―――貴方の為に、俺が出来ること。
貴方の為に俺が出来る事は何ですか?
貴方の為に俺が…してあげられる事が…
してあげられる事が、ひとつでもあれば。
何でもいい、どんな事でもいい。ひとつでも、貴方の役に立てることがあれば。
左腕は使い物にならなかったが、こんなザコ相手にそんなモノは必要としなかった。いとも簡単にお前に圧し掛かっていた男たちは、倒れて行った。
「…瀬戸口……」
ぼろぼろに引き裂かれた服。口許に浴びせられた男の欲望。そして白い肌に刻まれた紅い、痕。
本来のお前ならばこんな男たちは簡単に振り解けただろう。お前がクローンでなかったなら。人間に絶対服従のクローンではなかったなら。
「―――それでも俺の命令は…聴かないんだな……」
もう二度と近付くなと言ったのに、こうして。こうしてお前は…お前はこんなになってまで俺のそばに…。
「…すまない…俺は……」
意識のないその唇に一つ口付けて。そして。そして口許にこびり付いた精液を舌でぬぐっやった。腕はお前を抱きしめていて使えなかったから、この舌で。
『初めてじゃなくて、ごめんな』
抱いた後、お前はぽつりとそう言った。男を抱いたのは初めてだったが、お前は何の苦痛も抵抗もなく俺を受け入れていた。それが何よりもの証拠。
『でも惚れた相手とセックスしたのは、初めてだよ』
その顔がひどく子供のように見えた。こんな顔もお前は出来るのかと、そう思ったらひどく苦しくなった。こんな無邪気な顔を持っているのに、それを誰にも見せようとしなかったお前。
『俺は…気にしない』
『…俺が、気にする…あーあー…なーんでお前にもっと早く出逢えなかったんだろう…』
『――――』
『そうしたら…俺…護ってくれただろう?』
その言葉にさっきのお前のセリフを思い出す。
―――平気だよ、未遂だし…それに初めてじゃねーし…
柔らかい茶色の髪と、そして陶器のような白い肌。不思議と惹きつけられる紫色の瞳。その全てが異質だった。お前が仲間に馴染んでいながらも、一番遠い場所にいるように見えたのはその容姿のせいもあっただろう。そして。そしてひどく『雄』を誘う、その仕草。
無意識のうちに見せるお前の仕草は、ひどく男の欲望を誘う。お前が意識せずとも、そばにいるだけで、見ているだけで…ひどく。ひどく、お前は……。
『…嘘…護ってくれなくてもいい…見ているだけでもいい…』
『それだけでいいのか?』
『…見つめて、そして…そして声を聴いて…目が合ったら…しあわせ』
『もっと欲しいだろう?俺が』
『…欲しいよ…全部、欲しい…俺お前だけのものになるから…だからいつか…』
『…何時か俺だけのものに…なってね……』
降れて来る暖かいものが、ふと意識を浮上させました。その感触がひどく。ひどく、優しくて。その優しさが、苦しいほどに俺を満たしていって…。
「…あ……」
声が零れると同時に、唇がそっと触れてきました。先ほどの男たちとは違う、そのぬくもりと暖かさが。それが…。
「…どう…して……」
唇が離れて、零れた自分の言葉が。それすらがまるで。まるで夢のように思えて。このまま夢ならば醒めないでと。醒めないで、と…俺は……。
「しゃべるな」
「…あっ……」
舌がそっと。そっと俺の顔に浴びせられた精液を掬いとってくれました。睫毛の先から鼻筋から、そして。そして唇から。ゆっくりと滑り落ちる舌と、唇に俺は睫毛を震わせるのを堪えることが出来なくて。そして…。
「…あ、あの…俺……」
先ほど開放されないまま煽られた自身が再び立ち上がっているのが分かって。その熱を抑えようと必死になっても、触れて来るその唇のせいで俺は。
「―――ここで、いいのか?」
「え?」
俺を抱いていた手が離れて、そのまま俺はベンチの上に座らされました。引き裂かれた自らの服の上に、そして。
「…あっ!……」
そのまま脚を割られて大きな手が俺自身に触れて。触れて、包まれて。そして指先で先端を抉られて。
「…あぁっ…あっ…ああんっ!」
強く擦られて一気に俺は堪っていた欲望を、その手のひらに吐き出してしました。
―――俺は貴方の手を、汚してしまいました。
「…ご、ごめんな…さい……」
「どうして謝る?」
「…貴方の手…汚して…ごめんなさい……」
「構わん」
「…でも…俺……」
「―――いい…謝るな」
そう言って俺から離れようとする貴方の手を取って、俺は指先を舐めました。自らの精液を舐め取って、貴方の手を綺麗にして…。今の俺にはそれしか出来なかったから。
「…瀬戸口……」
呼ばれると同時に手が俺の口許から離れました。大きな手、優しい指先。オリジナルは何時も。何時も、この手に触れていたのでしょうか?
貴方の優しい手を、独りいじめしていたのでしょうか?
でも。それよりも、今は。
「…俺を…瀬戸口と呼んでくれるのですね…」
今は、何よりも貴方が。貴方が、こうして。
「それ以外にどう呼べばいいのか…俺には分からない」
こうして俺を『瀬戸口』と、そう。そう呼んでくれたから。
「―――行くぞ」
それだけで、俺は。俺は、生まれてきて良かったと思いました。
…こうして、生まれてこられて…貴方に逢えて良かった、と……
歩き出す前に、貴方は自らの上着を脱いで俺の肩に掛けてくれました。
左手が使えなかったから、すぐに脱ぐことは出来なかったけれど。
それでも貴方は俺にそれを差し出してくれて。そして。
―――大きな手で俺の肩に、掛けてくれました。
貴方の背中を追いかけながら思いました。
今は振り向かないでくださいと。今だけは、と。
今振り向いたら、俺が必死で堪えているものが。
堪えている涙がそっと、零れてしまうから。
――――神様…ほんの少しでいいから…このひとを俺にください………
お前以外誰も入れた事のない部屋。他人を決して入れた事のない部屋。お前以外誰一人、自分の空間へはと。
「シャワー浴びて来い」
そう言ってもお前は首を横に振って、俺を先にと促した。普段のお前なら迷うことなく先に入る癖に。我侭を言って何時も……。
頑として首を縦に振らないお前の手を取ると、強引にバスルームへと突っ込んだ。そうして立ち去ろうとする俺の手を掴んで。掴んだまま、お前は。
「…だったら…一緒に…入ってください……」
こんな時に言った言葉が。こんな時に見せた瞳が、一番『お前』らしく見えたのはどうしてだろうか?
決して広いとは言えないバスルームは、二人で入るのがやっとだった。けれども、よくお前は俺が入っている時にこうして一緒に入って来たのを、思い出す。そう何時も少しでも離れる時間が惜しいとでも言うように。
「―――身体…傷だらけだな……」
白い肌には殴られて痣になった個所と、そして細かい傷が多数出来ている。それを指で触れたら、お前の身体がぴくんっと跳ねた。
「…あ…ごめんなさい…俺……」
クローンの作られる目的の最も需要が多いのは、性欲処理の道具の為に。そしてお前もきっと速水の手によって……。
「構わん…『そう言う風』に作られているんだろう?」
そう思ったら自然に零れた言葉が。その言葉が、俺を…そしてお前を…傷つけた。
同じ顔で、同じ表情で。
あの頃のまま。あの頃の、まま。
そのまま俺を見上げる瞳。
あの頃と同じ、傷ついた猫のような瞳で。
俺を、見上げる瞳。
『…お前が…最初に…俺を抱いてくれたら……』
泣きながら、お前が泣いたのは後にも先にも一度だけだった。まるで子供のように声を上げて、そして。そして身体を震わせながら、お前は。お前は。
『…お前だったら…良かった…そうしたら俺は……』
戦わされるために、軍の幹部達の慰み者にされていた、と。ずっとそうやって犯され続けていたと、自らの傷を開いて俺に見せたお前。
『…そうしたら俺はもっと…自分を…好きになれた……』
辛い過去を全て吐き出して、自分の傷をすべて剥き出しにして。そうしてやっと。やっとお前は。
『…俺は…瀬戸口…そんなお前を……』
お前は自分と向き合い、そして。そして真っ直ぐに俺を、見つめた。
『―――そんなお前を…愛している……』
「…俺…は……」
傷ついた瞳。泣きそうな瞳。それでも必死で耐える、瞳。
「…そうです…俺は…所詮クローンなんです……」
それはお前が全てを俺に剥き出しにする前に、時々見せた瞳。
「…すみません…俺……」
そうして口許だけで微笑おうとする所まで…お前は……
どうして、俺はこんなにも。
こんなにも弱いのでしょうか?
俺はただのクローンなのに。
ただの作り物なのに。どうして。
どうしてこんな事で。
―――心が乱されてしまうのでしょうか?
駄目、泣いたら。泣いてしまったら貴方が。
貴方が困ってしまう。貴方に嫌な思いをさせてしまう。
それだけは、駄目だから。だから俺は。
俺は何時も。何時も微笑っていなければ。
大切な人だから。誰よりも大切な人、だから。だから微笑っていなければ。
「あ、あの身体…俺、洗います…手、左手…使えないから…その…」
オリジナルの俺を失って、誰よりも傷ついているひと。誰よりも心が傷ついている人。だからもう。もうこれ以上貴方には。
「――――」
貴方には余計な気を、使わせたくない。ただでさえ、同じ顔をしている俺が現れて…そして。そして貴方の傷口を開いているのに。それなのに、こんな風に俺に気を掛けてくれて。
…こんな俺に…優しくして…くれて……
駄目、これ以上は貴方に負担を掛けてはいけない。
これ以上貴方の迷惑になっては。これ、以上俺は…。
「…いい…身体は……」
抱いたら俺が惨めになるだけだ。
お前の『代わり』に抱いたならば。
それでも目の前にいるのはお前で。俺の目の前にいるのは、お前で。
「―――瀬戸口……」
同じ顔、同じ声、同じ仕草。
「…嫌なら拒否しろ…でないと俺は…」
違うはその瞳の色だけ。微妙に違うその瞳の色。
「…俺は…お前も…傷つけてしまう……」
それでもお前は。お前、だから。
見開かれたその瞳を瞼の裏に焼き付けながら、その唇を奪った。
END