―――いつか…お前が……
もしも。もしもお前が全てを捨てると言うのならば。
全てを捨ててもいいともしも。もしも言ったならば。
俺は全てに逆らっても、お前を連れ去ってゆくかもしれない。
地上の翼。折れた翼。
傷を抉られ、そして引き裂かれた翼。
それでも。それでも、願う。
空を飛びたいと。飛んでゆきたいと。
―――空を、飛びたいと……
「ひろちゃん、きてくれたのね」
真っ白な翼が何時も貴方の背中には生えていて。それで空を飛ぼうとするのに。
「…当たり前です…それが貴方との約束…」
無数の大人達の計算と、欲望と、打算が。その羽をもぎ取り、引き千切る。
「うん、やくそく」
貴方の綺麗な羽をもぎ取り、地上へと縛り付ける。でも。でも本当は。
「やくそく、したもんね」
本当は誰よりも私が貴方を地上に縛り付けている。無くなってもいい、と。自分がなくなってもいいという貴方を、こうして。こんなになってもこの地上に留めているのは。
「ののみと、ひろちゃんのやくそく」
私が貴方を失いたくないから。ただ独りの貴方を、失いたくないから。
「約束です。ずっと、約束しました」
指を絡めてした、約束。ただひとつの約束。他のどんな願いも祈りも叶えられることはなくても。これだけは。これだけは、どんなになろうとも。
―――どんなになっても貴方に叶えてあげられる、ただひとつの事だから。
「…うん…そうだよね……」
ちょこんと椅子から降りて貴方は、ぎゅっと私にしがみ付いた。その幼い視線に合わせるように私は屈みこんで、そっと。そっと大きな瞳を見つめる。
「ひろちゃん…くるしかった?」
「――――」
「…くるしかった、よね…ののみには分かるよ…今もほんとうは…傷ついている…いっぱい、傷ついている」
見透かされる真実。何時もその瞳だけが私の真実を見ていてくれた。貴方だけが、私の『本当』を見ていてくれた。ただ独り、貴方だけが。
「くるしい?ね、くるしい?」
小さな手が懸命に伸びて、私を抱きしめる。小さな身体で、小さな腕で。それでも貴方は私を抱きしめる。抱きしめ、る。
「こころ、いたいよね。ののみも…いたいから…」
「…ののみ……」
背中に生えた羽。そのまま貴方が飛び去って行ったなら。この地上から貴方が飛び去って行ったなら。私は貴方から零れる羽に埋もれて、永遠に眠ろう。
―――どんなになろうとも、貴方のその小さな腕が私を包みこんでくれる限り……
「痛いですか?」
「…いたい、よ…ひろちゃんのこころがくるしいから…」
「…私も…痛いですよ…」
「…貴方の涙が…綺麗過ぎて……」
微笑う事。無邪気に微笑い続ける事。
永遠の子供であること。それが。それが貴方に架せられた枷。
貴方の足首に繋がれた鎖。貴方が子供でい続ける事。
大人になったら声が聴こえなくなる。声が聴こえない貴方の存在理由がない。
出来そこないのクローンに『成長』を止めて。
薬を飲み続けなれば腐敗するクローン。廃棄処分確定のクローン。
そんな貴方の成長を止めて、そして。
そして『声』を聴こえるようにさせた。
そうして私が無理やり飢え付けた貴方の『価値』。
しあわせになるのを諦めた。当たり前の事を諦めた。
貴方の『命』と引き換えに、私は全てを諦めた。
廃棄されると判っている貴方を成長させて、そして。そして独りの女として愛すれば、そうすれば私は普通のしあわせを手に入れられたかもしれない。当たり前のものを手に入れられたかもしれない。
でも貴方は捨てられる。何もない貴方に軍は薬など与えはしないだろう。そうしたら、後は。後はただ捨てられるだけ。
「…なかないで……」
「…平気です…私は涙なんて、もう流せないのです」
「…でも、ないてるよ…」
「…こころで…ないているよ……」
貴方をこんなにしてまで、こんなに辛い思いをさせてまで、私は。私は貴方を地上に縛り付ける。貴方の羽をもぎ取っているのは本当は…私、だ……。
それでも貴方は私に手を伸ばす。私の前でだけは、泣いてくれる。私の前でだけは。
神よ、もしも存在するのならば。
このみを全て焼き払おうとも、この小さな。
小さな命を、護り給え。
――――それだけが、願い。それだけが…祈り……
「ここにいましたか」
背後から聴こえてくる声に、振り返ることすらもどかしかった。捜しても、何処を捜しても見付からない。お前も…唯一の手かがりのあの男も…。
「急いでいるんだ。後にしてくれ」
「―――瀬戸口くんはここにはいませんよ」
「―――!」
「やっと振り向いてくれましたね。貴方でも…こんなにも乱されることがあるんですね」
その男…善行は何時もの冷静な表情で俺を見ていた。眼鏡の奥の表情はよく、見えなかったが。
「何処にいる?」
「…本当に…貴方は彼を想っているのですね…」
「前に言ったはずだ」
「でも護れなかった。貴方はこの手で彼を護れなかった…どう責任取るつもりですか?」
穏やかな口調の中に隠された鋭い言葉。でもそれは、事実だ。俺にとっての、事実。お前を護りきれなかった、俺の。俺、の。
「嘘ですよ。貴方のせいではない…もしも本当に貴方が彼を護っていなければ、こんなにも必死で探さないのでしょうから」
「…俺は……」
それでもやはりあいつを護れなかったの事は、事実だ。
何故だろうと、最初は思った。どうして瀬戸口が彼に惹かれたのかと。どうして彼が瀬戸口を受け入れたのかと。あまりにも互いが違い過ぎる。違い、過ぎる。
永遠とも思える時を生かされて来た男と、そして過去も未来も許されない男。二人の間に流れている時間はあまりにも。あまりにも違い過ぎるのだから。でも。
「やはりあいつといるべきではなかったのかもしれない」
でも本当は。本当は違うようで、全然違うようで同じだったから。二人にとって『時間』は、ただ。ただ無意味に流れ続け、そして。そして互いに出逢うまでは、その意味すら持たなかったものだと。ふたりで共有することで初めて、本当の意味での時間は動き出したのだと。
「―――そばにいても何も出来ないのならば、俺は」
「それは違います。確かに貴方がいなければ彼はこんなことにならなかったかもしれない。でも、貴方がいたからこそ」
見ているのが辛かった。他人に同情は不必要だと分かっていても。目の前で壊れてゆく命を、ただ見ているのは。見ているのは辛かった。
「彼は今を生きている」
何も出来ずにただ。ただ流れてゆく時間。私は彼に手を差し伸べられない。彼と共に時間を共有することは出来ない。彼を、救えない。
「それは誰にも出来なかった事ですよ。今まで彼がどれだけの人間と出逢い、どれだけの人間と関わり、そしてどれだけの人間と時間を過ごしてきたか…でもその中で誰一人として、彼を救えはしなかった」
多分彼の空洞に気付いて手を差し出した人間もいるだろう。差し出そうとした人間もいるだろう。それでも。それでも誰一人救えはしなかった。
「貴方だけが彼のこころを開いたのです。それを今更…今更貴方は彼から離れようとでも言うのですか?」
「――――」
「もう瀬戸口くんには…貴方しかいないのですよ。ここまで来たら最期まで責任を取ってください」
「…分かっている…どうかしていた俺は…すまん」
「いいのです、分かってくれればそれで。そうでなくては…私も貴方に彼を託せない」
「…善行…お前……」
「貴方のような想いとは違います。けれども私は彼を放っておくことは出来ない…何故ならば……」
「――――私が…壬生屋さんの記憶を…全て封印したのですから……」
「――――」
「彼女が瀬戸口を思い出さないように、前世を思い返さないように封印をしたのは私です」
「…何故?…」
「…それが私の使命だからです。私が『上』に言われたことはただひとつ…彼に大切な存在を作るな、それだけです。だから彼女の記憶を遺伝子レベルで封印しました。この時代で彼女の記憶が戻ることはありません」
「大切なものの為に、鬼になるからか?」
「ええ、私はそれを信じ、彼を護る為にそうしました。けれども今思えば、もっと別の意味があったのかもしれない」
「それは、どう言うことだ?」
「私には分かりません。だから貴方の目で確かめてください。貴方がどんなになろうとも彼を護ると言うのならば、貴方には全てを見る義務と権利がある」
「それが、彼を愛した貴方がすべきことです」
そう言ってお前は俺に小さな紙切れを渡した。そこに描かれた場所は―――。
「彼は間違えなくここにいるでしょう。ただし貴方がそのまま入れるとは限りません。私ですらも…侵入不可能ですから」
「…岩田と…は…繋がっているのか?……」
「彼を責めないでください…と言っても今の貴方には無理かもしれませんね。でも彼も必死なのですよ。貴方と同じ、ただひとつのものを護る為に」
そう言って微笑んだお前の顔は、俺が知っている数少ない表情の中で一番人間らしいモノだった。
「――――」
「何時か分かるかもしれない。けれども永遠に分からないかもしれない。けれどもひとつだけ言えます。彼は貴方よりももっと…もっと背負っている業は深いのです」
「―――分かった、その言葉信じよう。ただし」
「…逢ったら、一発だけ殴らせろ……」
その時思ったことが、一番分かりやすい言葉で表せば。それが『嬉しかった』事が、何よりも私自身を驚かせた。私の言葉を信じたことが嬉しかったのか、それでも瀬戸口への借りを貴方自身が返そうとしたのが嬉しかったのか。それとも貴方が。貴方がひどく『人間臭い』反応を寄越したのが嬉しかったのか。
「不思議な人だ。あれだけ他人を気付かないように拒絶していたのに…貴方が望まずとも廻りが貴方を放っておかない」
初めて出逢った時から気付いた事。その纏っている不思議な空気。穏やかで優しいのに何故か。何故かそこに入ることを許さないその、空気。
「廻りが貴方を放っておかないのは…流れる空気が何処までも澄んでいるからでしょうか?」
「――――」
「瀬戸口くんの闇は…半端ではなかったのに…そんな彼ですら救った貴方の光は…どうしたらもたらせるものなのでしょうかね」
「俺に光などない。俺にあるのは『無』だけだ。俺には何もなかった」
「……」
「あいつがいて初めて、俺は…手に入れた…」
「ああ、そうか…そうなんですね……」
「瀬戸口くんの失われた片翼は、貴方の背中にあったのですね」
背中の真っ白な翼。両翼を与えた彼女。
ただ独り彼に翼を与えた彼女は。
死を以ってして彼の背中の翼をもぎ取った。
もぎ取って、そのまま。そのまま永遠に。
永遠に届かない場所へと、その翼を閉じ込めた。
けれども、翼は再生する。
こころは、生き続ける。
片翼になっても、それでも彼は生き続け。
そして、そして何度も時を繰り返し。時間を繰り返し。
そして現れたもうひとつの翼。
足りないもうひとつの、翼。
それは与えられたものじゃない。
それは互いの背中に生えていたものだから。
―――互いの背中に…見つけ出したものだから……
埋められてゆく、足りなかったものが。満たされてゆく、欠けていたものが。
それは他の誰でも埋める事は出来ない、ただひとつのものだから。
無数の、それこそ星の数だけある、形の中で。かけらの、中で。
互いのかけらだけが、それを埋めることが、出来た。
「あの頃と、変わっていないか?」
背後から聴こえてくる声がひどく遠くに感じた。まるで画面を通じて喋っているように聴こえた。
それよりも目の前にある物体の絶対的な存在感が。全てを飲みこみそして狂わすような狂気が。その、全てが。
「―――久しぶりって言うのも…変だよな……」
飲み込まれ、獲り込まれ。そして。そして俺を殺人兵器にする入れ物。それでも。それでも俺は。俺はこの入れ物に乗る以外には。
「…俺は…二度とお前には逢いたくなかったよ…心の傷が開かれるからさ。でも」
でも、願った。どんなになろうとも、俺は。俺はただひとつの事を願い、そして祈る。ただひとつの、事。
「でもさ、俺…それ以上にアイツに惚れちまったんだ。自分が壊れても、傷ついても…またこの手を血に濡らしても、さ」
―――戦いたくねーけど…君を護る為ならば、戦えるって思ったから。君を護る為に戦うって勝手に思うくらい…いいよな…。
「笑ってもいいぜ。俺は、どんなになっても…そばにいたいんだ…」
君の手が、君の瞳が、君の声が、君の全部が。全部が、俺を。俺を引き止める。君だけが、俺を。
「狂っても、そばにいたいんだ」
なあ、来須…もしもさ…もしも俺が…コイツに獲り込まれて…ただの殺戮兵器に成り下がったら…その時は…その時は…
……君がその手で、俺を殺してくれ………
血の、匂い。むせかえるほどの血の匂い。
たくさんの血の、匂い。それがゆっくりと。
ゆっくりと俺の中に入ってくる。入って、そして。
そして内側から、浸透する狂気。
―――壊れてしまえばいっそう…楽になれたのかもしれない……
「お人好しだね」
くすくすと、貴方は微笑った。子供のような無邪気な顔で。でも子供ではないその笑顔で。
「そう貴方には見えますか?」
「うん、見えた。でもきっとそれが…普通なんだよね」
隣に貴方は立ち私を見上げる。男にしては大きな瞳が、じっと私を見つめていた。全てを見透かすような大きな瞳。全てを見透かしている、その瞳。綺麗で無邪気な仮面の下に眠る、全てを見下ろす王者の瞳。
「僕は普通じゃないから、優しくなんてしないし…まして一番最善の方法なんて取りはしない」
「でも貴方は一番『最良』の方法を選んでいる」
「―――そう思う?」
そう言ってまたにっこりと微笑う。この天使のような笑顔の下に、どれだけ緻密な思考が練られているのか…それを誰が気付いているのか。
「だーれも分ってくれなくてもいいけど、僕は瀬戸口を救いたかったんだよ。だって彼戦わなければ壊れるしかないもの」
「そして来須くんも…救うつもりですか?」
「くすくす、どうかな?どうなんだろう?僕は気まぐれだから分らないよ。でもね…でももしも瀬戸口がちゃーんとアレを乗りこなせたら僕は」
「…僕はあのふたりを助けてあげるかもしれない」
――――ゆっくりと忍び込む、狂気。ゆっくりと壊れてゆく、こころ。
「似合うな。ウォードレスなんかよりもずっと」
身につけた服は舞踏服だった。自分にピッタリのサイズ。何時の間に作られていたのかと考えると、気が滅入るので思考を止めた。
「アンタ、悪趣味だな」
自分を見下ろす準竜師の目が、何処か楽しげに見えたのは気のせいか?そんな事を考える前に、腕を掴まれ唇を塞がれた。
「―――アンタにそんな趣味があるとは思わなかった」
そう言えば目覚めた時もキスをされた。あの時は混乱していてろくさま仕返しも出来なかったが、今になって思えばそんな事をされていい訳がない。
「俺は綺麗なものが好きなんだ。それが男であろうが女であろうが…お前の壊れた綺麗さは今何処を捜しても見付からない」
「…俺は壊れている?……」
「壊れている、俺が求めるほど充分にな。まあいい、お前はもう俺のものなのだから…時間は幾らでもある」
「…俺は…モノ、なのか?……」
呟いてみてそうなのかもしれないとふと、思った。結局自分は誰かの都合だけでここまで野放しにされて、それでも生かされていて。モノだったならば個人の意思などはお構いなしなのだから。モノに思考も気持ちも、いらない。
「そうだ。お前はモノだ。何も考えずただソレに乗ればいい。後は―――」
「アンタの夜の相手でもすればいいのかい?」
「せずにはいられなくなる、お前が」
腰に手を廻されて、そのまま抱き寄せられた。振り払うことも出来たけれど、今は。今はそんな気力もなかった。ただひどく疲れていた。
―――約束…破っちゃったな……
今更綺麗な身体とか、そんなくだらない事は言わないけれど。君に誰かあの時から、もう二度と他の人間とは寝ないと決めた。あのぬくもりを知ってしまったら、もう。もう他では満たされないことも、分ってしまったから。でも。
それでも快楽に慣らされた身体は反応をする。心が望まなくとも身体がソレを求めている。
何だかその事全てが今までの報いのような気がしてきた。適当にただ自分が逃れたいが為だけに、愛のないセックスを繰り返し、そして。そしてその行為に溺れる事だけが、自分を解放する手立てだと。ずっとそれの繰り返し、だったから。でも。
「細いな、お前は。見掛けよりもずっと」
背中を撫でる指先。俺の形を辿るように巡らされる指先。そこにあるのはぬくもりでもなく、あたたかさでもなく、やさしさでもなく。
「…細い方がイイだろ?抱くのには……」
ただの。ただの『確認』でしかない。でもそれでいい。優しさもぬくもりも、あたたかさも。君以外からは欲しくなんてなかったから。
「やけくそになっているのか?それても諦めているのか?どっちか?」
「―――どっちでもないよ」
思うことがある。思わずにはいられないことがある。君にとって俺は。俺は相応しい人間なのかと。君の隣にいてもいい存在なのかと。
―――君は、綺麗で。君は、物凄く綺麗で。
こんな風に君を想っていながらも、平気で他人に抱かれても反応する身体。気持ちが君だけにあっても、雄を求めた身体。こんな穢れた自分が君に触れたら、君まで穢れてしまうのではないかと言う不安。
こんな事、今まで考えたことはなかった。考える暇もないくらいに自分は壊れて、そして誰かに癒されたいと願っていた。君に逢って、君を好きになったら。それ以外の事を考えられなくなっていた。だから今こうして。こんな時になって、想う事。
――――君にとって俺は…本当に隣に存在してもいいものなのか、と。
それでもやっぱり俺は。俺は君が好きで。
君のそばにいたくて。君の隣にいたくて。
ただそれだけが。それだけが俺を。
俺を今こうして突き動かしている。
ただそれだけが、俺をこうして。
…やっぱり俺、どんなになっても…君のそばにいたいから……
そこはまるで廃墟のようだった。あくまでも見掛けだけだが。剥がれたコンクリートが道に散らばり、建物の壁は剥き出しにされている。けれども。
「――――」
けれどもその建物には無数の赤外線が巡らされ、外部からの侵入を拒否している。多分触れただけで身体は簡単に溶けてしまうだろう。
「………」
来須は口から零れかけたその名前を、寸での所で飲み込んだ。今彼がどんな目にあっていようとも、それを考えてしまったら明らかに心が不安定になるのが分るからだ。それでは本末転倒でしかない。
この張り巡らされた罠を細心の注意で潜り抜け、彼を捜すと言う行動はそんな甘っちょろい気持ちでは決して成し得ないのだ。
来須は自らの持つ今までの経験と、そして自分自身を頼りに、そのビルに向かった。
じわりと、内側から這い上がる感覚。ぞくり、と。背中から這い上がる感覚。
『どうだ、久々の士魂号は?』
モニター越しに聴こえる声に、返答はしなかった。答えようにも声が出ない。出すことすら、ひどく。ひどく辛くて。
飲み込まれそうになる。深い闇に。真っ暗な闇が目の前にぽっかりと開いていて、その中へと身体が吸いこまれそうな感覚。これが。これが『呪い』という奴なのだろうか?
「…ふ……」
違う、そんなんじゃない。これは。この闇は自分の心だ。自分がずっと背負い続けていた心。それが今こうして。こうして目の前にはっきりと現れている。
―――この入れ物が彼女を見殺した…この入れ物に乗った俺が彼女を殺した……
ずっと、護ると。彼女だけを護ると。
共に戦うのならば、俺が護ると。
それだけの為に。それだけのために俺は。
俺はこうしてかつての仲間を殺し続けたのに。
なのに俺は、護れなかった。彼女を、護れなかった。
一瞬の心の弱さが、彼女を永遠に失うこととなった。
二度と、大切な存在を、失いたくない。
失いたくないものは、君の手。君の腕、君の声。君の全て。
永遠とも思える長い時間の中で、それでも諦めきれなかった想い。
それでも何処かで捜し続けた、想い。それを。
それをやっと俺は。俺はそれを見つけ出した。君が見つけてくれた。
君だけが俺に。俺に本当の事を、くれた、から。
頭がくらくらして、視界がひどく歪む。けれども。けれども今ここでそれに負けてしまったならば。それに獲り込まれてしまったならば、もう二度と。もう二度と君に出逢えないかもしれないから。
そう思えば、耐えられる。君の事を思えばどんな事でも耐えられる。
『行け、お前の殺すべき獲物はそこに在る』
頭上から聴こえてくる声も何処か遠かった。それでも俺はその声に従う以外に方法は何もない。言われた通りに、その砦へと向かう。幻獣の住処になっている、その砦に。
『殺せ、それ以外にお前に道はない』
分っている。言われなくても分っている。戦う事しか存在理由がないって、そう言いたいんだろう?いいよ、それでもいいよ。俺はもう構わないから。それでも、いい。それでも俺は、君のいるこの世界に生きていたいんだ。
剣を振るう。西洋の騎士が持っているような剣。一振りで幻獣たちはまるで玩具のように壊れていった。圧倒的な力。圧倒的な強さ。この強さを以ってしてはまるで世界を支配出来るような、そんな錯覚。強い、力。この力さえあれば。
―――全てを破壊し、そして壊すことも…可能だと…錯覚する……
「綺麗だな、そうは思わんか?岩田」
背後からする気配に、準竜師は振り返らないままそう言った。岩田は無言で彼の前に立つと、目の前の大きなモニターを見上げた。そこに映し出されるのは、哀しいほど綺麗な士魂号の姿だった。純粋に、綺麗だとそう言える…。
「哀しんでますね…悲鳴が聴こえマスネー」
剣に機体に散らばる血。その血が拭われることはない。ただひたすらに何も考えず、目の前に迫る敵を殺し続ける以外何もないのだから。
「でも、綺麗デスヨ。この世のものとは思えないくらい、フフフ」
「やはりあいつ以外にはこれを完璧に乗りこなせないだろうな」
傷つき壊れゆく魂。堕ちてゆくこころ。それでも手を血で濡らし、それでも戦い続ける。それ以外に道はない。それ以外に何も、ない。
「ええ、後は…後は中身が壊れない事を祈るだけデスネー」
血、無数の血。血が俺に振り注ぐ。
真っ赤な視界。真っ赤な色。視界が赤いのは一瞬。
一瞬俺の目の中に血が染み込んでいるのかと思った。
だからこんなにも、紅いのかと。
「………」
ひどく、心が高揚している。ひどく気持ちが高ぶっている。大嫌いな紅い色のはずなのに、流せば流すほど心が高まってゆくのが分かる。
「…ははは……」
血が、欲しい。もっと欲しい。もっともっと紅い色に染まりたい。全てを紅に染めて、そこに幻獣の屍を積み上げて。積み上げて、そして。
「…もっと……」
もっと。もっと殺して、もっともっと血を浴びて。だって寒いもの。血を浴びないと寒くて堪らないんだ。だから紅い血を、暖かい血を。もっともっと俺に。俺に浴びさせて。俺にもっと、その血を。
「…もっと…もっと……」
獲り込まれてゆく。自分でも分かる。この剣を振り下ろすたびに、機体が血に塗れるたびに。ぐしゃりと音がして幻獣が潰れてゆくのを見るたびに、心が。心が何故か満たされてゆく。暗い欲望が俺を、満たしてゆく。
本当はソレが、俺の望みだったのか?こうやって血を。血を浴びて、そして。そしてこうやって敵を殺し続ける事が、本当は。本当はそれが……。
「…モット…殺シテ……」
血が、綺麗。紅い血が、綺麗。このまま機体を真っ赤に染め上げたらきっと…綺麗。
「…獲り込まれて…イマスネ……」
耐えられないのか?やはり、貴方でも耐えられないのか?内側から忍び込み、そして全てを犯すその狂気には。
「でも綺麗だ」
哀しい、切ない、そして苦しい。その中にある残忍な綺麗さ。それが今この機体が訴えているもの。強い人間ならば純粋にそれを見て綺麗だと思うだろう。けれども。けれども私にとっては。
「そうだろう?岩田」
「エエ、とってもービューティフルですねぇぇーっ」
弱い人間にとっては、それは苦しい以外の何物でもない。哀しいくらい綺麗なソレは、内面の弱さを抉り取る残忍さが秘められている。それでも。それでも私は笑わねばならない。その弱さに溺れてはならない。
「フフフ、綺麗ですよ。イイですよ。もっと、もっと殺すのです。殺さなければあの子は助かりませんヨー」
私は決めている。貴方のためならば、どんな残酷な者にでもなろうとそう。そう決めている。
「さあモットモット、殺すのデス」
――――そう、決めているのだから。
血が、いっぱい。いっぱいの、血。
でも足りないよ。もっともっともっと。
もっと、いっぱい。いっぱいその血が。
その血が、欲しいんだ。
だって寒いから。ここは寒くて、寒くて。
俺は寒くてたまらないんだ。
だから、血。血をもっと、もっと。
もっとたくさん浴びないと…ね、いっぱい……
「…ハハハハハハ……」
何故か笑いたくなった。笑いたくなったから大声で笑ってみた。けれども口許から零れる笑いは、ただ。ただひたすらに乾いていて。乾いているだけで。
それでももう一度、笑った。笑えば寒さからは開放されるかと思ったから。この内側からじわじわと凍える俺の身体が。暖かくなると、思ったから。
でも、寒い。凍えそうに寒い。
血が、足りないのか?
もっと血を浴びないと。
浴びないからまだ。
まだこんなにも。こんなにも俺。
俺、寒い、のかな?
――――寒いよ…俺…だからあたためて………
「―――鼠が一匹忍び込んでいる」
「…準竜師?…」
「いや鼠じゃないな…さしずめ王子様という所か」
「――――よくここが分かりマシタネ」
「そしてよくここまで潜入してきた」
「……愛する姫を救出とでも…言った所か……」
モニターを見上げながら、準竜師は呟く。その視線はそこから動くことはなかった。殺し続け、血塗れになるその機体を見つめながら。そして。
「―――救えるか?お前に」
そして背後からやってきた侵入者を、ゆっくりと振り返り見つめた。
「よくココが分かりましたね…来須クン」
笑う、顔。笑っている顔。けれども何故か俺にはその顔が。その顔が、泣いているように見えた。
「――――岩田…」
本当に笑っている準竜師とは正反対に、泣いているように見えたその顔。そして。
「まあ誰が手を貸したかなんてどうでもイイ事ですけどね…フフフ」
そして背後のモニターに映る…血塗れの士魂号の、姿。
「…瀬戸口を、返してもらいに来た」
俺にはその士魂号が…泣いているように、見えた。
闇しか見えない場所で、それでも必死に手を伸ばした。
微かに見える光が、それが。ただひとつの光が。
道標として、そっと。そっと俺の前にあるから。
…だからそれに手が届くようにと…一生懸命に手を、伸ばした……
―――コロセ、コロセ、コロセ。
聴こえてくる。内側から聴こえてくる。その声が俺を犯してゆく。俺を犯してゆく。
「…フ…ハハ……」
頭がくらくらする。意識が真っ白になって、そして。そして何も考えたくなくなったきた。何も、考えたくない。ただ目の前にある敵を殺し続け、そして。そして血を、紅を見ることが出来れば…それだけで……。
「…セックス…したいな……」
無茶苦茶になりたいと思った。今この場で誰かに犯されて、無茶苦茶にされたいと。されてそのまま。そのまま何もかも分からなくなってしまいたい。
「…誰か…誰でも…いいや……」
もう考えるのも、イヤだ。苦しいのもイヤだ。全部、全部、イヤだ。このまま内側から染み込む闇に犯されて、そして。そして何も、考えたくないと思った。
―――何も…考えたくない……
「瀬戸口ならそこにいるぞ」
準竜師は表情を変えずにモニターへと指を指した。そこには狂ったように幻獣を狩る士魂号が、あった。
「――――瀬戸口……」
戦いたくないと、言った。もう戦いたくないと、それなのにお前は今。今こうしてまるで自分を苦しめるように…戦っている。
「フフフ、綺麗デショー?綺麗でそして哀しいデショー?」
血が、散らばって。幻獣の残骸が散らばって。そして。そしてそれでも進み続ける機体。それは圧倒的な『強さ』だった。これが本来の彼の、強さ。
「お前も戦うものなら分かるだろう…圧倒的な強さに…これが奴の本性だ」
そこに慈悲も感情も心も何もない。ただ殺戮兵器。ただの精密な殺しの機械。そこに壮絶なまでの美しさがなかったならば。
「これが奴の本当の姿だよ…いい加減お前も目を覚ましたらどうだ?甘い感情で互いを満たしても、どうなるものでもないだろう?ましてお前は」
叫んでいる。悲痛な声で叫んでいる。哀しいまでに壮絶なまでに綺麗なのは、その悲鳴が聴こえるから。その、悲鳴が。
「お前はアイツのそばにいはられない。戦いが終わればそれまでだ。安全な場所と欲しかったものをやっと手に入れても、それはすぐに引き離される。そこまで分かっていて、手を差し出してもどうにもならないだろう?」
――――助けてと…聴こえる……
「別れが来ると分かっていて、それでも差し出すお前が残酷だ。同情するのもいい加減にしろ。お前はプロだろう?」
…助けてと、俺に気付いてと…聴こえる…から……
「同情で人を愛せたら…楽だった…」
同情ならまだよかった。一時の罪悪感だけで終われた。
それだけで、終われた。どんなに胸が痛もうとも、同情ならば。
本物でなければ、俺もお前もこんなにも。
―――こんなにも苦しくはなかった。
「同情ならばそれで終わりだ。記憶を消して、それで終わりだ。それだけで、終わりだ」
終われる訳がない。終わりなんてない。
時が経てば記憶は思い出になり、そして忘れゆくなんて。
そんな事が出来たならどんなに楽になれるか。
ここまで。ここまで自らの心に食い込み、根付いたお前が。
俺の一部として存在しているお前が、どうして。
どうして、消えることが…出来るのか?
こんなにも深く、俺の中に食い込んでいるお前を。
俺の唯一の砦だった場所に、ただ独り土足で入って来たお前を。
そんなお前をどうして俺が。俺が終わりになんて出来るのか?
「―――瀬戸口っ!」
叫んだ。声の限り叫んだ。モニター越しにその声が届くとか、そんな事を考える間もなく。俺は。俺はその名を呼んだ。その名を叫んだ。ただお前の名前だけを。
愛しているんだ、お前を。
どうしようもない程に、俺は。
もうどうすればいいのかなんて。
どうしたらいいのかなんて。
そんな事も考えられないほどに。
そんな事を思いつかないほどに。
俺はただ、お前の事が。
―――お前の事、だけが……
「無駄だ、奴は獲り込まれている。お前の声なんて聴こえない」
聴こえないと言われても、貴方は叫んだ。その名を呼んだ。自分の思いに偽ることなく、真っ直ぐに隠すことなく剥き出しに見せた想い。
「無駄だと思いますか?」
私は自らの想いを隠すことで護ろうとした。貴方は自分の想いを隠すことなく護ろうとする。そのどちらが正しくて、そのどちらが間違っているかなんてそれは誰にも分からない。分からないけれども。
「珍しいな。お前がそんな事を言うのは」
分からなくても。分からなくても、でも。それでも想いに優劣も順番もないから。そこにあるのはただひとつ。ただひとつ『護りたい』と言う気持ちだけ。それだけだから。
「フフフ、そう思ってくれて光栄ですよ」
だから私は仮面を付け続ける。道化になり残忍になり、そして悪役になり。それでも、護りたいものがある限り。
―――誰に恨まれ憎まれようとも、その道を歩み続ける……。
このまま…このまま、いっぱい。いっぱい、殺して。いっぱい血を浴びて。そして。そしてこのまま。このまま……
――――…ち……
何かが聴こえる。止めてくれもう…もう俺は…このまま溶けてゆきたい。身体もこころも溶けてゆきたい。血の海の中に自らを浸して。このまま。この、まま……このまま??
―――…口……
このまま、溶けたら。このまま堕ちていったら。堕ちていったら俺は。俺はもう二度と。もう二度と、俺は。俺は……。
――――瀬戸口っ!
ああ、駄目だ。駄目だ、俺は。
俺はこんな所で壊れるわけにはいかない。
こんな所で狂うわけにもいかない。
俺は。俺は、俺は……
「…来…須……」
君が呼んでいる。君の声が聴こえる。
俺を呼びとめ、引き止める声。
君の声だけが、俺を。俺をこうして。
こうして呼び続けてくれるならば。
君の声が俺を引き止め。君の声だけが俺を、ここに引き戻す。
「…バカ…何で…君の声が…聴こえてくるの?…何で…君が…ここに……」
どうして?何故?と言う疑問は、君への想いで吹き飛んだ。
そんな事よりも何よりもその声が。その声が俺に聴こえた事が。
その声が俺に。俺に届いたことが。何よりも、何よりも。
「…嘘だよ…何でもいい…何でもいいよ…君の声が…君が……」
君の声が、聴こえる。俺を呼ぶ声が聴こえる。
幻聴でも幻でももうよかった。君の声ならば。
君が俺を、まだ呼んでくれるのならば。
「…君が…俺を…来須…来須…俺…君の事が…本当に……」
好きだ。好きで好きでたまらない。
今すぐにでもここから飛び降りて君を捜したい。
君に逢いたい。君の声が聴きたい。
君の腕に飛び込みたい。君を感じたい。
もうどうにも出来ない。どうしていいのか分からない。
こんなにも人を好きになって、こんなにも誰かを愛して。
こんなにも満たされ、こんなにも狂わされ。
そう、初めから俺はずっと。ずっとおかしかったんだよ。
コイツに獲り込まれるよりも、俺は。
…俺は君に、狂わされていたんだから……
「…意識が…戻って…イマスヨ……」
モニター越しの士魂号はまだ戦い続けていた。けれども先ほどの壮絶なまでの悲壮さはもうなかった。ただ、戦い続けていた。
「―――お前のせいか?」
準竜師は横に立つ男を見た。けれどもその視線はモニターの上から離れることはなかった。怖いほどに綺麗な蒼い瞳はただ。ただ一点だけを見つめている。
「お前の声だけが奴を正気に戻すのか?」
最後のミノタウルスを倒して、士魂号はこちらへと向かってくる。血塗れになりながら、無数の屍を積み上げながら、それでも。それでも自らの意思で、こちら側へと。
「瀬戸口、来い。俺はまだ言ってはいない事がある」
聴こえているのか?声が。この声があの男には届いているのか?届いて、いるのか?
「まだ全てを、お前に告げてはいない」
届いているんだな、声が。離れていても、届いているんだな。
「あっ!」
―――ガシャンッ!!
硝子が、砕け散った。
防弾ガラスが粉々に砕け散る。
無数の破片と、混じった血が飛んで。
飛んで床に散らばった。
「来須くんっ!!!」
頭上から岩田の声が聴こえてきた。目を閉じて、そして気付く事実がある。お前は。お前は本当はこの事態を望んではいなかったのだと、今気がついた。お前の俺を呼ぶ声は、こんなにも。こんなにも。
「―――馬鹿な…お前はそこまで……」
本気で驚いている声が、何故かおかしかった。ここまで俺がするとは思わなかったのか?ここまで馬鹿だとは、思わなかったのか?もうどうでもよかったが。
流石に防弾ガラスを打ち破った衝撃は大きく、所々で身体が軋む。破片が無数に刺さり、あらゆる所から血が流れてきた。
「…まあいい…今回は…その愚かさに免じて…見逃してやろう」
その声を背後に聞きながら、俺は駆け出した。モニターに映っていた景色がこの先にうっすらと見える。深い森。深い、深い、森。俺はそこに向かって駆け出した。
「何故、笑っている?」
「イエ…何処かでこうなるんじゃないかと思ってマシター」
「そうか、俺には理解不能だ。奴はスカウトのプロだろう?自分の身を傷付けてまで…もっと他の方法があるだろう?」
「それでもそうせずにはいられなかったんデスヨー。もっと別な方法があっても…それでもそうせずにはいられない事もあるんですよ」
「それが『愛』だとでも言うのか?だとしたら…俺には最も不必要なものだ」
「フフフ、貴方はそれでいいのですよ。人には求めるものは違いマス。貴方はもっと違うものを求めればイイ。ただ来須くんはソレが欲しかっただけですよ」
「―――お前は何を求める?」
「私デスカ?私は…」
「……何を求めているのデショウネー?………」
求めているものが、ただひとつならば。
たったひとつならば、何も。何も迷わない。
何も迷うことなんてない。ただひとつなら。
――――求めるものを手に入れるために…自分はすべき事をするだけだから。
「瀬戸口――っ!!」
欲しいものは、ただひとつだけ。
「何処にいる?何処だ?!」
ただひとつだけ。お前だけ。俺は。
「瀬戸口っ?!」
俺はお前だけが、欲しい。
「やっぱり、こうなっちゃうんだねー」
くすくすと笑いながら。楽しそうに笑いながら。最後の審判が、降臨する。最期の、声が。
「…速水くん…見ていたのデスカー?」
「うん、見ていたよ。凄く楽しかったよ」
「―――速水……」
天使のような笑顔。無邪気な笑顔。その中に潜む絶対的な強さと、そして絶対的なカリスマ。無意識に、気付かれないうちに絡め取られてゆく、意識。
「いいね、純愛は。綺麗で滑稽で、哀しくて」
言葉一つ一つに絡め取られる。その力の前では全てが無力だと思わせるほどに。この女のような綺麗な顔の下に覗く、絶対的な存在感。そして支配者。
「僕は嫌いじゃないよ。こう言うのは」
―――世界を救う、ただひとりのHERO……
「いいじゃないか…自らの運命を逆らってまで…互いを求めずにいられないなんて……」
END