媚薬・1

それを一度でも飲み干したなら、もう離れられなくなる。

そこに愛などと言う甘い感情は見出せず、ただ。
ただそこにあるのは欲望のみ。欲望に満たされ、支配され。
そして。そして逃れられないほどの媚薬。

…一度その身体を抱いてしまえば、もう離れられなくなる……



―――深い闇が静かに身体に侵入する。もう逃れられない。


「―――指令…本当にやるんですか?」
ごくりと唾を飲み込みながら、若宮は善行を見た。そんな若宮に映る善行の顔はいつもの『指令』の顔、だった。
「上からの命令です。私にはそれに従う以外にない」
「…だからと言って、指令……」
「今更でしょう?若宮。軍にいた貴方ならば、どうすれば一番効果的に相手を支配できるか…分からない訳でもないでしょうに」
善行の言葉にちらりと若宮はその視線をベッドの上へと移した。パイプで出来た安っぽいベッドの上に寝かされている身体。両手を拘束され、薬のせいで意識は失われている。微かに上下する胸の呼吸だけが、生きていると思わせるだけで。
「それに『楽しめる』のだから、悪くない命令でしょう?」
口許だけで微笑う善行の顔に、若宮はひどく暗い悦びで満たされかけている自分を…自覚した。


―――何か不快な物が喉元を通り過ぎていくのを感じて、意識が覚醒する。
「目覚めましたか?瀬戸口くん」
最初に視界に入ったのは自分がよく知っていた男の顔だった。けれども頭が霞んで上手く思考が纏まらない。薄く靄が掛かったような、そんな感覚。
「…善行?…若宮?……」
まだ朦朧とする意識を持て余しながら、瀬戸口は自分が認識した相手の名を呼ぶ。そうして起き上がろうとして、初めて。初めて自分の手が拘束されている事に気づいた。
「って一体何?なんで俺……」
「貴方が拒むからですよ、瀬戸口くん」
「…拒むって…何を……」
「瀬戸口、お前が…士魂号に乗らないからだ」
瀬戸口の質問に答えたのは後ろに控えていた若宮の方だった。それで。それで、全てを理解した。再三の軍の要請にも拒み続けた自分。絢爛舞踏を持ちながら、戦う事を拒否した自分。その事を軍が、許さないのを。
「そんな事…お前らには関係ないだろう?」
そんな言葉が通じないことは瀬戸口にも分かっていた。それでも一言言わずにはいられなかった。関係ない、その本音を。
―――もう全てから自分を放っておいてほしかった。何もかもから自分をそっとしておいてほしかった。
「…そうはいかないのですよ…分かっていますよね、瀬戸口くん」
「―――触るな」
善行手が、瀬戸口の顎を捕らえる。その手を払いのけようとするが、思うように手に力が入らない。身体を強く動かした瞬間に、くらりと眩暈がする。
「分かっていますよね、瀬戸口くん。私は指令なのですよ。貴方を士魂号に乗せる為にしなければならない事は…貴方の説得です」
「…善行…お前、俺に何をした?」
明らかに異変を感じる自分の身体を持て余しながら、瀬戸口は善行を睨みつけた。けれどもその双眸には何時もの迫力がない。他人を突き放し全てを拒絶する、あの瞳の色が。
「何、少し薬を飲ませたまでだ。普段は女に使う物だがな」
その質問に答えたのは若宮だった。何時の間にか自分の背後に立ち、そのまま背中から身体を羽交い締めにされる。
「離せ、若宮っ!」
初めて、瀬戸口の瞳に脅えの色が走った。それを善行は決して見逃さない。この場に及んでやっと。やっと自分がどういう立場に曝されてるか…瀬戸口が気づいたその瞬間を。
「もう一度聴きますよ、瀬戸口くん。貴方は士魂号に乗りますか?」
善行の言葉に瀬戸口ははっきりと首を横に振った。もう二度とアレには乗りたくない。もう二度と、戦いたくない。
「分かりました、瀬戸口くん。それならば『はい』と言わせるしかないですね」
善行の視線が瀬戸口の背後の若宮へと移る。こくりと若宮は頷くと、その細い手首を片手で鷲掴みにした。そうしてそのままベッドの上に押し倒される。
「離せっ!若宮っ!!」
若宮の逞しい身体の下に瀬戸口が組み敷かれる。脚を蹴り上げて抵抗しようとするが、思うように力が入らない。
「諦めるのですね…瀬戸口くん。貴方が『はい』と言わない限りはね」
瀬戸口は自分を組み敷く男よりも先に善行を睨みつけた。けれどもその隙を逃さずに、若皆の手が瀬戸口の服を引き裂いた。
「やめろっ!」
ビリビリと無残な音とともに瀬戸口の声が重なる。けれども身動きの取れない瀬戸口は口で抵抗する以外、なかった。
「ほお……流石だな……」
頭上から若宮の、感嘆の溜め息が漏れる。引き裂かれた服の下から覗く白い肌に思わず目を見張った。色素の薄い肌。真珠のような白さときめの細かい肌。無駄な肉は一切なく、しなやかな獣を思わさせるその身体を。
「――あっ…やめっ!」
若宮の舌がくっきりと浮かび上がった鎖骨をなぞる。その与えられた刺激にぴくんっと瀬戸口の身体が、跳ねた。
「随分と敏感なのだな」
その舌は鎖骨から胸へと滑る。いやらしく嬲られてゆく身体。それだけで震えてしまう自分の身体が、恨めしかった。ただ悔しさが込み上げてくる。
「やっ!」
若宮は瀬戸口の胸の紅い突起に白い歯を立てる。その痺れるような感覚に、胸の果実がぴんっと、痛い程張り詰めた。
「…あ…や…やめ…っ……」
空いている方の手がもう一方の突起を弄ぶ。指の裏で転がしたり、親指と人指し指で摘んだり、爪を立てたり。そのたびに淫らに解かれていく、吐息。
「…いっいやぁ……」
執拗に胸を犯し、白すぎる素肌に紅い所有の痕を付ける。わざときつく吸い上げ、消えない痕を。胸、脇腹、股、足。巧みに的を外した愛撫に次第に瀬戸口の意識は溶かされていく。心とは、裏腹に。
「いや…ぁぁ…ああっ…ん…」
零れる甘い息を押し殺す事が出来なかった。淫らに動く若宮の指と舌に瀬戸口は理性を奪われていく。動けない身体と飲まされた淫欲剤のせいで、抵抗する意識すらおぼろげになってきて。そして。そして自分を舐めまわすように見つめる視線。眼鏡の奥から覗く、その視線が。
「あっ!!」
若宮の指が瀬戸口の中心へと辿り着く。それは先ほどから与えられる愛撫のせいで、ソコは既に充分な巨きさを持っていた。
「…あぁぁ…ん…あぁ…」
絡みつく指に瀬戸口は淫らな吐息を洩らし続ける。そんな瀬戸口の全身を舐め廻すような視線が貫く。若宮に身体を犯されて、善行に心を犯されて。
「イヤらしいな、お前は。もう、こんなになってるぞ」
「…あっ…あぁぁ…」
瀬戸口の乱れる姿は官能的で、どこまでも淫乱で。その乱れた姿があまりにも淫蕩で、若宮はごくりと唾を飲み込まずにはいられなかった。
白い肌が薄く色付き、紫色の瞳が夜に濡れ、そして柔らかい髪から零れる汗。そのどれもこれもが『雄』を誘っていた。
「…ぁぁっ…あぁ…」
手の中の瀬戸口自身が膨れ上がり、先端から先走りの雫が迸るのを若宮は感じた。その瞬間になって顔を上げて善行を見れば、無言で目の合図をする。それに分かったように若宮は頷くと、イキかけていた瀬戸口の出口をぎゅっと指で塞いだ。
「あっ―――!」
もう少しで自らの欲望を吐き出させそうだったのに、その出口を塞がれてしまう。その苦しさに、瀬戸口は身悶えた。目尻からぽたぽたと涙を零しながら。
「…い…いや…ぁ…ああ」
「イキたいか?瀬戸口。それならば……」
若宮は耳元で囁くと、そのまま身体を抱き上げた。そうして自分はベッドの上に腰掛けると、そのまま背後から瀬戸口を抱きかかえた。そして。
「その舌と口で指令のソレをイカせてみるのだな。そうすればちゃんとしてやる」
その言葉に瀬戸口は顔を上げる。そこには先ほどからの瀬戸口の醜態を見ていて、形を変化させている善行自身があった。
その言葉に失いかけていた瀬戸口の意識が呼び戻される。そしてありったけの力で善行を睨み付けた。
「相変わらず気の強い人だ。けれどもその瞳がかえって男の欲情をそそる事になるって事を気づいた方が、貴方のためですよ」
「…あっ……」
そんな善行の言葉にもう一度睨み返そうとする前に、若宮の指が胸の突起を突ついた。淫らな身体は、それだけで感じてしまう。全ての反撃を閉じ込めるために、巧みに的を外した若宮の愛撫が、瀬戸口に与えられて。
「…あぁぁ…ん…は…ぅ…」
けれども先端部分は塞がれていて欲望を吐き出すことが出来ない。ただ若宮が与えられる刺激を受け入れながら、果てることの許されない苦痛に耐えるしかないのだ。
「―――イキたいのだろう?瀬戸口。さあ、それを呑み込め」
呪文のように繰り返される若宮の声にもう瀬戸口は抵抗する事が出来なかった。手は塞がれたままだったから、自らの舌を伸ばし善行のソレに触れる。
「…んっ……」
そして諦めたようにそれを口に含むと、ゆっくりと舌を使い始めた。ぴちゃぴちゃと、濡れた音が室内を埋めてゆく。
「…ふ…ぅ…んっ……はぁっ……」
舌の裏で舐め、根本を吸い上げ、先端を突ついた。無意識に瀬戸口は自分が身につけているテクニックを、善行の分身に与えていた。
「流石ですね、瀬戸口くん。毎夜のように貴方は軍の関係者に慰み者にされていたのでしょう?」
その言葉に抵抗する力はもう瀬戸口にはなかった。ただ。ただこの身体の疼きを、今は止めて欲しかった。
「知っていますよ、貴方がどういう扱いを軍で受けてきたか…人間ではない貴方は、人間側につく代償にその身体を弄ばれた。そうやって上部に抵抗出来ないように洗脳され…そして彼らの慰みものにされて」
「…ふ…くぅ……」
瀬戸口の口内のソレはその存在を知らしめるかのように、巨きく堅くなっていく。その異物の大きさが嘔吐感を襲い、飲みきれなくなった唾液が瀬戸口の口許を濡らした。
淫ら、だった。淫蕩だった。苦痛に歪む瀬戸口の表情は何よりも善行を欲情させ、口の中の自身を巨きくさせる。
「…んっんっ……」
喉を塞ぐ苦しさに瀬戸口の目尻に涙が伝う。それでもこの行為を止めることは瀬戸口には出来ない。開放されるまでは、出来ない。
「―――俺にも楽しませてくれ」
「―――っ!!」
そう言うなり、いきなり若宮の指が瀬戸口の最奥の部分に侵入してきた。予期せぬ進入に敏感なそこは、異物を拒んでその指を奥まで通さない。
「随分と狭いのだな」
「…んっ……」
空いた方の手で若宮は、瀬戸口自身を愛撫する。その瞬間蕾が緩むのを見逃さずに自分の指を最奥まで一気に貫く。
「…あ…痛い…や…っ!!」
耐えきれずに瀬戸口は善行自身から唇を離すと、悲鳴混じりの声を漏らした。けれども若宮の指の侵略は止まる事がなかった。
「…痛い…やめ…おねが…っ……」
爪で瀬戸口の内壁を引っ掻き廻す。その痛みに耐えられないように、瀬戸口の口からは悲痛の声を上がった。先端を塞がれ、中を掻き乱され、そして。
「…たすけ…て…あっ…―――んんっ!!」
髪を、掴まれた。疎かになっていた善行への愛撫を再開させるために。巨きなソレが、みっしりと瀬戸口の口に埋められる。
「んっ…んんんっ…んんんんっ!!」
ぐいっと頭を固定させられ、善行のソレが瀬戸口の口の中で暴れる。次第に大きくなってゆくそれに瀬戸口の喉が壊れそうになって。そして。
「――――っ!!!!!」
どくんっと音とともに、大量の液体がその口に流し込まれた。


何時も俺は利用されるだけ。それだけだった。
この強さも力も、全て。全て軍の思惑通りに。
ただ必要なのは強さだけ。力だけ。

―――そして公衆便所として扱われる…身体、だけ……


「ひいっ―――!!」
瀬戸口の悲鳴だけがこの空間を埋めた。ずぶずぶと音を立てながら、若宮が瀬戸口の中に入ってくる。その強く堅い、楔が。
「いいぞ、瀬戸口」
「あっあっあっ」
若宮は自分の欲望を押し進めるために、瀬戸口の狭すぎる内壁を引き裂いていく。余りの激痛にそ目からは涙が溢れるが、それすら若宮の性欲をかき立てるだけでしかなかった。
「…はあっ…あぁぁっ……」
やっと若宮自身を全て呑み込んだソコは、その雄の武器によって汚され傷つけられ、血が滴り落ちていた。ぽたりと白い太ももに、紅い血が。
「どうですか?若宮」
「ああ、イイ。堪らない。女でもこんなに狭いのはそうないぞ」
「あああっ!」
若宮が腰を動かす。瀬戸口の中をその凶器が、突き上げた。抜き差しを繰り返しながら、瀬戸口の内壁を傷つけてゆく。そしてきつく、締め付ける。
「…あああ…あああ…あぁっ……」
絡みつく内壁に若宮は眩暈を覚える程、感じた。そして。
「ああああっ―――!!」
瀬戸口の叫びがいっそう激しくなった時、若宮はその中に白い楔を打ち込んでいた。



媚薬。甘い、媚薬。
注ぎ込まれたら。注ぎ、込まれたら。
もう逃げられない。もう逃げられなくなる。



後の記憶はもう覚えてはいない。終わる事のない責め苦と、注がれる欲望。
雄の匂いが身体中に充満して、その匂いが染み付いて。そして。
そして消えない傷を、消せない傷を作ってゆく。その中で、俺は。
俺は考えていた。どうしたら。どうしたら、俺は開放されるのかと。

軍からも、戦いからも、そして。そして男たちの欲望からも。



―――利用される前に自らが利用するようなしたたかさと強さが、俺には必要なのか?




「ふ、意識を失いましたか。それでも『うん』と言わない強情さは…立派ですよ、瀬戸口くん」




聴こえてくる声はもう遠くて、白くなってゆく意識が何もかもを奪っていった。



END

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