一面に広がる、星のかけら。
指で掬って、そして。
そして広がるそのかけらを。
―――どうしたら、閉じ込められるのだろうか?
手のひらから零れてゆく水を、ただ。ただじっと見ていた。
「どうした?固まって?」
背後から声がして、振り返ればそこには君の蒼い瞳があった。綺麗な空だけを閉じ込めた、蒼い瞳が。
「固まってるんじゃないよ。零れてく水を見ていた」
「らしくないな」
どさりと音がして、君が俺の隣に座り込んだ。ふわりと夏草と君の匂いが鼻孔を微かに通り抜けた。
「何だよ、それ」
むっとした顔で言い返した。俺だってたまにはセンチメンタル…って自分で言うのも確かに…だけど。でも俺だってそう言う気持ちになる時だってあるんだから。
「お前はうるさいくらいに動いていた方がいい」
「―――あのなぁ…来須…俺の存在意義って一体……」
「その方が、面白い」
口許がふわりと、微笑う。君の本当の笑顔を知っている人間はどのくらいいるのかと、ふと思った。何時も帽子で目は隠れているから、その下にある優しい瞳を知っている人間はどれだけいるのだろうか?
―――俺だけだったら…いいのにな……
子供みたいな我が侭だと分かっていても。そんな事ないと分かりきっていても、それでも何処かでそうだったらいいのにと思う俺は。
「俺は君の退屈凌ぎじゃねーよっ!」
やっぱり君よりもずっと。ずっと子供なのだろう。時を駆け抜け、そして色々なモノを見てきた君と比べても。
「そんなつもりはない」
俺も生きてきた。長い間、ずっと。ずっと、生きてきた。正にもなれず邪にも戻れず、中途半端な存在でずっと。ずっとただ生きてきた。
「そんなつもりだったら初めから、お前を」
宙に浮いていた俺の手を掴み、そのまま抱きしめられた。手はまだ水に濡れて、冷たいのに。
「―――お前を…好きにはならない……」
そしてそのままひとつ、キスをされた。切ないくらい、優しいキスを。
夏の匂いがする。瑞々しい、夏の匂い。
その中に夜の闇がそっと混じっている。
それが少しだけ、こころを。
―――こころを、苦しくした……
キスしたまま、抱き合ったまま。ふたりで草の上に寝転んだ。君の背中に手を廻して、ぎゅっとしがみ付きながら。
「君が他人を好きになるのって想像つかなかった」
広い背中に手を廻していると『護られている』ような気がして好きだった。別に女の子じゃないから護られる理由も必要もなのだけれども。それでもこうして、背中に触れている瞬間が。君が俺を『護ってくれている』と感じる瞬間が好きだった。
「お前が好き好きうるさかったからな」
「俺、何時も口説く時はちゃんと手順踏んで上手くやってきたのに…君だけはダメだった」
「確かに手順も何もなかったな。やたらめったら好きを連発していた」
「…余裕…なかったんだよ。どうしていいのか分からなくて…こんなん人を好きになったの…初めてだったから……」
「――そうか……」
もう一度、唇が降りてきた。それに全てを委ねて、俺はそっと目を閉じた。
目を閉じて、感じるもの。
君の風。君が纏っている、優しい風。
ふわりと、包み込むその優しさに。
その優しさが、全部。
全部、逃がす事なく感じたい。
「…あっ…ん…」
見つめあいながら、互いの服を脱がしあった。星の明かりしかないこの場所では、脱がすことも一苦労だったけれど。それでも至近距離でこうして君を感じるのは…好きだったから。
「…はぁっ……」
指と、唇が俺に触れてくる。余す事無く俺の肌に落ちてくる。それが。それがひどく俺を感じさせた。
「…来須…あぁっ…ん……」
触れていて、欲しい。ずっと俺に触れていて欲しい。余す事無く、全て。全部、全部君に触れて欲しい。
「――瀬戸口…こっち向け……」
「…あんっ…来須…はぁんっ…んん……」
君に名前を呼ばれて、目を開く。快楽で潤み始めた視界には、少しだけ君がぼやけて見えた。それが嫌だったから…俺は顔を上げて君にキスをした。
「…んんっ…んんん……」
触れて、いる。舌が、唇が。それだけで安心出来る。真っ暗な闇になったとしても。世界に光がなくなったとしても。君が触れて、いれば。
「…はぁっ…んっ……」
唇を離しても、唾液は名残惜しくふたりを結ぶ。君はそっとそれを指で掬って舐めた。君の中に俺が入ってゆくと考えただけで、俺は背筋がぞくぞくした。
「…来須…君の手…何時も……」
舐めていた手を、俺はそっと自らの指で重ねた。大きな、手。俺の手ですらすっぽりと包み込む手。大好きな、手。
「…傷だらけ……」
「仕方ないだろう?俺は戦士なのだから」
「…分かってる…でも何時か…」
細かい傷を逃がさないように俺はひとつひとつ舐めた。君の傷。それは見えない君の証。誰よりも前線に立って、そして。そして戦い続けた君の証。なによりも、大切なもの。
「…何時か…消えるよな……」
そう言ってから俺は、後悔をした。その先の言葉は、多分。多分今の二人には続けてはいけない言葉なのだろうから。
「消えるな、体の痕は。でも心の痕は消えないだろう」
「…来須……」
「――お前は…どんなになっても…消えないんだろうな……」
手が、触れる。俺の頬に触れる。優しい手。強くて、優しい手。全てを包み込む、大きな手。この手が俺は、何よりも好きだった。
星の海。散らばった星のかけら。
蒼い海に散らばる小さなかけら。
手のひらで掬っても、零れてゆくもの。
さらさらと、零れてゆくもの。
目に見えるものは、何時しかこうして消えてゆく。
目に見えるものは、何時しかこうして零れてゆく。
それでも消えないものが。
それでも零れないものが。
―――それでも確かなものが…あるのならば……
深く貫かれ、俺は喉を仰け反らせて喘いだ。君に抱かれるようになってから、声を押さえると言う事を止めた。自分を隠すと言う事を止めた。
「…あああっ…あぁぁ…来…須……はぁんっ……」
声を上げて、そして。そして感じているんだと言う事を、全身で君に伝えた。俺の全部を君に見せたかったから。
「―――瀬戸口……」
「…来須…来須…あああっ……」
見て欲しかった、全部。俺の全部を、見て欲しかった。君の前では俺は偽らないから。君の前では俺は自分を作ったりしないから。だから全部。全部、君に見て欲しい。
「…ああああっ…ああ…もぉ……」
「イクか?」
「…あぁ…もぉ…俺…はぁぁっ……」
快楽の為に目尻から涙が零れ落ちる。それを君の指先がそっと拭ってくれた。優しい指先が、大きな手のひらが。それが。それが何よりも俺には。
「―――ああああっ!!!」
…俺には、うれしかった、から……
―――ずっと…君と一緒にいたい……
途切れる意識の前に俺は呟いた。君に届くか分からなかったけれど。でも俺は全部。全部君には本当の自分を見せると決めていたから。
偽らざる自分の本音を。全部君に、見せるんだと。
『一緒に…いれたら…いいな……』
夢か、現実か分からなかったけれど。
でも確かに聴こえた、君の言葉。君の本音。
…それは否定でも、肯定でもなく…君の…こころの声……
お前の背後に広がる、星の海。漆黒の水に散らばる星のかけら。
指で掬う事が叶わない、その星のかけら。
こんなに視界には捕らえるのに、決して掴むことのできないもの。
「―――お前、みたいだな」
気を失っているお前にそっと告げた。
聴こえる筈はないのだけれども。
ただそれだけを、告げた。
それでもこの光は胸に宿り、そして消えることはない。
瞼を閉じてもその輝きはずっと。
…ずっと消えることは…ないのだから……。
END