降り注ぐ、優しさ。言葉など無くても、伝わるもの。
指先に、頬に、睫毛に、そっと。そっと降り注ぐ。
その優しさがある限り、きっと俺は。
―――俺は、どんなになろうとも、生きてゆける。
気が付いた。ずっと、気が付いていた。言葉なんて無くても、目には見えなくても。こうして。こうしてここに。ここにある、溢れるばかりの優しさが。そして。そして不器用な想いが。
「そうだな、何時も」
口から零れる息は白く、そして。そして差し出した指先は冷たかった。それでも。それでもこころが暖かいのは。ふわりと暖かいのはきっと。君がここにいるからだね。
「何時も君はこうして俺のそばに…いてくれた」
差し出した手をそっと包み込んでくれる手。節くれだって、厚くて大きな手。でも、優しい手。何よりも優しい手。消えることの無い細かい傷と、消えるこの無い暖かいぬくもり。ただ二つしかこの世界に無い、君の手。大切な、君の手。
「―――瀬戸口……」
ずっと、なんて言わない。永遠になんて、言わない。もうそんな事は言葉にしないから。言葉にして君を困らせたり、哀しませたりはしないから。だから今だけでいい。今だけでいいから、こうしていて欲しい。こうして手を、繋いでいて欲しい。
「だから、いいよ。もう平気だ」
時が何時しかこの繋いだ手を引き離して、そしてやってくるさよならが。そしてやってくる終わりが、俺から君を奪っていったとしても。それでも俺の中に在る君までは、奪えないから。
こうして俺のこころに刻まれた『君』は、消えないから。
指先が、いやになるくらいに君を刻んでいるから。
君の頬の暖かさを。指の形を。手のぬくもりを。
髪の感触を。厚い胸板を。広い背中を。抱きしめられる腕の強さを。
指が、手のひらが、身体が、全部。全部、記憶しているから。
俺の全てが、君の全てを刻み込んで。刻み、込んで。
目を閉じても、耳が聴こえなくても。もう全てが、こうして。
こうして君の全てが、分かるから。どんなに離れても。どんなに、離れても。
俺にとっての『永遠』は君だけ。ただ独り、君だけ。
「強がりでも、君を困らせないようにする為でもないよ。本当にそう思えるようになった」
分かっていた事だった。初めから分かっていたことだった。君と俺に『永遠』も『ずっと』も無いと言うことは。何時しか必ず別れが来ると言うことが。それでも。それで、も。
「やっと、思えるようになった…君がやっと……」
絶望に泣き叫んだ夜もあった。どうにもならない現実に何度心が壊れて、砕かれたか。それでも。それでも俺は。俺は諦めきれなかった。どんなになっても君を諦めきれなかった。どんなになっても、君だけは望まずにはいられなかった。
「…やっと俺のそばに在る、から……」
君が好きだと。君だけが好きだと、ただそれだけを想い、ただそれだけを願い。そしてやっとここまで辿り着いた。やっと辿り着けた。やっと俺の中に…揺るぎ無い君が存在するから。
「―――お前が、ただ微笑ってくれれば俺は……」
包み込んでいた手がそっと離れ、そのまま俺を抱き寄せる。大きな手のひらが髪を撫で、そして抱きしめてくれる。その腕が、好き。大好き。ずっと、永遠に、好き。
「俺はそれだけで、いい。お前が微笑える世界ならばそれでいい」
君が望むことが俺のしあわせなら。自分のことよりも願うものが、俺のしあわせなら。こんなに、しあわせなことは無いって俺は想うから。
「他に何も、望まない…瀬戸口……」
そして俺が願うのは、君の笑顔。静かに微笑う、君の笑顔。顔の筋肉の変わらない君が、それでも。それでもそっと口許が優しく微笑む瞬間が。その瞬間が何よりも大切で、何よりも大事。
その一瞬の為なら、俺どんな事でも出来るから。
「なあ、来須…俺達出逢えて…よかったよな」
何時しかこの絡め合った指が引き離される日が来ても。
「―――ああ」
何時しか永遠の別れの時が来たとしても。
「よかった。お前に逢えて…瀬戸口……」
後悔だけは、したくなから。
ふたりを刻む時の時計が。その針が逆方向に進んでゆく。
重なっている時は一瞬で、そしてまた離れてゆく。
それでも。それでも重なったから。それでも出逢ったから。
無数の時と、無数の人達の中で、こうして出逢えたから。
出逢えて、そして。そして見つけ出した。ただ独りの、自分の片翼を。
楽しいことだけを、話そう。夢だけを話そう。未来を語れなのなら、今を語ろう。どんな些細なことでもいいから、たくさん話そう。いっぱい、いっぱい、話そう。そうしたら。そうしたらその想い出だけで、きっと。きっと俺達の全てが埋められるから。
「もしも全てが許されて、俺が眠りについた時に」
君が好きだと言う想いで。君だけが好きだと言う想いで。ずっと。ずっとずっと、俺は包まれてゆきたいから。永遠の孤独も、永遠の流浪も君が。君が俺のこころの中に在れば、淋しさすらもなくせるから。
「君の笑顔が浮かべられるように…笑っていてくれ」
不器用な君が微笑う笑顔が好き。滅多に見られないその顔が、一番好き。一番大好きだから。
「お前が微笑っていられれば、俺も微笑える」
うん。微笑っているよ。ずっと君の前では微笑っていられる。君がこの顔が好きだって言えば、ずっと。ずっと微笑っていられるよ。だって一番好きな人のそばにいるのだから。
「俺にとっての全ては、お前だ」
うん、俺も。俺も、だよ。君がいてくれれば、それでいい。君がこうしていてくれるならそれでいい。それで、いいんだ。
満たされる想い。好きだと想うだけで、こんなにも満たされる。
知らなかった。知らなかったよ。俺本当に、知らなかった。
何時も求めてばかりだったから。何時も欲しがってばかりだったから。
だからこんな風に。こんな風にただ好きだと想うだけで。
想うだけで、胸が、こころが、満たされると言うことを。
「約束はしない。それでも瀬戸口…俺はお前に誓う。どんなになろうとも、俺の想いはお前に向けられていると」
俺達に未来と永遠は許されない。約束は許されない。それでも今ここに在るものが。今ここに、在るものが。
「俺にとってこの想いだけが永遠だ」
ただひとつ許される永遠があるとしたなら。それは自らの想いだけ。どんなに時が奪い去っても。どんなに全てが俺達の元から、引き離しても。自らの、こころの中の想いは。自らのこころに在るこの想いだけは、時間も、運命も、奪うことなど出来はしないから。
「うん、来須。ありがとう…俺も……」
しあわせだよ。しあわせ、だ。本当だよ、嘘じゃない。今こうして迷わず言える。俺はしあわせだって。君に出逢えてしあわせだって。何もかもが俺達を引き裂き、何もかもが奪っていったとしても。それでも。それでも、胸を張って言える。
――――君に出逢えたことが…しあわせだと。
「君に出逢えてよかった」
愛せたから。こんなにもひとを、愛せたから。
「君を好きになれてよかった」
もう二度と愛せないと想っていたこころを。
「他の誰でもない君で、よかった」
このこころをもう一度、俺に芽生えさせてくれて。
君と言う存在を俺に与えてくれて。
君と言うこの命が存在してくれて。
ありがとう。君と言う存在が、この世に生まれてきてくれて。
何時かもしも俺がこの命から開放された瞬間に、ありがとうと言えるように。
自分に対してよかった想えるように。君が微笑う世界が、ずっと続きますように。
「ありがとう、俺に君と言う存在を…与えてくれて…君が、生まれてきてくれて……」
END