広い背中を見ていたら、後ろからしがみ付きたいと思った。
けれどもそんな事を思う自分がひどく子供っぽく、まるで女の子のようだったから。
だから我慢して、その背中をずっと見つめていた。
「――どうした?」
その背中が振り返って、俺を見つめた。言葉にして名前を呼んだ訳でも、声に出した訳でもないのに君は…振り返って俺を見つめた。
「別に何でも、ない」
本当に何でもなかった。今はただ見つめていたかったから。ずっと見ていたいと、思ったから。ただ君を、ずっと。
「そうか」
帽子のせいで瞳は見えないけど、微笑っているのは分かるから。だから俺も笑った。君のその笑みが一番大好きだから。
「笑ってる」
「だって来須…君が笑うから」
「お前が」
「――可愛い顔、するからだ」
思いがけない君の言葉に、俺は一気に耳まで真っ赤になった。まさかそんな事を言われるなんて思わなかったから。思いも、しなかったから。だから俺は…その…。
「男に可愛いと言われて顔真っ赤にするな」
「だって…君に言われたから…その……」
「嬉しいか?」
聴かれて素直に頷いた俺に。そんな俺の頬にそっと手を当てると。そのままゆっくりキスしてくれた。甘い、キスを。―――ずっとこうしていたいな、と思った。
「…お前は…犬みたいだな」
すっぽりとその腕に抱きしめられる。広くて大きくて、そして優しい腕に。バカみたいにしあわせを、感じる瞬間。
「…何だよ、それ…」
俺を見下ろす優しい瞳。こうして抱きしめられている瞬間が一番好きなのは、普段隠れている君の瞳がこうやって。こうやって、見る事が出来るから。だから、好き。
「―――こうすれば…」
「…あ……」
手が頬に、触れて。俺が確認する前に。その前にそっと、唇が塞がれて。そして。
「お前は嬉しそうな顔をする」
「〜〜っしょうがねーだろっ!…お前のキス…気持ちいいんだから…」
「だから犬みたいだって言っている」
微笑う。そっと、君が微笑う。優しい口許。やっぱ好き。君が好き。どうしようもない程に、大好きだって思う瞬間。
「まあ、そこが……」
―――可愛くて堪らない…って耳元で囁かれて、俺は心臓が高鳴るのを止められなかった。
「…俺達ってさ……」
「ん?」
「…何時も教室でいちゃついてない?…」
「お前ががっつくからだ」
「何だよっそれっ!」
「目で、言ってるだろ?抱きしめてくれって」
「………」
「何を黙っている?」
「―――図星だから…言い返せない……」
「分かりやすくていい」
「〜〜ってそう言う問題なのかっ?!」
「そう言う問題だ。俺は…言葉にするのが苦手だから…その方がいい」
「…来須?……」
「お前がどうして欲しいのか、俺には手に取るように、分かるから」
でもな、来須。君しか俺。
君にしか分からないように。
分からないようにしているんだよ。
他の誰にも分からないように。
君だけが気付いてくれるように。
君だけに分かってもらえるように。
―――君だけが分かって、くれるように……
「だーけーどっそんな俺に気付いてて、答える君も同罪だろう?」
俺の言葉に君はぽんぽんっと俺の頭を叩いた。そして。そしてそっと髪にキスをする。柔らかい、キスを。
「ああ、同罪だな」
そして悪びれもせずに俺を抱きしめて、そして。そしてキスのシャワーを降らせて来る。額に睫毛に、瞼に。鼻筋に頬に、そして唇に。余す所なく、キスの雨を。
「…羞恥心…ないのかよ……」
「そんなもの、お前の前では無意味だ」
大きな手が髪を撫でて、そのまま俺の頬に触れて。そして唇に触れる。指先がそっと、唇を辿った。
「お前は俺の前では気持ちを隠さない。だから俺も、気持ちを抑えない」
「…そ、そりゃーそうだけど……でもやっぱり少しくらいは……」
「お前拗ねるだろう?」
「な、何でっ?!」
「抱きしめて欲しいって思った時に俺がしなかったら、拗ねるだろう?」
―――図星、だった。確かに君は。君は何時も俺の気持ちに答えてくれる。言葉にしなくても、表情で伝わる。君にだけは伝わるから。だから何時も、抱きしめてくれる。だから何時も、キスをしてくれる。何時も。何時も、俺に。
「俺は誰かに見られるより、お前に拗ねられる方が困るんだ」
ああ、ダメ。俺めっちゃ君が好き。そんな事言われたら、俺。俺どうしていいのか分からない。嬉しすぎて顔がにやけるのが抑えきれない。
「嬉しいか?」
そう聴かれて、こくりと。こくりと素直に頷いてしまう自分が。そして。そして俺から君に抱き付いて、キスをねだる自分が。情けないと思いながらも、それでも。それでも俺、君がどうしようもないくらい好きだから。好き、だから。
「だから、構わないだろう?」
降りてくる、唇。俺が望めば幾らでも答えてくれる。その唇も腕も、全部。全部俺に答えてくれるから。
―――だから、これでいいんだって…思った……。
「…もっと…」
「うん?」
「…もっと、キス……」
「我侭だな」
「…いいの…君の前では…我侭になる……」
「ああ、構わない」
「…じゃあ…もっと…」
「幾らでも――瀬戸口……」
降り注ぐ、キスの雨。全身に降り注ぐ、キス。
君だけが叶えてくれる、俺の。俺の子供染みた我侭。
君だけが、全部。全部、叶えてくれるから。
君に抱き付いて。ぎゅっと抱き付いて。
俺は、このしあわせを噛み締める。
―――この何よりもしあわせな、瞬間を。
END