―――――溢れる光が、俺を包み込んだ。
言葉なんて、ひとつもなかった。欲しい言葉も、なかったけれど。
ただお前がそこに居た。居て、そして。そして微笑った。それだけの事。ただ、それだけの事。
でもその瞬間に、全ての糸が繋がり、そして結ばれたから。
生まれてきたことの意味。生きていることの意味。それを見つけだせたのは、お前がそこにいたから。
「―――来須…ありがとう」
背中に手を廻して、そのままぎゅっと抱き付いた。子供みたいに抱きついた。大好きな背中。一番好きな背中。広くて優しくて、そして大きな背中。こうして指先が触れているだけで、俺は。俺はどんなものよりもかけがえのない安らぎと、苦しさを憶えるから。
「…そばにいてくれて…ありがとう……」
背中に廻した手を何度か動かし、その感触を指先で感じた。忘れないようにと、決して忘れないようにと。この手のひらに感じた暖かさを、ぬくもりを、全部。全部、忘れないようにと。
「…ありがとう……」
忘れないようにと。お前の全てを、こうして。こうして、俺という名の付く全てで、記憶しておきたいから。
どちらが、先に言ったんだっけ?
可笑しいよな、一番嬉しい瞬間が思い出せない。
その先のことは全て憶えているのに。
俺の全部で、お前の全て憶えているのに。
なのにその瞬間だけ、思い出せないんだ。
――――どちらが、先に好きだって言ったかを。
でもいいよ。もう、いいよ。思い出せなくていい。
思い出してしまったらお前との記憶が全部埋まってしまうから。
埋まらない記憶が、俺に欲しい。そうしたら。
そうしたらずっと、その事だけを考えて生きられるから。
髪に、触れた。さらさらの金色の髪。指先を擦り抜ける、柔らかい髪。ああ、これも。これも全部俺の指先に刻んでおくから。お前の髪の感触を、全部。
「…瀬戸口…お前が……」
お前の手が、俺の髪に触れる。大きな手。戦う者の手。大事な手。この手が世界をずっと。ずっと護り続けていたから。この手が、全てを護り続けていたから。
「―――お前がいるから、俺は」
その先の言葉を、くれるの?でもいいよ。言わないでくれ。言ってしまったら、俺は。俺はこの手を離せなくなってしまうから。だから、言わないでくれ。その先の言葉は、俺が。俺がこころの中で捜し続けるから。だから、言うな。言うなよ。
「…来須、キスしよう。な、キス……」
言葉はもういらない。いらないから。だから触れていて。触れて、くれ。俺はお前の声を聴いてしまったら、今は。今はただひたすらに、苦しいだけだから。
どんな時だって たった一人で 運命忘れて 生きてきたのに
生きて、そして。そして触れ合う。
生まれてきた命が、重なり合う。
馬鹿みたいに俺が捜し続けたもの。
永遠とも思える時の中で、ただひとつ。
ただひとつ、俺が捜し続けたもの。
それが今こうして、俺の目の前にある。俺がこうして手で触れている。
ずっと欲しかったもの。ずっと諦めきれなかったもの。
生きている以上どんな形であろうとも、願わずにはいられなかったもの。
それがこうして。こうして、俺の手のひらに降ってきた。
―――あふれるほどの、ひかりが、おれへと。
お前の頬。お前の鼻筋。お前の唇。お前の匂い。お前の感触。
全部、全部。俺自身に刻むから。俺の全てで、お前を刻むから。
永遠に。永遠に、刻むから。何処にも零れないように。
「…ありがとう…お前…生まれてきてくれて……」
永遠の一瞬。それは永い時間の中で、瞬きするほどの時間でしかない。けれども俺にとっては。俺にとっては、何よりも変えがたい、何よりも大事な瞬間なんだ。お前が居るこの瞬間が。お前がこうして生きてそばにいる、この瞬間が。
もう一度、触れた。髪に頬に、唇に。忘れないように、忘れられないように。忘れられるはずはないのだけれど。それでも触れた。触れた。ぬくもりが消えないようにと。
「…瀬戸口……」
俺の頬を触れる手。暖かい手。厚くて、大きな手。光に包まれた手。光だよ、お前が。お前だけが俺を照らす光だった。闇にしか生きられない俺の唯一の光だった。殺戮にしか生きられない、俺の。
「…泣くな…瀬戸口…俺は……」
触れる唇。零れ落ちる雫を拭う舌。暖かいね、お前は暖かいね。冷たい俺すらも、お前のそばにいれば暖かくなれる気がしたんだ。心まで冷え切っていた俺ですら、お前のそばにいれば。
「…ごめん来須…ごめんな…今日はせっかくのお前の誕生日なのに……」
そばにいれば、あたたかい。そばにいれば、こごえることもない。そばにいれば、しあわせ。
「お前がこうして生まれてきた日なのに」
だから微笑おう。最後の日を、微笑おう。あたたかいまま、しあわせなまま、終わろう。
最後の我が侭を言った。最初で最後の我が侭を。
お前が生まれたこの日を一緒に過ごさせてくれと。
消えゆくお前に。この時代から消えゆくお前に。
全ての記憶から消え去るお前の最後の時間に。
―――その時間に俺が、お前のそばにいたかったんだ……
「…ずっと、見ている…お前を…」
微笑おう。永遠のさよならが哀しくないように。
「…来須……」
微笑おう。お前の生まれた日がこれから先も笑顔であるように。
「…どんなになっても…見ているから…」
こうして指を絡められるのが、もう二度となくても。
「…ずっと、見ている…お前だけを……」
光に、なる。お前が、光になる。
ずっとそうだった。ずっと、そうだった。
初めて出逢った瞬間から、お前は光だった。
俺にとっての唯一の光だった。だから。
だから何も変わらない。変わらないよ、お前が。
お前が唯一、俺の闇を照らす光であることは。
「…ありがとう来須…生まれてきてくれて…そしてこの日を共に過ごせて……」
そっと消えてゆく。輪郭が歪んで、そして。
そして触れている指先にぬくもりがなくなって。
そして今日という時間の終わりを告げる鐘が。
鐘が、鳴り響く。遠くから、近くから。けれども。
けれども、お前は、永遠に俺を導く光、だから。
どんな時だって たった一人で 運命忘れて 生きてきたのに
突然の光の中、目が覚める 真夜中に
END