EYE・DOLL・9

絡めた指先のぬくもりが、世界の全てだったなら。
きっと胸に宿る切なさも、苦しいほどの想いも、全て。
全てがそっと。そっと消えてなくなるのでしょうね。


髪に指を、絡めて。綺麗な金色の髪に指を絡めて。そして、そっと撫でました。指先に馴染む髪の感触が、俺を何よりも嬉しくしました。何よりも俺を、満たしてくれました。
「…瀬戸口……」
繋がったままだったから、貴方が動くだけで敏感な身体は反応を寄越して。けれども離したくなかったから…まだこうしていて欲しかったから…俺は零れそうになる息を必死で耐えました。
「…はい……」
見上げて。その綺麗な顔を見上げて。それだけで、満たされる想い。それだけで、泣きたくなるほどに嬉しくて。貴方が俺を視界に映していてくれていると言う事が。

―――こんな風に、俺を見つめてくれるという事が。

右手が俺の髪を撫でてくれました。汗ばむ前髪をそっと。動かない左手を変わりに俺は。俺は指で触れました。動かなくても神経がなくても、愛しい貴方の腕には変わりがないのだから。
「―――お前は…変わりでもいいと言った…」
「はい。貴方のそばにいられるなら、俺はそれだけでしあわせです」
少しだけ掠れている声。ああ、こんな声もするんだな…そう思ったら凄く嬉しくなりました。きっとオリジナルは貴方のそんな声もいっぱい聴いているのだけれど、でも。でも俺は初めて聴いた声、だから。
いっぱい、聴きたい。貴方の声を、色んな声を、いっぱい聴きたい。
「俺がこんな風に抱いても…それでもいいと言うのか?」
髪を撫でていた手が、頬に滑り、そのまま鎖骨の窪みに触れました。それだけで俺の身体は反応するのを抑えきれなくて。びくんっと反応するのを抑え切れなくて……。
「…俺は…貴方に抱かれたかった…んです……」
身体の熱がじわりと溢れてきました。多分俺は、自分が思っているよりももっと。もっと貴方を求めているのでしょう。もっと、貴方が欲しいのでしょう。欲しくて、欲しくて。それが本当にただの一夜の夢だとしても。
「…他の誰でもない貴方が…貴方だけが…欲しかったんです…俺は……」
―――たとえ、一夜の幻だとしても。



「…俺は…貴方を…愛しています……」



これは、俺の想い。俺だけの想い。
オリジナルでもない。埋め込まれたものでもない。
ただひとつの。ただひとつの、想い。
俺だけの想い、だから。だから、どうか。

―――どうか心の片隅でいい…俺の気持ちを覚えていてください……


「…俺を、愛していると云うのか…同じ顔で…同じ声で……」
ええ、愛しています。愛しています。瀬戸口と名前のつくもの全てが、貴方を愛するのです。貴方だけを、愛するのです。
「…俺を……」
貴方だけを、愛するのです。それが全て。全てなのだから。


―――オリジナルの想いも、俺の想いも。


唇が降りてきて、そして。そしてその口付けに俺は全て答えました。貪るように唇を奪いながら、舌を絡めて。絡めて、互いの全てを奪うような口付け。そして何時しか繋がった個所から熱が溢れてきて。そして。そして俺達は。



ずっと俺はお前だけを求めていた。
どんなに心に閉じ込めても。どんなに封印しても。
想い出の中にお前が生きているからと、そんな。
そんな綺麗な言葉で誤魔化しても。誤魔化しても。
それでも求める想いは、止められなくて。

―――こんなにも、俺は。俺は今でもお前だけを求めて……


「…ああっ…あああ……」
例えクローンであっても。例えお前でなくても。それでも、俺は。
「…あぁっ…あああんっ!……」
それでも、俺は。こんなにもお前を求めている。尽きることのない欲望が。
「―――瀬戸口……」
誰も身代わりになどなれはしない。誰もお前の変わりになどなれはしない。それでも。それでも俺は。
「あああああっ!!」
お前と同じ顔をした…腕の中のクローンを…愛しいと思わずにはいられない。



「…変わりでいいんです…変わりで…いいんです…貴方が微笑ってくれるなら……」



ずっとオリジナルだけを愛し続けても。
永遠に愛し続けても、それでもいいんです。
貴方がそれで。それで、微笑ってくれるなら。

―――貴方が、微笑ってくれるなら……


何度も、抱き合いました。壊れるほどに。壊れたいと願うほどに。
粘膜から伝わる貴方の想いが、誰に向けられてるか知っていても。
知っているからこそ、俺は。俺の全てで感じました。
オリジナルの意識を閉じ込めてまで、貴方を求めずにはいられない浅ましい俺だから。
だからせめて、この想いだけは。想いだけは、オリジナルに渡さなければならないと。
本当に愛されているのは俺じゃないと。俺じゃないんだと、分からせるために。
貴方が本当に愛している人へと、伝える為に。伝える為、に。

…それでも俺は…貴方を愛しているんです……

泣いて、想いが流されるのならば。
零れてゆく想いが、全てを消化してくれるなならば。
幾らでも泣いて。幾らでも泣き続けられるのに。
でも想いは積み重なってゆく。想いは、積もってゆく。

些細な仕草を見付けるだけで。知らなかった仕草に気付くだけで。

それだけで、好きが積もってゆく。
それだけて、想いが溢れてゆく。


それはもう俺にはどうにも出来なくて。そして誰にもどうすることは出来ないものなの。



「…貴方が…微笑ってくれるなら…それで……」



最期にお前は微笑って、そして意識を完全に手放した。その身体を抱きしめながら、俺は。俺は自分の溢れてくる想いをどうする事も出来なくなっていた。出来なくなって、いた。
「…瀬戸口……」
お前の心を、記憶を持つクローン。身体はクローンでも心はお前のものだと速水は言った。確かにお前は本当に『瀬戸口』の記憶を持つクローンなのだろう。けれども。

―――けれどもそれとはまた別の意思も…持っている……

その意思が俺を好きだと言わせるのならば。本来の『瀬戸口』ではない意思が俺を好きだと…そう言うのならば、俺は。
「…お前と同じ顔をしている奴を…変わりには出来ない……」
変わりになんて、出来る筈がない。どんな姿であろうともお前が『瀬戸口』である以上。俺は絶対にお前に、そんな事は、出来はしない。
「―――『瀬戸口』……」
この身体の中にお前の記憶は眠っているのだろうか。今この瞬間にも、お前の記憶はこの身体の中にあるのだろうか。ならば、聴いてくれ。今だけでいい、聴いてくれ。
「…俺が…愛しているのは『お前』だけだ…未来永劫…ずっと『お前』だけだ……」
ただ独り愛したのは。人を愛せない俺が。愛してはならない俺が、それでも。それでも求めずにはいられなかったのは、お前だけ。お前だけが、俺のただ独りの。
「…でも俺は…お前の顔をして、お前の心を持ちながら…それでも必死になって縋ってくるこいつを…愛しいと…思う……」
変わりでもいいと。身代わりでも構わないと、それでもそばにいたいと。それでもそばにいたいと、必死の想いで俺を見つめてくるお前を。
「…すまない…『瀬戸口』……」
こんなにも俺を必死になって求めてくれる腕を…引き剥がすことは、出来ない。



俺は、俺だから。どんなになっても、俺だから。
そして俺が求めるのはお前だけ。お前だけだ、来須。
どんな形になっても、どんな姿になっても。
俺と名前の付くものは、全て。全てお前だけを、愛するんだ。
だって俺が、そうだから。俺が、そうだから。


―――だからさ、来須…『俺』をちゃんと愛してくれよ……


いいんだよ、それも俺なんだよ。
クローンでもさ、やっぱり俺なんだよ。
俺なんだよ。だから、さ。
だからお前に恋をするんだ。どんなになっても。
どんなになろうとも、俺はずっと。
ずっとお前だけに恋をするんだ。

どんな姿になっても、どんな形になっても。



俺というモノが存在する以上…瀬戸口隆之は、永遠に来須銀河だけを求めるんだ。



目覚めた瞬間に飛び込んで来た蒼に、俺は睫毛を震わせるのを止められませんでした。この綺麗な蒼が俺に向けられている事が、まだ。まだ夢の中にいる錯覚を起させて。もしも夢ならば、まだ目が覚めないでと心の中で祈りながら。
「…あ……」
けれども夢かどうかと確認する前に。その前にそっと。そっとその唇が降りてきて。降りてきて、そして。そして微笑いました。貴方がそっと、微笑いました。


見たかったもの。願ったもの。
ただひとつだけ。ただひとつだけ。
どんなになろうとも、それだけを。
貴方の笑顔、それだけを。


――――俺は貴方の笑顔を、見る為に…生まれて来ました……


「…おはよう…瀬戸口……」
髪を撫でる指先。右手がそっと髪を撫でる。
「…あ、お…おはよう…ございます……」
大きくて優しいその手が、そっと。そっと俺の髪を。
「…おはよう…来須……」
―――そっと、かみを、なでる。



「ああ、そう呼べ。俺の事はそう呼べ」



もう一度降りてくる唇に、俺は目を閉じてそして全てに答えました。変わりでもいい。何でもいい。貴方が俺を必要としてくれるのならば、どんな事でも出来る。


―――俺は貴方のためならば…どんな事でも出来るから……



しあわせ。貴方がくれたしあわせ。
貴方しか与えることが出来ないしあわせ。
他の誰も、俺に与えることが出来ないもの。
それを、今。今、俺は。


―――両手で抱えきれないくらい…貴方から貰ったから……



END

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