指先を、重ねて。そして鼓動を、重ねたら。
繋がった指先のぬくもりだけが全てになったならば。
怖いものなんてもう、何もないのかもしれない。
――――どれだけの胸の痛みも、どれだけの胸の苦しみも。
「おはよう、たかちゃん」
その声に振り返り目線を下に降ろせば、小さな身体と大きな瞳が俺を見上げてきた。小さな手が、そっと。そっと俺の前に差し出される。
「おはよう、ののみ」
その手を軽く握ってやって、軽く頭を撫でてやる。この部隊に入ってから同じオペレーターと言う事もあってか、この小さな女の子と一緒に過ごす時間が自然と多くなっていた。それを俺は何故か不快には感じなかった。それどころか、すんなりとその存在を自分の範囲へと受け入れていた。
「あのね、昨日ね、ののみ。ののみ、これ作ったの」
そう言って小さな手のひらがおずおずと俺の前に差し出される。とても小さな手。俺が握ったならばきっと。きっと壊れてしまうのではないかと思えるその手。
「ってこれは?」
その小さな手のひらには、もっと小さなフエルトで出来た袋があった。お世辞にも上手いとは言える代物ではないが、それでもその袋にはちゃんと『たかちゃん』の文字が入っている。不器用だけど、気持ちがこもっているのが伝わるものだった。
「へへ、お守り。皆の、分作ったの。ぎんちゃんのもあるよ」
「―――え?……」
まるで全てを見透かされたような瞳でその名前を呼ばれて、不覚にも俺はどきりと…した。こんな幼い子に何を俺は動揺しているのか?けれども俺は。俺は普段通りの顔がどうしても、出来なくて。
「たかちゃんが、ぎんちゃんにあげるのよ。それが一番なのよ」
「…ののみ……」
俺の手のひらに落とされるふたつのお守り。不器用だけど懸命に作られたもの。ただの布の感触しか指には伝わらないはずなのに、どうしてだろう?ひどく暖かく感じるのは。どうして、だろう?
「きっとね、いつか分かるから。たかちゃんも…ぎんちゃんも…ののみもきっと何時か分かるのよ」
「―――何が分かると言うんだい?」
「いちばん、たいせつなこと」
彼女は子供のような無邪気な顔で微笑って、そして一番哀しい顔で微笑んだ。それは胸をひどく締め付けられる笑顔、だった。
「あの子なりに、懸命だね…可哀想なくらい、健気だね……」
「貴方らしくないですよ、速水くん。計画はもう始まっているのデスヨー」
「分かっているよ。ただ舞があの子を可愛がっていたからね」
「フフフ、貴方はそうでなくてはイケマセン。それこそ『HERO』というものです」
「そうだよ、僕は『HERO』…全てを救済する為の…だからね」
「―――君の可愛い瀬戸口くんは…こうしなければ、真実の滅びが来るんだよ…来須……」
「―――っ」
「どうした?来須」
「…いや、何でもない。若宮」
「そうか。ならいいけど。突然背後を見るからびびったぞ」
「すまんな…それよりも続けよう、訓練を。今は少しでも時間が欲しい」
「そうだな。何時戦いが起こるやもしれん。準備は万端にしとかねばな」
「―――ああ……」
まるで、見下ろされているような感覚だった。
全てを見下し、見下ろし。まるで。
まるで手のひらの上に踊らされているような感覚。
―――瀬戸口…お前は今……
そこまで考えて思考を止めた。戦場に出れば成すべき事はただひとつ。他の事に捕らわれればそれが命取りだ。こんな訓練の瞬間ですら雑念は許されはしないのだから。
「…って何をどきどきしているんだ俺は……」
口に出してみたら益々恥ずかしくなった。今ここに誰もいなくて良かったと思う。もしも他に誰かいたら、不覚にも耳まで真っ赤になっている自分を見られていただろうから。
一度だけ、ここに来た。傘も差さずに互いにずぶ濡れになりながら、小さな猫と一緒にここへとやってきた。あの時の猫は今でも時々ここへとやって来ているようだった。
―――猫は来るのに…お前は……
前に耳元で囁かれた言葉を思い出す。何時でも行くことは出来た。君が俺を受け入れてくれて、君が俺を自らの空間に入れてくれた瞬間から。
でも何故か行くことが出来なかった。バカみたいだと思われるかもしれないけど、初めて恋をした女の子みたいに、改めて行くことに緊張して。本当にバカみたいだけど。そして。そして何よりも君の部屋は……。
「まだ帰っていないのか…学校かな?」
手の中に在るこの小さなお守り。小さな彼女がくれたもの。まさかこうなる事を見越してくれたとは流石に思わないけど。これがきっかけでこうしてここに訪れようと思ったのも事実で。こうしてここに、これたのも。
「―――サンキュー…ののみ……」
それをぎゅっと手のひらに閉じ込めて、俺はドアの前に座った。待っていることは慣れている。だってずっと待っていた。ずっと、ずっと、待っていた。この絶望から俺を引き上げてくれる手を、俺はずっと待っていた。
待っている間は本当は怖くも不安もないんだ。だってその先には必ず。必ず、君がいるから。待っていられるのが君が俺のもとへとやってくるのが分かっているから。君が来るという確かなものがあるから。だから、何も怖くはない。
―――こうして君を待っている間も…君の事を、考えているから怖くはない……
小さな雨が頭上から降ってくる。細かい、雨。
あの時のようにさあさあと、降って来る雨。
でも今はそれを。それを穏やかに聴いていられるから。
「たかちゃんは、やっと翼を手に入れたのよ」
小さな、手。小さな、身体。少し力を込めれば、そのまま粉々に砕け散る事も可能な身体。
「足りなかったものを手に入れたのよ。ののみそれが、うれしいの」
「フフフ、優しい子ですね。貴方は」
「だってののみは。ののみは皆がしあわせなのがうれしいの。だからひろちゃんもね、しあわせになるのよ」
可愛い笑顔。無邪気な笑顔。そこにはただ。ただ純粋な笑顔だけが。それはきっと世界のどんなものよりも強くて、そして。そして穢れなきもの。
「しあわせデスカ?そんなモノは私はとっくの昔に…捨てましたよ」
「…どーしてなの?……」
「そんな事はイイノですよ。貴方は何も考えなくて…さあ、薬飲みなさい…これがないと貴方は止まってしまうのデスヨ」
薬。腐敗防止の薬。クローンの身体は、すぐに腐って溶けてしまう。その薬を飲みつづけなければいとも簡単にその身体は溶けて無くなってしまう。幾ら同じモノを作っても。作ってもやっぱりそれは同じには決してなりはしないのだから。こころがある以上、同じモノにはならないのだから。
「とまっても、きっと。きっと気持ちはずっとえいえんなのよ」
――――永遠と言う言葉を信じていた頃の自分に…戻れたならば……
傘も差さずに、そのまま雨に打たれた。この程度の雨ならば運動後の火照った身体には丁度よかったから。そのまま細かい雨に打たれながら、自らのマンションへと辿り着く。
「…瀬戸口……」
そのまま階段を途中まで上った所で、自分の部屋のドアの前に見なれた髪の色を発見して咄嗟に駆け上がった。けれどもその相手は必死で駆け上がった自分の存在に気付かないとでも言うように眠っている。聴こえてくるのは微かな寝息だけで。
「―――瀬戸口」
もう一度名前を呼んで、そっと身体を揺すってみた。その瞬間何かを握っていた手が、そのままでふわりと宙に上がる。そして、そのまま。
「…あ……」
ぱたんと来須の肩に落ちたと思ったら、寝ぼけたままの目が…焦点の合わない目が…来須を、見上げた。
「…おはよう……」
そのまま両腕が肩に伸びてこつんと、頭が胸に降りてきた。そんな彼にひとつため息をつきながらも、来須はそっと身体を抱き寄せる。その瞬間表情が、変化する。それは他人には分からないほどの微妙なモノだったけれど。
「お前何時からここにいた?」
「…ん、来須…濡れてるよ……」
自分の質問にまともに答えないのはまだ寝ぼけているせいだろう。それでも背中に両手を廻して、抱き付いて来る所はひどく愛しかったけれど。でも、それよりも。
「―――冷えている、身体が…」
「…君も…冷たいよ……」
目の焦点が、合う。紫の瞳が来須だけを、捕らえた。その綺麗な顔だけを。そして。
「濡れてるよ、俺も…少し濡れた……」
「ああ、雨が降ってるから」
そして、近づいていく距離。睫毛が触れ合うほどの距離。互いの息が掛かるほどの距離。
「…少し…寒いよね……」
そのまま重なり合う、影と。重なり合う、唇が。この空間の全てを、支配した。
「―――さっきから、手…何握っている?」
抱き付いて離れないから、そのままにさせた。片手で腰を抱きながらドアを開いて中へと入れる。その間もずっとお前は抱き付いていて、そして片手に何かを握っていた。
「へへ、秘密っなーんてな」
靴を脱ぐ時になってやっとその身体は離れる。先に中に入れさせたらタオルが飛んできた。俺はそれを受け取って身体を拭いて中に入れば…また抱き付いてきた。
「どうした?」
まるで子供のようだ。引っ付いていないと安心出来ないような、そんな子供のような仕草。しょうがないと思いつつ髪を撫でてやれば、ぎゅっと抱きつく腕に力がこもる。
「甘えたい年頃なんだよ」
「いい年して何言っているんだ?」
「へへ、嘘だよ。だって君の身体冷たいから…だから引っ付いてんの」
その言葉に初めてお前の意図に気付いて、破顔しそうになった。こんなくだらない事でしあわせを感じてしまうとは思わなかった。
「馬鹿か、お前は…だったらもっと別の……」
と言いかけて、止めた。何気に言った言葉の先に含まれているものが…それを意味する事は……。
「―――シャワー浴びてこいよ…風邪引いちまうぞ」
ゆっくりと離れてゆく身体と、見つめる瞳の真剣さと。そして。そしてひとつ微笑った顔が。
――――お前が先に入れ…と言う言葉を飲みこませた……
何もない部屋だった。本当に何もない生活の匂いのしない部屋だった。こうやって眺めて、改めて思った事。これがあるから、これを感じるから…この部屋へ行くのを躊躇っていた。
―――何時でも来い…
そう君は言ってくれた。けれども躊躇っていた。恥ずかしかったこともある。馬鹿みたいにそんな事に拘っていたこともある。でも本当は。本当は一番ここに来れなかった理由は。
「…もしかしたら俺達って……」
確かめるのが怖かったからかもしれない。あの時感じたことを確認するのが怖かったのかもしれない。―――この部屋がただの『空間』でしかないと言う事を。
「…ずっと一緒にいられないのかもな……」
何もない部屋。生活の匂いのしない部屋。それはまるでここが。ここが一時的な空間でしかない気がして。
ここにずっといると言うモノが何一つ見えないから。この場所に、この時間に、この空間に。『執着』も『存在』も見えなかったから。
―――まるで自分は何時でもいなくなれる…そんな風に思えてしょうがなかったから…
「また君も俺から、消えてゆくのかな?俺だけを置いて…独りきりに…するのかな?……」
言葉にしてみたら苦しくなった。声に出してみたら切なくなった。もしかしたらと心の何処かで感じていたことが、こうして言葉に出すことで形となって現れる。そして何時しかそれが『本当の事』だと思えてきて。
独りは慣れている、ずっと独りだったから。彼女と過ごした時間よりも、君と出逢ってからの時間よりも、ずっと。ずっと独りでいた時間の方が長い。それは気が遠くなるほどの長い時間。
でも、不思議だ。不思議なんだ。思い出せなくなっている。君と出逢ってから、思い出せない。無意味で乾燥した感覚だけは憶えているのに、思い出せないんだ。その時間をどうやって過ごしていたか、どんな事をして過ごしていたか…どんな思いで過ごしていたか…思い、出せないんだ。
「―――って女じゃねーのに…俺、女々しいな…最低……」
心を曝け出して、全てを曝け出して、それでも。それでも受け入れてくれた腕。そんな俺を包みこんでくれた腕。その優しさをその暖かさを知ったら、もう手放すことなんて出来ない。出来る訳は、ない。
「…でも…女々しくなるくらい…俺…君が好きなんだ……」
どうしてとか、もうそんな事を考えるのは止めた。好きだと言う気持ちだけが自分を支配するのなら、それに従うしかない。止められない想いなら、どうにも出来ない想いなら、もう。もう考えるのも止めるのも止めた。自らの心の赴くままに、その想いのままに。
―――両手でなんてとっくに抱えきれなくなっている…溢れる想いに…従うだけだから……
カチャッと音がする。その音に顔を上げれば、君と視線が絡み合う。濡れた髪をタオルで拭きながら、バスローブだけを羽織っていた。
「お前も、入れ…俺にくっ付いてたから…濡れてるだろう?」
「そんなのすぐ乾いたよ。ほら」
立ち上がって、君の前に立って。そしてそのままタオルを取り上げた。まだ濡れている髪に指を絡めて零れ落ちる雫をぺろりとひとつ舐めた。
「―――何をしている…お前は…」
「あ、いや…君の髪から零れる水はどんな味がするかなって」
「で、どんな味がした?」
「しょっぱかった。だから口直し」
そう言って君にキスをすれば、そっと抱き寄せられる。ほんのりと暖かい身体に安心した。あ、生きている…なんて馬鹿な事を思った。
「…来須…あのさ……」
―――抱いて、くれ…と心の中で呟いた。決して声には出さずに、こころの中で。君がここにいるんだと、君が生きているんだと。君がここに在るんだと…確かめたかったから。
「…これ…ののみが君にって……」
心の呟きを自ら否定するように、俺は君の手にずっと握っていたののみお守りを渡した。小さな、それでも心がこもったそのお守りを。
「お前これをずっと握っていたのか?」
「ああ、だってののみがせっかく君の為に作ったものだから…濡らす訳にもいかないだろ?」
「―――ありがとう……」
それはののみに言った言葉なのか?それとも俺に言った言葉なのか?でも君のことだからきっと。きっと両方に言ってくれた言葉なんだろう。
「大切にする、と…伝えてくれ」
「君から言えばいいのに」
「見透かされてしまうから、止めておく」
「何が??」
「―――俺の、お前への気持ちが……」
その言葉と同時に唇が塞がれた。噛みつくような、口付けだった。今までされた事がない激しい口付け、だった。息も奪うほどの、口付けだった。
「…んっ…ふぅ…来…須……」
舌が忍び込み、そして絡み合い。互いの息を全て奪うように激しく貪り。
「…瀬戸口…俺は……」
零れ落ちる唾液も気にならず、俺は。俺は自ら求めた。君のキスを。君の唇を。
「…はぁっ…んっ…」
君の髪に指を絡めて、自ら。自らその口付けを。
「―――お前が…欲しい……」
息も途切れ途切れになって、そして。そして耳元にそっと。そっと囁かれた言葉。
低くそして短い声の中に込められた熱い想いが。
―――俺の瞼を…震わせて……
「…俺も…君を…感じたいよ……」
…聴こえてくるのは遠い雨の音と…君の鼓動だけだった……。
身体を重ねることは、俺にとって唯一の。唯一の『人間』と共有出来るモノだと。ただそれだけのモノだと思っていた。それだけでしか、なかった。
ただ独り愛した彼女とは結ばれることが許されなかったから。青の一族にこの血が混じる事は許されないと、穢れた血が混じるのは許されないと。それでも構わないと言った彼女を、俺は抱くことは出来なかった…。
―――俺が人になるまでは、と。人間になれたらその時は君を抱くからと。
そんな言葉を告げた自分が今は他人のように思える。君を失ってから数え切れない夜を色んな相手と過ごした。男も女も俺の身体を通り過ぎて行って…そして。
そしてただ残ったものは空洞だけだった。ぽっかりと大きな穴が開いた、深い闇。それだけが俺の中に残っていた。
この行為に俺はなにも見出せなかった。ずっと、ただ。ただ一瞬の開放感だけが、一瞬の忘却だけが麻薬のように俺の身体を蝕むだけで。だから。だから俺は、分からなかった。
――――ひとつになると言う…本当の意味を……
「…来須……」
顔を上げて、もう一度その顔を見つめた。綺麗な、顔。男の俺でも見惚れてしまうくらいに綺麗な、人。ずっと見ていたいと思った。ずっと、見つめていたいんだと。
「―――瀬戸口……」
大きな手がそっと髪を撫でてくれた。大きくて力強い手なのに、凄く優しい手。凄く繊細な動きをする手。こんな時君は。君はまるで壊れ物を扱うかのように大事に、相手にその手を向けてくれるんだね。
「このまま抱っこしていって、とか言ってみたり」
冗談混じりに言ってみた。余りにも真剣に向けられる視線がひどく恥ずかしくて…ついバカな事を口走ってしまう。本当はもっとちゃんと違うことが言いたかった筈なのに。
「――ああ」
「えっ?!」
身体がふわりと宙に舞う。冗談で言ったのに…君は本当に俺の身体を抱き上げた。その逞しい二の腕で。
「嘘…冗談で俺、言ったのに……」
「お前軽いな…ちゃんと食べているのか?」
落ちるのがイヤだったから、背中に手を廻してしがみ付いた。俺は男の中でも高い方だったけれど、君は俺よりももっと高かったから。だから今初めて君が見ている視界を知った。
―――俺よりも上から見下ろしている、君が見ている『世界』を。
そんな事を考えたら、しばらくこのままでいたいと思ってしまった。君が見ているものと同じモノを見ているんだと思ったら、もうしばらく見ていたいなと思った。
「一応、食べているよ。君の身体が鍛えすぎなんだよ」
でもそれもすぐに終わってしまった。ベッドの上にそっと俺は降ろされた。ひんやりとしたシーツの感触がひどく心地よかったけれども。
「鍛えすぎることはない…そうしなければ俺は死ぬだけだ」
ゆっくりと覆い被さってくる身体が、近づいてくる顔が。全部。全部、俺の心を震わせる。俺の睫毛を震わせる。
「―――そうだね…君は『戦士』なんだから……」
戦う事を止めた俺とは違う。君は戦い続ける。これからも先ずっと。ずっとスカウトとしてその生身の身体で幻獣を相手に、その手を血で汚し続ける。
でも。それでも俺にとっては、ただひとつの。ただひとつの救いの手、なんだ。
「戦うのは俺…もう嫌だけど…君の為なら、戦えるかな?」
指を伸ばして、君の胸元へと触れた。バスロープの紐を解いて、厚い胸板にじかに触れる。同じ男なのに君の胸は凄く逞しくて、それに触れるだけで。触れるだけで『護られている』ような気が、した。
「戦わなくていい…戦うなお前はもう……」
胸に触れていた手をそのまま。そのまま大きな手に掴まれて、指先が絡まった。大きな、手。俺の指ですら包み込む大きな手。大好きな、手。
「お前は俺が護る」
指先は繋がったままで。触れ合ったままで、開いたほうの君の手がそっと。そっと俺の髪を撫でてくれて。
「でも君が敵に襲われたら…俺はきっと止められないよ。君を庇おうとする自分を……」
そのまま降りてくる唇に目を閉じ、全てを任せた。
自分よりも大切なもの。自分よりも大切な人。
この触れ合っているぬくもりが。このただひとつのぬくもりが。
俺はこれだけがあれば。これさえ、あれば。
これから先何があろうとも、きっと。きっと何があっても。
この指が繋がってさえいれば。
こころまで繋がってさえいれば。
どんなことがあっても平気だと。どんなことがあっても耐えられると。
君がいてくれれば。君が生きて、そして君が微笑ってくれたならば。
―――俺はきっと、どんな事でも…出来るから……
初めてじゃないのに、何度もしている事なのに。嫌と言うほどに自分が緊張している事が、瀬戸口には分かった。唇が触れているだけなのに、心臓の鼓動が激しく高鳴って。
「…んっ……」
薄く唇を開いて、舌を迎え入れる。そのまま根元から絡めて、互いの味を貪りあった。
「…ふぅっん…んっ……」
片方の手はずっと。ずっと繋がったままだった。その手がぎゅっと握られる。そんな瀬戸口の動作に、来須はひどく愛しくなった。どうしようもない想いが込み上げて来て。
「…んんっ…んん……」
唇が痺れるまで互いを貪りあった。ぴちゃぴちゃと濡れた音が室内を埋める。それでもまだ。まだ、唇は触れたままで。
「…はぁっ…ん…来…須…っ……」
やっとの事で互いの唇が離れた時には、瀬戸口の口許からは唾液が伝っていた。それがシーツに染みを作ってゆく。来須の舌が伸びて、液体を舐め取るまで。
「…んっ……」
舌が口許から顎のラインを辿ってゆく。その感触にピクンっと瀬戸口の肩が跳ねた。けれども唾液が全て無くなるまで、その行為が止められることは無かったが。
「…来須……」
唾液を全て舌で掬い上げて、やっと来須の顔が上げられる。瀬戸口を見下ろす蒼い瞳が、怖いほどに綺麗だった。綺麗、だった。
「…ホント…君って…イイ男…俺がこんなに惚れる訳、だよなぁ……」
改めて見る相手の顔。金色のさらさらの髪、見掛けよりもずっと長い睫毛。空よりも海よりも蒼い瞳。そしてひどく整った顔。本当に綺麗だと思う。綺麗、だと。
「顔だけか、惚れたのは?」
「…ってバカ…そんな訳ないだろ?…君が今の顔じゃなくても…好きになってた…」
少しだけ不機嫌に聴こえた。それをそう感じられた自分が嬉しかった。何時もほとんど表情を変えずに口数も少ないこの男の。この男の些細な変化に気付けるようになった事が。
―――君の気持ちに…気付けるようになった事が……
「…君だから、好きになってた…君だから……」
腕を伸ばして、自分から抱き付いて。そして。そして自分からキスをする。こんなにも好きだから。こんなにも大好きだから。それを伝える術を、自分は惜しみはしない。
誰かが適当に付けた名前。誰かが適当に作った身分。
全てが偽りで、全てが作り物の『存在』。
でも、お前なら。お前、ならば。
つくりものである俺自身の『存在』ですら、どうでもいいと。
きっと言ってくれるのだろうな。
―――ここにいる『俺自身』を、お前は必要としてくれる……
くっきりと浮かび上がる鎖骨に口付けた。制服を着たら見えるか見えないかのぎりぎりの場所に、きつく口付けの痕を残す。そんな事に拘った自分自身に、少しだけ驚きを隠せずにいながら。それでも来須はその行為を止めなかった。
「…ん…あっ……」
舌は鎖骨を辿りながら、指が胸の果実に辿りつく。薄く色付くソレに指を這わせ、そのまま転がした。潰すように軽く力を込めながら、親指と中指でぎゅっと摘んでやる。その途端ソコはぷくりと立ち上がり、さあっと朱に染まってゆく。
「…あぁっ…ん…は……」
鎖骨を辿っていた舌が、空いた方の胸の果実を突ついた。そのままちろちろと嬲られ、口に含まれる。その刺激に瀬戸口の肌が赤味を帯びてくる。熱を、持ってくる。
「…あぁ…はぁぁっ…来須…ふっ……」
胸を弄るたびに甘くなってゆく吐息。零れてくる息。熱くなってゆく身体。自分の手によって、変化してゆく身体。自分の手の中で…変化してゆく身体。それが。それが来須にとって何よりも。
「…あ…あぁ…ん……」
―――何よりも愛しく、そして。そして何よりも大切な存在……
「…瀬戸口……」
胸から唇を離して、その顔を見下ろした。額はうっすらと汗ばみ、茶色の柔らかい髪が張り付いている。それをそっと指で掻き上げて、そのまま形良い額に口付けた。
―――キスをしてやりたいと、思った。余す所無く全てに。お前の全てに口付けたいと。
「…来須…あ……」
額に降りていた唇は、睫毛の先に移され、そして鼻筋に移動し、頬に落ちてゆく。顔中に降らされるキスのシャワーが、それが全て瀬戸口の睫毛を震わせて。
「…俺は、お前を……」
快楽で潤み始めた視界で、それでも瀬戸口は来須を捕らえた。今この瞬間、その顔を、その表情を、この目に焼き付けたかったから。この、瞬間を。
「…来須…一度でいいから…君の口から……」
手を伸ばし、唇にそっと触れた。柔らかい唇。この唇が今まで自分の顔に口付けの雨を降らせていてくれていた。余す所無く、キスしてくれていた。
「一度とは言わない…でもそう簡単は言えない言葉だけど…いや…今まで俺は誰にも告げた事は無かった……」
「…来須……」
「――今まで言いたいと思った相手は…こんなにも告げたいと思った相手はいなかった」
キスしてくれていた唇から、抱きしめてくれていた腕から、それは伝わっていた。伝わっていたよ。俺は分かるから。分かるようになったから。やっと君の近くまで辿り着いたから。でもやっぱり、聴きたいから。君の口から、聴きたいから。
「…自惚れるぞ…君が嘘を言っていないのが分かるから…本当に…自惚れるぞ……」
「自惚れろ。本当だ、俺は。俺がこの言葉を告げるのはお前だけだ」
「――――愛している………」
すんなりと口からそれは零れて来た。
ずっと喉元にあって、躊躇っていた言葉。
けれどもそれは思いがけず。
思いがけず、簡単に俺から零れて来た。
誰にも告げる事はないと思っていた言葉、だった。
永遠に告げることは無いであろう言葉、だった。
執着を許されない俺に。留まる事を許されない俺に。
特別な存在など不要な俺に、拘る事を許されない俺に。
―――そんな俺に…お前はその言葉を…云わせた……
「…来須…もっと…言って……」
「…瀬戸口……」
「…ごめん…でも…もっと聴きたい…君の口から…もっと…」
「――――我侭だな…でもそこが愛しくてたまらないと思っている」
「…君が…我侭にさせたんだ……」
「…ああ、俺のせいだな…でもそんな所も…愛している……」
「…俺も…俺も…二度と使わないと思っていたけど……」
「散々俺に『好き』だと言っておいて?」
「…違う…好きじゃなくて…俺も…俺も君を……」
「……愛して…いる…よ………」
「…ちゃんと…言えた…よかった……」
「…瀬戸口?……」
「言えて…よかった…もう言えないと思ってたから……」
「―――『彼女』のせいか?」
「…ううん俺自身が…何処かで…この言葉を告げたら俺の元から…」
「…俺の元から…消えるんじゃないかって…勝手に…想っていたから……」
―――手放せ…ない……お前を俺は…俺は……
「俺は、消えない。お前から、絶対に」
離れることなんて、出来はしない。もう俺は、出来ない。
「―――消えはしない……」
戦いが終わったら消される存在。全ての記憶から抹消される存在。でも、それでも。
「どんなになってもお前のそばから、離れない」
それでも俺は。俺はもうこの手を、この身体を、この瞳を。
「…信じるよ、その言葉…信じたからな…俺は……」
離すことは出来ない。この腕に一度抱きしめてしまったら、もう二度と。
「……結果がどうなっても…君の言葉は…信じるから……」
どうすることが出来ない運命だとしても、それでも俺はお前を離せない。
君の言葉は何時も真実。
口数が少ない分だけ、告げられた言葉は。
告げられた言葉は君の、真実だから。
だから信じるよ、君の言葉を。
だから信じるよ、君の想いを。
…例えそれが叶わない、願いだとしても…俺は、信じるから……
「お前を、愛している」
「…うん……」
「…お前だけを……」
「…俺も……」
―――愛していると云う想いを、そのまま口付ける事で伝える。触れ合う事で、伝わる想いは必ずあるのだから。
「…あんっ!……」
指が、触れる。微かに立ち上がり掛けていた瀬戸口自身に、その指が触れた。大きな手のひらが自身を包みこみ、先端を指先が撫でた。
「…ああ…あんっ…来…須…はぁんっ……」
指先が形を辿り、敏感な個所を集中的に攻め立てる。その巧みな愛撫に瀬戸口の先端からは先走りの雫が零れ始めていた。
「…あぁっ…あん…はぁっ…もぉ……」
どくんどくんと来須の手のひらでソレが熱く脈打っている事が分かる。強い刺激を与えればすぐに開放されるだろう。瀬戸口のほうも耐えきれずに腰を来須に押し付けて、より深い刺激をねだった。
「―――瀬戸口……」
それでもその声で呼ばれれば、紫色の瞳は開かれる。夜に濡れたその瞳が。綺麗でそして切ないその瞳が。自分だけを見つめて。自分だけを映して。
「…来須…もう…俺…っ……」
「―――ああ……」
「――――んんんっ!!」
唇が塞がれると同時に、瀬戸口自身への愛撫が再開される。そのまま激しく先端を扱かれて呆気ないほど簡単に瀬戸口は、来須の手のひらに白い欲望を吐き出した。
荒い息のまま、瀬戸口は来須を見上げた。その瞳は濡れていて、そして伸ばした指先は快楽の為に震えていた。
「…来須…手……」
それでも手を伸ばし、来須の腕を掴むとそのまま口許に引き寄せた。自らの出したモノで汚れているその手を。
「瀬戸口?」
来須の疑問符に答える前に瀬戸口は自らの舌でソレ舐めた。紅い舌が扇情的に来須の手に付いた精液を舐め取る。その顔を見ているだけで、来須は欲情した。ひどく淫らに見えるその顔に。
「…ん…ふ……」
ぴちゃぴちゃと音を立てながら、それでも瀬戸口はその指先を綺麗に舐め取った。自分の精液を口に含んで飲み込んだ。その姿はひどく淫らな生き物のように思える。けれどもそれ以上に愛しい存在だと言う想いが込み上げて来る。
――――どちらも来須にとっては『本当の事』、だった。
「…これで、綺麗になった……」
それでもお前は俺の指を離さなかった。絡めたままで。ずっと、繋がったままで。
「―――瀬戸口……」
そのまま空いた方の手で髪を撫でて、額に口付ける。その瞬間そっと、絡めていた指先が離れた。ゆっくりと、離れた。そして。
「…遠慮なんて…するなよ…らしくないから……俺がそうしたいんだ…だから…」
そしてその両手が俺の背中に廻って。廻ってぎゅっとしがみ付いて。
「…だから…俺を……」
その先の言葉を云わせる前に唇を塞いだ。止められは、しなかった。もう自分自身を止めることなど、出来なかった。
お前が、欲しかったから。
お前だけが、欲しかったから。
―――君が、いるから……
君がいてくれて、よかった。君が存在してくれて、よかった。
君と言う存在を俺に与えてくれたことを。君と言う存在が俺のそばにあったことを。
一体何に感謝すればいい?一体何に祈ればいい?
…君と言う存在を…俺の元へと、与えてくれたことを……
瀬戸口は自ら膝を立てて、腰を浮かした。一番恥ずかしい個所が来須の眼下に暴かれる。ソコは刺激を求めて、淫らに蠢いていた。
「―――くんっ……」
指が、挿ってくる。太くて長い指先が、ゆっくりと中に挿ってくる。一瞬異物の侵入を拒み入り口がぎゅっと窄んだが、同時に前に与えられた愛撫によっていとも簡単にソコは解された。
「…くふぅ…はぁ…っ……」
ズプリとした音とともに奥へと導かれる指。刺激を逃さないようにと締め付ける媚肉を掻き分け、そのまま中で指が折り曲げられた。
「…はぁっ…ぁ…ん……」
「痛いか?瀬戸口?」
耳元で囁かれる言葉に瀬戸口は首を左右に振って否定した。それどころか、腰を来須へと押し付けもっとと、刺激をねだった。
「…平気…だから…俺…慣れてる、し……」
「―――そう言う言葉は…聴きたくなかったな……」
「…どうして?……」
「お前を抱いた見知らぬ奴らに、余計な嫉妬をするから」
その言葉に、瀬戸口は微笑った。本当に嬉しそうに微笑った。嫌になるくらいに、来須はこの笑顔が好きだと思いながら。
「…へへ…嫉妬されてる……」
背中に腕を廻して、ぐいっと瀬戸口は上半身だけ起き上がった。そのせいで来須も同じように上半身を起こさなくてはならなくなった。一端瀬戸口を弄んでいた指を離して、彼のしたいようにさせる。
「…嬉しいな…本当に…君が俺にそんな風に思ってくれて……」
抱き付いて、来須にぎゅっとしがみ付く。そうする事で互いの自身が触れた。熱を持って硬くなっているソレが、触れ合う。
「―――思っている…お前が欲しくてこんなになっている…分かるだろう?」
来須の熱いモノが押し付けられる。どくどくと脈打ち、そして硬く滾っているソレが。瀬戸口を求めて、激しく脈打つソレが。
「…あっ……」
そのまま手を引っ張られ、来須自身に重ねられた。瀬戸口の指先が来須のソレに重なる。その熱さと硬さに、瀬戸口は背筋からぞくぞくと這い上がってくる感覚を押さえきれなかった。
「…いいよ…来須…来いよ…俺はもう平気だから……」
欲しい、と思った。欲しくて堪らなかった。その硬い楔で自分をぐちゃぐちゃに掻き回して欲しいと、そう思った。君が、欲しかった。君だけが、欲しかった。
「―――瀬戸口……」
「…君が…欲しい、よ……」
その言葉に来須は向き合っていた瀬戸口の身体を引き寄せる。そしてそのまま腰を抱いて自らの膝の上に乗せた。
「…来須……」
瀬戸口の手が来須の肩に掛かり、そのまま自ら腰を浮かせた。入り口に硬いモノが当たる。その感触にぞくりと瀬戸口は震えた。
「―――いいか?」
腰に掴んでいる手に力が篭るのを感じる。それを感じて瀬戸口はそっと睫毛を伏せた。そして。そしてこくりと小さく頷いた。
身体を重ねる瞬間に、こんなにも。
こんなにも緊張したことはなかった。
こんなにも鼓動が高鳴ったこともなかった。
―――こんなにも胸が震えることなんて…なかった……
「――――あああっ!!」
腰を掴んでいた手が、そのまま引き寄せられた。ゆっくりと瀬戸口の中に来須自身が埋められてゆく。ずぶずぶと濡れた音を立てながら、瀬戸口の媚肉を引き裂いてゆく。
「…あああっ…ああああ………」
中に挿ってくるたびに、悲鳴のような声が瀬戸口の口から零れてくる。喉を仰け反らせて、背中を弓なりにさせて、それでも瀬戸口は来須を飲み込んでいった。
「…あああ…あ…はぁぁっ……」
一端根元まで全てを埋めこんで、来須の腕が止まる。そうして瀬戸口に訪れた初めの衝撃が収まるのを待った。
「…来…須…はぁ…ぁ……」
背中に廻された腕に力が篭る。がくがくと脚が震えている。それでも瀬戸口は瞼を開いた。紫色の瞳から快楽の涙を零しながら。
「瀬戸口、平気か?」
片方の手は腰を抱いたままで、来須はその涙を拭ってやった。そうする事で瀬戸口の中の来須自身が動くことになって彼を悩ませたが…それ以上にその指先が嬉しかったから。
「…平気…だよ…俺は……」
無理な態勢だと分かっていても、キスをしたくなった。優しい指先が嬉しかったから、その綺麗な顔にキスをしたかった。したくて堪らなかったから、そのまま唇を重ねる。
「…んっ!…んん……」
舌が絡み合う。上も下も今こうして繋がっている。それが瀬戸口の快楽を益々煽った。唇から零れるくちゅくちゅとした濡れた音と、身体の中に感じる熱さが、瀬戸口自身を再び立ち上がらせた。
「…んんんっ…ふぅ…ん…来…須…っ……」
唇が離れても名残惜しそうに二人を結ぶ一筋の唾液の糸。それが瀬戸口の口許に伝って零れた。でももう。もうそんな些細なことは気にならなくて。
「…来須…ああっ…あああ!……」
瀬戸口は自分から動いた。自分から腰を動かして来須を求めた。そんな彼の薄い胸に来須は舌を這わす。薄く色付く胸の突起を口に含み舌で転がした。
「…あああっ…あぁぁ…来須…来須…はぁぁっ……」
腰を自ら振りながらも、瀬戸口は胸を突き出して来須の愛撫をねだった。触れていて、欲しかった。ずっと繋がっていたかった。ずっと、ずっとこうしていたい……。
「―――瀬戸口……」
「あああんっ!!」
胸から唇を離し、来須は掴んでいた手で瀬戸口の腰を上下に揺さぶった。自分で作り出すリズムとは違う刺激。力強い腕が激しく身体を揺さぶる刺激。それが。それが瀬戸口の意識を真っ白にしてゆく。真っ白に、もう。もう何も考えられないほどに。
「ああっ…あああ…もう…俺…来須…もぉ……っ…」
「―――出すぞ、いいか?」
「…ああ…あぁ…いいよ…俺も…俺も―――あああああっ!!!」
ぐいっと腰を強く引き寄せられると同時に、瀬戸口の中に熱い液体が注がれる。それと同時に瀬戸口自身からも白い欲望が飛び散った。
「…やだ…まだ…抜くなよ……」
「…瀬戸口……」
「…まだ…君を…感じたいから……」
「――――本当にお前はガキのようなことを言う…でも……」
「…来須……」
「…でも…そんな所が…俺は……」
繋がったまま、身体をベッドの上に寝かされた。その一連の動作が敏感になった瀬戸口の媚肉を刺激したが、それでも構わなかった。このまま。このまま何度でも。何度でも、重なり合いたいって、思ったから。
「…来須…爪立てていい?……」
「―――立てろ、ココはお前専用だ」
その言葉に瀬戸口は微笑った。こんな時本当に嬉しそうに微笑う。まるで子供のような笑顔を、自分に向けるから。
「…しよ、来須…足腰立たなくなるまで……」
「お前が壊れる」
「…ハハハ、君に壊されるなら、本望だよ。だからいっぱい、しよ」
「―――手加減しないぞ」
「…いいよ…いいから……」
伸びてきた唇を来須は迷うことなく塞いだ。そしてそのままもう一度瀬戸口の中を突き上げる。一度精液を中に吐き出したソコは、動きをスムーズにさせた。淫らに来須を飲み込み、きつく締め付ける。
「…んんんっ…んんんんっ!……」
爪を、立てた。立てていいと言ったから。だから迷わず瀬戸口は来須の背中に爪を立てる。バリバリと音がしてそこから血が流れても、それでも来須の動きは止まることは無かったし、瀬戸口も止めようとはしなかった。
―――この場所は俺だけの、もの。俺だけの、場所……
「…んっ…ふぅんっ…んんん……」
シーツが背中に擦れる感触も、重なり合う肌の熱さも。繋がった個所から零れる淫らな音も。全部。全部、今。今こうしてふたりで作り上げて、ふたりで感じているものだから。
他の誰でもなくふたりだけで、こうして。こうして感じてるものだから。
「――――んんんんんっ!!!」
唇を重ねあったまま、二人は同時に二度目の正射をした。
「…はぁっ…あぁ…っ来須…来須……」
「…瀬戸口…平気か?…」
「…へぇき…だから…もっと…もっと俺を……」
「―――瀬戸口、こっち向け。キスしてやるから」
「…来須…んっ…んんん…来…須……」
「…駄目だな…お前を抱いていると際限が無くなる……」
「…いいよ…そんなモノ…無くていい……」
「お前が欲しいと言う思いが…次々と湧き上がって来る……」
「…俺も…もっと…もっと君を感じたいよ…このまま…」
「…このまま死んでもいい…って思う…くらい……」
何度達したか、何度貫かれたか。
何度イカされたか、何度注がれたか。
もう、もう分からなくなって。
ただ繋がった個所がぐちゃぐちゃになって。
指も舌もソコも、全部繋がって。
君と俺の境目が分からなくなるくらいに。
分からなくなるくらいにぐちゃぐちゃに。
――――ぐちゃぐちゃに…なって………
ああでもこれで。これで、君とひとつになれたんだなと思った。
これがひとつになるって事なんだと思った。
こんなにも近くに君を感じて。こんなにも近くに君の鼓動を感じて。
こんなにも近くに君の熱を、感じて。
繋がっている、君と繋がっている。身体もこころも、魂も。
―――今、きっと、俺達は繋がっている。
涙が、零れてきた。
快楽の涙とは違う、涙が。
君には気付かれないように。
そっと。そっと、零れてきた。
「…君が…好きだ……」
意識を手放す寸前に、その涙と同時に。
同時に君に告げる言葉。それだけが。
それだけが、ただひとつの俺が。俺が君に。
君に伝えたいこと、だから。
――――誰よりも君が…好き、だって………
腕の中に崩れ落ちた身体を、何よりも大事に来須は抱きしめた。その指先はまるで壊れ物を扱うかのように、そっと。そっと伸ばされて。
「―――瀬戸口……」
完全に意識を失った唇をひとつ塞いで、ゆっくりと自身を彼の中から引き出した。その途端、どろりとした精液がソコから零れてくる。
「お前が悪いんだぞ…俺を暴走させるから……」
しばらくこのまま身体を抱いていた。火照ったままの身体を。柔らかい茶色の髪からはぽたりと汗が零れてくる。それが裸の来須の肩に、胸に、当たった。
「こんなにも―――」
髪を、撫でる。べとついた髪を。そこから微かに薫る匂いに、どうしようもないほどの愛しさが込み上げて来て。どうにも出来ないほどの愛しさが。
「こんなにもお前を好きだと思い知らされるとは…思わなかった……」
何度抱いてもキリが無くて、何度貫いても次から次へと欲望が湧きあがって。もっと呼ばせたかった。もっとその口から自分の名前を呼ばせたかった。もっと自分を求める姿を見たかった。瞳から快楽の涙を零し、口から甘い悲鳴を上げさせながら。それでも必死に背中にしがみ付いて、そして。そして自分を求めるお前を。
「…俺はこんなにもお前を……」
きつく抱きしめて。このまま粉々に砕いてしまわないかと思うほどに。きつく抱きしめずには、いられなかった。
目を開けた瞬間に飛び込んできた綺麗な蒼い瞳が、瀬戸口の意識を呼び戻す。本当はもっと眠っていたかったけれど、ふと優しく和んだ瞳が、笑顔が余りにも。余りにも綺麗、だったから。だからそれを見逃したくなくて。
「…来…須……」
「―――ああ…起きたか?瀬戸口」
「…あ…うん…あ、俺……」
暖かいと思ったらその腕に抱きしめられていた。そうして腕枕までされていた事実に気が付いて、がばっと身体を起そうとした。けれどもそれは来須の手によって止められたが。
「いきなり起きあがるな」
「ご、ごめん…でもこれ、重いだろう?」
腕枕をしてくれている腕を指で指した。けれどもそれに来須は首を横に振る。それどころか、逆にその身体を引き寄せられてしまった。
「気にするな、俺がそうしたかった」
耳元にそっと囁かれる言葉。少しだけ掠れているのは寝起きだからだろうか?でもそれが返って、瀬戸口には心地よく感じられて。
「じゃあ、甘えるぞ」
目を閉じてこつんと胸に顔を埋めた。そこから聴こえる心臓の音が、命の鼓動が、瀬戸口を静かに満たしてゆく。この暖かい、命の音が。
「甘えろ」
その言葉に嬉しくなって瀬戸口はぎゅっと来須に抱きついた。その瞬間身体が軋んだけど、それでも今は自分の身体の痛みよりも…こうしたかった、から。
「…身体……」
「うん?」
「…君が綺麗にしてくれたの?……」
「―――ああ…半分は俺が出したものだしな」
「〜〜〜」
「どうした?」
「…何か…そう言う台詞を君の口から聴くとは思わなかったから…免疫が……」
「事実だ」
「…そ、そうだけど…でも…やっぱりこう…物凄く…」
「物凄く?」
「…は、恥ずかしいのは…何でだろう?……」
「―――本当だな…心臓…凄い音がする」
「ヴー」
「何だ?」
「…抱き付いていたいけど…聴かれるのが恥ずかしいから…ジレンマだよ……」
それでもやっぱり俺は離れなかった。恥ずかしさよりももっと。もっとこうして触れている事のほうが、こうして抱きしめられている事のほうが、俺にとって。俺にとって『したかった事』だった、から。
「身体、平気か?」
背中に廻されている腕が、そっと俺の背中を撫でてくれた。その優しさが俺は何よりも嬉しかった。伝わる優しさが、嬉しかった。
「―――平気…って言いたいけど…やっぱ無茶し過ぎたかも……」
「ってお前が離さなかったんだろう?自業自得だ」
「…だけどっ!…君にも責任がある」
ちょっと悔しくって言ってみたら、君はくすりとひとつ微笑った。柔らかい笑顔と、そして唇が額に降ってきて。
「ああ、責任は取る。ずっと、な」
しあわせだと、思った。
しあわせだと本当に、思った。
こうして見つめあって。
こうして微笑いあって。
これ以上望むことなんて、何もなかった。
君が、いて。君が、微笑って。
君のぬくもりが。君のその手が。
俺のそばに。こうして俺の、そばに。
手の届く場所にある事が。
こうして君が、ここにいる事が。
―――このしあわせを壊さないでくださいと…泣きたいほどに…祈りたくなった……
END