刻めるように。
「瀬戸口、俺は」
俺の髪を撫でる指。太くて長い、指。大きなその手が全てを護る。護るために、ある手。でも本当は俺がこの手を、護りたい。俺の方が、護りたいんだ。
「何時もお前のことを…想っている……」
抱き寄せられて、そのままきつく抱きしめられた。強く、息が出来なくなるほどに、強く。それが君の想いだと感じられたから、俺は。
俺はこれから先どんな事があっても生きてゆけるって…思った。
「星も綺麗だけど、君のほうが綺麗だ」
押し倒されたベッドのクッションはひどく柔らかく、身体が沈むほどだった。高いだけあって、柔らかさが普段のマットレスとは全然違う。大抵身体を重ねる時は、君の部屋のパイプベッドの上だったから、余計にその弾力が感じられた。
「星よりもその瞳のほうが、綺麗だ」
夜空の一面の星空よりも、ずっとその蒼い瞳の方が綺麗だと思った。金色の髪の方が綺麗だと思った。とても、綺麗だと。
「お前も…瀬戸口……」
無口な君はそれ以上の言葉は告げなかったけれど。けれども俺は、分かったから。君が告げる言葉を…分かるから。
見つめあって微笑った。言葉を止めて、互いの顔を見て。そしてそのまま貪るように、口付ける。舌を絡めあいながら。
「…んっ…ふぅ……」
わざとぴちゃぴちゃと音を立てながら、互いの口内を貪りあった。片方の指を絡めながら、もう一方の君の手が俺の服を脱がしてゆく。ひんやりと冷たい手が肌に触れた時、俺は睫毛が震えるのを抑えきれなかった。
「…はぁっ…ん…来…須……」
唇が離れた瞬間に、唾液が糸を引いて互いを結ぶ。それがぷつりと切れて、俺の口許にとろりと零れた。
「…君も…服……」
大きな指先が零れる唾液を拭ってくれる。その優しさが、好き。何も言わなくても先回りしてくれるその、優しさが。
「…脱げよ…俺…直接君の肌…感じたい……」
一瞬ぎゅっと抱き付いて、そのまま君の服を脱がした。俺はまだワイシャツのボタンを外されただけだったから、ひどく珍しい光景だった。大抵は一方的に自分の方が脱がされるのに。
「へへ、俺のモン」
裸になった厚い胸板にもう一度ぎゅっと抱き付いた。そこから微かに薫る雄の匂いに、背筋がゾクっと来るのを抑えられなかった。その野性的な、薫りに。
「―――瀬戸口?」
その薫りに耐えきれなくなって俺は君の腕の中から擦り抜けた。そして逆に君の上に跨ると、そのまま猫のように君の肌に舌を這わす。厚く逞しい肉の味を、味わいたくて。
「…んん…ん……」
首筋から胸、そして引き締まった腹筋を舌と指で辿る。こうしているだけで頭が痺れるような感覚に襲われるのはどうしてだろう?このまま全て、味わいたいと思うほどに。
「今日は随分と積極的だな」
ズボンのベルトに辿り着いた所で、君は微かに微笑いを含めながらそう言った。普段マグロと言う訳ではないけれど、触れるより触れられる方が好きな俺は何時も君からの愛撫ばかりをねだった。だからこんな風に自分から彼に触れる事は珍しかったのかもしれない。
「…たまには、いいだろ?」
顔を上げて君を見た。口許には予想通り微かな笑みを浮かべている。綺麗だと、思った。綺麗だからずっと見ていたいと思った。
「悪くない」
こんな時に無償に感じる。好きだと、感じる。体の神経全てが君に向けられていて、そして。そしてこころの細胞全てが君を求めているのだと。
「…君がそう言ってくれるなら…俺何でもするよ……」
身体を起こしてそのまま俺は方向を変えた。君のズボンのファスナーを外して自身を取り出すとそのまま、ソレを口に咥える。
「…ん…ふぅっ…ん……」
先端の割れ目の部分を舌でなぞり、くびれた部分にキスをする。そのまま舌を側面に這わして、付け根の部分をぺろぺろと舐めた。そのたびにソレは硬く巨きくなってゆく。
「…はふっ…んんん……」
自分の舌と手で形を変化させてゆくソレが愛しかった。夢中になって頬張り、舌を使って煽る。自分がする事によって感じてくれていることが、嬉しかったから。
「瀬戸口、ご褒美だ」
口の中で先走りの雫を感じ始めた時、不意に君は言った。そしてそのまま俺のズボンに手を掛けると、下着ごと降ろしてしまう。そして。
「…え…?……」
疑問符を投げかけると同時に、剥き出しになった俺の双丘を君の大きな手が撫でた。何度か入り口をなぞられて、そのまま指で秘孔を開かれた。
「―――あっ!」
びくんっと身体が跳ねるのが自分でも分かった。君のざらついた舌が俺の入り口に忍び込む。そしてそのまま柔らかい媚肉を、舌で濡らされた。
「…やっ…ダメ…来須…そんな事したら……」
もう一度君自身に愛撫を施そうとしても、下半身から湧き上がる熱がその行為を集中させてくれない。ぴちゃぴちゃと音を立てながら舐められて、そのリアルな舌の感触に熱がじわりと湧き上がってくる。
「…ダメ…だって…あぁ…ん……」
口から零れる甘いため息が、睫毛を震わせる。それでも君の舌は止まらなかった。奥へ奥へと俺の中へと侵入し、ひくひくと震える蕾を濡らす。そのたびに身体が痙攣をして止まらなかった。
「…はぁ…あ…来須…はんっ……」
それでも俺必死になって息を堪えて再び君のソレに舌を這わした。先走りの雫を掬い上げ、そのまま割れ目に舌で擦り付ける。その間も後ろを舌で嬲られて、身体は火照るばかりだった。
「もうこんなにしている」
「…っ!!……」
唇がソコから開放されたかと思ったら、そのまま前を握られた。既に形を変化させどくどくと熱く脈打っている、ソレを。
「…んんんっ…んんんっ!!」
もう舌を動かすことが出来なくて、口に咥えるのが限界だった。既に喉の奥まで届くほどに巨きくなったそれを必死に頬張り、口を窄めて開放を促す。その間にも君の手は巧みに俺自身を追い詰めて、そして。
「――――っ!!!」
強く扱かれたかと思うと、そのまま俺は君の手に欲望を吐き出し。そしてそれと同時に俺の口の中に熱い液体が注ぎ込まれた。
「ああああっ!!!」
ずぶずぶと濡れた音とともに、俺の中に君が挿ってくる。上に跨り腰を降ろして、俺は君を自分の中に咥えた。
「…ああああっ…あああんっ……」
背中を弓なりにして激しく喘いだ。喉を仰け反らせて、快楽を伝えた。君に隠すものは何もないから。何一つ、ないのだから。
「…あぁぁっ…あぁ…あああ…来須……」
手が伸びてきて尖った胸に触れてくる。その指先がぞくぞくするほど気持ちいい。君に触れられるとそれだけで、俺の身体は熱が灯るから。
「―――瀬戸口」
名前を呼ばれ目を開けば、愛しいアイスブルーの瞳があった。ただ綺麗な瞳。綺麗で大事な俺だけの宝石。
「…好き…君だけが…好き…ずっと……」
この一瞬を俺の胸に永遠に閉じ込める。それはどんなに時が経っても決して色褪せないものだから。君といる瞬間ひとつひとつが、例え瞬きするほどの時間でしかないとしても。
それでも俺にとっての『永遠』は、君だけだから。
繋がった個所から淫らな音がする。擦れあう肉が熱かった。
そこから生み出される摩擦に狂わされ、貫かれる痛みに身悶える。
限界まで飲み込み吐き出された精液に身体が一瞬硬直して。
びくびくと痙攣をして、そのまま。そのまま俺は君の胸に崩れ落ちた。
何時しか空はうっすらと明けていて、この時間の終わりを告げていた。それでも。それでも終わらないものが、あるから。こうして日常から切り取られた時間の中で、確かに手に入れたものがここにあるから。
「大好きだよ、君だけが」
上半身だけを起こしてベッドに凭れ掛かる君の上に、俺は裸のまま乗っかった。そして背中に手を廻して、大好きなその顔を見つめる。
「―――瀬戸口……」
大好きな顔。大好きな身体。大好きな心。大好きな、君。全ての想いが君だけに向けられているから。全ての、想いが。
「…ずっと…好きだから……」
笑いながらキスをしたら君が少しだけ驚いたような顔をした。今更だと思ったけれど、何だかひどくそれが可笑しくて。可笑しかったから。
「なーんで、そんな顔するんだよ」
額をくっつけ合いながら言ったら、君はひとつ苦笑をして。
「…いやお前が……」
「―――余りにも可愛いから…驚いた……」
離れよう、少しだけ。少しだけ、現実から。
そして確認しよう、この想いを。この気持ちを。
どんな時になっても、どんな瞬間でも。
どんな場所でも、どんな場面でも。
――――君だけが、好きだという事を………
END