――――逃げるのはお前に、追い掛けて欲しいから。
そうすれば感じられるから。信じられるから。
お前の想いがここにあるんだと。お前の想いが、あるんだと。
俺を追い続けてくれる限り、お前の気持ちが。
俺へと向かっていてくれてるんだと。
―――だから俺は…逃げ続ける…永遠にお前を求める限り……
誰もいない教室で、乱暴に髪を掴まれた。どんな時でも冷静で、どんな時でも表情を変えないお前が、俺だけに見せてくれるその感情が何よりも嬉しい。
「瀬戸口お前は、そんなにも俺を怒らせたいのか?」
何時もどんな時でも顔色ひとつ変えないお前。そんなお前の綺麗な眉が少しだけ変化する。その蒼い瞳も。それが綺麗でどうしようもなくて、ふと食べたいと思った。
「ああ、怒らせたいよ。そんなお前の顔も俺は全部、欲しいんだ」
―――やっぱり…とお前の口が動きかけて、そして止まった。そのまま髪を掴まれたまま引き寄せられて、そして口付けられる。貪るような口付けに、俺は背中に手を廻して答えた。お前の想いよりも、ずっと。ずっとずっと俺のが深くて強い事を、お前は知っていて。知っているから、お前はこうして。
…こうしてわざと俺を、乱暴に扱ってくれる……
手を背中に廻したまま、何度も口付けを交わした。舌を絡め合いながら、互いの唾液を味わって。蕩けるような舌の感触に全ての意識が拡散されて。
「…んっ…ふぅっ…んん……」
口許を伝う唾液よりも、痺れるほど絡め合う舌の感触が大事で。大事だったから、唇を離さなかった。深く深く求め合い、脚が立たなくなるくらいまで。
「…はぁっ…来須っ……」
唇が離れてやっと。やっと零れる唾液が気になった。けれどもお前はそれに舌を絡める事も、手を拭うこともしない。そのまま零れるままの俺を、蒼い瞳が見下ろした。
「本当は俺がお前を捨てるのが…それが一番お前には堪えると分かっている……」
「そんな事したら俺…全ての人間抹殺するよ」
「―――俺を殺してモノにするんじゃないのか?」
「ダメお前だけは、殺さない。お前のいない世界なんて…俺には意味がない」
指を伸ばしてお前の口から零れる唾液を拭った。そしてそのまま指先を自らの口中に含む。お前の、味。俺の味と交じり合った…それだけでうっとりするほどの喜びを感じる。
「…お前がいれば…それだけでいい……」
もう一度背中に手を廻してお前に抱きついた。愛している。お前だけを、愛している。他に何もいらない。何も、望まない。ただお前が、ここに。ここにいてくれれば。
「…それだけで…いい……」
抱きついてきた俺に、そっと髪を撫でてくれた。大きな手が、そっと。そっと俺の髪を撫でてくれる。優しい指先、優しすぎる指先。どうして俺はこの優しさだけで自分を満たせはしないのだろうか?
こんなにもお前は俺に優しいのに。苦しいくらい、切ないくらい、優しいのに。
「…お前を切り捨てられたら…楽なのだろうな…でもそれは出来ない……」
優しさだけで俺が埋まればよかった。お前の優しさだけで俺が満たされたら。けれども俺は。俺はそれだけじゃ足りない。優しさよりももっと。もつと深いものが欲しい。剥き出しのお前の全てが欲しい。何もかもが、欲しいんだ。
「――――愛していると言っても…お前には足りないのだろな……」
そう言ってお前は俺の髪をもう一度そっと撫でて。そしてネクタイに手を掛けると、そのまま引っ張った。
クスリを、やった。頭がぼーっとしてそして気付いたら一面が血塗れだった。
何をしたのか憶えていない。何も、憶えていない。
ただ迷彩色の視界の中で、紅の血だけが鮮やかに。鮮やかに俺の瞼に映って。
蜘蛛のような糸が俺に絡みついて、そして。そしてそれが身体を細かく切り刻んで。
ミンチになった俺が、肉の破片になった俺がそこに。その血の海の中にいた。
―――そんな幻覚を…見ていた……
血塗れの倉庫の中で、お前が俺を発見して。
そして全てを綺麗にして。証拠も残らないようにして。
そうして、こうやって。こうやってお前は。
――――俺が正気でいられるように…この身体を抱く……
「俺に抱いて欲しいんだろう?」
その言葉に俺は迷うことなく頷いた。他の誰でもダメ。お前でなければダメ。お前の熱を感じなければ俺は自らの『生』ですら、実感出来ないんだ。
「…抱いてくれ…何でもするから…」
生きていることも、身体の痛みを感じることも。感覚も、意識も全て。全てお前だけが俺に与えるものだから。
「じゃあ俺を、その気にするんだな」
お前はズボンのジッパーだけを下げて自身を取り出すと、俺のネクタイを掴んだままぐいっとソレに引き寄せた。俺は迷うことなく、ソレを口に含んだ。
「…ふっ…んん……」
平常時にも関わらずお前のソレは大きくて、喉まで届きそうだった。それでも俺は丁寧に愛しげにソレに口を這わす。他の誰でもないお前のモノだから。ただ独りのお前のモノ、だから。
「…んんんっ…はぁっ…ふぅっ…ん…」
手を添えて、口に含む。ネクタイをきつく引っ張られて息が出来なかった。耐えきれずに俺は空いている方の手で、ネクタイを掴み息が出来るようにする。けれどもそんな俺をお前は決して開放しなかったし、俺も開放なんてして欲しく…なかった。
「…ふっ…はぁっ…んんっ……」
開放なんてして欲しくない。お前にずっと繋がれていたい。お前になら何されてもいいんだ。お前が望むなら何をされても俺はいいんだ。お前が俺から離れる以外なら、どんな事だって出来るんだから。
ぽたりと息苦しさの為目尻から涙が零れてきた。俺の中のお前が巨さと硬さを主張してくる。それに咽かえりそうになりながらも、俺は奉仕を続けた。
―――お前が欲しかったから。お前が、欲しかった、から……
「…出すぞ……」
声が少しだけ掠れている。それがひどく俺には嬉しかった。何時もと違うお前の声。俺の奉仕に感じてくれている声。俺はソコから一端顔を離して、先端部分を指で擦った。
―――ドヒュッと弾ける音とともに、俺の顔面に精液が浴びせられる。それを浴びながら俺は零れる精液を指で掬い、そのまま舐め取った。
けれども全てを舐め取る前に再びお前に髪を掴まれ、一度果てた筈のソレを口に含まされた。
「ちゃんとしゃぶっとけ…お前が辛い想いをするだけだ」
「…んん…んんん……」
そのまま何度かお前のソレをしゃぶり充分な硬度を持った所で口を離す。口許から唾液とも精液ともつかない液体が零れ落ちたがそのままにして。そのままにして俺は立ち上がると、ネクタイを解いて前を開いた。
「…来須……」
お前はゆっくりと近くにあった机の上に座ると、俺はその膝の上に跨った。ズボンのベルトを外し、そのまま下着ごと脱いで、剥き出しになった下半身をお前の前に曝け出す。既に息づく自らの分身は、先走りの雫を零していた。
「何もしていないのに…もうこんなか?」
「…っ…あっ……」
ぴんっと先端を指で弾かれる。その刺激だけでびくんっと俺の身体は震えた。けれどもこれ以上の刺激は、俺のソレに与えられることはなかったけれども。けれども。
「…あぁ…来須っ…はぁっ……」
けれども指がゆっくりと俺の奥へと導かれ、淫らに蠢く蕾の中へと入っていった。くちゅりと音を立てながら、掻き乱される中は溶けるほどに熱くて。
…このままお前の指を溶かしてしまえたらと…ふと、思った……
くちゅくちゅと濡れた音が蕾から聴こえてくる。その音がやけに耳に届いて、俺の快楽を煽った。肌がうっすらと紅く染まってゆくのが自分でも分かる。リアルに感じる大きくて、けれども綺麗な指の形が。俺の媚肉がその形を記憶して。
「…はぁっ…ぁっ!」
引き抜かれる刺激ですら瞼を震わす。ぴくんぴくんっと小刻みに揺れる身体。蕾は激しく蠢き、これから先に訪れる快楽を待ちわびている。お前から与えられるその、快楽と熱を。
他の誰でもダメだと分かっている。お前でなければダメなんだ。どんなになろうとも、どんなになっても、お前以外のセックスでは俺はイケないから。
「…あっ……」
硬いモノが入り口に当たる。媚肉がそれにひくんっと反応した。欲しがっている。お前を、お前だけを、欲しがっている。そして突き刺すように、俺の中へとお前が入ってくる。
「―――あああっ!!」
ずぶずぶと犯されてゆく肉。犯されゆく内側。深く突き入れられた楔に甘い悲鳴を零した。その激しい熱さに、歓喜り声を上げた。堪えることなく、口から零すのは獣の喘ぎ。
「…ああああっ…あああっ!!」
腰を、振った。自ら腰を激しく振って、お前を求めた。堪えることなく、お前を。がくがくと身体が揺さぶられ、髪から汗が零れて来る。でももうそんな事。そんな事、どうでもよくて。どうでも、いいから今は。今はお前だけを、求めたい。お前だけを感じたい。
「…あああっ…来須…もぉっ…ああああっ!!」
耐え切れずに俺はお前の腹に自らの欲望を吐きだし、そして。そしてお前も俺の中に欲望の証を注ぎ込んだ。
どんな事でも、する。お前が手に入るのなら。
お前だけを手に入れられるのなら。
俺はどんな事だって。どんな事だって、出来るから。
―――逃げるのはお前に追いかけて欲しいから…お前の気持ちを確認したいから……
「お前の望みは何だ?瀬戸口」
繋がったまま、離さないまま。
「お前が欲しい。それだけ」
このままずっと。ずっといられたら。
「…お前が閉じ込めてくれたら…俺…」
「…俺…もうこんな事しないよ……」
逃げるから追いかけて。追いかけて捕まえて。
捕まえたら、閉じ込めて。俺を閉じ込めて。
――――お前のためなら奴隷にだってなってもいいから……
END