――――ずっと、貴方を見ていたい……
貴方の笑顔、貴方の声、貴方の瞳。
俺のものでなくても、誰かのものでも。
ずっと、俺は見ていたかったです。
貴方だけを、見ていたかったです。ずっと、ずっと。
生まれてきて良かったと。貴方に出逢えてよかったと。
ただそれだけを、今。今胸に埋めて。胸に溢れさせて。
それだけが、俺の誇り、だから。
使い捨ての命でも。作られたものでしかなくても。
ただの偽者でしかなくても。それでも俺は。
…貴方を好きになれた自分を…誇りに想うから……
貴方だけが好きです。ずっと、好きです。
消えてなくなっても、何もかもが無になっても。
俺が貴方を好きだという気持ちは確かに『ここ』にあるのだから。
「…瀬戸口……」
堕てゆく身体を、そのまま。そのまま抱きしめた。冷たい身体。さっきまで確かにこの身体にはぬくもりが…暖かさがあったのに。暖かさが俺に、触れていたのに。
今はゆっくりとぬくもりが…暖かさが…この腕から消えてゆく。
願ったもの。お前が願ったもの。
死にゆくその瞬間まで願ったのは。
『…ずっとお前の…そばに……』
俺のこの腕だった。俺をずっとお前は捜していた。
こうしてずっと。ずっと俺の腕の中に抱きしめられるのを。
お前は。お前はずっと俺だけを、捜していた。
「…瀬戸口…お前は…ずっと俺を…待っていてくれたんだな……」
うん、待っていたぜ。ずっと待っていた。死んでも、死んでもさ。ずっと。
「…俺をずっと…捜して……」
ずっとお前だけを捜していた。お前 だけが、見たかった。お前だけを見ていたかった。
「…すまない…待たせて…」
いいよ。いいんだ、今さ。こうして俺を抱きしめているだろ?俺を、抱きしめてくれるだろ?
だからいいんだ。これで、いいんだ。
なあ、やっと。やっと俺はお前に言えた。
言いたかったことを、伝えたかったことを。
やっと言えた。言えたんだ…お前に……
…ずっとそばにいたいって…言えたから……
「…瀬戸口…愛している……」
冷たくなって動かなくなった身体を掻き抱いた。想いが溢れて止められなくて、このまま。このまま壊すのではないかと言うほどに。俺は自分の想いの全てで、その身体を抱きしめた。
――――俺を…少しでいいから…憶えていてください……
クローンだったお前も。俺が知っているお前も。全部、全部俺にとっては『瀬戸口』以外の何者でもない。全部、どれもが、俺にとって。俺にとってただ唯一愛する者だから。
全て俺にとってただ愛しいもの。ただ愛すべきもの。どんなお前でも、俺は愛しているんだ。俺の全てで、俺の全てでお前だけを。
…今分かった…クローンもやっぱりお前なんだ…お前の一部、なんだ……
冷たい唇にそっと、口付ける。ただひたすらに想いだけを込めて。ただひたすらに想いだけを込めて。
「…ずっと…独りにして…すまなかった……」
ずっと俺を捜していてれたのに。ずっと俺だけをお前は捜していてくれたのに。その魂はさ迷い続け、死すらも拒んで。ひたすらにもう一度俺に、逢えるまで。
「…もう…独りにはしない…ずっとそばにいる……」
そして伝えたかったものは、お前が願ったものは。お前が…祈ったものは……
「…ずっと俺が…いる……」
―――俺の笑顔…そして俺の、しあわせ……
お前を失ってただひたすら後悔し続けるだけの。
ただひたすら死を待つだけの、俺を。そんな俺を。
お前はそんな俺を、ずっと。ずっと見ていて。
そして、伝えたかったのだろう。伝えられなかった言葉を。
こんな俺だから。こんな俺、だからこそ。
ただひとつの、願いを…ただひとつの想いを……
瀬戸口、俺は。俺はどうしてこんな簡単なことを見失っていたのか。
どうしてこんな簡単なことを忘れていたのか。どうして、俺は。
俺が願うことと、お前が想うことは…同じだったのに。
しあわせにしてやりたいと、願った。
お前の笑顔を、願った。ただそれだけを願った。
そしてそれは。それはお前も願っていたこと。
俺に対して、願っていてくれたこと。
…どうしてそんな事を…忘れていたのか?
「…瀬戸口…お前は…ずっと…俺の中にいるから…俺の中で…ずっと…俺のそばに……」
そばに、いる。そばに、いよう。
ずっと、こうして。こうして、こころに。
そっとお前だけを、俺の。
俺の心の中に。お前だけを、俺の心に。
愛しているだからずっと。ずっと、そばにいてくれ。
夜空に浮かぶ月。
その月が隠れて、そっと。
そっと白いものが。
白いものがお前の頬に。
お前の髪に、お前の手のひらに。
そっと、そっと降って来る。
「―――ここは寒い…帰ろう……」
動くことはない。声を紡ぐ事はない。
ぬくもりを分け合うことはない。それでも。
それでもお前はここにいる。今俺の。
俺の腕の中に、いるから。
「…帰ろう…瀬戸口……」
だからずっと。ずっと、一緒に。
一緒に、いよう。ずっとふたりで。
生まれてきて良かった。貴方を愛せて良かった。
貴方に逢えて、そして。そして貴方を愛したことが。
俺にとっての一番の誇りだから。
ずっと生かされて来たけど…お前に逢えたから。
それだけで俺は生まれてきてよかった。
お前が俺を見つけてくれたから…生きてきてよかった。
同じなんだ。同じだから。俺達はやっぱり同じなんだ。お前を想う限り。
目覚めた瞬間に、視界に入って来たのは真っ白な壁だった。
俺は何時もこの壁を見ていた気がする。何時も初めての目覚めにはこの壁が。
何度も繰り返し再生される身体。再生される命。何度も、何度も。
「―――おはよう、瀬戸口くん」
その声を聴いたのも、何度目だろう?もう分からない。俺の記憶が埋められてから、何度目の目覚めだろうか?前のクローンは…そうだ…やっと。やっとお前に出逢えたんだよな…初めて『俺』がお前に逢えたのが…。
「…速水…俺は……」
前のクローンは俺の遺言を伝えてくれた瞬間、壊れたんだよな。そう俺の記憶が溢れてきて、芽生え始めたクローンの自我が耐えきれなくなって、そして。そして動かなくなって…。
「…俺の前の身体、どうした?……」
動かなくなった身体…ずっと抱きしめててくれていた。そうだお前…左手動かなくなっちまったんだよな…。お前の左手、俺のせいだ。俺が…無茶したから。
「前の身体?…ああ、今度の君は…そうだ…やっと逢えた…君が『本物』の瀬戸口くんだね」
お前の腕…大好きなお前の腕…でもいい。いいよ今度は俺が…俺がお前の腕になるから。
「…やっと君の記憶を完全に埋められた……」
「―――じゃあ俺の…前の身体は?」
あのまま、きっと。きっとお前が…お前が抱きしめて、そして。そして連れて行った…俺の……。
「もう何処にもないよ。ないから君がここにいるんだ」
俺の髪を撫でてくれた指。俺をそっと抱きしめてくれた腕。憶えている。憶えて、いる。全部、全部俺の記憶の中に。俺が感じたものも、クローンが感じたものも、全部。全部俺の中にあるから。お前に関するものは全て、俺の中に。
「…じゃあ…来須は?…あいつは?……」
お前の事だけは、全部。全部憶えている。どんな些細なことでも、どんな事でも。
「―――やっぱり君は…先輩だけを…求めるんだね…」
「当たり前だ、俺は」
「…俺はその為に、生まれて来たんだ……」
繰り返される命。再生される身体。
その全ては。その全ては、ただ。
ただ俺はお前に。お前に逢う為だけに。
―――そのためだけに、うまれてきたのだから。
「だってさ、先輩。だから言ったでしょう、もう一度瀬戸口くんを作りましょうって」
カチャリと音がして、速水の背後の扉が開く。
そこには。そこには……
「…来…須……」
ずっと、そばにいよう。
ずっとずっと、そばにいたい。
一緒に、いたい、から。
「――――瀬戸口…やっと…お前に逢えた……」
そっとお前が、微笑う。優しい顔で、微笑う。
それはずっと。ずっと、クローンが…俺が…願ったもの。
願い、祈ったもの。お前の、笑顔。
―――ただひとつの、お前の笑顔。
「…来須…俺…俺……」
まだ生まれたばかりで身体はふらついていたけれど。それでも俺は必死で起き上がって、そして。そしてお前へと手を。
「すまない…独りにして……」
伸ばした手を、お前の右手が掴んで。掴んでそのまま。そのままそっと、抱きしめられた。片手でしか抱きしめられなくても、それでも。それでもその腕はお前の腕だから。お前の腕、だから。
「…お前を独りにして…すまなかった……」
耐えきれずにしがみ付いた。お前の広い背中にしがみ付いた。ずっと。ずっと願っていたもの。ずっとずっと欲しかったもの。お前のその広い背中。広い、背中。
「―――バカ…遅せーよ……許さないからな…」
声の語尾が滲んでいるのが自分でも分かる。目が熱くてこめかみがかぁぁっとしているのが分かる。それでも。それでも俺は、止められなくて。
「…すまない…瀬戸口……」
顔を見たら涙が零れそうになったから俯いた。けれどもそんな俺の頬にお前の大きな手がそっと。そっと重なって、そして。
そして零れ落ちる涙を、その指先が拭ってくれた。
「…許さねー…」
「ああ、許さなくていい」
「…許さねーぞっ!だから…いろよ……」
「―――ああ……」
「…ずっと、俺と一緒にいろよ…死ぬまで…違う…」
「…死んでも…ずっと一緒だからな……」
そんな俺にお前は何よりも綺麗な顔で微笑って。
そして何時ものように『ああ』って言ったから。
いつものように、いってくれたから。
「…って君達は…僕がいるって事をすっかり忘れているでしょう…」
「―――ああ、忘れていた」
「…く、来須?…」
「瀬戸口しか、目に入っていなかった」
「――――お前以外…何も、見えなかった……」
もう離さない、ずっと。
ずっとただ独りのお前を。
永遠に、この腕に。
失われた腕すらもお前を。
お前を、抱きしめるから。
「…俺も…お前しか…見えてないよ…来須…ずっと…初めから……」
END