夢の跡/夢のかけら

夢の跡


――――ただひとつ、髪の先に残る夢の跡


綺麗な夢を見ているよう。優しい夢を見ているよう。
このまま醒めないでと祈りながら、手探りで探すのは。
手探りで探すのは、お前のかけら。


ただひとつ、お前のかけらだけ。



手探りでその身体に、触れた。真っ黒な視界で、感触と薫りだけが俺の全て。何も見えない視界の中で、それだけが全て。
「――――来須……」
何も見えない。だからこうして指先が触れる筋肉の感触が。指先で感じるこの感触が、お前を知る唯一のものだから。
「瀬戸口、もう何も見えないか?」
手首を掴まれてそしてほっとする。お前の指が俺に触れていると言う事に。お前が俺に、触れていると言う事に。こうして掴まれて、体温をぬくもりを感じる事で。

――――お前の『生』を、確認する……


目を、切り刻んだ。
何も見えなくなるように。
何も見たくなかったから。

お前が俺以外に微笑うのも、お前が俺以外の誰かを見るのも。

だから視界の全てを閉ざした。
視界なくてなくても、分かるから。
お前の全ては俺が記憶しているから。


指の感触も、その匂いも。
髪の手触りも。貫く熱さも。


「…見えなくて、いい…お前がいれば…いい…」
微笑って、そして。そしてお前の身体に抱きついた。指先が、身体が、記憶している。お前の全てを記憶している。俺の全てが『お前』を、知っている。
「―――瀬戸口……」
髪を撫でる指先。大きな手。そしてそっと口付けられる唇。全部。全部、俺は知っているの。

―――お前の全部を、知っているの。


全ての現実を閉鎖したくて。
全てのリアルを塞ぎたくて。
目を切り刻んで、そして。
そして次は耳を塞ごう。声も消して。
後は身体を全部、引き千切ってしまえば。


そうすれば、後はただ。ただ夢の跡で、眠ればいい。


髪に指を絡め、お前の薫りを辿った。涼やかで、そして決して血に塗れることのないお前の薫り。どんなに手を血で穢そうとも、お前の薫りは。お前の薫りは何時も、綺麗だった。



「―――匂いが…しない……」



ぽつりと呟いた言葉に俺を抱きしめる腕が強くなって。強くなってそのまま冷たい床に押し倒された。ひんやりとした感触が俺の背中に伝わる。けれどもそれは身体を弄る指先のせいですぐに熱を灯し始めたが。
「…あっ……」
感じる個所を的確に攻める指先。俺を知り尽くした指先。大きな手のひらが胸の突起を摘まみ、それを指先で捏ねくる。その感触に、俺は震えた。
「…あぁっんっ…来須っ…はぁぁっ……」
生暖かい舌の感触が胸に触れる。ちろちろと舌先で嬲られて、俺のソレはぷくりと立ち上がった。そのまま歯で噛まれながら、もう一方の突起は指で弄ばれる。
「…あぁっ…あぁぁんっ……」
俺は背中に手を廻し、もっとと愛撫をねだった。もっと欲しかった。もっと触れて欲しかった。俺が余計なことを考えないように。余計な思考を持たないように。

―――俺が…思い出さないように……

激しく抱いて欲しかった。無茶苦茶にして欲しかった。何も考えられないように。何も…思い出さないように。このまま。この、まま。
「…ああんっ!……」
胸を弄っていた指が俺自身に触れる。そのままぎゅっと握られ、先端に指を這わせられた。割れ目の部分に指を入れられ、そこを突つかれる。それだけでびくんっと俺の身体は跳ねた。
「…はぁぁっ…あぁぁんっ……」
先走りの雫が零れて来るのを感じる。そのままそれを指で掬われたと思ったら、その指が最奥へと埋められた。貪欲な俺の媚肉は、侵入した異物をきつく締め付ける。
「…くふっ…はっ…あぁ……」
ぐちゃぐちゃと音を立てながら中を掻き乱され、俺の口からはひっきりなしに甘い息が零れる。言葉を紡ぐことはもう出来なかった。
「…はぁっ…あぁ…もぅっ……」
背中に廻した手に力を込めて、俺はその熱さと硬さをねだった。腰を押し付けて、お前をねだった。それに答えるようにお前は俺の腰を掴むと、そのまま一気に俺を貫いた。


現実から全てを塞いで。何もかもから世界を閉ざして。
そして後はただ。ただ狂えばいい。狂ってしまえばいい。
そうしたら、俺は。俺はもう何も。


―――何も怯えることは、ないのだから。


貫かれた熱さに、意識が飛ぶ。
「…あああっ…あぁぁっ!……」
心も感情も何もかもが、飛んで。
「…あっあっ…もっと…っ…」
何もかもが飛び散って、そして。


「あああああ――――っ!!!」


俺もかけらになりたい。
粉々に砕けて、何もかもなくなって。
何もかもを壊してしまいたい。



ちくりと、腕が痛んだ。それが注射の針だって事だけは憶えている。もう刺さないでくれと何度言っても、聴き入れられなかった。薬さえ切れれば俺は。俺は狂ってしまえるのに。




「…匂い…お前の匂いが…何処にもない……」



抱きしめる身体に顔を埋めて、俺はその匂いを捜した。お前の薫りを捜した。けれどもそれは何処にも。何処にも、なくて。
こうして俺を抱きしめる腕も。こうして俺を包み込む腕も。この腕も、本当は。



――――本当は…お前…じゃ…ない……



「―――瀬戸口…駄目だ…何も考えるな……」
そう考えちゃ駄目。考えたら駄目。気付いたら駄目。
「…俺はここにいる。ここにいるから…」
気付いたら、駄目。ずっと。ずっと夢の中に。夢の跡に。
「ここにいるから…瀬戸口」
ずっとそこで眠っていなければ。ずっと、ずっと、そこで眠っていなければ。




知っているよ、だって。だって認めたくなかったから。
認めたくなかったから、目を潰したんだ。お前のいない世界を。
お前がそこに存在しない世界を、認めたくなくて。
だから目を、潰した。だからこれから耳を切り刻む。

お前の姿が何処にもないのなら、目なんていらない。
お前の声が何処にもないのなら、耳なんていらない。


―――お前の匂いがしないのならば…俺なんて…いらない……


このまま壊れゆくのをただ待つだけの日々。薬が切れて何もかも。何もかもを壊して、発狂して。そして崩れ落ちるのを待つだけ。

…でももう、疲れた。生きてゆくのに…疲れた……



「…もう…俺を…解放してくれ……」
薬も切れて、そして。耳も刻んで、声を潰して。
「…あいつのそばに…いかせてくれ……」
そうして俺という塊を、粉々にして。



夢の跡、捜し続ける夢の跡。
ただひとりお前だけを。お前、だけを。





俺の記憶の全てに刻まれているその存在だけが…俺の全てだから……




END



夢のかけら


――――貴方だけをずっと…愛していました……

僕は貴方が欲しかった。どんな事をしても、欲しかった。
欲しくて、欲しくてどうしようもなくて。どうしたら。
どうしたら手に入るのかずっと。ずっと、考えていた。


…貴方の目が誰を見つめているか…知っていたから……


奪えるものならば奪いたかった。その腕から貴方を奪いたかった。
けれども引き離すことは出来ない。引き離したら…貴方は。貴方は壊れてしまう。
壊れてそして、そして狂う以外にないのだろうから。


―――狂ってもいい…壊れてもいい…そんな貴方でも僕は、欲しかった……



彼が、死んだ。戦いの最中で、彼が死んだ。予想通り貴方は。貴方はその場で崩れ落ちた。彼のいない世界を認めたくなくて、薬に溺れる貴方を。そんな貴方を僕は自らの権力と財力を使って、手に入れた。そして。そして、僕は貴方を『飼った』。


「…瀬戸口…くん…」


綺麗な獣。しなやかな肉食獣、それが貴方。鎖に繋いで部屋に閉じ込めて、そうして。そうして僕は綺麗な獣を…ただ独りの貴方をモノにした。
自ら抉り取った目の傷がまだ乾いていない貴方の顔には真っ白な包帯。もうその瞳が誰かを映し出すことはない。貴方は『彼』以外、何も映したくはないのだろう。そして。そして彼のいないこの世界を決して、認めたくはないのだから。
「…来須…来須…何処にいる?……」
見えないから手探りで。手探りで貴方は愛しいその人を、探す。そんな貴方に僕は、そっと手を差し伸べて。差し伸べてそして抱きしめる。彼のようにそっと、抱きしめる。
「―――ここにいますよ、瀬戸口くん」
貴方にとって僕の声は。貴方にとって僕の言葉は、もう彼の言葉として。彼の声としてしか届かないのだろう。僕自身の言葉はもう…別のものに変換されているのだろう。
「…何処にも行くな…何処にも行かないで…ずっと俺のそばに……」
伸ばされる細い手。その手首には無数の注射針の痕。毎日のように僕は彼の手に薬を打ち続ける。そうしなければ貴方は発狂して、そのまま壊れるから。


壊してもいいと願いながら、それでもこの錯乱状態のままの貴方を願う。このまま彼だと混乱しているまま、そのままの貴方を僕は手に入れる。


「…愛していますよ…瀬戸口くん……」
ずっと欲しかった。貴方だけが、欲しかった。
「…僕の…僕だけの…貴方で……」
貴方を手に入れる為ならば、僕は悪魔に魂を売っても構わない。
「…ずっと僕だけのものに……」
こうして貴方をこの腕に閉じ込められるならば。


狂っても、壊れても、粉々になっても。
どんな貴方でも僕は愛しているから。だから。
だから逃げないで。だから何処にも行かないで。


僕がずっと。ずっと、貴方をこうして抱きしめるから。


「…来須…ずっと…一緒だよな……」
微笑う、貴方。目は見えない。そのうち貴方は耳を切り落とすだろう。
「…ずっと俺達…一緒だよな……」
僕の声があの人でないと気付いた瞬間に、貴方はそれを切り落とすだろう。
「…ずっと…永遠に……」
そうして貴方は一つずつ。一つずつ自分を壊してゆく。自分を剥がしてゆく。


そうして貴方は、自らの中に『彼』を閉じ込めて自分だけのものにする。


届かない愛。届くことのない想い。それでもいい。それでも構わない。
「…ずっと一緒にいますよ……」
貴方が永遠に追い続けるものが僕にも貴方にも届かないのならば。
「…ずっと一緒に…瀬戸口くん…僕がずっと……」
届かないものならば、それでいい。貴方も僕も永遠に、翼がない。



羽根のない天使が、背中の翼をもぎ取られた天使が。
今僕の腕の中にいる。何もかもをもぎ取られて、そして。
そして愛する人の元へと飛びたてない貴方が。
貴方がここに。今ここに、いる。


…しあわせだと、思った。しあわせだと…思った……




「…来須…ずっと…俺の中に……」



貴方は自らの全てを切り取って。切り取ってそして初めて。
初めて愛する彼の元へと行けるのでしょう。目も耳も鼻も腕も、全部。
全部俗世と現実に関わっているものを、切り取って。そして。
そしてただの塊になったならば、貴方は初めて。

―――初めて…ここから飛び立ってゆく……


それでも僕は。僕は貴方を閉じ込める。
その日が来るのを怯えながら。その日が来るのを願いながら。
無限地獄のように繰り返される思いの中で、渇望の中で。
貴方を永遠に手に入れられないという絶望を。
その絶望を願っている。こころの何処かで、願っている。



そうする事でしか、全てを断ち切れず。
そうする事でしか、全てを終わらせられないのだから。



それでも、願う。
「…愛していますよ……」
それでも、想う。
「…貴方だけを…愛していますよ…」
それでも祈り、そして渇望する。




この時が、永遠であれば、と。この夢のかけらが、飛び立ってしまわないようにと。


END

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