ignorance

羽のない天使と、無数に降り注ぐ白い翼。


ここではないどこかへ。
こことはちがうどこかへ。

辿り着きたくても開かれる無数の扉は、同じ場所へと巡りゆくだけ。


永遠も未来も、刹那も一瞬もいらない。何もいらない。もう何も欲しくはない。
「…ねえ…どしたら、死ねる?……」
身体に巻き付けた無数の包帯が、何処にも行けないようにと自らを捉える。手に脚に、顔に、首に。見える素肌に全て絡み付けた。
「俺はどうしたら、死ねるの?」
自由がいらないから、自ら巻きつけた。自由を与えられれば、俺はまた自らの身体を切り刻むのだろう。切り刻んで、そして真っ赤に染まって。そうして。そうして、確認する。

――――こんなになっても、死ねない自分を……

繰り返される、行為はまるで儀式のように。
死に逝く『自分』と、死ねない『自分』。
何度も自分を殺しながらも、それでも死ねない自分。
こことはちがうどこかへゆきたいのに。
ここではないどこかへとゆきたいのに。

――――俺は決して、辿り着けない。



「死にたいのか?」
解かれる、手。解かれる包帯。足に絡み付いたものも、首に絡められたものも。するすると解かれてゆく。まだ血の滲んでいない真っ白なそれが、床に幾重にも散らばって。
散らばって広がるその白は、まるで羽のよう。真っ白な、羽のよう。
「死にたい、もう嫌だ。繰り返し再生される命なんて…ただの無限地獄でしかない」
左手の包帯だけ、解かれなかった。これを外したら俺はこの白い部屋から飛び出して逃げてゆくだろう。自分の意思とは裏腹に。ここにずっといたいと思う俺の意思とは裏腹に。

逃げて、逃げて、逃げて、俺はここにいる『お前』を捜し続けるのだろうから。


綺麗な金色の髪。
空よりも蒼いその瞳。
全部が、欲しくて。
全部全部、欲しくて。

欲しいから、俺は逃げずにはいられない。
このまま食らい尽くしてしまいたい欲望から逃れるために。


「…死にたい…殺して…もう二度と再生なんてされたくない……」
「―――どうして?」
「…お前がいない世界に…お前のいない世界に…俺は行きたくない…」

「…お前が好きだと言ってくれる…俺のままで……」


永遠も未来も、刹那も瞬間も。
もう何もいらない。何もいらないから。
だからお前が必要だと言ってくれる、俺のまま。
お前が欲しいと言ってくれる俺のままで。


「…だって俺は永遠にさ迷い続けなければならない…お前を求めて永遠に……」


失う怯えも、失った恐怖も。
全て味わってきている。
身を切るような想いも、分かっている。
それでも俺は。俺は、お前を。
お前だけは、耐えられないんだ。


「…嫌だ…お前のいない世界に何の意味がある?…嫌だ嫌だ…もう狂わせてくれ…お前がこうして俺のそばにいてくれる間に…俺を…壊してくれ……」


触れてくる手のぬくもりが、愛しく苦しく。このまま全てを獲り込みたいと願い、このまま全てを閉じ込めたいと祈る。叶わない願いと祈りを、ただひたすらに。
「…狂え、瀬戸口……」
口付けは痛みと切さを伴い。絡み合う舌を、俺は本能のままに貪った。このまま。このまま、と。ただそれだけを想い。
「…ふ…っ…来…須……」
背中に両手を廻そうとして、それが叶わないことに気付いた。結ばれた左手は宙に括られ、その逞しい背中に腕を廻すことを許されなかった。
「…壊れろ…もう……」
「…はぁっ…ん…んんっ……」
胸元を滑る指先が、そのままワイシャツのボタンを外し始めた。胸元が肌蹴た所で止めて、そのまま尖った胸に指が触れてくる。唇を、塞がれたままで。
「…んんっ…はふっ…んんん……」
軽く触れるだけの愛撫に焦れた身体が刺激を求めて、淫らに蠢くのを止められない。胸を指に押し付けて、激しい刺激をねだった。けれども激しく貪られるのは唇のみで、胸に与えられる愛撫はただひたすらに柔らかいものだけだった。
「…はぁぁっ……」
唇が離されて、胸への愛撫が止められて。ふたりを結ぶものは一筋の唾液の線だけになって。そして。そしてその筋すらもぷつりと切れて、俺の口許へて零れて来る。
「…来須……」
口許を右手で拭いながら、俺はお前を見上げた。多分今自分はどうしようもない程に、飢えた雌猫のような表情をしているだろう。お前と言う雄を求めた、ただひたすらに淫乱な生き物に。それでも。それでも俺は、お前が欲しい。この身体の疼きを満たしてくれるのはお前以外にいないから。お前以外誰も、俺を満たしはしないから。
「もう壊れてしまえ…それでお前が楽になれるのならば……」
見下ろす蒼い瞳に自分だけが映る瞬間が好きだった。自分だけがその瞳に映る瞬間が。この時だけが、俺にとっての永遠ならば…俺は何も怯えることなどないのに。何一つ、怯える理由など。
「…もう…いい…壊れたお前は俺が…全て拾うから……」
何もなかった。お前だけが俺の世界にいれば、怖いものも何もなくなるのだから。


狂えるならば、狂ってしまいたい。
壊れるなら、壊れてしまいたい。
ただひたすら色のない世界で。何もない世界で。
お前だけがそこにいれば。お前だけが在れば。


ここではないどこかへ、ゆきたい。
こことはちがうどこかへ、たどりつきたい。


「…来…須……」


片手を伸ばして、お前のズボンのファスナーを降ろして。
―――そのまま口に含んだ。
圧倒的な存在感が、俺を満たしてゆく。
喉元まで飲みこみ、舌を中で絡めた。
何度も何度も絡めて、先端を吸い上げて。
お前が、欲しくて。欲しくて、欲しくて、このまま。


――――このままむしゃぶり尽くして…しまいたい……


先端をきつく吸い上げた瞬間、俺の顔面に生暖かい液体が飛び散った。ぽたりぽたりと音がして、それが俺に浴びせられる。鼻筋に頬に、額に、肌蹴た胸元に。
それを一つずつ指先で掬い上げて、俺はそのまま口に指を含んだ。ぴちゃぴちゃと音を立てながら指先にこびり付いた精液を舌で舐め取る。
包帯で絡め取られた左手が、痛かった。手を降ろせば布が食い込みうっすらと紅い痕を残す。けれどもそれだけは離される事はなかった。
唯一自由な右手で、俺はひたすらにお前の零した欲望を吸い尽くした。そうする事でお前を俺の中に取り込もうとしていたのかもしれない。


それでも飲みきれなかった精液が床に散らばる。
包帯にゆっくりと染みこんで、広がって。
広がって、拡散して。そして、歪んでゆく。


白い羽が飛び散って、そして世界が歪んでゆく。


下着ごとズボンを下ろされ、乾いたままのソコにお前自身が突き入れられた。
「―――ひあっ!」
何の準備を施されなかったソコは、悲鳴を上げて紅い血を溢れさせる。俺の太ももにぽたりと紅い液体が伝った。
「…あああっ…痛っ…ああぁ……」
物理的な痛みに瞳から涙が零れたが、精神的な悦びに心は満たされた。痛みよりも悦びが勝って、俺はもっともっととお前にねだるように脚を絡めた。そうする事で内側の肉をより傷つけることになっても、もっと深くへとお前自身を求めた。
「…あぁぁっ…来須…っ…あぁっ……」
零れ落ちる涙と、熱くなる身体と。痛みと快楽と、激しさと熱さが同時に俺を襲って。襲ってそして。そして大きな波に飲まれていって。
何時しか俺の太ももを白い液体が伝っていた。それが血と混じり合って、ぐちゃぐちゃに溶け合って。真っ白な包帯を淫らな色に染めてゆく。俺の血と、お前の精液で。
「…瀬戸口…もっと乱れろ、もっと狂え…何も考えられなくなるくらいに…」
お前の言葉通り、俺は腰を振ってその熱さと硬さを求めた。抜き差しを繰り返し、そのたびにきつく締め付け。肉が引き裂かれていても、俺は。俺はお前自身を離さなかった。

――――このまま壊れるならば壊れてしまえと、そう願いながら。

けれどもどんなにお前が俺を激しく求めても。俺がどんなにお前を狂うほどに求めても。俺を抱き寄せるその腕が…その手が、永遠に優しさを失わない限り…



…俺はきっと…壊れることなんて…出来はしない………




祈り、願い、そして。そして辿り着きたい場所は、一体何処にあるの?


「…来須っ…来須っ…あああ……」
壊れるほどに、求め。狂うほどに、求め。
「…あああっ…ああっ…あぁぁ……」
それでも辿り着けない場所は。それでも届かない場所は。
「…もぉ…俺はっ…俺は……」
誰よりもお前のそばに、ゆきたいのに。



身体中の血を全てお前に注いでも、俺はお前に辿り着けない。



「―――瀬戸口…生まれ変わりも…再生する命も…全てが逃れられなくても……」
「…来須……」
「…それでも…俺がここにいて…お前が俺を求める限り……」


「……ここ以外に俺達の場所は何処にもないんだ……」


分かっているよ、分かっている。
ここしかないことは分かっている。
どんなに違う場所を望んでも、どんなに死を望んでも。


俺達は決して『ここ』からのがれられはしないのだと。





「…壊れてしまえ…もう何も考えるな…ずっと…俺が『ここ』にいるから……」


END

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