――――月よりも綺麗で、そして哀しいひと。
深い海の底に眠るように永遠に目覚めたくないと、言った。このまま全てを消してしまえたらと、言った。
「君の目、食べてしまいたい」
髪に絡まる細い指は、何処かひどく儚げで。そして消えてしまいそうだった。こうして伝わるぬくもりがなかったら、そっと何処かへと。
「そうしたら、こんな苦しくなかった」
微笑いながらキスをしてきた。覆い被さるように何度も何度も。必要以上にお前は唇を重ねることをねだる。そうする事でまるで。まるで『生』を感じているかのように。
「駄目だ、そうしたらお前を見つめられない」
深い紫色の瞳が、ただ俺を見下ろす。そこにある哀しみは、多分…俺しか知らない。他の誰もそれを、知らない。
「見つめられていると、嬉しいけど…見透かされていて、怖い」
俺の上に乗っかっている身体を、そっと抱きしめてやった。そうすればお前は必ず、微笑う。抱きしめた瞬間ひどく安心したように、微笑う。
「ほら、こうやって見透かされている…俺の淋しさを君は決して見逃さない」
「―――当たり前だ」
髪を撫でてやる。柔らかい茶色の髪を。ふわりと、そっと。そっと撫でてやる。指先に伝わる柔らかさが、ひどく心地よかった。
「そのたびに実感するんだ…君が好きだって」
またお前はキスをしてきた。そうしてもう一度俺の瞳を見下ろして、そのまま胸に顔を埋める。
――――心臓の音が聴こえるからこうしているのが好きだと、お前は言った。
手が伸びて来て俺の胸に触れた。そのまま撫でるように行き来する指先。顔は肌に触れたままで。
「…瀬戸口……」
俺が呼ぶ声に顔を上げて、そのまま。そのまま覆い被さるようにキスをしてきた。先ほどの触れるだけのキスとは違う明らかに…明らかに夜の匂いを含んだキスを。
「…んっ…ふぅっ…ん……」
薄く唇を開いてやれば舌が忍び込んでくる。俺はそれを絡め取って、そのまま吸い上げてやる。そうするとお前の胸に置いてある手がぴくんっと震えた。
「…はぁ…来須……」
唇が離れて俺を見下ろす紫色の瞳は、夜に濡れていた。明らかに雄をねだる瞳、だった。
「――抱いて欲しいのか?」
「…うん…駄目か?……」
駄目だと言っても、お前は俺をねだるだろう。言葉で諦めてもその瞳が俺を、ねだるだろう。だから、俺は。
「お前の望みは…全部、叶えてやる……」
そっと髪を撫でて、その身体を引き寄せて俺からキスをした。キスしたらお前はほっとしたように…微笑った。
お前が微笑うのが、好きだから。
何時もそうしていてくれと願った。
何時も微笑っていて欲しいから。
だから、俺は。
…俺はお前の望みは全て、叶えずにはいられない……
「…あっ…ふっ……」
背中を撫でながら、浮いた上半身に唇を滑らす。ぷくりと立ち上がった突起を口に含み、そのまま舌で転がした。そのたびに身体がぴくんぴくんっと跳ねる。浮かすためにベッドの上についた両腕が小刻みに揺れていた。
「…あぁっ…来…須っ……」
胸を突き出しながら身体は刺激を求めずにはいられない。けれどももう腕は支えきれなくなって、がくがくと震えている。そんなお前から唇を離すと、そのまま身体が雪崩れ込んできた。そんな所が、愛しいと…思う。
「…はぁっ…あ……」
俺の肩に掛かるのは、甘い息。そんなお前の髪を撫でてやって、俺は背中に廻していた手をそのまま下へと降ろした。そして変化し始めたお前自身に触れる前に、いきなり最奥へと指を侵入させた。
「…あぁっ!……」
ぴくんっと身体が跳ねる。それを宥めるように髪を撫でてやりながら、乾いた器官に指を埋めた。突然の侵入に準備を施されていなかったソコは、入り口を堅く閉ざして侵入物を排除しようとぎゅっと締め付けた。けれども。けれども何度か中で指を掻き回してやれば、何時しか快楽に慣らされた媚肉はゆっくりと解かれてゆく。
「…あぁっ…ふっ…くんっ……」
くちゅくちゅと濡れた音が、する。指を受け入れた内壁は、後はただひたすらに刺激を求めて蠢く。まるで奥へと指を誘うように。そして。
「…はぁ…あぁ…ん……」
そしてまだ一度も手を触れていない筈のお前自身も、何時しか微妙に形を変え始めていた。熱くなってゆくソレが、俺に当たっている。堅くなってゆくソレが。
「…あぁんっ!……」
髪を撫でていた指を離して、そのまま双丘を押し広げるように両手で掴んだ。そしてそのままそれぞれの指を突き入れる。勝手気侭に指を掻き回す。
「…あぁ…来須…俺…ああん……」
甘い、声。少し鼻に掛かる、甘い甘い声。耳元に掛かる、吐息。そして髪から零れる汗。その全てが。その全てが、愛しくて。
「―――イクか?……」
耳元で囁いてやればお前はこくこくと頷いた。俺はそれに答える変わりに、両の指をお前の奥深くへと埋め込んだ。
―――ドクドク…と音がして、俺の腹の上にお前の大量の精液が放出された。
はあはあと頭上から荒い息が聴こえる。まだお前は呼吸を整えられなくて、そのまま俺の身体に全てを預けていた。
「…後ろだけで…イッちゃった……」
やっとの事で呼吸を整えて、俺をお前は見下ろす。その瞳からはぽたぽたと快楽の涙が零れていた。
「…今まで…こんな事…なかった……」
その涙を指先で拭ってやれば、お前は嬉しそうに微笑った。その顔が、俺は一番好きだと思う。どんなお前の顔よりも…その表情が……。
「…でも…きっと君だから……」
「瀬戸口」
「…君じゃなかったらこんなにも俺…感じないよ……」
くすっと微笑って、また。またキスをしてくる。お前の唇が俺の顔で触れていない場所など無いとでも言うように。
「…でも…まだ…足りないよ…」
「―――分かっている」
もう一度髪をそっと撫でて、そのまま身体の位置を入れ替えた。お前を組み敷いて、もう一度胸の果実に触れる。今度は支えなくてもいいように。
「…あっ…ん……」
指先で摘まみながら、もう一方を口に含む。それだけで一度火のついた身体は、再び快楽に犯されてゆく。一度果てた筈のソレも俺の下で形を変化させていた。
「…あぁ…あ…あん……」
胸を口に含みながら、指を身体中へと滑らせた。俺の指がお前の知らない個所など無いように。隅々に、触れる。滑らかできめの細かいお前のその肌に。
「…あん…あぁ…来須…んっ……」
「もう一度」
「…来…須…?……」
手をいったん離して、そっと髪を掻き上げてやった。汗でべとつく前髪を掻き上げて。そしてそっと額に唇を落として。
「―――後ろだけで、イクか?」
耳元で囁いた言葉にかああって顔が真っ赤になるのが…ひどく子供染みて可笑しかった。
「…君が…そんな事言うとは…思わなかった…ヤバ…俺動揺している……」
「そうか?」
「…あ、でも…その…君だったら…イイよ…」
本当に全身で真っ赤になって、お前はそれでもぎゅっと俺に抱き付いてきた。その熱い身体が、愛しくて。どうしようもない程に、愛しくて。
「試すか?」
ひとつ微笑って、そのままお前の腰を掴むと一気にその身体を貫いた。
貫かれた衝撃でお前の身体が弓なりに反り返る。そしてそのまま俺の背中に深く爪を立てた。皮膚に食い込んで、そこから血が滴るほどに。
「…あああっ…あぁっ……」
一端最奥まで自身を突き入れて、動きを止める。そして汗と唾液で濡れるお前の顔を見下ろして、そのままそっと顔を撫でてやった。
「…来須っ…はぁぁっ……」
苦痛と快楽の狭間で歪む表情が、雄を誘った。このままその顔を見ているだけでも、イケると思った。けれども今回はさっきの言葉の通り―――。
「…あぁっ…あぁぁ…来っ須……はんっ!」
前には触れずに指で胸の突起を摘まみながら、何度か揺さぶってやった。両の胸を嬲られて突き上げられて、お前自身は既に限界を迎えていた。先端からは先走りの雫を零していて。そして。
「―――あああっ!!」
深く突き上げると同時に胸の突起を爪で引っ掻いた瞬間、お前は二度目の射精をした。
「…う…そ……」
まだ熱い俺を中に受け入れながら、お前はまだ快楽の表情のままそう言った。そしてその腕を俺の首筋に廻して。
「…ホントに…イッちゃた…でもまだ君が……」
お前の中で熱く息づく俺自身に、再びその形良い眉が歪む。お前に欲望を吐き出させる事が先決で、自分を開放させる事は後回しにしていた。
「…んっ、て…ダメ…俺……」
「―――瀬戸口……」
「…あっ!…ちょっと…まっ…ああっ!……」
達したばかりのお前を再び突き上げた。腰を掴み、乱暴に揺する。そうすればまたお前の口からは甘い吐息が零れてきた。そして。
「…あぁっ…やぁ…俺が…持たなっ…あぁんっ……」
再び背中に手が廻されて、俺にしがみ付いてきた。そうして肌を密着させる事でお前自身が俺の腹の上で擦れる。そして再び熱を持って堅くなってくる。
「もう一回、イケるだろ?」
「…ダメだって…もう…あぁ…ああっ……」
その時になって初めて。初めて俺の手がお前のソレに触れた。手で包み込み、感じる個所を攻め立てる。それだけでもうお前の先端からは先走りの雫が流れてきて、そして。
「―――出すぞ、瀬戸口」
「あああああっ!!!」
そして俺自身も限界を迎えて、お前の中に欲望を全て吐き出した。その瞬間に、手のひらにお前の精液を感じながら。
お前が、綺麗で、哀しい。
その消せない淋しさがお前を。
お前をなによりも綺麗に見せるのならば。
それがなによりも。なにより、も。
―――俺には…苦しいから……。
「…俺が…淋しかったから?……」
ぽたりと零れる雫が。髪から零れる雫が。
「…こんなにも…激しく抱いてくれるの?……」
綺麗で。何よりも綺麗で、そして。
「…何もかも…忘れるくらいに……」
―――そして、哀しい……
心の隙間を埋めるように、抱いてやっても。
それ以上の淋しさをお前は心に抱く。
どんなに想いを込めて抱いても、どんなに。
どんなに愛していると…こころで…想っても……
「…でも淋しさは消えないよ…俺が君を好きでいる限りは……」
その言葉に俺は微笑う。
分かっている。お前のその気持ちは。
その気持ちは俺が与えたもの。
俺がお前に与えたもののひとつ、だから。
「…消えなくていいんだ…こうして俺は君を繋ぎとめているんだから……」
END