※
CHAIN
――――鎖に繋がれる夢を見る。
首に掛けられたその冷たい感触にひどく心地よさを覚え。この金属の冷たいぬくもりに、安堵感を覚え。そして。そして初めて安心して眠る事が出来る。初めて身体を丸めて眠ることが、出来る。
「…来須……」
名前を呼びお前の脚に触れた。上半身だけ身体を起こして、指でその滑らかな脹脛に触れる。無駄な肉のない弾力のあるそれに。
「――――」
俺の言葉に答えることなくアイスブルーの瞳が見下ろしてきた。綺麗で冷たいその蒼に、何時も睫毛が震える程、ぞくぞくとする。
「なあ、しよう」
このまま絡め取られ、そのまま堕ちたい。そのまま溺れたい。何もかも考える事が出来ないくらいに。何もかもを、忘れられるくらいに。記憶も過去も未来も。
「―――お前は本当に……」
その先を告げられる前にしゃがみ込み俺の顔を見下ろしてきたお前の唇を塞いだ。脚に腕を絡めながら。しなやかな肉の感触を指先で確かめながら。
「盛りのついた雌猫とでも言う?」
「その通りだ」
半ば呆れたようにお前は言うとそのまま俺の手を掴み、床に俺の身体を押し倒す。冷たい感触が背中にじかに伝わり、口から無意識にため息を零させた。
「でもお前は、俺を抱いてくれるだろう?」
くすりとひとつ微笑ってお前の背中に腕を廻した。俺だけの背中。俺だけの場所。絶対に他の奴にこの場所を与えはしない。俺だけのもの、だから。
「拒む理由が…俺にはない」
そう言って俺の唇を塞ぐ唇。その生暖かい感触を絶対に俺は誰にもやらない。
迷い込んだ迷路の出口は何処にもない事を知っている。
出口なんて初めからなくて、後はひたすらに巡りゆくだけ。
それでも。それでも俺は自らこの迷路に捕らわれる。
出口なんてなくても。未来なんてなくても。何も、なくても。
そこにお前がいる限り、俺はこの迷路に捕らわれるんだ。
繋がれた鎖。見えない鎖。それを永遠に。永遠に俺に掛けて欲しい。お前から離れられないように、永遠に。
「…あっ…はぁっ……」
尖った胸に触れる舌。ざらついたその感触に、俺の身体は熱く火照る。眩暈すら覚える程に。
「…来須っ…あぁん……」
ぴちゃぴちゃとわざと音を立てながらお前は俺の胸の突起をしゃぶる。その音が全身に広がって俺の身体を煽った。胸が痛いほどに張り詰めて、じんっと先端が痺れるのが分かる。
「瀬戸口」
「――――んっ!」
名前を呼ばれのろのろと瞼を開けば噛み付くように口付けられた。その激しさに眩暈を覚えながらも、俺は口付けに答えた。自ら唇を開き舌を迎え入れると、それに積極的に絡めた。濡れた音を響かせながら、何度も何度も唇を重ねる。
「んんんっ…んっ」
角度を変えながら口付けを繰り返し、その間にもお前の手は俺の感じる箇所を的確に攻め立てる。俺の身体でお前が知らない場所など何処にもない。俺がどうすれば感じるのか、どうすればイイのか全てを。全てを知り尽くしている饒舌な指が。
「…はぁぁっ…あっ!」
唇が解かれると同時にお前の大きな手が俺自身に触れる。それは既に形を変え、お前の指に快楽の印を与えていた。
「…あぁっ…ああんっ……」
どくどくと脈打つソレを大きな手のひらが包み込む。柔らかく揉みながら、先端の割れ目に爪を立てられた。その対照的な刺激が、俺の身体を狂わせてゆく。溺れさせてゆく。
「…あぁ…来…須っ…くるすっ……」
快楽で濡れ始めた視界のままお前にきつくしがみ付いた。腰を押し付け刺激をねだる。そんな俺にお前は無情にも前に触れていた指を外した。そして。
「…くふっ…はっ……」
その代わりに俺の最奥にお前の指が挿ってくる。太く長い指が俺の肉を掻き分け、奥へと導かれてゆく。
「…はぁっ…ぁぁ…っ」
くちゅくちゅと濡れた音を響かせながらお前の指が俺の中を掻き乱す。乱暴とも取れるその指使いに俺は感じた。激しく、感じた。
身体を小刻みに痙攣させながら、お前の指を貪欲に俺の媚肉は飲み込んでゆく。もっと、もっと、刺激が欲しいと。もっともっと、乱して欲しいと。
「…来須っ…もうっ…」
「―――もう、指じゃ足りないか?」
息を吹きかけられるように囁かれた言葉に、睫毛が震えるのを抑えきれない。微かに掠れたお前の夜の、声に。
「…足りない…指じゃなくて…お前のが…お前のが、欲しいっ…」
「――――」
「…あっ!……」
ずぷりと音ともに指が引き抜かれる。その代わりに当たられた入り口の硬いものが。その熱くて硬い感触が、俺の口から無意識に満足げな溜め息を零させた。安堵した、溜め息を。
「コレが欲しいか?瀬戸口」
「…欲しい…欲しいっ来須……」
何時も欲しいものは。何時も、欲しいものはお前だけ。お前だけが欲しい。お前以外何も欲しくない。こうして抱かかれるのも、こうして貫かれるのも、お前がいい。お前以外なら、誰でも同じだ。俺にとっては意味のないもの。お前だけが俺の『意味』。
「…欲しいよ…お前が…お前が欲しい……」
腰を振り入り口に当てられているお前を擦り合わせた。ひくひくと蕾が蠢き、お前が欲しいと告げている。
「…欲しいよっ…来須っ!……」
告げている淫らな身体が。告げている乾いた心が。お前という名の液体を求め、そして潤されたいと、飲み込みたいと。全てを満たされたいのだと。
「――――ならば…充分に味わえ…」
耳元に囁かれた言葉に、その言葉に背筋がぞくぞくするほどに…俺は感じた。
繋がれて、縛られて。何処にも行けなくなったなら。
何処にも逃げられなくなったなら。永遠にお前という名の。
お前という名の鎖に繋がれて、そして。そして堕ちてゆけたならば。
――――それをしあわせだという俺は、狂っているのか?
濡れた音ともに押し入ってくる肉の塊に、俺はあられもなく喘いだ。熱く硬いものが、身体を真っ二つに引き裂く。その痛みに、溺れた。
「…あああっ!…あぁぁっ……」
自ら腰を振り、楔を奥へと誘い込む。媚肉を押し広げる硬さが、全ての思考を奪った。全ての感覚を奪った。そこだけに熱が集中し、そこだけが神経の全てになる。
「…ああっ…来須っ…あぁぁっ…もっとっ…もっとっ!……」
口許からだらしなく唾液を零し、目尻から快楽の涙を零し、そして淫らに腰を振る。俺は何時からこんなにも。こんなにも淫乱な生き物になっていたのか?何時から、こんなにも。
お前が俺を、狂わせた。お前だけが、俺を雌猫に変えた。
セックスも愛もその全てが俺にとってはどうでもいいものだった。
愛を唱えながらも、それは何時も口から乾いて零れる言葉だけだった。
けれども。けれども今。今この俺が愛を口に出したとしたら。
それは迷彩色に彩られた、ただの狂気でしかないだろう。
「…来須っ…来須っ!……」
抱かれながら相手の名前を呼ぶなんて。
「…もっと…俺を…もっと……」
そんな自分は何処にもいなかった。
「…俺を…愛して…いるから…だから……」
そんな自分は、知らなかった。
愛していると告げながら、その身体を開いている自分なんて。
強く引き寄せられ、中に注がれる熱い液体に。やっと乾いた自分の身体が満たされる。けれどもそれはすぐに。すぐにもっと深い飢えへと代わってゆくのを分かっていながら。
夢を見る。鎖に繋がれる夢を見る。
「…来須…愛している…お前だけを……」
逃れられない運命の輪のように、俺は。
「…お前だけを……」
俺はお前から逃れられない。お前に捕われている。
けれどもそれは自ら望んだ事だった。自らこの首に、お前と言う鎖が掛けられるのを……
END