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夢のかけら
――――貴方だけをずっと…愛していました……
僕は貴方が欲しかった。どんな事をしても、欲しかった。
欲しくて、欲しくてどうしようもなくて。どうしたら。
どうしたら手に入るのかずっと。ずっと、考えていた。
…貴方の目が誰を見つめているか…知っていたから……
奪えるものならば奪いたかった。その腕から貴方を奪いたかった。
けれども引き離すことは出来ない。引き離したら…貴方は。貴方は壊れてしまう。
壊れてそして、そして狂う以外にないのだろうから。
―――狂ってもいい…壊れてもいい…そんな貴方でも僕は、欲しかった……
彼が、死んだ。戦いの最中で、彼が死んだ。予想通り貴方は。貴方はその場で崩れ落ちた。彼のいない世界を認めたくなくて、薬に溺れる貴方を。そんな貴方を僕は自らの権力と財力を使って、手に入れた。そして。そして、僕は貴方を『飼った』。
「…瀬戸口…くん…」
綺麗な獣。しなやかな肉食獣、それが貴方。鎖に繋いで部屋に閉じ込めて、そうして。そうして僕は綺麗な獣を…ただ独りの貴方をモノにした。
自ら抉り取った目の傷がまだ乾いていない貴方の顔には真っ白な包帯。もうその瞳が誰かを映し出すことはない。貴方は『彼』以外、何も映したくはないのだろう。そして。そして彼のいないこの世界を決して、認めたくはないのだから。
「…来須…来須…何処にいる?……」
見えないから手探りで。手探りで貴方は愛しいその人を、探す。そんな貴方に僕は、そっと手を差し伸べて。差し伸べてそして抱きしめる。彼のようにそっと、抱きしめる。
「―――ここにいますよ、瀬戸口くん」
貴方にとって僕の声は。貴方にとって僕の言葉は、もう彼の言葉として。彼の声としてしか届かないのだろう。僕自身の言葉はもう…別のものに変換されているのだろう。
「…何処にも行くな…何処にも行かないで…ずっと俺のそばに……」
伸ばされる細い手。その手首には無数の注射針の痕。毎日のように僕は彼の手に薬を打ち続ける。そうしなければ貴方は発狂して、そのまま壊れるから。
壊してもいいと願いながら、それでもこの錯乱状態のままの貴方を願う。このまま彼だと混乱しているまま、そのままの貴方を僕は手に入れる。
「…愛していますよ…瀬戸口くん……」
ずっと欲しかった。貴方だけが、欲しかった。
「…僕の…僕だけの…貴方で……」
貴方を手に入れる為ならば、僕は悪魔に魂を売っても構わない。
「…ずっと僕だけのものに……」
こうして貴方をこの腕に閉じ込められるならば。
狂っても、壊れても、粉々になっても。
どんな貴方でも僕は愛しているから。だから。
だから逃げないで。だから何処にも行かないで。
僕がずっと。ずっと、貴方をこうして抱きしめるから。
「…来須…ずっと…一緒だよな……」
微笑う、貴方。目は見えない。そのうち貴方は耳を切り落とすだろう。
「…ずっと俺達…一緒だよな……」
僕の声があの人でないと気付いた瞬間に、貴方はそれを切り落とすだろう。
「…ずっと…永遠に……」
そうして貴方は一つずつ。一つずつ自分を壊してゆく。自分を剥がしてゆく。
そうして貴方は、自らの中に『彼』を閉じ込めて自分だけのものにする。
届かない愛。届くことのない想い。それでもいい。それでも構わない。
「…ずっと一緒にいますよ……」
貴方が永遠に追い続けるものが僕にも貴方にも届かないのならば。
「…ずっと一緒に…瀬戸口くん…僕がずっと……」
届かないものならば、それでいい。貴方も僕も永遠に、翼がない。
羽根のない天使が、背中の翼をもぎ取られた天使が。
今僕の腕の中にいる。何もかもをもぎ取られて、そして。
そして愛する人の元へと飛びたてない貴方が。
貴方がここに。今ここに、いる。
…しあわせだと、思った。しあわせだと…思った……
「…来須…ずっと…俺の中に……」
貴方は自らの全てを切り取って。切り取ってそして初めて。
初めて愛する彼の元へと行けるのでしょう。目も耳も鼻も腕も、全部。
全部俗世と現実に関わっているものを、切り取って。そして。
そしてただの塊になったならば、貴方は初めて。
―――初めて…ここから飛び立ってゆく……
それでも僕は。僕は貴方を閉じ込める。
その日が来るのを怯えながら。その日が来るのを願いながら。
無限地獄のように繰り返される思いの中で、渇望の中で。
貴方を永遠に手に入れられないという絶望を。
その絶望を願っている。こころの何処かで、願っている。
そうする事でしか、全てを断ち切れず。
そうする事でしか、全てを終わらせられないのだから。
それでも、願う。
「…愛していますよ……」
それでも、想う。
「…貴方だけを…愛していますよ…」
それでも祈り、そして渇望する。
この時が、永遠であれば、と。この夢のかけらが、飛び立ってしまわないようにと。
END