EYE・DOLL・4

―――どうしたら…微笑ってくれる?


お前の笑顔、好きなんだ。俺。
お前の微笑った顔が、一番好きなんだ。
だから、さ。何時もお前が微笑っていてくれるには。
何時もお前がその顔をしてくれるには。

―――どうしたら、いい?


『―――お前がいてくれればいい。お前さえいてくれれば…俺は…』


ははは、その答え最高。ホントにお前って俺喜ばす天才。
もう絶対に離れないよ、そんな事言ったら。
俺絶対にお前から、離れないからな。ずっと。ずっと。

…ずっと俺は…お前のそばに…いるからな…来須……



――――貴方の笑顔が…見たいんです……


零れる白い息が、消えることはありませんでした。降り積もる雪が何時しか俺の髪に、肩に降り積もり、身体の芯から俺を冷やしてゆきました。
―――このまま冷え切って死ぬんだろうか?
そんな事を思い首を横に振る自分がいました。所詮俺はクローンなのだから、むやみに死ぬ事はありません。けれども。けれども人間と同じように痛みも寒さも、感じるのです。感覚だけは人間と全く同じに出来ています。そうでなければ都合が悪いからです。そうでなければクローンの意味はないのですから。

―――クローンが作られる一番の理由…それは人間の性欲処理の為。

だからこそ人間に何処までも近付かなければなりません。人間と同じ感覚を持たなければなりません。その為に、死以外は全く人間と同じなのです。だから、こころも。
こころもこうして、あるんです。ちゃんと、あるんです。
「…寒い…な……」
白い息を吹き掛けながら凍えた指先を暖めました。ここから離れればいい事は分かっています。寒いのなら暖かい場所へ行けばいいという事も。けれども。けれども、俺は。
灯りの付いた窓から視線を外すことは出来ませんでした。まだ消えていない灯り。貴方はまだ起きているのが分かって、それだけでもこころが満たされて。そして時々、見える影が。貴方の影が、俺を。俺をとても嬉しくしてくれるから。
名前が知りたいなと想いました。貴方の名前を呼んでみたいと。そうしたら、きっとこの淋しさも少しだけ消えてくれるでしょう。



今更だと、思った。何故今更、俺にクローンなど寄越すのかと。やっとの事でお前の事を心の中に閉じ込めることで、何とか消化してきた想いを。なんとか必死に、閉じ込めて来た傷口を。どうして今更。
――――今更、こじ開けようとするのだろうか?
「…瀬戸口……」
今でもその名を呼ぶだけで。呼ぶだけで、込み上げて来るものがある。手の中に込み上げて来るのは冷たくなったお前の身体の感触。冷え切ったお前の、身体。


そばにいて、やれなかった。
最後の死の瞬間に、お前の。
お前のそばに、いてやれなかった。
お前の身体を、抱きしめてやれなかった。

―――お前を、独りにしてしまった……


「―――先輩…瀬戸口くんですよ」
あの日。忘れもしないあの日。冷たくなったお前を速水が抱き上げて戻って来た日。冷たくなって、冷え切って、そして。そして蒼白くなったお前を。
「最期まで…先輩の名前を呼んでいましたよ…ずっと貴方を捜していた」
「…瀬戸…口……」
「最期に抱きしめたのが僕なのに…ずっと…先輩の名を呼んでいました……」
それ以上の言葉が口から出なかった。声すら出なかった。名前を呼ぼうにも、声が、出ない。
「…先輩ってこんな時にも…顔色ひとつ変えないんですね…貴方の恋人が死んだのに」
顔色?俺は。俺は冷静な顔をしているのか?何時もの表情をしているのか?俺は、お前にはそう映っているのか?
「…抱いてあげてくださいよ…貴方にそうして欲しかったんだから…瀬戸口くんは…ずっと……」
抱きしめようとして、それが叶わないことに気が付いた。俺の腕は…俺の左腕はもう動かない。それでも俺は。俺は速水からお前を受け取った。唯一動く右手で、お前を受けとめて。
「…先輩…貴方が瀬戸口くんを殺したんだ……」
――――何故?と声に出そうとして、言葉に出来なかった。顔色は変わっていない、表情も変わってはいない。でも俺は。俺は今声を出すことが…出来ない……。
「…先輩の左腕が動いていたら…瀬戸口くんはこんな無茶をしなかった!…貴方を庇って死んだんだっ!!」
左腕をやられてやっとの事で部隊に戻って来た俺に何故か瀬戸口がいなかった。何処にいると尋ねる前に俺はそのまま運ばれて、そして。そして戻って来た俺に。俺に……。
「発信音のしなくなった貴方を捜しに行って、そして死んだんですよ。普段の彼ならば絶対にこんな事では死ななかった。貴方を失うと言う不安が…彼をこんなにも不安定にさせたっ!!」
速水の手が俺の胸倉を掴む。けれども。けれどもその手が、止まった。まるで動かなくなったように、ぴたりと。そして。そして……。
「…先…輩……」
そして我に返ったように俺から手を離して。そのまま俺を、見上げて。見上げて、そのまま。呆然とした顔で、俺を見上げて。
「…泣いて…いるの?……」

――――それ以上、お前は…何も言わなかった……


俺のせいで、お前は死んだ。
俺のせいでお前は永遠に。そして。
そしてそんな俺を決して、速水は。
速水は、許しはしないだろう。


『…僕はずっと瀬戸口くんが欲しかった…貴方のものだと知っていてもそれでも……』


―――ピピピピ……多目的結晶が電子音とともに、鳴った。そこで思考が中断される。けれども次に聴こえた声に、思考よりも違う痛みが自分を襲った。
『先輩、久しぶりです』
「…速水……」
相変わらずな穏やか声だった。その中に含まれている激しい想いを見たのは…俺と他に誰かいたのだろうか?瀬戸口自身も気付かなかった…お前の想いを。
『相変わらずですね、声に何の感情も見えないのは』
「―――何か用か?」
聴いてみて自分が馬鹿な事を、言ったと思った。こんな風に俺にコンタクトを取る理由はただひとつしかないと言うのに。ただ、ひとつ。あのクローンの事。
『分かっているくせに…どうですか?『瀬戸口くん』は…よく出来ているでしょう?』
「…あれはやっぱりお前か……」
『随分とそっけないですね。せっかく作ったのに…貴方の為に愛しの瀬戸口くんを』
「瀬戸口は…俺にとってはただ独りしかいない…」
『そう言うと思いましたよ…でもあれは『瀬戸口くん』なんですよ』
「どうしてそんな事を言う?瀬戸口はもうこの世の何処にもいない…同じ顔のクローンを作る事こそ…悪趣味だ」
『悪趣味?くすくす…そうかもしれませんね…僕もそう思いますよ。無駄だと分かってても作らずにはいられなかった…瀬戸口くんを…僕も彼が欲しかった…』
「だったらあのクローンはお前が引き取ればいい…俺には無理だ…」
『先輩、彼は『瀬戸口くん』なんですよ…僕だって欲しかったのは彼自身だ。変わりなんかじゃない…欲しいのは本物の瀬戸口くんだけなんですよ』
「―――なら何故、クローンなんかを作る?」
『…あのクローンだけなんですよ…瀬戸口くんの記憶を埋めこめたのは』
「何?」
『今まで何十体と作ってきて…あのクローンだけが…瀬戸口くんの記憶を完全に埋め込めた…今はまだ記憶を取り戻してはいないけれど…何れは…』
「…どう言う事だ……」
『僕ではダメなんですよ。貴方以外には。彼は確かにクローンでしかない。けれども心のパーツは瀬戸口くんそのものなんですよ、先輩。だから』


『だから貴方以外…彼は絶対に心を開かない……』



何時の間にか雪は止んでいて、そして空にはぽっかりと丸い月が浮かんでいました。それを見上げながら、肩と髪に付いた雪の塊を落としました。そのたびに指の先がじいんと痛くなって、動きをしばし止める事になりましたが。それでもこのまま雪塗れと言うわけにはいかずに、自らに積もっている雪を落としました。
このままでいるわけにも行かずその場を立ち上がった、その時でした。
「何、しているんだい。こんな所で」
不意に手首を掴まれ、そのまま背後から羽交い締めにされました。一瞬のことだったので何が起こったのか分からず呆然としていると、自分を掴んでいる相手とは別の男が俺の前に立って。
「そうそう、こんな時間に独りでいたら襲ってくれって…言っているようなモンだよ。ってこりゃー随分別嬪さんだなぁ」
「本当だ、随分イイ顔してるじゃねーか、こりゃ目的変更だな」
「…は、離して…ください……」
男達の言葉に明らかに欲望の声が含まれていて、その時になって初めて。初めて自分がどういう立場に立たされたか気付きました。けれども力強い腕に羽交い締めにされて俺は身動きが取れなくて。
「離してくださいだって、可愛いねぇ。ごめんね、これからヤッちゃうよ」
「止めっ!」
抵抗しようと身体を捩ったら、前に立っている男に思いっきり腹を蹴られました。その痛みに目が眩み、動くことが出来なくなって。そして。

――――ビリリッ…と布の引き裂かれる音とともに…俺は……

「つーか、こんな場所じゃ寒みーし…どっか連れてくか?」
朦朧とする意識の中で聴こえてくる男の声が。途切れ途切れに聴こえてくる声が。
「いいじゃんかよ、ココで。俺もー我慢出来ねーよ」
「ってお前堪ってんのかよ…まあいいや。雪の上でレイプってのもツウかもな、ハハ」
「凍える前にこの身体でたっぷりと暖めてくれや、なぁ」
聴こえてくる声と、そして。そしてまた引き裂かれる布の音と…そして……



『…レイプ…されそうになった……』
引き裂かれた制服と、殴られた痕と、切れた唇が。
『三人掛りでだぜ…ひでーよなぁ…俺の自慢の顔に傷つけやがって』
首筋と、胸に、キスマークの痕がくっくりと浮かび上がってて。
『…瀬戸口…お前……』
『って驚くなよ…俺のがびっくりすんだろ…つーかお前のそんな顔…見れるとは思わなかった…』
『冗談言っている場合じゃないだろう?身体の方は平気かっ?!』
『…へへ、お前に心配されるなら…男達にヤラれても悪くねーな』
『―――お前はっ!』
『平気だよ、未遂だし…それに初めてじゃねーし…でもさ、心配だったらさ』

『…俺を…心配してくれるなら…俺を…お前の……』

言いかけて止めた、お前の言葉。その瞳が。その紫色の瞳が、求めている答えが。この時。この時初めて気が付いた。俺がお前に対して何時しか持ち始めた感情と、そして。そしてお前の瞳が語っている俺への想いが…その想いが……。


『…瀬戸口……』
今なら、戻れる。まだ戻ることが出来る。けれども。
『…俺を…お前の……』
けれども。この俺を見つめてくる紫色の瞳を。見つめてくるこの瞳を。
『…お前の…ものに……』
…俺は拒むことは…もう出来ない……


『…お前だけのものに…なりたい……』


気がついた時にはもう戻れなかった。戻ることが出来なかった。俺にとってお前はそう言う存在になっていた……。


END

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