背中越しに見える月が、哀しいくらいに綺麗だった。
金色の髪に月の光が零れて来る。それをずっと。ずっと見ていたいと、思った。この一番綺麗な瞬間を、ずっと見ていたいと願った。
「なあ、来須」
手を伸ばして髪に触れて。触れて、そして。そして目を閉じた。このまま見ていたいと願いながら、触れた指先の感触を全てで感じたいと思う。少しだけ矛盾した、けれども本当の思い。
「目に見えるものだけが、全てじゃねーよな」
以前お前が俺に言ってくれた言葉。俺に言ってくれた、言葉。その言葉の意味が俺にとってどれだけ響いたか…お前は気付いていないかもしれないけど。
―――けれどもその言葉が、俺にとってただひとつの本当の事になったんだ……
そっと背中に廻される手。優しく抱きしめる腕。
その全てが。全てが、好き。お前の全部が、好き。
言葉なんてなくても、伝わるもの。
目に見えなくても、感じられるもの。
それは全部。全部、お前だけが、俺に与えてくれた。
「…瀬戸口……」
俺を呼ぶ、声。その声が、好き。
「ん?」
何時もと変わらないようで、でも違う声。
「こうしてお前をずっと」
俺だけに与えてくれる声。俺だけに、くれる声。
「…抱きしめていられたら……」
その先の言葉を聴きたくなくて、俺は自分からお前にキスをした。
切ないくらいに甘いキスを。苦しいくらいに、優しいキスを。キスを、した。
どうして俺は、こんなにもお前が好きなんだろう?
説明の出来ない想い。言葉に出来ない想い。
ただ、好き。お前が好き。お前だけが、好き。
俺の世界にお前がいれば他に何もいらない。
何も、いらない。何も、欲しくない。
俺はお前がここにいて。俺のそばにいてくれれば、それだけでいいんだ。
「お前が、好きだ…来須……」
どうしてこんなにも、俺はお前を求めるのか。
「…好きだ…ずっと…ずっとお前だけ……」
お前だけを、求めるのか。お前以外欲しくないのか。
「…って言葉なんかじゃ足りねーな……」
どうして俺はこんなにも、お前だけを想っているのか。
苦しくて、どうしようもなく苦しくて。お前の顔を見上げたら…きつく抱きしめてくれた。
「―――瀬戸口…お前を……」
髪を撫でる指が、大きなその手が。
「…俺はお前を…奪うかもしれない…」
この手があればいい。この手が、俺に。
「この世界から…皆から…お前を……」
ずっと。ずっと、差し伸べられていれば。
なにもいらない。なにもほしくない。
なにものぞまない。なにもねがわない。
――――だから。だから、このひとを、おれからとりあげないでください。
「奪えよ。俺を、全部」
「―――瀬戸口……」
「世界から、運命から…宿命から…俺を奪ってくれ」
「…全てから俺を…奪ってくれ……」
好きだから。お前だけが好きだから。だから、俺を。俺を、お前だけのものにしてくれ。そうしないと俺は、もう。もう眠ることすら出来ない。お前のいない場所で、眠ることすら出来ないんだ。
「―――ああ……」
見上げれば蒼い瞳が俺を見つめる。痛いほどの視線が、何よりも俺には心地よかった。何よりも俺には嬉しかった。その冷たい瞳の奥の激しさが…何よりも俺の欲しかったもので。欲しかった、ものだから。
「お前が望まなくても…もう俺は…お前を離せない…瀬戸口……」
離さないでくれ。離したりしないでくれ。もう俺はお前のいない世界に意味を見出すことが出来ないから。お前のいない場所でなんて、息すらしていたくないから。
――――お前がいないなら、俺なんていらないから……
月がそっと、隠れてゆく。
お前の髪に零れていた光が隠されてゆく。
それでも俺の瞳には。俺の瞳にだけは。
――――鮮やかにお前の金色の髪は映っていた。
END