――――永遠なんて、いらないから。
未来も過去も、何もいらない。時間もいらない。
何も何も、いらない。何も欲しくない。だから。
だから、このまま。
「…このまま…どうして、死なせてくれないの?」
無駄だと分かっていても、それでも抵抗するように手首を切り刻んだ。零れるのは紅い血。ぽたり、ぽたりと、零れるのは紅い血。
「…どうして俺を…このまま……」
血で一面が真っ赤になったなら、そこで眠ろうと想った。それはほんの僅かな時間でしかなくても、それでもこの想いから開放されるならばと。この苦しいまでに、俺を狂わせる想いから解放されるならばと。
「…どうして…俺を……」
一瞬でも逃れたかった。この全てを蝕む激しいまでの想いから。
このままその髪に指を絡めて。その背中を抱きしめて。
お前の腕の中で眠ったまま。眠ったまま死にたい。
永遠に目覚めたくはない。
狂った時計が刻む時間の中を。巡りゆく螺旋の中を。
ただひたすらに。ひたすらに廻りゆくだけの日々。
そこになにがあるのか?そこになにが、あるの?
血塗られた手で、お前を抱きしめる。お前の身体に触れる。綺麗な瞳が静かに俺を見下ろして、そして。そしてそっと。そっと俺を抱きしめた。
その優しさが俺を傷つけてゆく。その優しさが俺を、壊してゆく。内側から壊れて、表面が剥がれて。そして。そして俺はこの腕の中で、崩れ落ちてゆく。
もう何も欲しくないし、何も願わない。だから。
だからこのまま。このまま殺して。このまま消滅させて。
俺と言う存在全てを今消してくれ。消して、くれ。
身体も心も魂も、全部。全部、なくなりたいから。
「…殺して…俺を…全部、殺して…」
消えてなくなって、消滅して。滅びてしまえれば。
「…殺してくれ…来須…お願いだから……」
何もかもがなくなってしまえば。そうしたら全てから。全てから逃れられるから。
…お前への激しいまでの渇望も…終わりのない欲も……
愛なんて俺にはいらなかった。一番必要のないものだった。
言葉でささやく薄っぺらな愛だけが必要で。こんなにも。
こんなにも全てを狂わされ、そして壊れゆく愛など要らなかった。
いらない、いらない。これ以上俺の中に入ってこないで。
「…もうイヤだ…お前をこれ以上愛したくない……」
壊れて。壊れて、壊れて。もうばらばらに壊れて。
「…イヤだもう俺を…解放してくれ……」
狂って狂って、そして。そして辿りつく先は。
「…もうイヤ…苦しい…気が狂いそうだ……」
抑えきれない渇望。願い、想い、そして求め続ける無限地獄。
「―――狂えば楽になるか?全てをなくせば…救われるのか?」
その言葉にはいと言えばお前は俺を殺してくれる?俺を消してくれる?
でもね。おかしいだろう?俺は『はい』とは言えないんだ。
こんなにも死を滅びを消滅を願いながらも。
それと同じくらいに…いやそれ以上に激しく湧き上がる想いがあるから。
「…愛している…来須…お前だけを……」
滅びても、消滅しても、俺が消えても。この想いを消すことはきっと。きっと俺にもお前にも出来ないだろう。
この自分の中に埋めつけられ内側から侵してゆく、お前への想いを。
「…愛しているんだ……」
降りて唇が、貪るように激しく俺に口付けを与えた。全てを奪うようなその唇に俺は酔いしれた。このまま。このまま堕ちてゆけたらいいのに。このままこの手を血に染めたまま。染まった手でお前を抱きしめて、そして。そして何処までも堕ちてゆけたならば。
誰の手も届かない場所へ。神すらも見つからない場所へ。ふたりで何処までも堕ちてゆけたならば。俺はこの苦しみから逃れられるのに。
「…来須…愛している…愛している……」
血みどろの俺を愛しげにお前は抱きしめる。そのアイスブルーの瞳はただ優しい。永遠に、優しい。あやすように俺の背中を撫でながら、何度も口付けの雨を降らせて。
「―――瀬戸口…今お前を俺が殺しても…お前は逃れられないのだろう?」
「…逃れられないよ…逃れられるわけがない…こんなに…お前を愛しているのに…どうしたら…どうしたらいいのか…俺が知りたいくらいだ……」
綺麗な想いなんて、優しい愛なんてそんな段階はとっくに通り越している。もう後はただ永遠の執着だけ。どうしたらこのひとを自分だけのものに出来るか。ただそれだけ。それだけが俺の全て。お前だけが、俺の全て。
「…ならば俺はこれしか出来ない…お前を…こうして抱きしめてやることしか……」
髪を撫で、終わることのない口付け。優しすぎる唇。優しすぎる腕。何処までもお前は俺を包み込む。どんなになっても。どんなことをしても。俺を赦し、そして抱きしめる。
「…それしか出来ない……」
俺がどんなになろうともお前は、その腕で抱きしめて、くれる。
お前が、壊れても。逃れられなくても。
どんなになろうとも、俺は。俺はこうして。
こうしてお前を抱きしめ、腕に閉じ込め。
そして傷ついたこころに触れることだけが。
それだけが、俺がお前にしてやれることならば。
―――どんなお前でも、俺はこうして抱きしめるから……
「…お前の優しさだけが俺を救い…そして壊すんだ……」
抱きしめて、どんな俺でもお前は抱きしめてくれる。
どんなに壊れても、どんなになろうとも。その腕が伸ばされる。
だから俺は。俺はそれを確かめる。自らを壊し続けそして確認する。
まだお前は俺を好きでいてくれると。まだお前は俺に手を差し伸べてくれると。
それだけが、唯一の。唯一の俺が確認出来る方法。
お前の想いを確認出来る唯一の方法。
「お前は哀しいくらい純粋だ…それを他の誰も分からなくても…俺だけは分かるから……」
END