螺旋 〜華〜

―――ずっと、お前だけ、見ていた。


何時でもどんな時でも、どんな瞬間でも。
ただ独り、お前だけをずっと。ずっと俺は見ていた。


それは螺旋が巡るただひとつの記憶。


夢は夢のまま。時は時のまま。
時間は時間のまま。愛は愛のまま。

ただ流れゆく砂の中に、その中に見つけ出したただひとつのもの。


ただひとつの愛だけが、俺を生かしそして殺した。



砂漠に咲く、ただひとつの華。水のない大地に咲き続けるただひとつの華。それを来須は無言で見つめていた。今にも砂嵐に飛ばされるのではないかと思うほど儚げに見えるのに、それなのに咲き続ける、華。小さな、手のひらから零れる命。
「――――」
水を与えればこの華は咲き続けるのか?それでもそれはただの気休めにしかならないだろう。無限とも思えるこの砂の中では。

大地が枯れていったのは、不毛な戦争のせい。ひたすらに繰り返される幻獣と人類の戦い。それはどの世界でも終わることなく繰り返される。永遠とも思える輪の中で、繰り返される、戦い。
それをいくら不毛だと思おうとも、いくら無駄だと思おうとも、スカウトである自分が言っても、説得力のない事だった。戦うことでしか生きてゆくこの出来ない自分には。
争いは嫌いだった。戦うことなど好みはしなかった。それでも。それでも戦いを、争いを止める方法が他に見つからないのなら、自分はこの道を選ぶ以外に思いつかなかった。

例えその為に『自分自身』というものが、犠牲になろうとも。

自分に『時』はなかった。時間軸を渡り続け、そして戦うことしか出来ない自分には。過去も、未来も、なかった。ただこの瞬間を生き延びることしか、なかった。
「…砂漠に咲く華……」
こうしてこんな風景を見つめても、それは自分にとって『今』でしかない。想い出にもならない。想い出など、持つことすら出来ないのだから。
どんな時を過ごそうとも消されてゆく存在。戦いが終われば、その時代から消される存在。人々の記憶から、その時代の歴史から完全に消される存在。
それでも構わなかった。それで、よかった。何れ戦いで死ぬ身ならば、誰かに必要とされる事も誰かを必要とする事も、まして誰かを愛し愛される事など…不要なのだから。


砂漠に咲くただひとつの華。艶やかに咲く華。
それがひどく。ひどく目に焼きついた。
ささやかな風景すら、何時しか忘れ去るはずなのに。
何故かその華だけはひどく。ひどく来須の心に刻まれた。


手を伸ばし、その華に触れる。指先に伝わる滑らかな感触。それを自分は何処かで知っている気がした。でも何処で?何処で、この感触を?
「何故?」
無意識に言葉に、した。無意識に言葉が、零れた。けれどもそれに答えるものなどこの場所にいるはずもない。無限とも思える砂漠の中で、砂だけが埋めるこの場所で。
もう一度来須はその華に指を、触れた。咲くはずのない華。こんな不毛な地で、養分など何もないのに。それなのに咲いている華。咲いている、華。
「…どうしてだ?……」
まるで自分を待っていたかのように。まるで自分をここで待っていたかのように。そんな筈はないのに。ただの華なのだから、そんな筈はないのに。

それなのに、華はまるで自分を待ち続けていたかのように、艶やかに咲く。

どうしてだろうかと、考える前に。何故だと、思う前に。脳裏に何か掠め、そして消えてゆく。それを何かと思い出す前に。それが何かと思い返す前に、来須は。来須は無意識にその花びらにもう一度、触れて。触れてそして、そのままその場にしゃがみこむと。


その花びらにひとつ、口付けた。


愛は愛のままで。夢は夢のままで。
恋は恋のままで。想いは想いのままで。
風に運ばれ、そして流れてゆくものは。
時が全てを葬り去っても、消えないものが。

ただ、ひとつのものがそこにある限り。例え目には見えなくても確かにある限り。


唇を離した瞬間に、花びらは風に、飛ばされた。
飛ばされそして。そして目的を果たしたかのように。
静かに枯れて、落ちていった。




――――ずっと、追い続けるのはお前だけ。ただ独り、お前だけ。


綺麗な紫色の瞳が、静かに自分を見上げた。その瞬間何かが思考を過ぎり、そして拡散し消えてゆく。それが何だったのかを掴む前に、消えてゆく。
「来須銀河、いい名前だね」
何時も口許だけで微笑っていた男。沢山の人達に囲まれながら、何時も周りに人の輪が絶えることのない男。けれども一度も瞳が微笑っていなかった男。
「…瀬戸口…隆之……」
自分とは一番遠い場所にいた筈の人間だった。間違えなく今、この瞬間に言葉を交わすまでは。自分にとって一番対極に居た人間だった。
「来須ってずっと呼んでみたかった」
微笑、う。そっと口許が柔らかくなって、そして。そして瞳が、微笑う。それは本当の笑顔だった。何時でもどんな時でも口許でしか微笑って、いなかったのに。
「ずっと、呼んでみたかった」
なのに目の前の男はまるで華のような鮮やかな笑みで、自分に。自分だけに、微笑った。全ての人間を受け入れているようで、実は全ての人間を拒絶していた男が。初めて話し掛けた自分を無条件で受け入れている。無条件で自分の素顔を、見せている。
「ずっと?まるで前から俺を知っているようだ」
何故だと言う疑問はその無防備な笑顔の前で、消えていった。何故と想う前に、そう考える前に。

―――その笑顔を、無意識に受け入れている自分がいたから。

「知っているよ、ずっと見ていた」
不思議な色彩を放つ紫色の瞳が、真っ直ぐに自分に向けられる。その視線を何処か自分は気付いていた。何処かで、気付いていた。
「ずっとお前だけ、見ていたんだ」
そうその視線に気付いたから。気付いたから自分は何時しか彼を視界に入れていた。ふとした瞬間に自分を見ている視線に気が付いた、から。
「何故?」
微笑って、いた。視線の先には何時も。何時も口許だけで微笑っている、彼がいた。人の輪の中に居ながらも、中心に居ながらも、何時も一番遠い場所にいた。一番、周りの人間を隔てていた。それに気が付いたら何時しか。何時しか自分の方が、視界にその姿を捉えていた。
「一目惚れ…って言ったら、信じるか?」
また微笑う。それは何時もの笑みと明らかに違う、彼の本当の顔。本当の、笑み。それを自分に向けられる限り、その言葉は冗談にはならなかった。少なくとも来須には…ならなかった。
「―――俺は、駄目だ……」
その時零した言葉がひどく喉に苦さを広げた。何時ものように色んな人間に告げてきた言葉なのに。他人の想いを受け入れられない自分が、何度も告げてきた言葉の筈なのに。
「うん、知ってる。ずっと俺はそうやってお前に言われ続けてきたからね」
「…瀬戸口?……」
「それでも、俺はお前を諦めきれなかったんだ、来須」
どう言うことだ?と来須が問い掛ける前に。その言葉を唇が告げる前に、瀬戸口の唇が掠めように来須のそれに触れた。一瞬だけ触れて、そして離れて。
「―――今度は何時、お前からキスしてくれるのかな?」
また微笑う。鮮やかな華のような笑みで微笑って。そして来須の問いかけに答える前に、彼は去っていった。



繰り返し、再生される命。何度も何度も再生される命。
身体を取り替えて、入れ物を取り替えて。
自分はそうやってあらゆる時代を生かされてきた。
滅びゆくのはその抜け殻だけで、魂は永遠に。永遠に生かされる。
そんな俺が初めに願ったのは、死だった。
ただひたすらに全てから開放されたいと、願った。そして。
そして次に望んだのは、愛する人のただひとつの命だった。
俺を『鬼』と云う宿命から開放した相手。ただ独りの彼女。
そんな彼女のただひとつの命を、護りたいと願った。

けれどもそれはどれも叶えられることは、なかった。

そして俺が。俺が最期に願ったものは。
最期の最期で、願ったものは。



――――ただひとつ、俺が最期に願った事。それはお前のそばにいる、事。



繰り返し再生される命。繰り返し再生される魂。
どんなに入れ物が、身体が滅びようとも。自分が。
自分が開放されることがないのならば。それならば。

願うのはただひとつ。想うことはただひとつ。

何時も、お前だけを見ていた。ずっと、見ていた。
ずっと捜し続けていた。ずっと追い続けていた。
時を渡り続けるお前を。時間軸を潜ってゆくお前を。
ずっと俺は、追い掛け、ずっと恋をしていた。



廃墟の中に咲く、ただひとつの華。鮮やかに咲く、華。コンクリートの剥き出しの壁に咲くただひとつの華。
戦争によって破壊された街。壊れて傷つき、そして再生も叶わずに堕ちていった街。コンクリートの残骸がただ広がるだけのこの場所に、唯一咲き続ける華。鮮やかな華。
「…また『お前』か?……」
自分の呟いた言葉に来須は苦笑した。何に対してまた、なのか。何に対して、お前なのか。けれども何故か、今自分はその言葉しか浮かばなかった。
指先でその華に触れれば、何処かで知っている指に馴染む感触。しっとりと吸い付くように、花びらが指に与えるもの。
「…俺を待っていたのか?……」
その言葉に答える訳はないのは分かっている。それでもそうだと、言っているような気がした。

―――待っていたと。ずっと、待っていたんだと。

しゃがみこみ、花びらにひとつ唇を落とす。あの時のように。
あの、砂漠に咲いていた華のように。
その瞬間、花びらはゆっくりと散り、そして枯れて落ちた。



目が醒めた瞬間に飛び込んできたのは、あの不思議な色彩をした紫色の瞳だった。
「夢でも、見ていたのか?」
そこが校舎の屋上だと気付くのに来須はしばらくの時間を要した。その夢が余りにもリアルに感じて、まだ廃墟に自分がいるような気がして。
「―――ああ……」
夢など自分は見なかった。過去も未来もない自分には、夢は必要のないものだったから。だから夢など、見ることもなかった。
「いい夢でも、見ていた?」
上半身を起こした来須に瀬戸口は近づくと、そのまま横にしゃがみ込んだ。そうして来須の、帽子の下に隠れている瞳を覗き込む。空よりも蒼い、澄んだその瞳を。
「何故そう思う?」
「俺は夢を見ないから、よく分からないんだ。だから何となく」
相変わらず自分を見つめる瞳だけが、真っ直ぐだった。来須の知る限り彼がこの瞳をするのは自分以外、いなかった。誰もこの瞳を見たものはいない。自分以外、誰にも見せない。
「お前が見る夢がいいものであればと、思った」
白い陶器のような手が来須の頬に伸びて、そっと触れる。その手はひどく愛しいものに触れるようなそんな仕草だった。
「俺も夢は、見ない。何時もは」
「でも、今は見たんだろう?」
振り解けば振り解くことの出来る手を、そのままにさせた。そのまま触れたいように、させた。何故か今この手を振り解けば、目の前の男が泣くような気がして。泣くような気が、して。
「昔の夢、だ」
呟いてそれは半分嘘で半分本当だと言うことに気が付いた。確かに時間軸を渡る中で、廃墟になった街で戦ったことはあった。けれども。けれども夢の中に出てきた『砂漠』には自分は一度も、戦ったことはなかったから。
繋がっている夢。何処かで歪んで捩れて、けれどもひとつに繋がっている夢。捩れた空間が、見せた夢。
「華が咲いていた。ただひとつの華が」
触れていた指を来須はそのまま掴んで、自らの手に包み込んだ。一瞬だけ瀬戸口の身体がぴくりと反応したが、それだけだった。後は包み込む来須の指に自ら絡めて、そのぬくもりを感じる。少しでも逃さないようにと、指を絡めた。
「まるでお前の、ようだ」
その言葉に瀬戸口は何も言わずに、微笑った。夢の中に咲く華のように、ただ一途に来須だけを見つめながら。
「俺だって言ったら、信じる?」
指先から伝わる、ぬくもりが。触れた肌に感じる感触が。まるで。まるで夢の中の花びらのようで。夢の中の、花びらのようで。
「――――だとしたらお前の目的は?」
あれは夢だった。今のは確かに夢だった。けれども来須の指先にはあの花びらの感触が残っている。微かに薫る甘い匂いが残っている。そっと、残っている。
「目的?ただひとつ。お前に逢う事だけ」
「お前は何者だ?瀬戸口」
睫毛が触れ合うほどの距離。そして髪の先から薫る匂いが。その、薫りが。微かに薫るあの花びらの匂いと同じで。同じ、で。
「俺は『鬼』だよ、来須。死ねない鬼。ずっと人の身体に寄生して、何度も転生して…そして生かされている鬼だよ」
「―――鬼?」
「死にたくても死ねない。無限の時を生かされる。でもひとつだけ…こんな俺でもひとつだけよかったって思えることがあるんだ」


「――――お前を…ずっと、追い掛けられる……」



花びらが、散る。口付けた瞬間に。
さっきまで咲いていたその華が、散る。
そっと、散ってゆく。ひらりと。
ひらりと、落ちて。そして。

そして地面に落ちた瞬間に、花びらは枯れていった。



「好きだ、来須。ずっとお前だけ」
甘い華の香り。微かに薫る、その甘い薫りと。そして。そして指に残る感触。
「…ずっと俺…見ていた…お前だけ……」
「―――瀬戸口……」
その感触を確かめようとして、その身体を抱きしめた。抱きしめた瞬間、溢れた。


――――想いが、愛しさが、溢れた。



「適当な人間がいないと、俺は何動物や植物にも寄生していた」
抱きしめる腕の強さが、瀬戸口の瞼を震わせた。こうしてこの腕に抱きしめられることが。こうして抱きしめられることが、どれだけの。どれだけの時の中、願っていたことか。
「そうやって俺、お前探していた。何時も探していた」
背中に手を廻して、その広さを感じる。何時かこうして背中に腕を廻して、感触を確かめることが、無限の願いになっていた。夢になっていた。

夢を見ない自分が唯一見る夢は、愛しい相手を想う事だけ。



ずっと、見ていた。ずっと、探していた。
お前が渡る時を、お前が渡る時間軸を辿り続け。
そして繰り返し再生される命の中で。
その中でお前に出逢えることを、ずっと。
ずっとそれだけを願い、繰り返し死んで、生き返って。
ずっとずっとそれを繰り返し。繰り返し続け。


――――もう一度初めてお前に出逢った時間軸まで、戻る瞬間を夢見ていた。


「俺には、分からない。お前の言うことが…瀬戸口」
分からないよね。分かるはずがないよ。だってお前に記憶はない。お前には記憶がない。ううん、全ての記憶は俺以外、消されているんだから。
「分からなくていい。分からなくても、いい。でも」
時間軸を渡り続け、そして再びこの世界に戻ってきたお前。強制的に戻らされたお前。そうループしたんだよ。この世界はループしたんだ。作戦は失敗して、もう一度。もう一度初めからこの世界はやり直されたんだ。リセットされて、再び。再びお前はスカウトとしてこの地にやってきて、そして俺は再び瀬戸口隆之としてこの地に生まれる。
「でも俺のことだけは…思い出して……」
それをずっと。ずっと、待っていた。この瞬間を俺はずっと待っていた。何度も転生を繰り返しながら、お前が渡る時間軸を追い掛け続け、お前だけをずっと見つめ続け。

触れることは出来ない。言葉を交わすことも出来ない。
それでも俺は追い続けた。ただ独り、お前だけを。
お前が戦う先で俺は。俺は時に殺される幻獣になり。
時にお前とともに戦う戦士になり。時にお前に恋する少女になり。
時には鳥になり、獣になりそして。そして華に…なり……


「何時もお前は俺を拒んでいた。俺は時を渡る者だから、と。何れはお前から去ってゆくからと」
金色の髪も、蒼い瞳も、全部。全部、好き。ずっと好き。永遠に、好き。俺という魂が存在する限り、ずっと。ずっとお前だけが、好き。
「それでも愛した。お前だけ、愛した。ずっとお前だけ…俺は……」
綺麗な心。何よりも綺麗で眩しい心。俺の磨り減り壊れたこころに気付いたのはお前だけだった。そんな俺に気付いたのはお前だけだったから。
「…お前だけ…愛している……」
お前だけが俺の全てを認めてくれたから。どんな俺でも分かってくれたから。だから、離れ離れになると分かっていても。お前が俺を置き去りにする運命を分かっていても、それでも止められないほどに恋をした。ただお前だけに、恋をした。
「――――瀬戸口……」
願いはただひとつ。祈りはただひとつ。ただひとつの望み。ただひとつの、想い。ただひとつの、切望。

ただ独り、お前だけが、欲しい。

もう一度お前の腕が俺を抱きしめる。きつく、抱きしめる。何かを確認するように、何かを確かめるように。その腕の強さに俺は溺れながら、お前の背中に腕を廻した。強く抱きつき、お前を感じる。お前の鼓動を、お前の体温を、お前の匂いを、お前の…こころを……。
「…都合がいいと思われるかもしれない…でも瀬戸口…俺は……」
重なり合う鼓動が、狂いそうなほどに心地よい。このまま溶けて何もなくなりたいと思った。このまま全てが溶かされてしまいたいと思った。
「…お前の事が…愛しいと…思う……」
「うん、それでいい。それでいいよ…いい…もう何も思い出さなくてもいい…いいから…だから…俺を拒まないでくれ……」
「…瀬戸口……」
「…俺を…拒まないでくれ……」
もう一度見上げて、そして。そしてお前に口付けた。その瞬間、お前の唇は答えるように俺の口中を激しく貪った。



巡る螺旋の記憶。それが途切れて、重なって。
重なって途切れて。それの繰り返し。ただひたすらに繰り返し。
そして真実はその隙間にそっと。そっと葬り去られた。


「…んっ…ふぅっ……」
薄く開かれた唇に、来須は自らの舌を侵入させ、そのまま絡め取った。きつく根元から吸い上げ、性急に口内を求める。
「…はぁっ…ん…来…須っ……」
角度を変えられて、何度も唇が重なって。重なって吐息が奪われる。それを何度も繰り返しながら、唇が痺れるまで互いを貪り続けた。その激しさに眩暈を、憶えるほどに。
「…あっ……」
唇が開放されてもふたりを結ぶ銀の糸は途切れなかった。それを指で掬い、そのまま来須は自らの口に含む。そして瀬戸口の口許を零れる幾筋もの唾液を、その舌で辿った。そのたびに、腕の中の身体がぴくんっと小さく跳ねる。ざらついた舌の感触に、瞼が震える。
「どうして、お前を俺は」
髪をそっと撫でながら、そのまま身体を反転させて後ろから抱きすくめた。このまま冷たいコンクリートに身体を押し付けることは、来須には出来なかった。この見かけよりも細い身体に、傷を付けてしまうことは。
「…来須……」
そんな些細な優しさが、瀬戸口には嬉しかった。どうしようもなく嬉しく、そして。泣きたくなるほどに好きだった。好き、だった。ずっと、ずっと好きだった。
「こんなにも、お前を」
「…あっ……」
制服のボタンが外され、素肌が外に晒される。剥き出しになった白い肌に、来須はそっと指を這わした。手に吸い付くような滑らかな肌。指先に馴染む感触。それを自分は何処かで。何処かで、知っていた。この感触を、知っていた。
「…あぁんっ……」
手探りで当てた胸の果実を、来須は指先でぎゅっと摘んだ。その瞬間、ぴくんっと瀬戸口の肩が跳ねる。それを感じながら来須はその突起を執拗に攻め立てた。
「…あぁ…来…須っ……」
口から零れるのはただひたすらに甘い息。甘い、吐息。その声をずっと。ずっと自分は何処かで聴いていた。この声を、自分は知っている。
「…来須…来須…んっ…んんんっ……」
無理な態勢のまま瀬戸口は来須の方向へと首だけを動かして、唇を寄せた。指に髪を絡め引き寄せ、激しく口付けをねだる。顎からぽたりと飲みきれない唾液が伝わるのを構わずに。構わずに、その唇を貪った。
「…んんんっ…んん…んんんんっ……」
その間も来須の指は瀬戸口の敏感な個所を弄び、そのまま上着を腰の位置まで降ろしてしまう。ただ手は脱がされていなかったので、中途半端に瀬戸口は身動きが取れなかったが。
「…はぁっ…あぁ…ん……」
唇を開放した頃には、もう瀬戸口は独りで立ってはいられなかった。目の前にある柵を掴み、必死で態勢を整える。そんな彼を支えるように、来須は背後から抱き寄せた。
「おかしいな…お前にこうするのは初めてのはずなのに…指が憶えている……」
耳元で囁かれる言葉に、瀬戸口はうっとりと甘い息を零した。その声に溺れることが、その声を聴くことが、その声で名前を呼ばれることが何よりも。何よりも、自分にとって。
「…お前を…憶えて、いる……」
何よりも、しあわせで、何よりも、うれしいことだから。


記憶の破片は全て。全て、何処かに置き去りにされ。
一番大切なただひとつの真実ですら、歪められ消されてゆく。
ただひとつの、大切な事ですら。

何もいらない。何も、いらない。
もしもお前が手に入らないのなら。
もしもお前が俺のものにならないのなら。
俺は自分すら、いらない。俺なんて、いらない。

―――お前がいない世界ならば、俺も跡形もなく消滅させてくれ。



来須の手が彼のズボンのベルトを外し、そのまま下着ごとズボンを脱がした。足首の部分までずり落ち、瀬戸口下半身が露わになる。その剥き出しになった自身に来須の大きな手が、触れた。
「―――あっ!」
瀬戸口の白い喉が仰け反り、そこから小さな悲鳴のような声が零れる。ひんやりとした手に包まれ、身体が小刻みに震える。けれども冷たさは最初だけで、手の中の、瀬戸口自身の熱が次第に身体全体に広がり、じわりと瀬戸口を犯していった。熱い熱が、狂うほどの、熱が。
「…あぁっ…はぁっ…ああんっ……」
大きな手のひら。節くれだった指。傷だらけの指。でも何よりも愛しい指だった。何よりも求めた指だった。何よりも愛した指、だった。
「…来須っ…くる…すっ…はぁぁっ……」
このひとが欲しいと。このひとだけが、欲しいいと。ずっと願い、ずっと想い、ずっと。綺麗な金色の髪も、蒼い瞳も、全部。全部自分だけのものにしたい。その為ならばどんな事でも出来た。その為ならば、どんな事でも出来る。
「―――教えてくれ…瀬戸口…どうしてお前はそんなにも俺を……」
耳元で囁かれるだけで、吐息が耳を掠めるだけで。それだけで身体が感じる。身体が、震える。それだけで、全てが壊れそうになるほどに、全身で求めている。

――――お前だけを、求めている……

「…あぁ…もぉ…俺…ぁぁ…来須っ……」
来須の手のひらに包まれた瀬戸口自身が限界を告げている。先端からは先張りの雫が零れて、来須の指を濡らした。その透明な液体を来須は先端の割れ目に擦りつけて、開放を促した。
「…ダメ…イクっ…もぉ……」
「―――構わん、イけ」
「…ダメ…お前の手…汚す…から…だから…あああっ!!」
瀬戸口は必死に首を左右に振って耐えたが、来須の指先がもたらす激しい刺激に耐えきれずに射精した。白い液体が、来須の手のひらを汚す。
「…ごめ…ん…俺…お前の…手……」
がくがくと膝が震えその場で崩れそうになる瀬戸口の身体を支えると、そのまま身体を反転させた。大きな腕の中に瀬戸口の身体は閉じ込められ、そして視線が真っ直ぐに絡み合う。
「…手、汚した……」
「構わん」
快楽に濡れた紫色の瞳が来須を見上げ、もつれた指がその手を取る。そして自らの吐き出した精液で汚れた指を、瀬戸口はぴちゃぴちゃと舐めた。紅い舌を覗かせながら指先を舐めるその仕草はひどく扇情的で、無意識に『雄』を誘っていた。
「…駄目…綺麗なお前を…穢すものは、許さない…例えそれが…俺自身でも……」
指に残る精液を全て舐め取ると、上目遣いに瀬戸口は来須を見上げた。魔性とも思える紫色の瞳は、けれども何よりも純粋な想いだけを映していた。ただひとつの、綺麗な想いを。
「そんなにも、俺が…好きか?」
痛いほどに真っ直ぐに向けられる想い。ただひとつの想い。剥き出しに向けられるただひとつのもの。胸を突き刺し、貫く激しい想い。
「好きだ。ずっと好きだ。俺はずっとお前だけを見ていた」
絡みつく手が、来須の背中を撫でる。広く大きなその背中の感触を確かめるように、何度も何度も撫でて。そして伝わる体温に、誰よりもしあわせそうな顔をする。誰よりもしあわせな、表情を。
「…ずっと…お前だけ……」
胸に凭れ掛かるように触れ合ってくる身体を来須は抱きとめると、そのまま背骨のラインを指で辿った。そのまま指を這わし双丘の狭間に辿りつくと、入り口を軽くなぞった。
「…あっ…!」
なぞられ入り口を解されると、そのまま指が突き入れられる。狭く閉じられた入り口をこじ開ける指の生々しい感触に瀬戸口の瞼が震えた。来須の指が中に入っていると言う事実だけで、感じられると思った。濡れられると、思った。
「…はぁぁっ…あぁんっ…あ……」
ぐちゅぐちゅと粘膜から濡れる音がする。中を掻き乱す指の動きが、リアルに感じる。指の感触が直に肉に触れている。その中を押し広げ、一番恥ずかしい場所を探り当て。そして。そして自分を乱し、犯してゆく。それだけで、もう……。
「…あぁっ…来須っ…もぉっ……」
欲しかった。その熱さが、硬さが、欲しかった。その楔で中をむちゃくちゃに掻き乱し、そして溺れさせて欲しかった。他の誰でもないただ独り。ただ独り、欲しかったもの。欲しかった、ひと。

その楔に貫かれ引き裂かれたならば、しあわせ。そのまま貫き殺されたら、しあわせ。

「―――瀬戸口……」
「…あっ……」
再び瀬戸口の身体が反転させられる。後ろから抱きしめられて、うなじをきつく吸われた。そこから広がる痺れるような甘い痛みが、瀬戸口の思考を溶かしてゆく。甘く激しく、溶かしてゆく。
「…来…須っ……」
瀬戸口の細い指が来須のズボンのジッパーに掛かる。布越しからでも分かる硬さと巨きさに、睫毛を震わせながら。
「…お前の…コレが……」
ジィーと音とともにジッパーが下ろされ、来須自身が外界に曝け出される。それ熱く激しく猛っていた。その強さを愛しそうに瀬戸口の指が触れる。触れて撫でて、熱を増徴させて。
「…欲しい…よっ…俺の…中に…な、…来い…よ……」
そのまま瀬戸口の手が来須自身を掴み、自らの入り口に当てた。その感触に無意識にびくんっと肩が跳ねる。その肩にひとつ唇を来須は落とすと、そのまま瀬戸口の細い腰を掴み一気に侵入した。
「―――ああああっ!!」
仰け反った白い喉が、くっきりと浮かび上がる。口許から透明な液体が伝い、それとは対照的な鮮やかな紅い色をした舌が覗いた。その舌に誘われるように来須は、覆い被さりながら自らのそれで絡め取る。
「…ふぅっ…ん…はぁっ…あっ…あぁぁ……」
ぴちゃぴちゃと舌が絡まり、そのたびに瀬戸口の口許に唾液が零れてゆく。それがぽたりと彼の白い素肌を伝い、コンクリートの床に落ちた。ぽたり、と。
「…瀬戸口……」
名前を呼べば必ずその紫色の瞳が開かれた。快楽に濡れながら、潤んだ瞳が必ず来須を捕らえる。どんな時でも、どんな瞬間でも。
「…あぁぁっ…あああ……」
ずぶずぶと音を立てながら、来須は下から瀬戸口を突き上げた。貫くたびに肉が擦れ合い、その摩擦がまた熱を呼ぶ。粘膜が交じり合って、そして溶けてゆくようなそんな感覚に陥りながら。
「…あああ…はぁぁっ…来須っ…来…須っ……」
ぽたりと目尻から涙が零れて、口許を伝う唾液と交じり合った。それが鎖骨の窪みに伝い、そのまま尖った胸を濡らす。紅い胸が液体で濡らされ、艶やかに光る。それに引き寄せられるように来須の指が胸の果実を弄った。指先で摘み上げながら、尚も背後から瀬戸口を貫く。その刺激に耐えきれず、瀬戸口の手が再び目の前の柵を必死で掴んだ。
「…あああっ…ああんっ…もぉっ…もぉっ…俺……っ」
がくがくと身体が揺さぶられるたびに、柵を掴んだ手が擦れて痛かった。けれども今はその痛みよりも、突き上げる激しさが、貫かれる痛みと快楽が、何よりも。何よりも自分が求め、そして願ったものだから。

何よりも誰よりも、欲しかったもの、だから。


永遠なんてただの地獄でしかないと思っていた。
終わりのないものなど、ただの苦しみでしかないと思っていた。
逃れられなもの。許されないもの。開放されないもの。
けれども。けれどもこの想いは。この、想いだけは。

永遠に捕らわれてもいい。永遠に逃れられなくてもいい。

お前と言う存在に永遠に捕らわれ、そして。そしてがんじがらめにされて。
ただひたすらにお前だけを願い、お前だけを望み。そして。そして繰り返される命なら。
お前だけを求め、そして何度も再生される命なら。


――――それはひどく、しあわせなものだと、想った……



「…ああっ…来須っ…来須っ……」
お前がいればいい。お前だけがいればいい。
「…もぉ…壊れ…っ…ああああっ!…」
お前だけが世界の何処かに存在していてくれれば。
「…壊れ…るっ!……」
俺は永遠の命ですらも、開放されない生ですらも、幸福だ。



どの世界でもいい。生きていてくれ。お前が存在していてくれ。
捩れる空間の中で。歪む時間の中で。ただ独りお前だけを。
お前だけを俺は探し続けるから。ずっとずっと探し続けるから。

お前が俺を分からなくても。お前が他の誰かを愛しても。

そしてまた。またこうしてループした時間に。その瞬間に出逢える日を。
こうして再びお前に出逢えることだけを願い、生きてゆくから。
永遠の再生を。永遠の生を。狂うほどの永い時間の中で、ただ一瞬の邂逅でも。


それでもこうして、お前に出逢えるのならば。お前に触れられるのならば。



「…愛して…いる…来須……」
なぁ、俺。俺どうしてこんなにも。
「…瀬戸口……」
どうしてこんなにも、お前好きなんだろう。
「…ずっと…愛している…ずっとお前だけ……」
こんなにもお前のことが、好き?


もう分からないよ。分からないんだ。好きになりすぎて、分からないんだ。





「…永遠なんて…苦しみだけだと想っていた…でもお前に逢えたから…苦しみすらも喜びに変わる……」





頬に零れ落ちる涙を、そっと。そっと来須は拭った。その哀しいほどに綺麗な雫を指先で掬い上げる。そこから溢れてくるものは、想い。ただひとつの、想い。激しく苦しく、そして切なさだけが満たす、ただひとつの想い。
「―――瀬戸口もう一度言う…俺は何れお前の元を去ってゆく」
その想いが指先に伝わり、広がって。広がって、そして。そしてこころの一番深い場所にぽたりと、落ちた。
「…それでも俺が、いいか?…俺で…いいのか?」
瀬戸口の手が来須の頬に伸びて、そして愛しそうに撫でた。細く震える指先は、ただひたすらに切なく苦しく、そして哀しくても。
「いいんだ、分かっている。またお前は時に連れ去られる…そうしたらまた俺…俺お前、探すから……」
「…瀬戸口…俺は…お前に何がしてやれる?お前に何が出来る?俺は……」


「…お前を、苦しめることしか…出来ないのに……」


来須の言葉に瀬戸口は微笑った。華のように、微笑った。それはずっと。ずっと来須だけを待ち続けた。待ち続けた一輪の華。廃墟の中でただ一輪咲いていた、鮮やかな華。
「苦しいなら、恋なんてしない。苦しいだけならもう俺は誰も愛しはしない。そんな愛は一度で充分だ、でも」
過去に一度だけ本気で愛した人は、ただ。ただひたすらに苦しいだけだった。青の一族である彼女と鬼である自分。その種族の壁が結ばれることを許さず、そして。そして何時しか自分を置いて死んでいった命。自分を置いて消え去った命。
「でも、お前はずっと追い掛けられる」
もう失いたくないから。もう二度と失いたくないから。だから、追い掛ける。追い掛け続ける。ただ独りの相手を、永遠に求め追い続ける。それが死を許されない自分にとって唯一。唯一の生きる意味だった。生きたいという願いだった。
「いいんだ。お前が生きていてくれれば、それだけでいいんだ。生きてさえいれば、俺は。俺はお前に出逢えるから…また、逢えるから……」
「俺がお前を分からなくても?俺がお前を…愛さなくても?」
「俺が愛しているから、いい。お前の想いの分も、愛しているから。だから、こうしてループした時だけでいい。この姿の時だけでいい。俺をそばにおいてくれ」
「…瀬戸口…俺は……」
「俺を、そばにおいてくれ」
その言葉に来須は何も言えずにただ。ただひたすら想いの丈を込めて、抱きしめた。きつく、抱きしめた。



――――愛しているんだと…想った……


この腕の中の身体を。見かけよりもずっと華奢なその身体を抱きしめながら。ただひとつ浮かんだことは。ただひとつ想ったことは。それは溢れるほどの想い。ただひとつの、想い。
他の言葉など浮かばなかった。他に何も浮かばなかった。ただひたすらに。ひたすらに。


お前を愛しているんだと、それだけを想った。



「…瀬戸口…俺は……」
何時かお前を置いてゆく。それは逃れられない運命。それでも。それでも、俺は。
「…俺はお前を…愛している……」
今こうして自分を貫く想いが。自分の中に押し寄せる想いが、止められないものだともまた。また分かってしまったから。気付いて、しまったから。
「…来須……」
ならば、今。今自分の全ての想いをお前に注ぐしか、俺には出来ないから。俺がお前から離れた後でも、その想いで包み込めるように。包み込んで、やれるように。
「…愛している…瀬戸口……」
お前が淋しさすらも感じないほどに、俺の想いの全てを与えることしか。






砂漠に咲くただひとつの華が、そっと風に飛ばされ枯れ散った。
その瞬間、一面に広がる真っ赤な血が。真っ赤な血が砂に降り注ぐ。
背中を銃で撃たれた兵士の身体から、真っ赤な血が吹き出して、そして。
そして枯れた華に、注がれた。真っ赤な水が、注がれた。


けれども二度と華は咲くことはなかった。
腐敗する死体とともに、腐り爛れてゆくだけで。



もう二度と、砂漠に華が咲く事は、なかった。


END

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