――――滑るように、流れてゆく水。
ぽちゃんと雫がひとつ落ちて、水面が輪を描く。それが何だか凄く綺麗に見えた。
「水も滴るイイ男なーんてね」
「何を馬鹿言っている」
濡れた髪を無造作に掻き上げる君。金色の髪が水を含んで、きらきらと輝いている。凄く綺麗だと思った。輪を描いた水なんかよりもずっと。
「イイ男だよ、俺も…君も…」
本当は俺もは別にいらなかったんだけど…そう言わないとひどく恥ずかしかったから付け足してしまった。我ながらどうかしていると思う。今までどれだけの女の子に『可愛いよ』とか『綺麗だよ』とか言ってきたのに、君の事になるとからきしになってしまうのは。
「自分で言うな」
そんな俺に君は少しだけ、微笑った。その少しだけの笑みが俺にどんな効果をもたらすのか、分かっているのだろうか?滅多に微笑わない君だからこそ、こんな風にされるだけで俺はどきどきが止まらなくなってしまうんだ。
「いいだろ?本当の事なんだから」
ここが暗闇で良かったと思う。そうでなかったら耳まで真っ赤になっているのがバレてしまうだろうから。こんなに真っ赤になった俺は、君から見たら馬鹿に見えるだろうから。
「――来い」
けれどもそんな俺の気持ちを見透かしたかのように、君は腕を広げて俺を呼び寄せる。そんな君に俺は。俺は拒む事なんて…出来なかった。
誰もいない夜の海をふたりで泳いだ。
まだ泳ぐには季節は早かったけれど。
今この瞬間に泳ぎたいと思ったから。
少し水は冷たかったけれど誰もいない海を。
誰もいない海にふたりで飛び込んだ。
「やっぱり顔赤いな」
「…そ、そんな事確かめる為にこんな事したのかっ?!」
「それもある」
「……それもって…じゃあ他には…何だよ……」
「少し寒くなったから」
「―――暖まりたかった…お前で……」
その腕に抱きしめられて、拒む事なんて決して出来ない自分。こうして濡れた肌がじかに触れ合って、鼓動を押さえられない自分。覆うものが隠すものがないから、絶対に心臓の音は聴かれているだろう。
「何時もこんなにしているのか?」
髪を撫でられた。優しく撫でられて、そしてそっと包み込まれる。ゆっくりと唇が近付いて耳元で囁かれれば、瞼を震わすのを止められなかった。
「え?」
「心臓の音」
「あ、それは…その…」
意識しないようにしようとすれば、余計に意識してしまう。俺の耳にも聴こえる程、心臓の音はばくばくと鳴っていた。
「…そうだよ…どきどきしているよ」
だから諦めて正直に言った。そうして顔を見上げれば、君は微笑っていた。優しく、微笑っていた。とても、優しく。
「何時もこんなんなんだぞっ全部君のせいだ」
「それは悪かった」
「だからちゃんと、責任取れよっ!」
そう言って俺は。俺は自分からキスをした。そんな俺を君はぎゅっと抱きしめてくれた。
水の中で触れられるのは何だか変な感じだった。水面が揺れながら君の手が俺の身体を弄る。
「…ああっ……」
俺はぎゅっと背中にしがみ付いた。それでもやっぱり水のせいで精一杯抱きついても、妙な浮遊感が消せなかったが。
「…はぁっ…ん……」
胸の飾りを弄られる。何時もなら痛いくらいの愛撫を寄越すのに、水の抵抗のせいでその愛撫も少し柔らかいものになっている。微妙なもどかしさが俺の身体を襲った。
「…あぁっ…はぁ……」
「物足りないか?」
胸を指で弄びながら、もう一方の手がゆっくりと下腹部へと降りてゆく。その間の指の動きもソフトなものに感じられる。微妙な愛撫が逆にもどかしく、そして気持ちよかった。
「…どう…して?……」
「何時もより鳴いてない」
「…もう何バカ言って……あっ!」
ぎゅっと手のひらで自身を握られた。強く握られて俺の身体は弓なりになる。その刺激が堪らなかった。
「…ああっ…はぁぁっ……」
指で形を辿られ、先端を爪で抉られた。痛い程の刺激。でも俺にはそれが欲しかった。優しく抱いてくれるのも好きだけど…激しくされる方が君の愛情を感じられるような気がして大好きだった。
「――イイ声だ」
「…ああんっ…あぁっ……」
ぴちゃんと水飛沫が何度も上がった。その度に水面では君の手が俺自身を翻弄している。俺は必死で背中にしがみ付き、押し寄せる快楽の波に耐えようとしていた。でも。でももう、それも限界で。
「―――ああああんっ!!」
水の中に、君の手のひらに。熱い液体をぶちまけた。
「…はぁ…はぁ…」
「もうばてたか?」
「…ううん…まだ…平気…だって…」
「…君が…まだ……」
俺はそっと手を伸ばし、君自身に触れた。それは冷たい水の中でも熱く脈打っているのが分かった。俺を求めてどくんどくんと脈打っているのが分かったから。
「…来須…コレ……」
「どうして欲しい?」
耳元に息を吹き掛けられるように囁かれた。それだけで。それだけで俺は、再び睫毛が震えるのが押さえきれない。一度欲望を吐き出しているはずの身体も、一番深い場所がジンっと疼いているのが分かる。君を求めて、疼いているのが。
「…言わせる…のかよ……」
「―――ああ、聴きたい」
聴きたいと、言われて。そしてそっと微笑まれて。蒼い瞳の中に俺だけが映って。俺だけがその瞳の中にいたから。だから俺は。
「…欲しい…俺の…中に……」
「―――ああ」
ふわりと身体が浮いたのが分かった。水の中で身体を抱き上げられて。そして。そしてその熱さが、俺の中へと入ってきた。
「ああああっ!!」
水と一緒に熱い塊が俺の中を抉る。媚肉を掻き分け、奥へ奥へと。その痛みと、存在感と、焼けるような熱さに俺は。俺はやっと何処かでひどく安心した。
「…あああっ…ああ…あ……」
俺の上半身だけが水から引き上げられる。そうなって初めて。初めて俺の胸に舌が這わせられた。直に君が俺に触れる。それが何よりも俺の身体を燃えあがらせた。
「イイ声だな」
「…ああぁ…だって…君が…君が…中に……」
胸の突起を口に含まれながら言葉を紡ぐせいで、そこに歯が当たる。その動きが読めない刺激にまた、俺の身体は追い詰められてゆく。どんどん、追い詰められて。
「…あぁぁ…俺…変に…なっちま…う…あぁんっ……」
くしゃりと髪を乱した。必死に背中にしがみ付いた。例え海の中でも、水の中でも、君は激しくて。強く硬いソレは、俺を深く抉って。抉って捕らえて、そして。
「ああああ――――っ!!!」
そして水すらも押しのけるように注がれた熱い液体を感じながら、俺も二度目の射精をした。
「…好き……」
「ん?」
「…君が…好き……」
「ああ、俺もだ」
「お前がいれば、それでいい」
まだ息は荒くて、肌は火照ったままで。
髪からは水とも汗とも付かない液体が零れて。
ぽたぽたと、零れて。君の顔に当たった。
けれどもそんな事すら構わずに俺は。
俺は君にキスをした。全てを奪うような激しいキスを。
ぴちゃぴちゃと、舌が絡まる音がする。
水が跳ねる音よりも、ずっと。ずっと響いた。
―――その音だけが、俺を支配した……
そしてまた俺達は抱き合った。
気持ちに、想いにキリがないとでも言うように。
全てを貪るように、抱き合った。
―――君が好き、だから……
「ずっとこのままでいたいと思うのは…俺の我が侭か?」
君の言葉に俺は笑う。多分世界一しあわせな顔で。
だって、俺も。俺もずっと。
―――ずっとこうしていたい、から。
END