※
魔女
―――欲しいのは、ただひとりだけ。
このひとが、ほしい。
この人を手に入れる為ならば。
傷ついても壊れても、構わない。
どうなっても、構わない。
―――このひとを手に入れられるのなら。
どんな事でも、するよ。お前が俺だけのものになるのならば。俺はどんな事でも出来るんだから。
「―――どうしてだ?」
お前の低い微かに掠れた、声。心地好くて溶けたくなる。低く抑えられた声の中に微かに見える『感情』が。それが、何よりも俺を悦ばせる。どんな反応でも、お前が俺に関心を向けてくれた事が。どんな感情でも…俺に対するもの、ならば。
「抵抗不可力だよ」
そう言って、笑った。俺は綺麗に微笑っているだろうか?ちゃんと綺麗に微笑っている?お前の前では俺は。俺は一番綺麗な顔を、したいから。
「お前なら抵抗、出来た筈だ」
抵抗は、したよ。一応本気っぽくしたよ。だから俺の服相当ぼろぼろだし、いっぱい引き裂かれている。いかにも『強姦』されましたって分かるように…犯されたんだから。
「無理だよ、数人かがりでヤラれたんだ。幾ら俺でも」
お前の視線が全身を貫くように突き刺さる。もっと…もっと貫いてくれ。もっと俺を見て。俺だけを、見て。その蒼い瞳に映るのは…俺だけでいいんだ。
「手足、縛られたし…ほら、こんなにぼろぼろだ」
俺はわざと脚を広げてお前の前に剥き出しの自分を見せた。男たちの精液で汚れた太ももと、中から零れる血と液体を。たくさんのキスマークと、こびり付いて乾いた精液の痕を。
「―――嘘だ」
お前の手が俺の肩を掴む。思いがない力強さに俺の眉が歪んだが…でも今は。今はその強さですら俺にとっては甘美な痛みでしかない。こんなに強い感情をお前が俺に向けてくれるなら。向けてくれるならこんな身体、幾らだって男たちの慰み者になっても構わない。
俺にとってお前が全て。お前だけがいればそれでいい。
「痛いよ、来須」
好き。ああ、好き。お前だけが好き。他に何もいらない。他の人間なんてどうでもいい。お前が俺のものになってくれれば。俺だけを見てくれれば。俺はもう何も望まないんだ。
「嘘だ。お前は喜んでいる」
爪が、食い込んでる。お前の表情はほとんど変わらないけれど。変わらないけれど、でも。でもこの皮膚に食い込むような爪が。その爪が何よりもの証拠。何よりも、嬉しい。
「喜んでる訳ねーだろ?ヤローに強姦されてさ」
嬉しいよ。お前の感情が俺に向かっているから。その全てが俺に向けられているから。だから、ねえ。ねえもっと。もっと俺だけを、見て。
「それもお前に助けられるなんて、さ」
「―――笑っただろう?俺が来た時、お前は男たちに犯されながら…俺を見て微笑った」
微笑ったよ。だってお前の驚いた顔が見れたから。滅多に表情を変えないお前の、あんな顔を見れたんだから。俺は。俺はね、来須…お前の表情も全て欲しいんだ。全部、欲しいんだ。
「お前が言ったんだよ、来須」
手を、伸ばした。手首には縛られた痕が。細かな傷が。そして、すえた雄の匂いが消えない手で。その手で俺は、お前に触れる。他人の匂いなどお前に付けたくはなかったけれど、それ以上にお前に触れたい俺がいるから。
「瀬戸口」
首筋に手を廻して、剥き出しの首に口付けた。このまま噛んで血を飲み干したいけど、お前の綺麗な身体に傷跡を残すのが嫌だったから…我慢した。
「言ったよ。『お前は笑ってろ』って…お前が言ったんだ」
「――――」
「だから、微笑った」
表情は変わらない。お前が変わる事は滅多にないのだけれど。それでも今。今お前の手が俺の腰に廻された、から。もうそれだけで、俺は。
「何でもするよ、俺は。俺はお前のためならどんな事だって出来る」
首筋に指を絡めたまま舌をゆっくりと降ろした。くっきりと浮かび上がる鎖骨を舐め上げて、きつく噛む。噛んで、そして自分だけのものだと所有の痕を刻む。
「…なんでもする…お前が俺だけのものになってくれるなら…なんでもする……」
手は腰に廻されたまま、お前は俺を拒まない。ただ俺がしたいように、させる。受け入れるわけでも、拒否するわけでもなく、ただ。ただこうして俺がお前の肌に口付けて、痕を付ける事を見ているだけ。その蒼い瞳で。
「…瀬戸口お前は…」
一端唇を離して、そのままお前の唇を塞いだ。舌を忍び込ませ、自ら絡めとる。そんな俺に、お前は。
「俺を手入れる為なら全てを利用するのか?」
「するよ。俺にとってお前以外のものなんて価値のないものなんだから」
首に絡めていた指を離して、そのままお前の上着に手を掛けた。そのまま脱がして直接、その厚い胸板に触れる。指先から伝わる肉の弾力が、この感触がどうしようもなく愛しい。
「―――愛している、来須…お前だけ……」
何度もその胸を指で辿った。愛しいその胸を。その筋肉を。微かに上下する呼吸ですら、奪いたいほどに愛しい。愛しい、ひと。ただ独りの、ひと。
「お前は卑怯で、残酷だ」
愛している、お前だけを。お前だけを、愛しているから。
「いけないか?それでも俺はお前が欲しい」
それは醜いまでの執着心と独占欲。ただひたすらに剥き出しの想い。俺のただひとつの想い。そんな俺にお前の手が俺の手首を乱暴に掴み。そして。
「―――それでも俺は…お前を…」
そしてその先の科白をお前が告げる前に…いや言葉を飲み込み、俺の唇が塞がれた。
欲しいものはお前だけ。
お前だけが、いればいい。
お前だけが、在ればいい。
他に何も望まないから。他に何もいらないから。
―――お前がいれば、世界すら滅びてもいい……
乱暴にその場に押し倒された。俺の着ていた服の残骸が残っているこの場所で。俺が輪されたこの場所で。俺の血と、男たちの精液が充満しているこの場所で。
「お前は、卑怯だ」
手が、俺の身体を弄る。男たちが付けた痕をその指が辿ってゆく。それだけで、俺は。お前が意識的にそこに触れているという事が。
「…どうして?…」
指先が、辿る。俺の身体を、辿ってゆく。大きくて強くて、でもしなやかな指先。大好きなお前の指。大好きなお前の指先。ずっと、触れていて。
「一番効果的な方法で、俺を傷つける」
「だってそうしなければ…お前の全部なんて、手に入らない」
背中に手を廻す。大きな、背中。広くて強くて逞しい、その背中。この背中が全てを護る。世界の全てをこの背中が、護る。俺以外の全ても、護る。
―――それが嫌だと言っても…お前にはきっと理解出来ないだろうね……
「好きなんだ、お前が。初めて逢った時から、ずっと。ずっとお前だけが欲しかった。お前が見せる何気ない優しさが…他に向けられるのがイヤなんだ」
「―――瀬戸口」
「イヤなんだ…お前が…誰にでも…優しいのが……」
それ以上お前は何も言わなかった。お前はその先を決していう事はしないだろう。優しいお前だけから、決してその先は。でも。でもね。
でもそれが何よりも俺を傷つけているって…お前にはきっと分からないんだろうね。
「…あっ……」
止まっていた指先が再開される。俺の肌を滑る滑らかな愛撫。こんな時ですらお前は優しく俺を扱う。どんな時でもお前は俺を優しく抱く。その優しさが嬉しく切ない。
「…はぁ…ん…」
俺の身体を知り尽くした指先。お前は俺の事を全て知っているけど、全てを理解していない。誰よりも俺を分かっているのに、誰よりも俺を分からない。俺の傷も痛みも、心の歪も全て分かっているのに…俺が一番欲しいものだけが、分かっていない。
「…あぁ…あ…」
激しく抱いて欲しい。想いのまま、我を忘れるくらいに。―――違う、我を忘れるくらいに俺を抱くお前が見たいんだ。どんな時でも、どんなに俺が追い詰めてもお前は。お前はこうして最後の理性を捨てることはない。どんなになっても俺を優しく抱く、から。
「―――あっ!」
俺自身へと絡みつく指先。やんわりと包み込んだかと思うと、力任せに掴んだりして強弱を付けて俺を翻弄する。予想のつかない刺激に、俺は乱されてゆく。
「…あぁ…はぁ…ん」
溶かされ溺れて乱れてゆく。もっと深い場所に行きたくて、俺は腰をお前に押し付け、もっと深い愛撫をねだった。欲しい、から。お前が、欲しいから。お前から与えられるものならどんなものでも欲しい。全てを飲み干し、食らい尽くしたい。
「…あぁ…あぁぁ……」
先端を抉るように爪を立てられ、側面をなで上げられる。意識すら欲望へとすり替えられてしまう、その饒舌な指先。翻弄され、堕ちてゆく、その指先に。
「…見た…い…な…俺……」
「…瀬戸口?……」
声が降ってくる。もっと聴きたい。もっと、もっと、聴きたい。もっと俺の名前、呼んで。
「…お前の…傷ついた瞳…見たいな……」
背中にきつくしがみ付いた。誰にも渡せない。それは、独占欲よりも醜い所有欲。誰にも譲れない人。誰にも、お前を。
「…見たい……ああっ!」
最奥にその指が突っ込まれる。男たちの吐き出したものが残っている、ソコに。
「―――今お前を抱いたら、他の男の匂いがするんだろうな」
「…いたぁ…やぁ……」
初めて。初めて、お前の指先が乱暴に俺の中を掻き乱した。中に乾いてこびり付いた精液を、内壁から剥がすように。乱暴に俺の中を、掻き乱す。
「…やぁっ…あぁんっ……」
嬉し、かった。嬉しくて、どうしようもなくて。お前が。お前が初めて、見せてくれたものだから。お前が初めて、俺に。俺にこうやって…。
「見ろ、瀬戸口。お前が望んだものだ」
「…あぁ…あ…来…須……」
目を、開いた。視界が微かに潤む。それでも目を開いて、お前の瞳を見つめた。その蒼い、瞳を。俺が欲しかった瞳を。
―――噛みついて、食べてしまいたい。そうしたらこの瞳は永遠に俺だけのもの。
「――満足か?」
「…来須…来須…来…須……」
震える指先でお前の髪に触れる。その髪に、触れる。掴んで引き寄せて、そのまま唇を奪った。舌を伸ばして、お前のそれをねだった。
「…ん…んん……」
答えてくれる、舌。俺の舌を根元から吸い上げ、そして絡め取る。ぴちゃぴちゃと淫らな音が室内を埋めて。その音が俺の耳に響くように届いて。
「…はぁ…んっ……あぁ…来須……」
唇を離して、お前の顔を見上げた。綺麗なお前の、顔。大好きなお前の顔。お前の名の付くものならば、俺は全てが愛しいんだ。全てが欲しいんだ。
「…くる…す…俺だけの……」
俺の中を弄る指。媚肉を掻き分け、乱暴に抉る指。何度も男の欲望を受け入れさせられたソコは、傷つき引き裂かれている。それでも。それでも血を流しながらも、お前を求めるのは止められない。塞がりかけた傷口が開いて血を流しても、お前を求めるのを止められない。
「…俺だけの…もの……」
もう一度髪を掴んで、引き寄せ唇を奪った。お前の全てが欲しかったから、その唇を奪った。
「――――ああああっ!!!」
粘膜が引き裂かれる音とともに、お前の熱い塊が俺の中へと入って来た。その途端に軋んだ内壁が耐えきれずに血を流す。それでも俺はお前を放さなかった。脚を腰に絡めて、お前の背中に手を廻して、離れないようにしがみ付いた。
「…あっあっ…あぁぁ……」
―――血が、洗い流してくれるから。他の男の精液を全部。だから。だから埋めて。お前だけで、お前の匂いだけで、お前の熱さだけで、埋めて。
「…来須…来須…あああんっ!」
縛りつけて、繋ぎ止めて。がんじからめにして。その為なら俺、幾らでも他の男に抱かれるよ。お前が俺を閉じ込めてくれるまで。お前が俺を…お前だけのものにしてくれるまで。
「どうしてお前は」
「…あっ…あぁっ…あぁぁ……」
「こんな愛し方しか、知らないのか?」
うん、知らない。他の愛し方なんて、知らない。だってそうしなければ、逃げてゆく。俺が過去愛したただ独りの女は、優しくし他がゆえに永遠に失った。時と死が、俺からそれを奪っていったから。だからもう二度と。もう二度と、俺は愛した人を失いたくない。失う前に、俺を。俺を支配して、閉じ込めて。そして。そして誰にも見せないで。
「…来須…ああっ…くる…す…俺だけの…あぁっ……」
「哀しいな、お前は」
「…あぁぁっ…あぁ…もう…俺…はぁっ……」
「純粋過ぎて、残酷だ」
「ああああっ!!!」
深く突き上げられ、視界が真っ白になる。その瞬間、俺の中に熱い液体が注がれ、そして俺も果てた。
好き。お前だけが、好き。他に何もいらない。
何もいらないんだ。お前が俺の全てを、満たして。
俺の全てがお前で満たされて。そして。
そして何もかもを、全てが俺に注ぎ込まれたならば。
「…好き…来須……」
繋がった個所は、離さない。このまま。
「…お前だけが…好き……」
このまま飲み込んで、全てを奪って。
「…誰にも渡さない…お前だけは……」
全てを、奪えたならば。
――――身体の境界線が、このまま曖昧になったならば……
繰り返し囁かれる、想い。
何度も何度も告げられる想い。
終わることなき螺旋の中で。
永遠の、迷路の中で。
「―――それでも俺は…お前を拒めない…瀬戸口…それは俺の罪なのか?」
END