A day

―――ずっと、聞いてみたい事があった。


「来須」
「うん?」
「…あのさー…」
「どうした?」
「…俺の…」

「…俺の何処が…好き?…」


言ってみてから耳まで真っ赤になった。心臓がバクバク言っている。かああっと頬が火照ってくるのが分かって我ながら情けなくなってしまった。


「そういう所」
「…え?」
「お前のそういう所」
「…えっと…」
「そうやってすぐに顔に出る所」

「見ていて飽きない」


君の言葉に今度は、俺は少しむっとしてしまった。そうしたら君はくすりとひとつ微笑った。微笑って、そして俺の髪を撫でて。


「俺の前でだけ、素直な顔をしている所」


甘い、甘い、キスをしてくれた。それだけで俺は、すこぶる機嫌が良くなってしまって。睫毛が震えるくらい気持ちいいキスが、全てを帳消しにしてしまって。
「―――こんな所、だな」
唇が離れても、まだ髪は撫でていてくれる。あまりにも気持ち良かったから、こつんと頭を胸に預けてもっと撫でて欲しいと無言でねだってみる。
「嬉しそうな顔、している」
「…だって、俺めっちゃしあわせなんだもの」
「そうか?」
「しあわせ。こーんなイイ男がさ、俺の事大事にしてくれるんだもの」
顔を上げて、俺からキスをした。この身長差が好きって言ったら君は呆れるかな?でも俺こうやって君を見上げるのが好き、なんだ。
―――普段隠れて見えない、優しい蒼い瞳が…見られるから。
君の瞳の優しさを、知っているのは俺だけだって自惚れている。だってさ。だって、君とこんな近くにいれるのは俺だけだから。他の誰も、こんなに近くに。こんなに近くに君のそばにはいないから。
「世界中に自慢したい気分」
手を頭上に廻して、君の帽子を取った。君の髪に、触れたかったから。柔らかくて細い、その君の金色の髪に。
「こら、返せ」
手が伸びて来て俺から帽子を取り返そうとしたけど、その動きは本気じゃなかった。しょうがないな、って顔をしつつも瞳が微笑っていたから。
「今は俺以外に誰もいないだろう?だったら見せてくれてもバチは当たらない」
「…バチってお前は…」
大きくため息を付いて、そして降参したように俺の髪を撫でてくれた。何時も、君は俺の我侭を聞き入れてくれる。子供染みた、我侭を。
「君の綺麗な顔は髪も含めて、俺だけのものなの」
「何を無茶苦茶、言っている」
「違うのか?こうやって帽子を取った顔は…俺だけのものじゃないのか?」
少しだけ拗ねたように言ったら、君はまたそっと髪を撫でてくれた。そういう所が、大好きだって思う。そんな所が、大好きだって。
だって君は知っている。俺が君の髪に触れられた瞬間に、どうしようもなく嬉しくなってしまうことを。
「ああ、お前のものだ―――俺の負けだな、瀬戸口。全部、お前のものだ俺は」
そう言って髪を撫でていた手が俺の背中に廻って。廻ってそしてきつく抱きしめてくれた。


「お前の髪の匂い」
「ん?」
「―――いや…覚えてしまったなと思って」
「染みついてる?君の中に?」
「ああ」
「へへ、俺も染みついてるよ。君の匂いは全部」


帽子を握り締めたまま背中に手を廻して。そして。そして君の胸に顔を埋める。そうする事で感じる君の微かな、匂い。風のように涼しげな君の、匂い。全部、全部、俺だけのもの。誰にも渡さない、俺だけのひと。


「ここが教室じゃなかったらな」
窓の外では他の生徒達の声が聴こえてくる。窓から差し込む日差しはオレンジ色に染まり、もうすぐ太陽が沈むのを伝えていた。
「このまま君にえっちな事しようって提案が出来るのに」
「…お前は……」
大体放課後の教室なんて、誰もいやしないのだけど。でも万が一誰かが来たら…誰かが来て、俺以外知らない君の顔を見られるのが…それがイヤなんだ。
「〜って呆れてる?」
上目遣いに君を見上げたら、何時もの顔だった。って君は表情を変える事は滅多に無いのだけれど。それでも俺には微妙な変化ですら分かるから。君のそう言った所は全部、分かるから。
「サカリのついた猫みたいだな」
「いいだろっ!だって何時も君とひっついていたいんだから」
「本当に猫だな。気紛れで、我侭で」
「誰よりも可愛い猫、だろう?」
「自分で言うな」
「…だって君は絶対にそんな事言ってくれないもん」
「言って欲しいか?」
君の言葉に俺は本気で考えてしまった。この無口な恋人に甘い言葉を囁かれるのは…物凄く聴いてみたい。物凄く言ってもらいたい。でも。でもそんな事を言う彼ははっきりいって想像出来ないのだ。というか言われたら言われたで、絶対に俺は物凄くダメージを受けるような気が、する。
「…微妙な、所…かな?……」
聴きたいけど、聴きたくない気がする。物凄いジレンマ。でもやっぱりちょっとだけ…好奇心が勝ったから。
「…でも…ちょっと聴いてみたい…君の『甘い囁き』って奴を」
その言葉に君はひとつ、微笑う。その顔がどんな甘い囁きよりも、俺にとっては甘いもので。どんなものよりも、その笑顔が。そして。



「――――可愛いよ…瀬戸口……」



耳元に囁かれた甘い言葉は。甘い、言葉は。
低い声で囁やかれた、その言葉は。
その言葉は俺にとって何よりも。何、よりも。


「…あ……」
頬を包み込む大きな手。優しく微笑む蒼い瞳。
「真っ赤だな。遠目でも分かるぞ」
好き。大好き。物凄く君が、好き。
「…だって…そ、その…」
どうしようもないくらい君が、好き。


「…ど、どうしよう…すげーどきどきしてる…俺…ダメかも…」
「―――ってお前が聴きたいって言ったんだぞ」
「で、でも…予想以上…マジで俺…立てない……」
「…お前は……」
「…だって…だって…君の声…直下型なんだもの……」
「気持ち、こもっているだろう?」


「何時も思っている事だからな」



悔しいくらいに、何をやっても。何をやっても君はカッコよくて。
何をされても俺はどきどきして。どきどき、して。
ダメージ所か、俺は。俺は益々君にはまってゆく。抜けられないくらい。
ううん、初めから。初めから君に捕らわれていたのだけれど。


―――俺の全部が、君に捕らわれているんだけど。



「大好き、来須」
「ああ」
「大好き。本当に…大好きだよ」



しがみ付いたら、強く抱きしめてくれて。そして。
そして髪を撫でて、キスしてくれた。たくさんキス、してくれたから。
俺はひどくしあわせになって、また無意識に笑っていた。そして。
そしてそんな俺を、君は。―――君、は。




「そんな所が…好きなんだ……」



俺の一番大好きな笑顔で、そう言ってくれた。


END

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