GRAVITY

首筋に絡み付く、見えない糸。
指先を絡め取る、無数の糸。
脚に手首に、絡み付き、そして食い込む糸。

このまま引き裂かれ、粉々になったならば。ばらばになったならば。



零れ落ちる涙は何の為に?どうして俺は、泣いているの?
「…止めっ…やめろっ……」
両の手首を掴まれ、そのまま纏められたまま頭上にくくられた。そうして俺の抵抗を塞いで唇に口付けられる。ひんやりと冷たい唇だった。そこには何の感情を込められていない。
「…んっ…んんっ!……」
唇をこじ開けられ舌が侵入してくる。生き物のような舌に自らのそれを絡め取られ、くらりと眩暈がした。眩暈がするほどに、その口付けが。
「…ふぅっ…んんっ…ん…はぁっ……」
髪を掴まれて、そのまま唇が引き剥がされた。もう少しで意識が溶かされる寸前に、わざと。わざと離れる唇。
ぽたりと、目尻から涙が零れた。どうして零れるのか?どうして俺は、泣いているのか?
「―――これが望みなんだろう?」
口許から伝う唾液は飲みきれずに顎へと落ちてゆく。ぽたりと落ちてゆく。その感触に首を振ろうとしたらその大きな手が俺を抱き寄せて。
抱き寄せて、わざと乱暴に俺のワイシャツを引き裂いた。


このまま。このまま、俺は。
俺は壊れたい。壊れてしまいたい。
堕ちて、堕落して、そして。
そして戻れない場所へと行きたい。


胸元を乱暴に引き裂かれ、そのまま身体を押し倒された。その動きに反射的に俺は胸元のワイシャツを引き寄せると、剥き出しの素肌を隠してお前を見上げた。
「泣くほどならどうして、こんな事を望む?」
お前の瞳を見上げながら、零れ落ちる涙を止められない。口許から零れる唾液は何時しか顎を伝い床にぽたりと落ちていた。ぽたりと落ちる液体。それは俺の涙なのか、それとも俺の唾液なのか…お前の…唾液なのか?
「…お前には…永遠に…分からない…お前には……」
イヤだと口で言いながらも、身体で抵抗しながらも、それでも俺は。俺はお前を。
「…お前にだけは…分からない……」

―――お前を、求めているんだ……


冷たい唇で、冷たい手で。
その冷たいアイスブルーの瞳で。
俺を、犯して。俺を、無茶苦茶にして。
もう戻れないくらいに、俺を。
狂うくらいに俺を、貪って。


「…犯せよ…俺を…乱暴にしろよ…無茶苦茶にしろよ……」


挑発するようにお前を見つめた。けれども受け止めるお前の瞳はただ冷たい。まるで鏡のように反射するだけ。ただ鏡のように俺を映し出すだけ。そこには感情のかけらもない。何も、ない。

…そうだ、その瞳が。その瞳が、俺が望んでいたもの…望んでいたものの筈なのに……


「口がいやだと言っても、身体が拒絶してもお前は俺を犯すんだ」
その言葉通りお前は再び俺を組み敷いて、乱暴とも言える動作で胸の飾りを弄り始めた。痛いほどに摘ままれて、俺の口から嬌声が零れる。それが痛みのためなのか快楽のためなのか…俺ですら分からないほどに。
「…あぁっ…くふっ…はぁぁっ!……」
優しさなんて何処にもない。ただ機能的に指が俺を追い立てるだけ。そこに感情なんて何も見えやしない。ただ俺を、犯すだけ。
―――でもそれは俺が望んだこと。俺が願ったこと。
「…あぁぁっ…はぁっ…やぁっ!……」
爪を立てられそのまま引っ掻かれた。突起が血で充血するほどに。その痛みに小さな悲鳴が俺の口から零れた。けれどもその指の動きは止まることはない。ううん、止めなくていい。このまま。このまま俺をぼろぼろに引き裂いて、そして。そして壊してくれ。
「…痛っ…あぁ…はぁぁっ……」
空いた方の胸の果実も口に含まれ歯を立てられた。痛いほどの刺激。突き刺さる刺激。それが、それこそが今の俺にとって必要なもの。必要なもの、だから。


内側から壊れてゆく。外側から剥がれてゆく。
そして俺はぼろぼろと零れて、かけらになる。
かけらになって、溶けてゆけたら。そうしたら。

――――そうしたらもう…何も考えなくていい……



「ひああああっ!!」



乾いたままの器官に、お前自身が突き入れられた。内側の肉が引き裂かれそこから血が滴っているのが分かる。俺の太ももに生暖かい液体の感触が、それが何よりもの証拠だった。
「…痛っ…あああっ!!」
その痛みに反射的に逃れようとする腰をお前の力強い腕が掴んでそのまま引き寄せられた。ずぶずぶと硬く熱い楔が埋め込まれてゆく。熱い、楔が。
「…はああっ!…ああんっ!……」
そう思ったら、感じた。お前の熱さに気付いて、そして感じた。身体の芯がじんっと疼く。疼いて、そして俺の口から零れるのは悲鳴よりも甘い吐息。

…そうお前が…俺の中で熱くなってくれている……。

そう思ったら、感じた。俺は、濡れた。
お前に引き裂かれた媚肉ですら淫らに蠢く。
その熱さを離したくないと、お前を。
お前を離したくないと、そう。そう身体が言っていた。


「…あぁっ…来須っ!……」
駄目だ、抵抗なんて出来ない。拒絶なんて出来ない。
「…あああっ…もっと…もっと……」
初めから出来ないことなんて分かっていたのに。こうなる事は。
「…もっと…俺を…ああああ……」
こうなる事は、分かっていたのに。


背中に腕を廻した。強くしがみ付いて、お前を求めた。
腕も脚も唇も舌も。全部、全部、お前に絡めて。



俺を犯してくれ、と言った。無茶苦茶にしてくれ、と。
愛のないセックスをお前に強要した。冷たい指で冷たい唇で、俺を。
俺を無茶苦茶にしてくれと。俺を壊してくれと。


――――そうしたら…お前を…少しは忘れられると…思ったから……


俺だけが想っている。俺だけがお前を求めている。
ひとを愛せないお前に、俺の気持ちだけは分からない。
他人を愛せないお前に…俺の気持ちは分からない。

お前に壊されたかった。お前に抱かれたかった。


愛されてないと、お前の中に俺はいないと。
そう確認する事で、俺は自分を壊そうと想った。

愛されなくてもいいから、壊れてもいいから。
お前の腕に抱かれたかった。お前が欲しかった。


――――なのに…どうして…どうして俺を壊してくれないの?……


貫く熱さと、激しさと。
そして。そして何時しか。
何時しか俺を抱き寄せ。
抱きしめる腕が。その腕が。


…優しくするな…優しくしないでくれ…そんな事をしたら俺は…俺はお前を……



どうして、こんなにも。
「…あああっ…もぉ…もぉ…っ……」
こんなにも、おまえあついの?
「…駄目だっ…ああああっ!!!!」
こんなにもおまえ、やさしいの?


だめだよ、やさしくしないで。こわしてくれないと、おれは。
おれはおまえをきずつけてしまう。おまえをもとめて、もとめすぎて。
きっと。きっと、いつしかおまえを。


――――おまえを、おれがむちゃくちゃにしてしまう……



「…瀬戸口…お前は……」
欲望を吐き出しても、繋がったままだった。今離したら精液と血で、この床が濡れるだろう。それでもいい。それでも構わない。だけど。
「…俺から何が欲しい?……」
だけど離したくない。離れたくない。このまま。このまま繋がったまま。
「…俺から何が欲しいんだ?…そんなにも……」


「…涙が止められないほどに……」


全部、だよ。全部欲しいんだ。
身体も心も、血も魂も。全部。
全部欲しいんだ。お前と名の付くもの全てが。

―――お前の全てが、欲しいんだ。



「…どうして…優しく…するんだ…どうして俺を…突き放してくれないんだ?……」
どうして、抱いてくれるの?どうして、犯してくれるの?俺なんて拒否出来た筈なのに、俺なんて拒めた筈なのに。どうして俺の言葉通りに。
「―――突き放したらお前が壊れると…思ったからだ……」
言葉通りに俺を犯しながら、それでも最期の最期で俺を優しく抱きしめた腕。そっと抱きしめた腕が。その腕が、俺を。俺を引き上げ、そして堕としてゆく。もう逃げられない、逃れられない場所へと。
「…壊して…欲しかった…お前に壊して欲しかったのに……」
もう俺は…お前から逃れられない。喉の渇きにも似た飢えは…お前に対する飢えは…もう。

――――もう止められない。この激しい渇望を。


「…もう駄目だよ…もうどうにもならない…俺は……」
首筋に腕を絡めて、そのまま。そのままそこに口付けた。
「…お前を求めずにはいられない…どんなになっても俺は……」
きつく口付けて、そして消えない痕を残して。
「…俺は…お前だけを…求める……」






「…お前が欲しいのは…『俺自身』か?……」



その問いに目の前の生き物は何よりも綺麗な顔で微笑った。紫色の瞳が、何よりも純粋な色を称えて、俺に向かって微笑った。それは哀しいくらい純粋な笑顔、だった。



―――そして、俺は…心の何処かで…その瞳を…望んでいた……


END

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