ハイウェイに乗る前に

少しだけ来須は後悔をしていた。多分こうなる事は分かっていたのだが…分かっていたのだが、それを断りきれなかった自分に。
「気持ちイイよなー」
横では嬉しそうな瀬戸口の顔がある。彼の嬉しそうな顔を見るのは自分は何よりも好きだったが、それとこれとは別問題である。今、この状態でそんな悠長なことを言ってはいられなかった。
「…瀬戸口…お前は……」
珍しく来須の顔が呆れ返っている。そんな彼の表情は滅多に見られないものだから、ついマジマジと瀬戸口は見てしまった。見てしまったら最後、今度は本気で怒られた。
「危ないだろうが」
声は穏やかだったがトーンがいつもと違う。更に微妙に眉毛が釣り上がっている。そんな顔も珍しいから見ていたい気もしたけれど…でも見惚れてしまったら益々怒られるのが目に見えているから諦めた。諦めて、前方に視線を移す。
それでもやっぱり見たくなって、ちらちらと視線を横に移したら…軽く頭をひとつ殴られた。


事の起こりは瀬戸口の何時もの気まぐれだった。今更彼の気まぐれも我が侭も慣れきっている来須だったので、動じることはなかったのだが。が、しかし。
「ドライブ行こうっ!ドライブ、俺が運転するからさ」
ドライブまでは別に良かった。しかしその後の『俺が運転』で、来須は一端停止した。
二人とも免許を持っていたのでどちらが運転しても本来なら構わないはずなのだが、瀬戸口は来須が免許を取った時点で運転することを放棄した。
彼にとって運転して道路とにらめっこするよりは、大好きな来須の顔を見ているほうがしあわせだからだ。それに対して来須にも依存はない。そんな事でこの恋人が喜ぶのなら、幾らでも自分が運転をしようと思っている。
そして何よりも。いやこれが、来須が自分で運転しようと思う最大の原因なのだが…瀬戸口はスピード狂なのだ。それも半端じゃなく。現に今も何十台と言う車を追い越して時速…メーターを見るのも恐ろしい状態で、軽快に車を走らせていた。大体こんな平日の夜中に車なんて何台も走っていない状態だと言うのにだ。
「久々に運転したけど…やっぱ楽しいかも」
窓を全開にして、風に髪を靡かせながら瀬戸口は言った。紫色の瞳は生き生きとしてひどく楽しそうだった。そんな彼の表情は、来須はとても好きだったが、物事は時と場合による。この猛スピードで走る車の中では、そんな事も言ってはいられない。
「―――瀬戸口…もう少しスピード落とせないのか?」
「何で?イイじゃん、気持ちいいし」
しょうがない…来須は心の奥底から深いため息を付いてから、もう一度瀬戸口に視線を送った。そして彼にとって最大の餌を、与えることにする。不覚ながら、も。
「…次の曲がり角で、止まれ」
「えー何でだよ」
「曲がり角に、駐車場がある。今の時間なら無人だ…そこからはよく星が見える」
瀬戸口にとって一番の関心事は彼自身よりも、自分だ。それを来須は一緒にいて何よりも知っている。彼が一番欲しがるのは常に自分だと言う事を。
「何か君にしてはロマンチックな事言うねぇ」
「―――嫌か?」
来須の言葉に瀬戸口は当然とばかりに首を振った。そして予想通りの嬉しそうな顔で、言ってくる。そんな君も大好きだよ、と。
あっさりと餌に引っかかる瀬戸口を、やっぱり来須は思わずにはいられなかった。どうしようもないほどに、可愛いと。


無人の駐車場に車を止める。平日のこんな時間となれば人の気配は全くない。時々面している車道から車が走り抜けるくらいで。
「綺麗だなー」
シートを横たえて瀬戸口は外を見上げた。車の窓ガラスから覗く漆黒の空と、一面に広がる星は確かに綺麗だった。こうして区切られた空間から見る夜空も悪くないなと思った。
「満足か?」
「うん、満足。それに隣に君がいるし…しあわせだな」
ひょいっと瀬戸口は上半身を起こすと、同じようにシートを横たえ見上げてくる来須の顔を見下ろした。星を見ている蒼い瞳も好きだけど、自分だけを映してくれるほうがもっと好きだから。だから瀬戸口は彼の視界を遮って、その顔を見下ろした。
「こら、見えないだろう」
そう言っても彼が言う事を聴かないのは来須には分かっていたけれど。予想通り少しだけ拗ねた表情を浮かべ、そのまま来須の首筋に手を廻すとそのままぎゅっと抱き付いてきた。
「駄目、君の目は俺だけ見ていればいいの」
相変わらずの我が侭振りに来須は苦笑した。けれども愛しかった。こんな我が侭を彼が言うようになったのは、こうして自分と共に暮らすことになってからだった。それまではこんな我が侭も…言えなかった。別れがあると諦めていたあの頃には、こんな我が侭を言えば言うだけ苦しくなると分かっていたから。でも、今は。今はこんな我が侭を幾らでも言える。言う事が出来る。それをこうして受け止めてくれる腕がある限り。
「俺だけ、見ろよ」
綺麗な紫色の瞳が真っ直ぐに自分を見つめてくる。それを瞼の裏に焼き付けながら、来須はその唇を塞いだ。首の後ろに手を当てて、そのまま引き寄せる。それに答えるように瀬戸口は唇を薄く開いて彼の舌を受け入れた。
「…ん…ふっ……」
瀬戸口の舌を絡め取り、そのままきつく吸い上げた。その瞬間、来須の上に乗せられている瀬戸口の身体がぴくんっと跳ねた。
「…はぁっ…ん…んん……」
髪に手を入れて、そのまま引き寄せる。深く舌を絡め合わせ、くちゅくちゅと濡れた音を車内に響かせた。その音に自然と瀬戸口の身体が火照るのが…抱きしめている腕で分かった。
「…来…須…っ……」
長いため息と共に離れた唇から零れるのは、愛しい恋人の名前だけ。その呼び方に含まれる情欲の色に、来須は苦笑した。彼は自分の欲望を決して、自分の前でだけは隠さない。
「―――欲しいか?瀬戸口」
耳元に息を吹きかけるように囁けば、こくりと頷いた。そして自ら来須に口付けると、その手を彼のズボンのベルトへと滑らせた。そのままペルトを外して、ファスナーを降ろす。まだ欲望を見せる前の来須のソレを手のひらで包み込むと、瀬戸口は手を弄り始めた。まだ勃ち上がる前なのに、充分な大きさを持ったソレを。
「…コレ…俺の…だからな……」
愛する男の分身を撫でるだけで、瀬戸口の身体はジンと痺れた。コレに貫かれる悦びを思うだけで、濡れるのが分かる。そんな瀬戸口の髪を来須はそっと、撫でて。
「お前も、ほら」
「…あっ……」
そのまま器用に片方の手だけで、瀬戸口のズボンを下着ごと降ろした。剥き出しになった双丘の窪みに来須の大きな手が触れる。それだけで、瀬戸口の芯が疼いた。
「…あぁっ…んっ……」
外側の膨らみを大きな手が撫でて、そのまま指がずぷりと中へと埋められる。受け入れることに慣れ、そして求めるようになった蕾はそれだけで花びらを開かせた。
「…はぁっ…ぁ…来須…あんっ……」
くちゃくちゃと中を掻き乱され、息が乱れる。来須の前を撫でていた手の動きも何時しか散漫になっていた。けれども乱れる瀬戸口の姿を見ているだけで、愛撫などもう来須には必要のないものなっていたが。
「…あぁ…来須…イイ…よぉ…はぁ……」
目尻から涙を零しながら喘ぐ瀬戸口の上半身を浮かせ、シャツを捲り上げて胸の突起に触れた。既に感じて張り詰めているソレを、指の腹で転がしてやる。後ろを嬲られながら胸を弄られて、瀬戸口の身体がびくびくと跳ねた。
「瀬戸口、このままでいいか?」
言われた言葉の意味が瀬戸口には一瞬分からなかった。快楽に潤む瞳を堪えて必死に来須を見下ろす。その時点で言葉の意味に気が付いた。狭い車内では、この姿勢だと瀬戸口の頭が天井に着きかねない。広めの車内とは言え、大きな男二人ではかなり窮屈なのも事実だった。
「…あ…後ろ…から…が、いい……」
「そうか」
瀬戸口の言葉に来須は一つ頷くと、そのままその身体を反転させた。瀬戸口の手が宙をさ迷う。そして助手席のドアの上にあるアシストグリップを探り当てて、そのままそれをぎゅっと握り締めた。
「…来須…っ…」
それを支えに腰を浮かすと、来須は自身を瀬戸口の入り口へと当てた。そしてそのまま下から突き上げる。その振動に、車内が微かに揺れた。
「…ああああっ!!」
与えられた刺激に満足したように瀬戸口は喘いだ。そしてそのまま自ら腰を揺すった。アシストグリップを握る手に力が自然とこもる。その力が車を、揺らした。
「…あぁぁっ…あぁっ!……」
後ろから手を廻し、瀬戸口の胸の突起を弄る。その刺激に瀬戸口の身体が小刻みに痙攣をした。それを確かめるように何度も胸をいたぶりながら、来須は突き上げる腰の動きを激しくした。
「…あぁっんっ…ああんっ…来須っ…!……」
擦れあう肉の快楽に、眩暈すら憶える。このまま意識も何もかも飛ばされて、溶けてゆきたいと思う。貫かれる痛みと刺激に、壊れてしまいたいと願うほどに。
「―――瀬戸口…出すぞ……」
「ああああんっ!!!」
耳元で囁かれたと同時に、深く突き上げられる。その刺激に瀬戸口の身体が弓なりに仰け反って、そのまま中に熱い液体が注ぎ込まれた。


来須の手のひらに吐き出された自身の欲望を、瀬戸口はその指先を舐めることで拭い取った。流石に車内を精液で汚すことは忍びなかったので。
「―――んっ!……」
来須の手を綺麗にすると、今度は自身の中に放たれた液体を指で掬う。まだ生暖かい精液が指先にどろりと伝わった。自分のモノでは何ともなかったけれど、これが来須の出したモノだと思うと瀬戸口の身体は再び疼いた。けれどもそれを必死で堪えると、足許に転がっていたティッシュを取りだし中を拭った。
「平気か?」
初めは来須が綺麗にしてやると言って来たが、瀬戸口はそれを断った。まだ火照りが消えない身体でその手に触れられれば、絶対に自分は堪えきれなくなってまた求めてしまうだろうから。
このままもう一度…いや、いっぱい抱かれたいと思ったけれど、やっぱり車の中では辛かった。無理な態勢でしたせいで身体の節々が痛い。行為の最中は夢中になって気付かなかったが、こうして現実に戻ると痛みが訴えて来るのを止められない。
「…身体、痛い…かも……」
取り合えず身支度を済ませた瀬戸口が、まだ来須の上に抱きついたままでそう言って来た。その言葉に来須は苦笑した…そして。
「仕方ない、帰りは俺が運転しよう」
「…ああ、そうしてくれ…もう俺は疲れた……」
ぐったりとする瀬戸口を見つめながら、自分が仕掛けた罠が成功したことに……




……微かに微笑ったのは…ハンドルを握り運転する来須だけが知っている事実だった。



END

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