媚薬・4

―――多分、その先は知っていた。


気が付いた時には、もう戻れない所まで来ていた。
無数に絡め取られた糸で。この身体を、この心をがんじがらめにされて。
そして『お前』と言う存在から逃れられなくなる。
注ぎ込まれた媚薬は身体の芯まで、浸透して。
浸透して、それを求めずにはいられなくて。
どんなになろうとも、求めずにはいられなくなって。
…後はただ。ただ、堕ちてゆくだけ……。



――――これは歪んだ欲望なのかも、しれない。


「…あっ…あぁ……」
善行の形の良い眉が苦痛で歪む。しかしこの行為が終えられる事は無かった。なぜならば、これは『命令』だから。彼は決して命令に逆らわない忠実なるしもべだから。
「…もうっ…許してっ……」
愛の無いただ苦痛だけを与えるこの行為なのに、善行の身体は無意識に激しい快楽に襲われていた。そう、目も眩むような激しい快楽へと。
「…もうっ…あぁ……」
口から零れるのは甘い吐息だけ。悲鳴混じりの甘い声、だけ。何時も自分がそれを相手に強要していた。何時も自分が相手にそれを、させていた。けれども、今。今こうして自分が、その立場になって初めて。
――――初めて犯される屈辱と、心がすり減らされてゆく思いを知る。
どんなに心が否定しても、その快楽を求めずにはいられなくて。どんなに否定しても、その身体が。そうやって。そうやって、心が壊されてゆく。ぼろぼろに、壊されて…ゆく。
「……あああ――――っ!!!」
善行の細い悲鳴が室内を埋め尽くした。しかし未だ終わりは来なかった。



誰もいない、教室。薄い夕日だけが差し込むその教室で、お前は独り。独り窓の外を見ていた。俺が背後にいるのも気付かずに、ただ一点を見ていた。
「―――来須……」
呟いた、その声と。そしてその瞳が。決して俺に見せる事はないその顔が。全ての答えを、そこに導いていた。そんなお前の表情を、そんなお前の声を、俺は知らない。
「…まだ…まだ近付けない……」
心の何処かで思っていたことがある。俺に抱かれながらも、何処か。何処か遠い場所を見つめていた瞳。唇が零す熱い言葉とは対照的な冷たい声。それが。それが何時しか、俺を。
「…瀬戸口……」
耐えきれず俺は近付いて。近付いて、お前の肩を掴んだ。そんな俺に。俺に、そっと。そっとお前は微笑った。ひどく冷酷な顔で。冷たい顔で、微笑った。
「―――何?若宮」
冷たい瞳。冷たい顔。背筋がぞくりとするような。お前は。お前は何時も。何時もこんな顔で俺を、見ていたのか?
「…瀬戸口…お前は…俺を…利用した、のか?……」
声が震えているのが、分かる。身体も微かに震えている。それが怒りのためなのか、絶望の為なの俺には分からなかった。ただ。たた、俺は。
「…利用?どうして?…お前はあれだけ俺の身体を好き勝手したんだ、おあいこだろう?」
そう言ってお前は俺の唇を塞ぐ。それはひどく甘いものだった。甘くて蕩けるような口付け。逃れられない。この注ぎ込まれる甘い媚薬から俺は。俺は、逃れられない。
「…今更だよ、若宮…最初に俺を陵辱したのはお前…今更被害者ぶるなんて…卑怯だよ」
紫色の瞳を、初めて怖いと思った。魔性の瞳。それに見つめられると、まともな思考が出来なくなる。その瞳に、見つめられると。
「…瀬戸口…俺は……」
絡み付く、手。その手が俺の首筋に絡まり、そのままもう一度口付けられた。唇を舌でなぞられ、そしてゆっくりと首筋を辿り、きつく吸い上げて。
「…俺は…お前が……」
「…愛しているんだろう?俺を…俺が欲しいんだろう…俺のためなら何でもして…くれるんだろう?」
淫らに絡み付く、手。服の上から俺の胸板をなぞる指。指が乳首に辿り付いて、服の上からぎゅっとそれを摘まんだ。その綺麗な指先が。その指が、俺を。
「…何でも、してくれるよ、ね…俺のためなら……」
何時しか俺の手はお前の身体を抱きしめ。抱きしめ、そして。そして床にその細い身体を、組み敷いていた……。


「もう、いい」
無限に続くかと思われた快楽の波に、不意に終止符が打たれる。それは彼に『命令』出来る唯一の者の声、だった。かつて自分が陵辱し続けていた、相手。
「―――ああ」
彼はその命令通りに善行から身体を離す。そして無機質な瞳で陵辱した相手を一瞥すると、ゆっくりと自らの主人の前へと歩み出た。
「若宮、お疲れさま」
「…瀬戸口……」
彼は唯一の主人の元へと辿り着くと、それが当たり前かのように手を取り、指先に口付ける。それは彼が絶対の忠誠を誓う為の証だった。
「あの男は、良かったか?」
彼の髪を指先で捕らえながら、傲慢とすら思える微笑を浮かべて瀬戸口は尋ねる。ひどく楽しそうに、そしてひどく冷酷に。口は楽しそうに微笑っているのに、その紫色の瞳は全く微笑っていない。そう、今まで彼の笑顔なんて一度も見たことはなかった。どんな時でもその瞳は、笑わない。決して、笑いはしない。
「お前と比べればどんな身体も叶わない」
そんな傲慢で我が儘で自分勝手な瀬戸口に、若宮は完全に捕らわれていた。完全な飼い犬に成り下がっていた。
「でもお前は抱いたのだろう?」
「お前の命令だから」
もう一度その指先に若宮は口付ける。そしてその場に跪くと、そのまま彼の靴を舐めた。その足首に指を触れる事が今の彼にとっての何よりもの悦びとでも言うように。
「……お前の命令は…絶対だ……」
ぺろぺろと舌を出し、犬のようにその靴を舐める。それを瀬戸口は冷たい瞳でただ。ただ見下ろしていた。



利用するものは何でも利用する。
使えるものはどんなものでも使う。
そうして。そうして、吸い取るだけ吸いとって。
そして捨ててやるから。無残に、捨ててやる。

――――今まで俺がされてきた事を…全て……

でも本当は。本当は復讐も、逆襲も全部。
全部、どうでもいいんだ。本当は、どうでも。
ただ全てが俺を放っておいてくれたならば。
俺の存在を放置していてくれたなら、ただそれで。
それだけで、よかったのに。



「ご褒美だよ、若宮…抱けよ…」
くすりと微笑って、瀬戸口は自らのワイシャツのポタンを外した。そこから覗くのは陶器のような白い肌。きめこまかで、滑らかな肌。その肌を何度、自分はいたぶり犯し続けたのだろうか?
「―――瀬戸口……」
見上げる若宮の瞳が欲望に満ちていた。そんな彼の瞳を瀬戸口はただ冷たく見下ろすだけで。そうして手を伸ばして、その顎を撫でて。
「俺の靴を舐めただけで、そんなにして…欲しいんだろう?」
「…欲しい…お前が……」
瀬戸口の言葉通り、若宮の股間ははちきれそうになっていた。それに瀬戸口は手を伸ばすと、そのまま指を絡めた。ソレは、充分な熱とそして硬度を持っていて。

――――さっきまでアレが、私の中を犯していた……

ぞくり、とした。さっきまでアレが私の中を犯し、貫き、そして。そして掻き乱していた事が。さっきまであの熱さが私を陵辱していた事が。
…あの熱さが媚肉を引き裂き、奥へ、奥へと…私を掻き乱した事が……。



「…あっ……」
瀬戸口の白い喉元が綺麗に反り返る。そこに唇を這わしながら、若宮は性急に衣服を脱がしていった。
「…あぁ…ん…あっ…」
衣服を全て脱がしてしまうと、若宮は瀬戸口の胸に手を添えた。そしてそれを人指し指と中指でぎゅっと摘み上げる。紅く熟れた果実を。
「…あ…ぁ…あぁっ…ん…はっ…」
その刺激に耐えきれずに瀬戸口の足ががくがくと震え出す。そんな彼の腰を若宮は力強い腕で支えながら、行為を続けてゆく。
さっきまで、善行の腰を掴んでいた大きな手で。さっきまで、その腰を激しく揺さぶっていた、手で。
冷たい壁が瀬戸口の背中に当たり、ひんやりとした感覚を伝えた。その感触にぞくりと身体を震わすその姿が。その姿が、激しく『雄』を揺るがす。
「…瀬戸口……」
「…あぁっ…ん…若…宮……」
瀬戸口の紅い舌が口元から覗き、若宮を誘った。若宮はその誘いを拒む事は出来ない。その誘惑を拒むことなんて、出来はしない。その舌を絡め取って、そのまま深く口付けた。その唇を舌を、激しく貪った。
「…んっ…んんんっ…ふぅっ…ん…」
瀬戸口の口元から伝う唾液が一筋の線となって、顎から首筋のラインを伝ってゆく。それはひどく見る者を欲情させて。その扇情的な仕草が。
その間に若宮の指先は瀬戸口の弱い部分を攻めたて、彼を必死にを煽ってゆく。その刺激耐えきれず、瀬戸口は若宮の背中にしがみ付いた。
「…ふぅっん…はぁっ…はっ……」
ぴちゃぴちゃと淫らな音が室内に響き渡る。それが嫌になるほど善行の耳に届く。その濡れた音が。絡み合う音が。
「…あっ…ああんっ!」
唇が離れたと同時に若宮は瀬戸口自身へと指を絡める。その刺激に瀬戸口の身体がぴくり、と跳ねた。
「…あっ…あぁ…ああっ……」
波立つ、白い身体。快楽に喘ぐ紅い唇。夜に濡れたラベンダーの瞳。その全てが。その、全てが。

―――雄を狂わせ、そして。そして…堕としてゆく……


「――――ああああっ!!!」
立ったままで若宮を受け入れた事に、瀬戸口の形の良い眉が歪む。しかしそれはたちまちに快楽の表情へと変化してゆく。息を呑むほどに淫らな表情へと。
「…あああっ…ああ…ああんっ……」
瀬戸口の足が若宮に絡みつき、より一層彼を飲み込んでゆく。若宮はその腰を支えながら、目の前にある胸の果実を口に含んだ。
「…ああ…ん…あああんっ……」
瀬戸口の顔が果てし無い快楽へと、悦楽へと溺れてゆく。それはぞくりとする程、他人の欲情をかき立てる。その淫らな顔が。その甘い声が。その汗ばむ肢体が。
「…あああ…ああっ…あぁんっ……」
「…瀬戸口……」
「…あっあぁ…あ……」
思わず善行は生唾を飲み込んだ。その淫らな姿が何時しか。何時しか自分と重なる。さっきまで若宮に犯されていた、自分に。自分に…そして。
そしてそんな善行を見透かしたように、瀬戸口のラベンダーの瞳が潤んだままで、彼を見つめた。その瞳はひどく、醒めていた。淫らな行為に溺れているようで…それでもその瞳だけは、こんなにも。こんなにも冷たく醒めていて。
「あああああっ!」
瀬戸口の口から、細い悲鳴のような声が零れる。その瞬間に、ふたりは。

――――ふたりは全てを開放した。


「どうだった?善行。感じた?」
くすくすと笑いながら瀬戸口は尋ねる。惜しみ無く白い裸体を晒しながら。足許に精液を伝わらせ、身体に紅の痕を残しながら。
「……感じましたよ…瀬戸口くん…貴方はどんな娼婦よりも淫らだ……」
瀬戸口の細い指が善行の顎に掛かり、そのまま自分へと向かせる。ひどく冷たい色した瞳の色彩のままで。
「して、上げようか?このままじゃ、溜まっちゃうだろう?」
「―――立場逆転…という所ですか?」
「そうだよ、もうお前は…俺に逆らえない……」
瀬戸口の手が延びてきて、善行自身へと絡まる。そしてそれを口に含もうとした時、だった。
「…駄目だ…瀬戸口…止めてくれ…」
若宮の力強い腕が延びてきて、瀬戸口の肩を掴んだ。その力があまりにも強くて、瀬戸口が眉を歪めるほどに。それは嫉妬。剥き出しの、嫉妬。それが瀬戸口にはひどく。ひどく、可笑しかった。
「だったらお前が、善行を悦ばせてあげるんだ」
「…瀬戸口……」
瀬戸口は、笑った。何よりも綺麗で何よりも残酷な顔で、そして何よりも支配者の顔で。妖艶な、そして冷酷な笑顔で。
「あいつも、それを望んでいる筈だ…なぁ、善行…お前が俺を見て感じたのは、犯される俺を自分に重ねていたからだろう?」
「…瀬戸口…私は……」
否定できない、善行を瀬戸口は笑う。口許だけで、微笑う。やっぱり善行には本当の彼の笑顔を見ることは出来ない。いや誰もきっと…彼の本物の顔など。
「―――若宮、命令だ。この男をもう一度犯すんだ」
瀬戸口の言葉に若宮は、肩を掴んでいた手をそっと。そっと瀬戸口の綺麗な指先へと持ってゆき、そのまま。そのままそっと、指先に口付けた。そして。
「お前の為なら、何でもする」
そして若宮の指が瀬戸口から離れ、善行の手へと移る。そのままその手を、自らの下腹部へと引き寄せ。そして。
「まずは、その口で俺をイカせてみろ。俺にシテ、欲しかったらな」
歪んだ欲望。歪んだ世界。全てが歪んで溶けてゆく。そこにはもう思考も倫理も何もない。ただ。ただ純粋な欲だけが、支配する空間。
「……若宮…私は……」
拒むことが、出来ない。身体の芯が疼いている。疼いて、そして。そして止まらなくて。若宮の手が善行の髪を乱暴に掴む。そしてそのまま彼の前に跪かせると、自らの欲望を善行の前へと突き出した。
「…私は……」
その熱い塊が唇をなぞる。自分を貫き掻き乱した、ソレが。ソレが、唇を辿って。辿って…。
「…んっ…ふぅっ……」
善行は何時しか夢中で、ソレに舌を這わせていた。


――――それを、冷めた目で瀬戸口は見下ろしていた……。



善行の舌が淫らに若宮自身に絡んで。そして。再びふたりは快楽の世界へと堕ちてゆく。何時しか善行の甘い息が室内を埋め尽くして。そして―――。



その無限に続く悦楽の儀式は、善行に与えられた永遠の罪だった。



END

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