DISTANCE・4

この瞬間がしあわせであればあるほど。
今がしあわせであればあるほど。
淋しくなるのはどうして?
切なくなるのはどうしてなんだろう?


――――今この瞬間が、零れるほどしあわせであればある程に……



「…立てない…かも……」
抱きついたまま俺は言った。君と離れたくなくて、ずっと抱き付いていた。身体は綺麗に拭かれていたけれども、それでもまだ少し熱が残っている身体は、こんな風にひっついていたら暑苦しいだけでしかないけど。
―――でも、離れたくなかった…今はどうしても触れ合っていたかった……
「足腰立たないくらい、か」
「〜〜だから君がそう言う事言うなって」
「事実だ」
「―――わっ!」
ふわりと身体が宙に浮いたと思ったら、君の腕で抱き上げられていた。ここに運ばれた時と同じように、君の逞しい二の腕で。
「く、来須…お、降ろせよ」
「立てないのだろう?」
「…だけど…こんな君が…重い…だろう?…」
「お前くらい平気だ。つべこべ言わず捕まってろ」
そう言われて素直に背中に手を廻す自分も自分かもしれない。でも内心、喜んでいる自分がここにいて。そして。
「―――痛い?これ」
そして背中に手を廻した瞬間に、気付く爪の痕。思いっきり立てたから、真っ赤に貼れ上がっている。更にまだ血が乾ききっていないのが痛々しくて。
そっと、傷に触れる。刺激をしないように、その痕をなぞる。自分が付けた傷。自分だけが付ける事を許された傷。自分だけが、ここに。
「痛いよな…まだ血、乾いてないし……」
「それほどでもない。お前に比べれば別に」
「でもさ、やっぱ俺が後先考えずに君の事を……」
「―――俺も、欲しかった」
瞳が真剣に俺の顔を見つめてくる。蒼い瞳が真っ直ぐに。真っ直ぐに俺を、見つめて。そして。そして、そっと塞がれる唇。
…おかしいな…あんなにキスしまくったのに…全然足りないって想うのが……
「お前を抱いていたら、抑えが効かなくなった」
「…あ、俺…さぁ…その……」
「ん?」
こつんっと額が重なった。その至近距離の顔に俺はどきどきするのを抑えられない。こんな風に間近で自分の動揺している姿を見られるのも、ひどく恥ずかしかった。更にこんな事を聴こうとしている自分はもっと恥ずかしかったけれど。でも、聴きたかった。
「…よかった、か?……」
言ってみてやっぱりどうしようもなく恥ずかしくなって肩に顔を埋めてしまう。女の子じゃあるまいし、本当に俺は何を聴いているんだろうと思った。けれどもそんな俺に、君は。
「―――よかった…我を忘れるくらいに……」
相変わらずの良く通った、そして低い声で耳元で囁いて、くれた。この声を聴いているだけで俺は。俺は睫毛が震えるのを、止められなくて。
「…あのさ、来須……」
「何だ?」
「正直、嬉しかった」
君の顔を見ようとして目を合わせたら、そっと微笑われた。きっと皆知らないんだろう。君がこんなに優しく微笑うのを。君の瞳がこんなにも優しく微笑うのを。
「凄く君を、感じられた。君が俺の事求めてくれてるって凄く…感じられたから……」
少しだけ何処かにあった不安。もしかしたら君は俺に同情しているのではないかと。君の優しさが俺を放っておけなかっただけなのかもしれないと、思った不安。雨に自らが濡れながらも、子猫を護っていた君だから。でも。
「―――やっと君のそばにいけた気がする」
でも伝わったから。粘膜を通して、身体を通して、鼓動を通して。君が俺を本当に求めてくれている事が、君が本当に俺を欲しがってくれている事が伝わったから。
「君の中に入っていけた気が、する」
そんな俺に君は。君はきつく身体を抱きしめてくれた。本当に言葉が無くても伝わるものがあるんだと。言葉にしなくても伝わるものがあるんだと。今この瞬間、その事に気が付いた。


何時も君の廻りには風があって。
そっと優しく暖かい風。でも。
でもその中に脚を踏み入れるのに。
その中へ入ってゆくのに、どうしても。
どうしても見えない壁のようなものがあって。
その壁をどうしたら突き破れるかと。
その壁を越えてどうしたら君のそばにいけるかと。
そんな事を考えていて。何処かで、思っていて。
でも今こうして。こうして、やっと。
やっと俺は君のそばに…君の風の中に…入れた気がする。


「キス、していいか?」
「何故聴く?何時もしている癖に?」
「いいじゃん、たまには聴いてみたかったんだよ」
「して欲しいの間違えじゃないのか?」
「そっちもあるけど…今は……」


君の形良い額にキスをして。
君の柔らかい頬にキスをして。
君の筋の通った鼻にキスをして。
君の柔らかい唇にキスをする。

―――いっぱい、いっぱい、したいと…思ったから……


俺は君にキスの雨を降らせていた。そんな俺を抱きながらバスルームへと運んで、そのままお湯の張った浴槽に身体を沈められた。お陰でキスが出来なくなってしまったけれど。でもまだ。まだこれからたくさん、出来るよな。数え切れないくらいのキス…出来る、よな。
「…って何見ている?」
シャワーを浴びながら身体を洗っている君を、俺はバスタブに浸かりながら見ていた。すること無かったし、今は単純に君だけを見ていたいと思ったから。
「水も滴るイイ男♪だなって」
「―――くだらないこと言ってないで、ほら」
「わっ!」
上半身だけ下界に出していた身体をそのまま抱き上げられ、湯船から出される。俺別にデブではないが、取りあえず標準体型ではある筈なのに…なんでこんなに軽々と持ち上げられるのだろうか?
「つーか君って…力あり過ぎ…」
かと言って、別に力任せと言う訳ではないのだけど。俺は痛い思いをした訳でも無し、何時でもその腕は優しかったけれど。でも、こう何となく。
「つべこべ言わずに、ほら」
「〜〜ヴ……」
頭からシャンプーを掛けられた。仕方なく俺は自分の手でがしがしと洗い始めた。メンソール系の匂いが鼻に届く。馬鹿みたいだけど何時もの君の匂いだな、と思ったら少しだけ嬉しくなった。こんな事で嬉しくなる自分も子供染みている気がするが…ま、いいよな。
「…って君も何じっと見ているんだよっ!」
「いや…シャンプーしている時に目をつぶるのは…ガキだなって」
「う、うるさいっ!目に入ったらイヤじゃないか」
「そうだな。それよりもとっとと洗え」
「何でだよーじっくり洗わないと綺麗にならないだろうがっ!」
「いや、そう言う事じゃない。俺が」
「ん?」
ザバーと上からシャワーのお湯が掛かってきた。熱くなく冷たくなく程よい温度。頭を洗う時は、この温度が一番髪を痛めなくていいんだよなと、ふと思いながら。思いながらお湯が止まった所で、君の顔を見上げる。やっぱり綺麗な顔だよな、と思いながら。
そんな俺に手が伸びてくる。濡れた手が、ひどく心地よくて。そして耳元でそっと。そっと、囁かれた言葉が。
「―――俺が…持たなくなる……」
俺を耳から真っ赤にさせた。何を言っているんだと思ったけれど、今の状態では顔を上げることが出来なくて。
「……さっきまで散々してたじゃんかよ…って堪ってんのかよっ!……」
「お前程ではないが、別に困った事は無い」
思わずその言葉に顔を上げてしまった。別におかしいことじゃない。別に変なことじゃない。これだけのイイ男を女どもがほっとく事は無いし…えっちは確かに物凄く巧かったし…。だけど、やっぱりはいそうですかと割り切れない自分がここにいて。
「…ってそれは女…だよな……」
何を言っているんだ、俺は。そんな事が聴きたい訳でもなんでも無いのに。大体女かと聴くのも失礼じゃないか?
「生憎だが男はお前としかしたこと無いぞ」
「って俺って君の初めての男って訳?なんか嬉しいかも」
「―――普通逆だろう?」
「そうだけど…いいのっ!」
そんな事で喜んでしまった自分が情けないと思いつつ、こうなんか割り切れないものがある。こいつ俺と違ってそんなに簡単に女を食いまくるタイプではないし…だとしたら。だとしたら本気、なのかな?…と思った事が。多分一番それが、引っかかっていて…。
「安心しろ、お前だけだ…俺が本気になったのは……」
まるで見透かしたように、俺の頬に掛かる手。優しい手。大きな手。大好きな、手。細かい傷が沢山あって、でもそれが何よりも君の手だから。
「君が俺と同類なのはイヤだ」
「―――何だ、それは?」
「君が俺と同じで欲望の為に適当に女を相手するのがイヤだ」
「俺は聖人君子でもなんでも無い。普通の男だ…だから欲望も人並みにある、まして」
頬に掛かっていた手が、俺の背中に廻りそのまま抱き寄せられた。俺は君の肩に頭を乗せて、そのまま。そのまま背中に手を廻す。俺が付けた傷が指先に触れて、ひどく安心感を憶えた。俺が付けた、傷に。
「ましてお前は俺が唯一……」
言葉を告げられる前に俺からキスをした。バカかな?口で聴くよりも、こうして唇から伝わる想いが欲しいと思ったのは。触れ合って伝わるものが、欲しいと思ったのは。
「我侭か?俺」
「我侭だ。お前の言葉に俺だって嫉妬している。そのくらい、分かれ」
「…うん…だけどなっ、これからは」
「うん?」
「これからは俺だけにしろよ…俺ももう他の奴らとは寝たりしない…だから……」
「―――瀬戸口?……」
俺の手は自然と来須自身に絡みついていた。確かに君の言葉通り少しだけ変化しているのが分かる。そんな事でも俺は、嬉しかった。
「…俺だけ、見ていろよ……」
そのままソレを撫でながら俺は頭を降ろして、ソレを口に含んだ。全てを含もうとしても喉につかえるほどの大きさが、それを止めさせる。それでも俺は限界までソレを咥えた。
「…んっ…んん……」
舌で形を辿りながら、付け根の部分を指で触れた。その度にどんどん硬さを増すソレが愛しかった。自分がしたことによって変化してゆくソレが。自分を感じていてくれることが。
「…ふぅ…ん…ん……」
先端の割れ目に尖らせた舌でつつき、そのまま軽く歯を立てた。今まで男とも数をこなしてきたけど、自分から奉仕したのは初めてだった。女ならともかく男に抱かれる時に、何かを『してやる』のは面倒で堪らなかったから。挿れられて、それで出されたらそれでオシマイ。何時もそうだった。前戯もキスも触れ合うことも、本当はめんどくさかった。ただ突っ込まれて喘いでいる瞬間だけが必要だったから。その瞬間だけが、何もかも忘れられるその時だけが。だから。だから君が。
君の手が俺の身体を滑った時の悦びを。君の舌が俺の身体を触れたときの悦びを。あの時の気持ちは…俺は今まで本当に、知らなかったんだ。
あれだけ夜の海を泳いできたのに、あれだけ男達の欲望を受け入れてきたのに。本当に俺は、知らなかった。
「…んんっ…んんんん……」
下手だろうか?自分からした事無かったから少しだけ不安になる。でも。でも口の中のモノは存在感を主張し、熱く硬くなってきている。それだけで。それだけで俺自身も…反応した。
「―――瀬戸口……」
髪が掴まれ、顔が引き剥がされる。口の中に先走りの液体が零れた来た瞬間に。君は俺の顔を引き剥がし、そして見下ろした。
「もういい。このままだとお前の口に」
「…いいよ、出しても…それとも…顔に掛けたい?……」
「そう言う事を、言うな」
「…慣れているみたいで、イヤだ?…でもね…俺、こんな事したの君が初めてだよ……」
「…瀬戸口……」
「…少しは信じろよ…君以外、こんな事したいなんて思わないよ……」
「―――っ」
もう一度君を口に含んだ。そして。そして強い刺激を与えて…そのまま口に放たれた大量の精液を、俺は飲み干した。少し咽そうになったけれど。それでも、飲み干した。


「…あ…来須……」
口許に伝う飲み切れなかった液体を舌が辿る。その感触にぞくりと、した。
「…駄目だよ…今度は俺のほうが……」
背中をそっと撫でられながら、何度も行き来する舌に。俺は。
「…駄目だって…あ……」
俺自身は反応し、そして。そして俺の秘所も何時しかひくんひくんと蠢いていた。あれだけ君の雄を受け入れたのに、まだ。まだ浅ましいソコは君を求めている。
「…来須…俺…あ……」
手が自身に触れる。そのまま大きな手で包み込まれた。それだけでどくんどくんと、俺の分身は脈を打ち始める。
「…あぁ…んっ…はんっ……」
背中に手を廻して、ぎゅっとしがみ付いた。また爪を立てたら傷が深くなってしまうと思いながら。でもまた爪を立てたいと…思いながら。
「…来須…俺……」
「どうした?」
「……手、よりも……」
背中に抱きついたまま腰を浮かした。そのまま君に絡みついて、そして。
「………れ…て………」
君にしか聴こえない、君にしか分からないように…そっと囁いた……。


「―――お前が、限界だろう?」
「…でも…欲しい……」
「…瀬戸口……」
「…君が欲しいんだ…繋がっていないと…何でだろう…」


「…不安に、なる……」


その時感じたことが。どうしてそう思ったのか分からなかった。
しあわせなのに。泣きたいくらいしあわせなのに。どうして?
どうしてこんなにも不安になるのか?どうしてこんなにも?

こころは、繋がったのに。ちゃんと、繋がったのに。

今がしあわせだから、今があまりにもしあわせだから。
こんなにも満たされた想いをした事が、今まで。今まで無かったから。
―――だからなのか?だから、なの?
今まで与えられなかったものを、与えられた喜びが。
知らなかった喜びが…不安にさせるのか?


――――それとももっと。もっと、別のものなのか?



「…瀬戸口……」
「―――っ…ああああっ!!」
「これで安心か?」
「…あぁっ…あああ…ああああ……」
「お前の中に俺がいれば」
「…ああっ…あああんっ…はぁぁっ……」
「でも瀬戸口俺は」
「…来須…あぁぁ…あぁっ……」
「どんなになっても、お前のそばにいる」


「――――もしもお前が俺を…分からなくなっても……」




好きだった。どうしようもなく好きだった。
今となってはもう全てがどうでもよくて。ただ。
ただ俺は君が、好きだった。
それだけが、本当の事。それだけが、真実。


――――どんなになっても君だけを…愛している……








身体が壊れてゆくのと。心が壊れてゆくのと。
精神が崩壊するのと、それでも。
それでも想い続けるものと。
自らを壊してまでも護りたいものが。
壊せないものがあるのだとしたら。

―――ただひとつの、護りたいものが……



「悪趣味だなぁ、コレ」
少しだけ不機嫌に速水は言った。けれどもその顔は何時もの笑顔で、そして何時もの口調で。
「フフフ、イイのですよ。この位。喜劇のシナリオにはぴったりでしょう?」
「でも悪趣味だなぁ、盗聴マイクなんて」
聴こえてくる微かな会話に、速水の口許は綻ぶ。その顔は怖いほどに綺麗だった。純粋に岩田はそう思った。
「そっちの方デスカ?私はてっきり、お守りにそれを仕掛けた事を咎められているのかと思いマシタガー」
「だってさあ、他人の睦言を盗聴なんて…ただのゲスだよ」
「仕方ありマセーン。たまたまですよ。た・ま・た・ま」
「でもやっぱり可愛いね、瀬戸口は。あんな可愛い声で鳴くんだ…僕も鳴かせてみたくなったよ」
「フフフ、珍しく意見があいましたね。私もちょっと鳴かせてみたいと思いましたよ」
「来須じゃなかったら…頂いちゃったのになあ」
「そんな事言ってイイんですかー?芝村の姫様はどうするんデスカー?」
その言葉にまた、速水は微笑った。どうしてこんなにも綺麗に微笑えるのか。どうしてこんなにも残忍に微笑えるのか…それは岩田にも…誰にも分からなかった。ただひとつ言えることは、彼が『選ばれし者』だと言う事以外には。
「舞なんかと比べられる訳は無いよ。舞は大事だから簡単には抱けないんだ。とても、大事だからね。何年掛かっても…何十年掛かっても…僕は……」
「フフフ…貴方が本当は誰よりも純粋だと…どれだけの人間が、気付くのでしょうね?」
岩田の言葉に速水は口許だけで微笑った。それで、十分だった。それ以上の答えを二人とも望みはしなかったから。


護りたいもの。どんなになっても。
どんなになろうとも、ただひとつ。
ただひとつ、護りたいもの。


「―――弱みが二つも出来てしまいましたね…瀬戸口くん……」
弱みは多ければ多いほど、いい。その方が、隙が増えるから。護るものが多ければ多いほど、失う恐怖が増えるのだから。
「まあ…来須くんは…どちらにしろ…貴方は得られることは出来ませんよ…どんなに望んでも…可哀想に……」
繰り返し言われて来た筈なのに。繰り返し咎められてきた筈なのに。それでも。それでも求めずにはいられなかった相手。それでも手に入れずにはいられなかった相手。
「…それとも貴方は…何もかもを捨てても…彼を選びマスカ?……」
戦うために与えられた命と。戦わなければ壊れる命と。本当は紙一重でどちらも同じなのかもしれない。本当はどちらも、同じものなのかもしれない。
「自分の命よりも、自分の存在よりも大切だと…言えるのですか?」
だとしたらそれを知りたいと、ふと思った。もう自分にはあまりにも遅すぎるものなのかもしれないけれど。



目を開けようとしたその前に。そっと睫毛に唇が降りてきた。それを感じたくて俺は。俺はしばらく目を閉じたままにした。
「―――起きろ、瀬戸口」
そして耳元で囁かれる声。その声がもっと聴きたくて…もうちょっとだけ寝たふりを、した。そうしたら次は、唇に口付けられた。そこまでされたら我慢できなくなって俺は。俺は背中に手をぎゅっと廻した。
「やっと、起きたか」
「もうちょっと寝てたい」
「…学校がある……」
「サボろうよ。いいじゃん授業なんて」
「――――」
無言でため息をつく顔。ああ、こんな。こんな顔も好き。普段が無表情だから、こんな風に人間らしく表情が見える瞬間が凄く好き。
「そう言う訳にもいかない。まあお前は…休んでもいい」
「え、なんか寛容?どうして?」
「どうしてもこうしても…まだ腰痛いだろう?」
言われてみて上半身を起したら、腹の下に鈍い痛みが走った。確かにあれだけすれば、こうなっても仕方ない。自業自得と言えばそれまでだけど…でも。
「〜〜それにしては…君は全然平気だね……」
「鍛え方が違う」
流石スカウト…と言いかけて、止めた。多分俺も戦っていた時はこの位タフだったかもしれない。それに人間以外の血は、自分が望まなくとも回復力が高いのだから。
「でもあんなにセックスしたの生まれて初めて…俺すげー長生きなのに」
「―――どのくらい、生きていた?」
君に言われて気が付いた。そう言えば俺はどのくらい生きていたのだろうか?余りにも長すぎて、記憶が曖昧になっている。ただずっと。ずっと生かされてはいた。戦う為に。戦い続ける為に。
でも俺は、戦う事を止めた。それを自ら放棄した。その瞬間、俺はきっともう生かされている意味すらも無くなっていたのだろう。それでもこうして生きていたのは。
「忘れるくらい長い間」
君に逢う為だって言ったら…馬鹿にする?でも今はそんなくさい言葉ですら、信じられそうなんだ。君に逢う為に、俺は。俺はずっと無意味に生かされていたんだって。
「つーか忘れた。本当に君に逢う前の俺を…忘れちまった」
手、伸ばして。背中に抱き付いて。そして。そして、自分からキスをして。目覚めのキスには刺激の強い、キスを。
「―――朝から盛るな」
「…だって…君が好きだって…伝えたかったんだよ」
本当に思い出せないんだ、もう。もう胸の痛みも絶望感も、苦しみも諦めも。あまりにも君が俺を満たしてくれたから。足りなかったもの全てを埋めてくれたから。
「とにかく起きろ、飯作ったから」
「ここで『抱っこ』とか言うと、君本当にするからなぁ」
「して欲しいのか?」
「いい、今日はもう平気だよ、ほら…わっ」
立ちあがった途端無様にも俺はよろめいてしまった。そのまま君の腕にすっぽりと収まる。こんな時にもちゃんと。ちゃんと君は俺を助けてくれる。
「大丈夫か?」
「平気だよ、そんなにヤワには出来てないって今抱き上げようとしただろう?」
「その方が早い」
「いいの。キッチンまですぐそこだし。それに」
俺は君の肩に手を廻して、凭れ掛かった。そんな俺の腰をそっと君は抱える。その仕草があまりにも自然だったから、慣れているのかなと邪推してしまった。
よくよく考えれば…ずっと戦い続けていたのだから、こんな風に人を介抱するのは慣れているのは当たり前なんだけれど。
「こんなのも悪くない、だろう?」
ひとつ微笑って言った俺に、そっと額に降り注ぐキスが。痛みなんて忘れさせた。


「わー凄い」
「何を感動している」
「だってまともな朝ご飯」
「…ってお前は…普段は食べてないのか?」
「ん、あんま物食うの好きじゃねーし」
「何故だ?」
「美味しいって感覚が麻痺しているんだよ、きっと。でも」


「でも君と食べるご飯は、美味しいね」


本当に心からそう思った。味とかそんな事よりも向き合って一緒に食べると言う行為が。それが美味しいんだと、思った。当たり前の事なのに、今更気付かされたこと。今まで誰かと食べるなんて滅多に無かったし、食べたいと思う相手なんていやしなかったから。だから、今その事を物凄く実感している。
「矛盾している」
「でも君の作ったものだろ?」
トーストを口に咥えて、片手にスープの入ったカップを掴んで。そのまま噛み砕いてから、スープを口に含む。きっと味はそこら辺のモノよりはずっと美味しいのだろう。でも俺は。そんな事よりも、こうやって。こうやって、君がそこに居て。君と食べている事が。
「君が俺の為に作ってくれたから、美味しいの」
「―――ゲンキンな奴だ」
「いいだろ?ホントのことだから」
凄く、嬉しいから。こんな些細なことですら今の俺にとっては物凄く大事だと思えることだから。
「まあ、悪くないな」
手が伸びてきて、俺の鼻に付いていたバターを取ってくれた。そんな事が。そんな瞬間が、何よりも嬉しいと感じられるから。


しあわせが、ずっと。
ずっと、続くようにと。
そっと、祈った。



「―――もうすぐ貴方の担い手が…現れますよ」
士魂号重装甲西洋型。ただひとつの、士魂号。綺麗で残酷でそして哀しい、ひとつの塊。
「貴方と同じ『完全なるモノ』になれなかった……」
誰も操ることの出来なかった士魂号。完璧でありながら欠落していた士魂号。その機能が完璧であるがゆえに、誰一人乗りこなせなかった士魂号。『HERO』ですら、乗りこなせない……いや、違う……
「速水くんは貴方に乗ってはいけません…だって彼は選ばれし者。この地球に存在せねばならないもの…そして。貴方は……」
人を食らい、そして破壊する士魂号。魂から壊させる、入れ物だから。
「貴方に乗った人間は例外なく、狂ってゆく…ええ、強大なる力に耐えきれず狂ってゆく…人は皆…狂ってゆく…瀬戸口くん…貴方もそうなるのでしょうかね…それとも…」
それともただ独りの例外になれるのだろうか、と。人ではない貴方だから、この士魂号であり、そして士魂号ではない入れ物に、同化出来るのかもしれないと。
「…ひろちゃん……」
背後から聴こえてくる声。弱々しく今にも消えゆきそうな声。そこに降りかえればかろうじて原型を留めている『ののみ』が、いる。
「…ののみ…このまま溶けても…いいよ……」
クローンでも血は、紅い。どろりとした血がののみの身体から零れてくる。肌が耐えきれずに腐敗し、切り傷のように溢れだし、そこからどろりとした血が。血が、ぽたぽたと。
「…溶けてもいいよ…だから、ね。お願いあのふたりを巻き込まないで」
「―――それは出来ないのですよ…もう計画は走り出してしまった。後は悲劇となるか、喜劇となるかは…ふたりが決めることです」
伸びてくる手がどろりと、溶けてゆく。ぽたりと肉の破片のような液体が床に散らばった。そんなののみの手を、岩田はそっと口付ける。
「…とめられ、ないの?……」
溶けてゆく、身体。小さな、身体。その身体を、抱きしめ。優しく、抱きしめ。こんなにも腕は優しいのに。こんなにも腕は切ないのに、何故?
「止められません。『HERO』が決めたことは…誰にも変えられないのです。私達はそのためだけに存在し、そしてそのためだけに生かされているものだから」
「…ならば、ね…ののみ…ののみが…とめるから……」
ぽたり、ぽたり、と。液体になり、腐敗し。それでも穢れなき瞳は。強く真っ直ぐに見つめる瞳は。
「…滅びだけは…ののみが、とめるから……」
――――何時しかこの瞳が、自分をここではない何処かへと、導くのだろうか?


壊れてゆく、地球。壊れてゆく、こころ。
少しずつ、少しずつ。見えない場所で、少しずつ。
剥がれてゆくものが、零れてゆくものが。
それが地上を全て埋めた時。腐敗が全てを埋めた時。
ただ独りが浄化をしなければならない。

HEROは、独りでいい。独りでなくてはならないのだから。



「〜〜やっぱ行くのかよ?」
頬を膨らまして拗ねているお前は、まるで子供のようだった。こんな表情も出来るんだとは、知らなかった。知らなかったから…嬉しかった。
「お前は休んでいろ」
頭をぽんぽんっと軽く叩いてやり、不満を述べるお前を宥めた。分かっている、決してお前は本気では言っていない事を。けれどもわざとでも『甘えたい』のならば、それに答えてやりたいとも思った。
「ここにいても、いいのか?」
叩いていた手に指を絡めて、そして呟く言葉に俺は無言で返事をした。他人を自分の空間にいれるのは…お前だけでいい。お前がいれば。
「へへ、じゃあさ…その…」
「うん?」
少し照れた顔で。それでもお前は微笑って。そして。そしてやっぱりひとつ戸惑ってから。もう一度。もう一度、微笑って。


「いってらっしゃい」


俺の指に絡められるのは、昨日のお守り。
お前がそっと俺の指に絡めて。そして。
そして自分の指にも、それを絡めて。


「エンゲージリングっなーんちって……」
言ってから『俺はバカだ』と、呟いて。耳まで真っ赤になって。
「―――って笑うなよっ笑うなよっ!俺のが滅茶苦茶恥ずかしいって思ってんだから」
捲くし立てるように言いながら、全身真っ赤になって俯いてしまうお前が。
「笑わない」
そんなお前が、俺は。俺はどうしようもなく。
「笑わない、馬鹿でいい」
愛して、いる。それ以外の言葉が浮かばない。それ以外の言葉を、知らない。
「このままで、いい」
耐えきれずに抱きしめた。その身体をきつく、抱きしめた。微かに薫る髪の匂いが、俺と同じだと言う事に気付いて。ひどく、満たされた。


――――お前がいれば、それで…いい…それだけで、いい……


しあわせになりたかった。
きっと、誰もがそう思っている。
誰だって望むものは、それだけで。
それだけ、だから。


ただひとつの小さなしあわせ、それを護りたかっただけ。



「行きましょう、ののみ」
うん、と言う返事は聴こえてはこない。溶けてゆく身体は、腐敗する身体は。それでも。それでも溶け始めた小さな指が、ぎゅっと岩田のシャツを握り締める。
「大丈夫…本当は…私には……」
小さな手、小さな命。小さな身体。でも、本当は。本当は、それは何よりも。
「私に貴方は…殺せないのですよ……」
何よりも愛しく、そして。そして何よりも護りたいもの、だから。


どろどろに溶けても。
原型をとどめなくても。
塊になったとしても、それでも。
それでも、こうして。


「しあわせなんて、とっくの昔に諦めたのですよ…貴方を…願った瞬間に……」


こうして、腕に抱きしめて。
こうして、きつく抱きしめて。


指が剥がれて落ちて行っても。それでも離れることのないソレに。岩田はそっと口付けた。








消費される、魂の物語。
他人に消費されて、そして。
そして何時しか消されてゆく物語。
語られるはずの真実は、ゆっくりと歪み。
そっと、崩れてゆく。

真実はただひとつしかないのに。
本当の事はただひとつしかないのに。

消費され、そして。そして埋められゆくモノ。
少しずつ白い雪のように、降り積もり。
そしてゆっくりと溶けて行って、なくなって。
何もかもが『無』になって初めて。


―――初めて知らされる、本当の事……



薬を口に含み、そのまま口移しに飲ませた。溶けて腐敗する身体が、再生され修復されてゆく。そして。そして大きな瞳が。その瞳だけが自分を見上げて。
「…やっぱり、なくなることは…めーなのね」
どろりとした血の塊が床に散らばったのを最期に、身体は再び修復された。外側は、入れ物は幾らでも作られ、そして壊されて、そして再生される。
「貴方がどんな形になろうとも貴方は貴方なのです。それ以外のものにはなれない」
小さな、手。出来そこないのクローン。何時廃棄処分されても構わないクローン。それでも。それでも、自分にとっては。
「ののみは、ののみ、だけ?」
「そうですよ。貴方は、貴方だけなのです」
貴方を失いたくなかったから、不完全なままにした。そうして貴方にしか出来ない事を、貴方以外に出来ないように、その能力を埋め込んだ。貴方以外、本当の『声』を聴く事は出来ないようにと。
――――そうしなければ廃棄されてしまう、ただの出来そこない。
分からないように、巧妙に。誰にも気付かれないように、誰も気付かないように。貴方を決して壊すことが、出来ないように。
「ひろちゃんは…ほんとうは……だれよりも、やさしい。ののみは知っているのよ」
本当は『声』は誰にでも聴く事は出来る。でも誰にも聴こえないようにした。貴方以外聴こえないように。その価値の為に、貴方は殺されることはない。
薬を飲まなければ形を保つことしか出来ない、出来そこないであっても。どんなになろうとも、私は貴方だけは殺せはしないのだから。
「…しっている、のよ」
しあわせを、諦めた。当たり前の事を全て諦めた。絶望しかない、ただの捨て駒でしかない道を選び、そして。そして滅びのシナリオを歩み。今こうして、こうしてわざと道化になり、それでも。それでも護りたい、もの。
「ののみは、ね…しっているのよ」
――――ただひとつ、護りたいもの。


背中の白い翼が、折れてしまわないように。
真っ白なその背中の翼が、永遠であるように。
その為に流される血が、どす黒くても。
その為に壊れてゆくものが、例え世界でも。
それでもこの手が、この身体がただひとつの。

――――ただひとつの小さな命だけを、願っている。



何処かで感じていた、全てを見下ろすような視線。まるで世界を見下ろしているような、何もかもを見下ろしているような視線。
「ねえねえ、来須。これどーしたの?」
にこにこと人懐っこい笑顔が、俺に駆け寄ってくる。屈託のない、誰にも見せるその笑顔が。その笑顔が今は何故か、ひどく……。
「―――速水……」
無邪気な笑顔のまま、俺の首にかけてあってお守りに触れる。その瞬間何故かぞくり、とした。―――これは、何だ?
「可愛いね、なんか来須がこんな物を持っているなんて意外だな…あっ!」
「―――っ!」
ぷつりと、音とともに。その音とともにお守りが床に落ちる。その瞬間そこから零れてきたのは小さな無数の球だった。ぱらぱらと小さな音とともにそれが、散らばる。そして。
「ああごめんっ!僕がうっかりしていたっ!!」
そう言って咄嗟に屈みこみ、その球を拾い上げる指先に。手のひらの中に。その中に。
「本当にごめんね、全部拾ったから…許してね」
ぱらぱらとお守り袋に入れられる小さな球。でもその中にただひとつだけ。ただひとつだけ、お前の手の中に。
「じゃあ、僕これで」
「待て、速水」
――――お前の手の中にあったそれは…超小型の…盗聴機、だった……



カチャリと、扉が開く音がする。その音に瀬戸口はベッドから起き上がって、玄関へと向かう。まだ少し身体は重たかったが、それでも急いで玄関へと向かった。この部屋のドアを開ける主はただ独り、だから。
「来須、学校は―――」
その人の名前を、呼び。ただ独りの名前を、呼び。そして。そして玄関に立って……。けれども。けれども返って来た、声は。
「コンニチワ、瀬戸口くん」
腕に小さな少女を抱く男。学校内で知らない人間は居ない奇抜な衣装と、そのキャラクター独自性が目を引く奇妙な男。そして。そして腕に抱かれる幼い少女は。
「…岩田?…ののみ?」
「あらあら、貴方そんな顔をするのデスネ。フフフ、いいデスー。そそる顔デスヨー」
呆然とする瀬戸口に岩田は近づいてその頬を撫でた。ひんやりとした冷たい手の感触が瀬戸口に不快感を与えた。その手を振り払おうと手を上げて。そして。そして、その手が宙に止まる。
「…ののみ?……」
ののみ、だった。岩田の腕に抱かれている少女は間違えなくののみだった。けれども。けれども。
「…たか…ちゃん……」
大きな目を開いて、見上げる視線は弱々しく。そして何よりも。何よりもその顔の色と、細かい傷が。無数の小さな傷から、零れてゆく血が。
「岩田っ!これは一体っ?!!」
宙に止まった手が岩田の胸倉を掴む。けれどもそれを止めたのは…止めたのは他でもないののみだった。
「…違う…たかちゃん…やめて…ひろちゃんは…わるく…」
「貴方は余計な事を言わなくていいのです」
「…で…も……」
「ののみっ!!」
ぽたりと血の塊がののみの口から零れてきた。それは本物の血に、見えた。真っ赤な真っ赤な血に。瀬戸口には少なくとも、そう見えた。
「助けたいデスカ?彼女を、フフフ」
岩田が、微笑う。何時もの道化の笑顔だった。それがこの場面に似つかわしくなく、ソレが何よりも瀬戸口を腹立たせた。今この子は死に直面していると言うのに。
「助けられますよ、私ならね。フフフ」
「…だ…め…そのさきは……」
「ののみ、しゃべるなっ!しゃべると血が……」
瀬戸口の言葉にののみは。ののみは曖昧な笑みを浮かべた。それは。それは何よりも彼女に似つかわしくなく、そして今この場面に一番ふさわしいものだった。


うれしくて、かなしくて。
どうしていいのか、わからない。
ほんとうはね、べつに。
べつに『ののみ』はいなくてもいいの。
ここに存在しなくてもいいの。
溶けてなくなっちゃっても…いいの。


ののみはたかちゃんが好き。ののみはぎんちゃんが好き。
だからふたりにはね。ふたりにはしあわせになってほしいの。
それは、嘘じゃない。嘘じゃないのよ。でも。


―――でもね、ののみには聴こえるの。


『貴方を殺したくないのです』
ひろちゃんの…こころのこえが、聴こえるの。
『その為ならば私はどんな外道にも悪にも道化にもなりましょう』
あなたの声が、聴こえるの。あなたの、こえ。
『―――貴方の為に…私は……』


ずっと、いっしょだったね。
うまれたときから。形になったときから。
初めて目を開けて、見たのがあなたなの。
細長い管の中で、水に浸されて。
その中で生まれたののみの。ののみの一番最初に。
一番最初に、みたひと。こえをきいたひと。


それから、ね。ずっとずっと、いっしょだったよね。


しっているよ、いつも。
いつも、ののみのことだけ考えていてくた。
ののみのことだけを、考えていてくれた。
あなただけが、ずっとね。ずっと考えていてくれた。
だからね、ののみ。ののみには、わかるの。


…今あなたが一番、本当は苦しんでいることを……


かなしくて、くるしくて。でもうれしくて。
ののみはいやな子なのかな?いやなこ、なのかな?
でもね、やっぱりうれしいの方が。少しだけ。
少しだけ、勝っているの。うれしいという気持ちのほうが。


…ののみのことを、ののみのことだけを、考えてくれた事が……



「この子を死なせたくナイでしょう?」
こえが、もうでなくなっちゃった。ごめんね、たかちゃん。ののみがもう少し言葉がうまく言えたら…本当の事が話せるのに。
「当たり前だっ!早く助けろっ!!」
ひろちゃんは…ののみを、ころせないんだよ。だからその言葉を聴くことはないんだよ。でも。でもごめんなさい…もう目も…見えなくなってきている……。
「この子はね、この薬を飲まないと生きてはいられない身体なのデスヨー」
…こえもすこしずつ…とおく…なってきている……
「だったら早く飲ませろっ!!」
…とおく…なって……
「でももう、数が少ない。腐るのは時間の問題デース。サア、貴方ならどうしますカー?」


……すき、…なの…ののみは…あなたが…だから…もう…もう……



もう戻れはしない。一度レールに乗ってしまえば後は、そのレールの刃が身体を引き裂きばらばらになるまで走り続けるだけ。全てが無残に捨てられても。全てが壊れても。それでも。それでも手の中の小さな命を、護ることが出来たならば。
「どうしますかって…貴様…何考えて……」
「貴方なら、助けられマスヨ。彼女をね。フフフフ」
ぎりぎりの量の薬を彼女に与えた。死にはしない。ぼろぼろに溶けても、ギリギリの所で堪えられる量を与えた。
けれども今彼女の耳は聴こえない。彼女の視界は閉ざされている。彼女の意識は…消えている。そうしなければ。そうしなければ、きっと。
「どう言う事だ?」
――――きっと…私のほうが…壊れる……


「―――戦いなさい」


「…え……」
「歴代五人目の絢爛舞踏の持ち主。そして貴方は『人』ではない」
「―――!」
「何で知っている?って顔をシテマスネー。フフフ、貴方の事は最初から知っていましたよ。瀬戸口隆之くん。何千年もの時を生き続ける、人でも魔でもない存在。かつての同胞を殺し続ける殺人鬼…今更、デショウ?」
「…それとこれとどういう関係があるんだっ?!」
「この薬何で出来ているか…知ってイマスカ?」


「…幻獣の心臓で出来ているんデスヨー」


「戦いなさい。そして幻獣を殺し続けなさい。貴方が幻獣を一匹殺すたび、彼女の命は一秒長くなる。さあ、殺すのです」
「…俺…は……」
「フフフ、まだ迷うのデスカ?貴方が迷うのは…この部屋の主のせい…デスカネ?」
「…違…う……」
「ならば私がその迷いすら…断ち切って、アゲマスヨ……」



「どうしたの?来須」
歯車は廻り始めた。もう元には戻らない。
「今お前手に――」
もう二度と元には、戻らない。
「あ、ばれた?綺麗な球だったからひとつ盗んじゃった。ごめんね」
「違うそれは…盗聴機だ」
「ええっ?!」
「貸せ」
「う、うん…でもなんでこんなものが入ってたんだろう?」
戻らない。戻れない。もう、何処にも。
「――――」
「でもこれ、こっちからも音が聴こえるようになってるみたいだよ。ほら」
「…え?……」
「ほら、何か聴こえてくるよ」



「止めろっ!岩田っ!!何する――っ!」
腕を掴まれ、そのまま瀬戸口はその場に押し倒された。抵抗しようにも思うように力が入らず、そしてこの男は見掛けによらず強靭な力を持っていた。
「何って?フフフ、決まっているでしょう?」
「止めろっ!」
両腕を掴まれ、そのまま上に束ねられた。着ていたシャツを破られ、それで腕をくくられる。
「この場で貴方を犯すのですよ。そうすれば、諦めがつくでしょう?」
冷たい手が胸元に忍び込んでくる。その感触に瀬戸口はぞくりとした。けれども岩田の手は止まることなく、胸の飾りに辿り着くとそのまま指先でソレを摘んだ。
「…止めろっ…止めっ……」
身体を押さえつけられ、感じる個所を攻め立てられる。昨日来須によって付けられた痕をわざと辿るように舌が、指が、瀬戸口の身体を滑ってゆく。
「…やだっ…止めろ…あ……」
「フフフ、流石敏感ですね。さぞかし来須クンも楽しんだのでショウネー」
……手が、指先が、感じる個所を滑ってゆく……


「…やめ…あぁ…はぁっ……」


心で抵抗しても、身体は感じている。
心が否定しても、身体が受け入れている。


「…お願い…だから…止め…てく…れ……」


どんなに抵抗しようとしても力が入らず。
どんなに暴れようとも甘い吐息に摩り替えられ。



愛なんてなくてもセックスは出来る。
愛があっても…セックスが出来ない相手がいる。



「もう戻れないのです…諦めてくださいね……」



―――どんなに、愛していても……


END

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