EYE・DOLL・7

―――俺、きっとお前のためなら何でも出来るよ……


『どんな事でもか?』
抱きついてくる身体を抱きとめながら、その髪を撫でた。柔らかい茶色の髪は、何時しかどんなものよりも俺の指先に馴染むようになっていた。
『うん、何でもする…お前から…離れる以外なら』
『それは何でもとは、言わないだろう?』
『うるさい、いいのっ!』
ムキになって俺を見上げてきて、そして拗ねた表情をするお前に俺は自然と唇が綻ぶのを抑えきれなかった。
『…ってお前笑ったな……』
『お前が…可愛かったからな』
そう言えば耳元まで真っ赤になってしまうお前が、愛しかった。こんな風にくるくると表情を変えるお前を知っているのは、俺だけだ。俺だけが、知っている。
『―――畜生…反則だぞ、それは』
『事実だ』
髪を撫でてやりながら、一つ唇を落とす。それだけでお前はひどく。ひどくしあわせそうな顔をして。そして。
『…バーカ…あんま…俺…喜ばすなよ…』
子供のように、微笑った。その顔を俺はずっと、見ていたいと思った。



――――来須…お前に…届くだろうか?


しあわせになりたいとか。みたされたいとか。
そんな事じゃなくて。そんな事では、なくて。
ただ俺は。俺は、ずっと。ずっと、お前だけが。

―――お前だけが…欲しかったんだ……

綺麗な想いも、優しい想いも。何もいらない。
ただずっと。ずっと俺の視界にお前が。
お前が映る時間があればよかったんだ。


好き、だったんだ。本当にお前が好きだったんだ。
どうしようもないくらい好きで。どうにも出来ないくらい好きで。
自分でもどうしていいのか分からなくて。分からなかったから。
分からなかったから、ずっと見ていた。お前だけ、見ていた。

…好き、なんだ。お前だけが…ずっと…ずっと……


見つめていられれば良かった。初めはそれで良かった。
なのに何時しか俺は。俺はお前の全てが欲しくなって。
どうしようもないくらいに欲しくなって。どうしたら。
どうしたらお前の全てを手に入れることが出来るか。
どうしたらお前の全てを俺だけのものに出来るか。

何時しかそればかりを、考えるようになっていた。


…なあ、来須…俺さ…どんなになっても…お前のそばにいたいんだ…
俺が俺でなくなっても、違う形をしていても。人間でなくても、どんな形になっても。
俺はお前のそばにいたいんだ。お前を見ていたいんだ。
例えばそこら辺に落ちている石ころでも構わない。地面に咲いている花でも構わない。
口が聴けなくても、お前に触れられなくても。もしもお前が誰か別の人間を愛しても。
それでもずっと、さ。ずっとお前だけ、見ていたいんだ。お前のそばにいたいんだ。

お前の視界に入りたい。お前の『空間』に入りたい。

どんなになっても、俺は。俺は何時でもお前を感じていたいんだ。
どんなモノになっても、お前の視線が『俺』を捕らえてくれたら。
それだけで。それだけで、俺は…きっと…満たされるから……


『…そばに…いたい…ずっと…どんなになっても…来須……』


遠ざかる意識の中で、繰り返し告げた言葉。
お前に届くかな?届くと、いいな。
誰にも聴かれなくていいから、お前にだけは。
お前にだけ、分かってくれれば。


…それだけで…いいんだ……



水がぴちゃりと跳ねて、俺の頬に当たりました。けれども今はそれよりも。それ、よりも。
「…んっ…ふっ……」
角度を変えて何度も与えられる口付けに。唇をなぞられ忍び込んでくる舌に。その全てに俺は。俺は、答えるのに夢中で。
「…んん…んっ……」
背中に手を廻しました。直接触れたその背中は、逞しく広い背中でした。こんな風に。こんな風にオリジナルもこの背中に抱きつきながら、溢れる想いを確かめていたのでしょうか?溢れてそして、抱えきれない想いを…。
「…あっ……」
やっと唇が開放された頃には俺は一人では耐え切れずに、ひたすらにその背中にしがみつきました。そうしないと、足許から崩れて行ってしまいそうで。がくがくと震える足許が。
「俺を拒まないのか?」
見下ろしてくる蒼い瞳に、今映っているのは俺の顔だけで。俺の顔、だけで。そう思ったら胸が震えるのを止められませんでした。こんな感情を、俺は今まで。今まで知らなかったから。こんな風に胸が震えて、そして。そしてどうしようもない程に、こころが震えて。
「…どうして…俺が…貴方を……」
「お前は俺の命令だけには逆らった…だからクローンとしてこうされる事を俺になら拒否出来るだろう?」
「逆らったのは…貴方のそばにいたかったからです。どんなになっても…貴方のそばに…」
これがオリジナルの想いだとしても。オリジナルの心が俺に植え付けたものだとしても。それでも、この想いは。この『想い』は、俺だけのものだから。
「…俺は…貴方が、好きなんです…貴方だけが好きなんです」
好き。このひとが、好き。どうしようもない程に。どうにも出来ないほどに。もうどうしていいのか分からない。分からないんです。貴方が好きで。好きになりすぎて、どうしていいのか。
例え身代わりでも、オリジナルに向けられている想いでも。それでもいいから。いいから、俺は。俺は貴方が…欲しいんです……。
「―――瀬戸口……」
いい…代わりでも。代わりでもいいです。だからお願いです、俺を。俺を貴方のそばにおいてください。どんなになってもいいから、貴方のそばに。
「…好き…です……」
人間の命令は絶対。逆らうことは許されない。それでも俺は、その全てに逆らって、自分から貴方にキスをしました。全ての想いを込めて。ただひとつの、想いを込めて。


―――貴方が、何よりも、好きなんです……


「…そんなにも…俺が好きか?……」
閉じ込められた記憶が言わせた言葉でも。
「…好きです…貴方だけが、好き……」
植え付けられたプログラムが俺に言わせた言葉でも。
「…好きです……」
もうそれでもいい。どうでもいい。それでも俺は。

俺は貴方だけを愛しているから。



ひたむきとも言える瞳で。反らされることなく真っ直ぐに、真っ直ぐに見つめてくる瞳を。確かに俺は、知っている。お前が俺に見せた瞳の中で、一番。一番最期に見せたもの。
色々な表情を少しずつ俺の前に曝け出し、そして一番最期に見せたのは。見せたのは、この真摯で一途な瞳だった。
「―――瀬戸口、俺は…多分お前にあいつを重ねている。それでも今、俺は」
使えない左手がもどかしいと思った。この腕で。この両腕で、お前を抱きしめられたらと思った。そうしたらもう。もう絶対にお前を何処にもやらないのに。

――――『死』からすらも、お前を渡しはしないのに。

両腕で抱きしめられないから、俺は今中途半端なのかもしれない。お前を完全に受け入れることは出来ず、かと言って引き離す事も出来ずに。こうして。こうして、俺は。
「俺は『お前』が、欲しい」
お前は『瀬戸口自身』なのかもしれない。それとも別な…やっぱり別な存在なのかもしれない。それでも今こうして。こうして見つめる瞳が、色彩は違っても俺だけが知っている真実のお前の瞳だったから。俺以外に決して見せはしない、その瞳だったから。
「…はい……」
それだけを言うとお前は目を閉じて、俺の腕の中にそっと落ちて来た。そのぬくもりを愛しいと。確かに愛しいと、そう思った。


性急に身体を洗って、ろくさま身体も拭わずに。
縺れ合うように抱き合いながら、何度も唇を重ねながら。
互いのぬくもりを感じながら、ベッドの上に堕ちてゆく。
シーツの波にその身体を、落としてゆく。


「…名前……」
背中に廻された手に力が篭る。その手が、微かに震えているのが伝わった。それが何故か、ひどく胸に切ない。
「…貴方の名前…俺…知らないんです……」
意外な言葉に少しだけ驚愕した。速水はそれをお前に教えなかったのか?教えないまま、俺の事を何も知らないままで、こうして。こうしてお前を俺に差し出したのか?
「速水は何も言わなかったのか?」
「…教えてくれたのは…俺のオリジナルが好きだった人だと…そして…」
その先をお前は口にしようとして、そして止めた。言葉を飲みこんで、一度だけ俺から目線を外して。そうしてからもう一度、俺を見上げて。
「…ただ俺は必ず貴方に恋をすると…そう言いました」
迷いのない一途な瞳で。俺の全てを貫くような瞳で、そう言った。



『…どんなになっても…お前のそばに…いたい……』



貴方に言うべきだったでしょうか?
オリジナルの最期の言葉を。遺言を。
でも俺はそれを自らの胸に閉じ込めました。
今その言葉を告げたならば、きっと貴方は。

―――きっと貴方はまた…自分の心に罪を作ろうとするでしょう……

だからまだ、今は。今はまだ。
まだ貴方に告げることは出来ない。
貴方が傷は、抉られ続けている限り。


「…来須銀河……」


零れるように呟いた貴方の名前が、そっと。
そっと俺の心に染み込んできて。そして。
そしてゆっくりと胸に広がって。広がって。
俺の全てを埋めてゆきました。


「…来須…銀河……」


自然と零れて来た呟きに。―――来須…と、口にした言葉に。ごく自然に、何の抵抗もなくそう呼んだ俺は。今の俺は、きっとオリジナルの感覚だったのでしょう。でもそれでも。


「…来須……」
それでも今貴方の名前を呼んでいるのは俺だから。
「…お前も…そう呼ぶんだな…」
今貴方の名前を呼んでいるのは、俺だから。
「…そうやって…俺の名前を……」

「…瀬戸口……」


切ないくらい、貴方は優しく微笑んで。
そして。そしてそっと降りてくる唇に。
その唇に瞼を震わせて。そして。




そして俺はひとつ、祈りました。その笑顔をずっと貴方がしてくれますように…と。


END

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