愛の伝道師なんて…自分でもよく言ったなぁと思う。
そんな事を言っておきながら、本命には全くからしきで。
何時も何時も、どきどきしているから。
どきどきしっぱなしで、何時か変になっちまうかもしれない。
カラっと音がして教室の扉が開かれる。そこには君と、狩谷がやってきた。車椅子を押しながら何か話している。ちょっとだけ狩谷を羨ましいと思った。別にただ話しているだけなのに、ごく自然に見えたのがひどく。ひどく、俺には。
「何を見ているのですか?」
「わっ!!」
そんな俺に背後からいきなり声を掛けられてびくっとする。振り返れば金の延べ棒…じゃなかった遠坂のヤローが立っていた。こいつ見た目は俺並みにイイ男なのにどっかずれている所があるから、こうイマイチ俺としてはどう言う奴か掴めていなかったが。が、次の一言で全てが解決した。
「―――夏樹を見ているんじゃないでしょうね?」
「…っとちょっと待て、何で狩谷の事名前で呼んでいるんだっ?!!」
「決まっているでしょう?僕の大切な人なんだから」
と言うと遠坂は長い髪をひとつ掻き上げた。それを俺は呆然と見つめながら、しばらく口が利けないでいた。っつーかコイツ…こんなキャラだったのかっ?!
…って目がめちゃくちゃ怖いんですけど…なんか睨んでいるんですけど……。
「ち、違うっ!断じて違う俺はっ」
「俺は?」
―――つーか遠坂眉釣りあがってんぞ…怖いんだけど……。
俺は諦めて本当の事を言わざるおえなかった。ってこいつが誰かに『タイガー』って呼ばれてたのは、このせいなんだろうか?
「…俺は…その来……」
そこまで言って恥ずかしくなって顔がかああっと赤くなった。な、何を俺は…中坊じゃあるまいに……。
「なんだ、そうなんですか。そんならちょうどいい。早く愛しの来須くんの元へ行ったらどうですか?」
「ちょっ、ちょっと待て『愛し』って何だ、それはっ?!君こそ『愛し』の狩谷の所へ行けばいいだろう?」
「違いますね、瀬戸口くん。『愛し』ではなく『愛するもの』ですよ」
―――絶句……あ゛あ゛こいつってこいつって…こんな奴だったのかっ?!
「なので貴方が行きなさい」
と冷たく指図された瞬間、遠坂の表情が急変して。そして次の瞬間これでもかと言う笑顔になって。それと同時に俺の背後から声が、した。
「…瀬戸口…声大きいんだけど……」
振り返れば、物凄く不機嫌そうにしている狩谷と…口許に微かに微笑っている…君が、いた。
どきどきが、伝わらないかと。
伝わってしまわないかと。それだけが。
それだけが気になって。気に、なって。
まともに顔が、見えない。
「君も君だよ、何バカな事言ってるんだよ」
「僕は何時でも本気ですよ」
真顔でよくもまあこんなセリフが言えるもんだコイツ。って何時も俺も似たような事を言っているんだけど。
「…バカ…もうここは教室なんだから…」
「じゃあ違う場所へ行きましょうね」
「……もう君は……」
大きなため息を付く狩谷を余所に遠坂は君から車椅子を受けとって、そして。そして遠坂は君に耳元で何かを囁いて。
「―――ああ」
君は一つ返事すると、二人を見送って俺の元へとやってきた。
「瀬戸口」
「な、何?」
「俺達も、行くか?」
その言葉に俺はこくりと頷いた。きっと今の俺はさっきの狩谷よりもずっと。ずっと真っ赤な顔をしているんだろう。
「風が気持ちいいな」
男二人、誰もいない屋上で。端から見たら変かと思われるかもしれない。と言うか充分変だよなぁ。
「ああ、気持ちいいな」
ちょっと緊張しながら君の隣に立つ。大柄な君はこの俺ですら見上げる格好になってしまう。でも見上げると普段帽子で隠れている君の瞳が見えるから、イヤじゃない。
「あのさー来須」
「何だ?」
こんな時俺はひどく子供じみていると、自分でも思う。今まで色んな女の子と付き合ってきた癖に、君の前ではそんな経験ですら意味の無いモノになってしまう。
「さっき狩谷と何話していた?」
「気になるか?」
「き、気になんてならない」
と言いつつも顔が真っ赤になっている。めちゃくちゃ気にしているのがバレバレだったりするのが、凄く情けない。
「少しは、気にしろ」
「…気にしてない……」
「本当か?」
帽子を上げて、君が俺を見つめた。その蒼い瞳に吸い込まれそうになる。このまま吸い込まれて、しまいたい。この、まま……。
「――嘘だよ、本当は…凄く気にしている」
君の手がそっと俺の頬に掛かると、耳元で一言囁いてそして。そしてキスしてくれた。
―――ちゃんと言ったな…と。囁きながら。
「お前の事聴かれた」
大きな腕がそっと俺を抱きしめる。その優しさと暖かさが俺は何よりも好きだから。
「…どんな事?…」
「下世話な事だ」
「へっ?!」
君の言葉に俺はついきょとんとしてしまう。って狩谷は一体何を聴いたんだ?
「下世話って何話したんだよ?!」
「――いや…別にお前に話す事でも……」
「そんな事言わずに教えろよっ何だよっ?!!」
「……お前の弱点を聴かれた」
「なんだそんな事か…ってなんだあいつ…俺の弱点なんて聴いてどうするんだよ?」
弱点なんて今俺の目の前にいるのに。こんなにもはっきりと分かる形で。
「参考にしたいらしい」
「参考?」
再びきょとんとしてしまった俺に。君は耳元にそっと息を吹きかけるように一言。
「ああ、夜のな」
―――と、俺の全身を真っ赤にするような言葉を言った。
「……って君は狩谷とそんな事話しているのかいっ?!」
「ああ、時々」
「時々って一体何を話してっ?!」
「色々とな。俺は、受身は分からんから参考になる」
「―――――」
「何絶句している?」
「…いや…その…な、何でとか聴いたら…駄目か?」
「決まってるだろ?」
「お前のためだよ」
俺ははっきり言って自分がこれほどまでに、馬鹿で単純だとは思わなかった。
君のその一言で。君のその一言で、俺は。俺はどうしようもない程に嬉しくて。
嬉しすぎて、どうにもならなくなってしまった。
「顔、笑ってるぞ」
「あ、だって俺その嬉しくて」
「嬉しいか?」
「嬉しい、めちゃくちゃ嬉しい」
「―――そうか……」
「…来須……」
「ん?」
「…好き…だよ……」
「ああ」
「俺もだ」
その言葉と同時に、降って来る唇に。
俺はそっと目を閉じて受け入れた。
どんな女の子とキスしても、こんな風に。
こんな風にどきどきする事も。
こんな風に睫毛が震える事も。
一度も、なかった。
――――君には何時も、どきどきしっぱなしだから。
「遠坂には感謝するべきかな?」
「え?」
「こうして」
「ふたりきりにしてくれたからな」
END