EYE・DOLL・12

――――ずっと、貴方を見ていたい……

貴方の笑顔、貴方の声、貴方の瞳。
俺のものでなくても、誰かのものでも。
ずっと、俺は見ていたかったです。

貴方だけを、見ていたかったです。ずっと、ずっと。

生まれてきて良かったと。貴方に出逢えてよかったと。
ただそれだけを、今。今胸に埋めて。胸に溢れさせて。
それだけが、俺の誇り、だから。

使い捨ての命でも。作られたものでしかなくても。
ただの偽者でしかなくても。それでも俺は。

…貴方を好きになれた自分を…誇りに想うから……


貴方だけが好きです。ずっと、好きです。
消えてなくなっても、何もかもが無になっても。


俺が貴方を好きだという気持ちは確かに『ここ』にあるのだから。



「…瀬戸口……」


堕てゆく身体を、そのまま。そのまま抱きしめた。冷たい身体。さっきまで確かにこの身体にはぬくもりが…暖かさがあったのに。暖かさが俺に、触れていたのに。

今はゆっくりとぬくもりが…暖かさが…この腕から消えてゆく。

願ったもの。お前が願ったもの。
死にゆくその瞬間まで願ったのは。


『…ずっとお前の…そばに……』


俺のこの腕だった。俺をずっとお前は捜していた。
こうしてずっと。ずっと俺の腕の中に抱きしめられるのを。
お前は。お前はずっと俺だけを、捜していた。


「…瀬戸口…お前は…ずっと俺を…待っていてくれたんだな……」
うん、待っていたぜ。ずっと待っていた。死んでも、死んでもさ。ずっと。
「…俺をずっと…捜して……」
ずっとお前だけを捜していた。お前 だけが、見たかった。お前だけを見ていたかった。
「…すまない…待たせて…」
いいよ。いいんだ、今さ。こうして俺を抱きしめているだろ?俺を、抱きしめてくれるだろ?

だからいいんだ。これで、いいんだ。
なあ、やっと。やっと俺はお前に言えた。
言いたかったことを、伝えたかったことを。
やっと言えた。言えたんだ…お前に……


…ずっとそばにいたいって…言えたから……



「…瀬戸口…愛している……」



冷たくなって動かなくなった身体を掻き抱いた。想いが溢れて止められなくて、このまま。このまま壊すのではないかと言うほどに。俺は自分の想いの全てで、その身体を抱きしめた。


――――俺を…少しでいいから…憶えていてください……


クローンだったお前も。俺が知っているお前も。全部、全部俺にとっては『瀬戸口』以外の何者でもない。全部、どれもが、俺にとって。俺にとってただ唯一愛する者だから。
全て俺にとってただ愛しいもの。ただ愛すべきもの。どんなお前でも、俺は愛しているんだ。俺の全てで、俺の全てでお前だけを。


…今分かった…クローンもやっぱりお前なんだ…お前の一部、なんだ……


冷たい唇にそっと、口付ける。ただひたすらに想いだけを込めて。ただひたすらに想いだけを込めて。
「…ずっと…独りにして…すまなかった……」
ずっと俺を捜していてれたのに。ずっと俺だけをお前は捜していてくれたのに。その魂はさ迷い続け、死すらも拒んで。ひたすらにもう一度俺に、逢えるまで。
「…もう…独りにはしない…ずっとそばにいる……」
そして伝えたかったものは、お前が願ったものは。お前が…祈ったものは……
「…ずっと俺が…いる……」


―――俺の笑顔…そして俺の、しあわせ……


お前を失ってただひたすら後悔し続けるだけの。
ただひたすら死を待つだけの、俺を。そんな俺を。
お前はそんな俺を、ずっと。ずっと見ていて。
そして、伝えたかったのだろう。伝えられなかった言葉を。
こんな俺だから。こんな俺、だからこそ。


ただひとつの、願いを…ただひとつの想いを……


瀬戸口、俺は。俺はどうしてこんな簡単なことを見失っていたのか。
どうしてこんな簡単なことを忘れていたのか。どうして、俺は。

俺が願うことと、お前が想うことは…同じだったのに。

しあわせにしてやりたいと、願った。
お前の笑顔を、願った。ただそれだけを願った。
そしてそれは。それはお前も願っていたこと。
俺に対して、願っていてくれたこと。

…どうしてそんな事を…忘れていたのか?




「…瀬戸口…お前は…ずっと…俺の中にいるから…俺の中で…ずっと…俺のそばに……」




そばに、いる。そばに、いよう。
ずっと、こうして。こうして、こころに。
そっとお前だけを、俺の。
俺の心の中に。お前だけを、俺の心に。


愛しているだからずっと。ずっと、そばにいてくれ。



夜空に浮かぶ月。
その月が隠れて、そっと。
そっと白いものが。
白いものがお前の頬に。
お前の髪に、お前の手のひらに。
そっと、そっと降って来る。


「―――ここは寒い…帰ろう……」


動くことはない。声を紡ぐ事はない。
ぬくもりを分け合うことはない。それでも。
それでもお前はここにいる。今俺の。
俺の腕の中に、いるから。


「…帰ろう…瀬戸口……」


だからずっと。ずっと、一緒に。
一緒に、いよう。ずっとふたりで。



生まれてきて良かった。貴方を愛せて良かった。
貴方に逢えて、そして。そして貴方を愛したことが。
俺にとっての一番の誇りだから。


ずっと生かされて来たけど…お前に逢えたから。
それだけで俺は生まれてきてよかった。
お前が俺を見つけてくれたから…生きてきてよかった。


同じなんだ。同じだから。俺達はやっぱり同じなんだ。お前を想う限り。







目覚めた瞬間に、視界に入って来たのは真っ白な壁だった。
俺は何時もこの壁を見ていた気がする。何時も初めての目覚めにはこの壁が。
何度も繰り返し再生される身体。再生される命。何度も、何度も。


「―――おはよう、瀬戸口くん」


その声を聴いたのも、何度目だろう?もう分からない。俺の記憶が埋められてから、何度目の目覚めだろうか?前のクローンは…そうだ…やっと。やっとお前に出逢えたんだよな…初めて『俺』がお前に逢えたのが…。
「…速水…俺は……」
前のクローンは俺の遺言を伝えてくれた瞬間、壊れたんだよな。そう俺の記憶が溢れてきて、芽生え始めたクローンの自我が耐えきれなくなって、そして。そして動かなくなって…。
「…俺の前の身体、どうした?……」
動かなくなった身体…ずっと抱きしめててくれていた。そうだお前…左手動かなくなっちまったんだよな…。お前の左手、俺のせいだ。俺が…無茶したから。
「前の身体?…ああ、今度の君は…そうだ…やっと逢えた…君が『本物』の瀬戸口くんだね」
お前の腕…大好きなお前の腕…でもいい。いいよ今度は俺が…俺がお前の腕になるから。
「…やっと君の記憶を完全に埋められた……」
「―――じゃあ俺の…前の身体は?」
あのまま、きっと。きっとお前が…お前が抱きしめて、そして。そして連れて行った…俺の……。
「もう何処にもないよ。ないから君がここにいるんだ」


俺の髪を撫でてくれた指。俺をそっと抱きしめてくれた腕。憶えている。憶えて、いる。全部、全部俺の記憶の中に。俺が感じたものも、クローンが感じたものも、全部。全部俺の中にあるから。お前に関するものは全て、俺の中に。
「…じゃあ…来須は?…あいつは?……」
お前の事だけは、全部。全部憶えている。どんな些細なことでも、どんな事でも。
「―――やっぱり君は…先輩だけを…求めるんだね…」
「当たり前だ、俺は」


「…俺はその為に、生まれて来たんだ……」


繰り返される命。再生される身体。
その全ては。その全ては、ただ。
ただ俺はお前に。お前に逢う為だけに。


―――そのためだけに、うまれてきたのだから。




「先輩は君の『ここ』にいるよ」




―――そう言って速水は俺の、こころを、指差した。




「君の身体、限りなく人間に近く出来ているんだ…先輩の身体使って作ったから」
そばに、いる。ずっと、そばにいる。もう二度と離れない。
「だから君の左手、動かないんだよ。先輩の手、使って作ったから…だから一緒にしてあげた」
もう決してお前をひとりに、しないから。


「…どうして…そんな…何で…何で……」


そばにいたいと、願った。ずっとそばにいたいと願った。
お前を見ていたいと、お前だけを見ていたいと。それだけを。
…それだけを、俺は。俺はずっと……


「―――先輩は…長くは生きられなかった…失ったのは左腕だけじゃなかった…もう長くは生きられなかったんだよ」
「…だからお前は…俺を…必死になって…作っていたのか?…」
「君の遺言をどうしても君自身に伝えさせたかった。その為には先輩の生きている間に…君を作らなければならなかった…」
「…そ、そんな…だったら…だったら…あいつがいないなら…もういないなら…」


「…何で…俺を…再び作ったんだよっ!!!」


お前のいない世界。お前のいないこの世の中。
お前が何処にもいない世界で、俺が。俺が生きている意味が。
俺が生かされている意味が…一体何処にある?

―――― 一体…何処にあるというのか?


「君の苦痛を終わらせるためにだよ」
「…苦痛…何だよ、それ…何なんだよ…それは…あいつがいなければ…それだけで俺は…」
「―――だからそれを終わらせるためだよ、瀬戸口くん」


「先輩は君の再生される命を断ち切る為に…その身体を与えたんだよ……」


「君はまた生まれる。クローンでなくてもその魂が別の身体に宿って、そして再生される。鬼としての逃れない君の宿命が、また無限の時を刻む…愛する人のいない世界を永遠にさ迷う…それが君の運命」



俺がもしも永遠の時を刻めたならば、どんなになろうとも探し出した。『瀬戸口』と言う存在を、ずっと俺は…でも…俺に無限の時はない…時、すらない。捨て駒にされた俺は、後はただ死を待つのみだ。
そうすればまた…あいつは独りだ。このクローンの中から開放されれば、あいつはまた別の時代に別の身体を持って生まれるだけだ。

――――あいつは…ずっと…独りだ……

俺はもう永くはない、自分自身の事は誰よりも一番分かっている。だったらこの身体をあいつにやってくれ。捨て駒の身体だが、もうこれで。これで再生される運命からは逃れられるだろう?
時代に、時に、捨てられた身体ならば…あいつももう、再生されることもないだろう?


そばにいてやるから。
ずっとそばにいてやるから。
死の瞬間、全てが無になる瞬間まで。
今度は俺が、俺がずっと。
ずっとお前のそばに。

――――そばに…いてやるから……



「…これで君達は永遠にひとつだ…君達のそれが願い、だったんだろう?」



どんな姿になろうとも。どんな形になろうとも。
ずっとそばにいる事が。ずっとずっとそばにいる事が。
それが望み。それがふたりの、望みだったのだから。


「…来須…俺は……」
この身体の中にお前がいて、ずっとそばにいて。
「…俺は…ずっと……」
もう二度と離れることはない。もう、二度と。
「…ずっと…お前のそばに……」
おれたちは、はなれることが、ない。


動かない左手をそっと持ち上げて、そのまま自らの唇で口付けた。お前の傷に、俺は口付けた。




「…愛している…来須…ずっと…そばにいてくれ…ずっとそばに……」



死すらも永遠になれる。時すらも葬り去れる。
もう誰も手の届かない場所へ。世界から置き去りにされた場所へ。
誰にも邪魔されず、誰からも見つからずに。
後はただ。ただ『ふたり』で。ずっと、ふたりだけで。


――――この身体が滅びるのを待てばいい…静かに訪れる死を、待てばいい……






「…愛しているよ…来須…だから…ずっとそばにいる…もう俺達…離れないよな……」


END

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